落武者の恋【1】
本編でちょろっと出た落武者とコートニーのお話です。
今回はルイ視点です。
バレンタインデー。それは、日本においては女性が男性にチョコレートを渡す日であるが、ここアメリカでは恋人や夫婦がデートに行ったり互いにプレゼントを贈り合って愛情を表現し合う日である。
家族間や恋愛関係にない友人同士でも、カードや贈り物をしたりして感謝と愛情を伝える日でもあるのだが、長年交際相手がおらず、友人の吸血鬼を訪問した先のアメリカで運よく美女にお持ち帰りされたものの、ワンナイトで終わってしまった某烏天狗にとっては、正に「リア充爆ぜろ」な日なのだとか。
「うおおおお~! コートニー殿~!」
ヘッドホン越しに聞こえてきた某烏天狗こと落武者の哀しい声に、ルイは思わず眉根を寄せた。PCのスクリーンには、頭上に「落武者」と表示された侍風の装備を身に纏ったゲームキャラクターが咽び泣く様が映し出されている。ちなみに、落武者とはゲーム上で名乗っている名前であって、本名ではないらしい。
ルイは自分のゲームキャラクターに落武者を慰めるアクションをさせると、手に持っていたティーカップから紅茶を啜った。
「君はあの夜からコートニー嬢のことが忘れられないようだね。それはもはや、恋だね、恋っ!!」
「そうなんだよ。あの夜、美味しくいただかれてからというもの、某の頭の中には凛々しくも美しいコートニー殿が居座ってるんだ」
「魔女の媚薬を使って最高の夜だった♡」と振り返りつつ、ズビズビと洟を啜る音にルイは哀れを催した。
コートニーと落武者はハロウィンの日に、ルイが経営するバー『6フィートアンダー』で出会い意気投合したようだが、彼女は後腐れない関係を好んでいるようで、執着するのもされるのも嫌っていると以前美良乃から聞いたことがある。
落武者がニッカ―に滞在していたのはハロウィンを間に挟んだ二週間のことで、それ以降は日本からせっせとメッセージを送ってはいるようだが、コートニーからの返信は遅く、おまけに内容も淡々としているらしい。要するに、あまり脈がないということだ。
「だったら、バレンタインデーに託けてコートニー嬢に会いに来たらどうだろう?」
ルイの提案に、ヘッドホンから聞こえていた嗚咽がピタリと止んだ。そのまましばらく何かを考えているかのように沈黙が続いたが、落武者は意を決したように掠れた声で宣った。
「……行く!」
「そうかい、では前回同様、僕の家に滞在するといいよ!」
「ああ、かたじけねえ。……このままここでウジウジしていても埒が明かねえしな。魔法使いは人間と同じく短命だし、ここは某から押さないと、あっという間に死んじまうもんな」
烏天狗は吸血鬼よりずっと永い寿命を持つ長命種だ。落武者はルイ以上に愛する者に置いて逝かれる哀しみをよく理解しているのだろう。
「そうだとも! 悩んでる暇があったら、とっとと訪米して、彼女を押し倒したまえ!」
「いや、押すって、物理的に押すわけじゃねえから。某は身体の繋がりじゃなくて、心の繋がりを求めてるんだ」
「ははっ、そういうことにしておこう。それでは、旅程が決まったら教えてくれたまえ!」
ルイはゲームからログアウトした後、落武者の滞在中に彼をどうもてなそうかと考えを巡らせた。
「えっ? 落武者さん、コートニーに会いに来るの?」
その週末、泊まりに来ていた美良乃に落武者のことを話すと、並んでソファに座っていた彼女は少し困った顔をした。
「そうなのだよっ。彼はどうも、コートニー嬢の事が忘れられないようでね」
「……ルイは、落武者さんがコートニーとくっつくようにお膳立てしてあげるつもりなの?」
「いや、そういったことは考えていなかったなあ。縁ある二人なら放っておいてもくっつくだろうし」
男性は、あまり友人の恋愛ごとに首を突っ込まない。ルイも例に漏れず、基本的に友人の色恋沙汰は傍観する質だ。上手くいったら一緒に喜ぶし、玉砕したら慰めてやろうと思うくらいである。
美良乃は暫く逡巡していたが、思い切ったように口を開いた。
「う~ん……。コートニーに会うのが目的で来るって、本人には言わない方がいいかもしれない。重いと思われたら即拒絶されそうな気がするから。下手すれば連絡先ブロックされちゃうかも」
ルイは表情に乏しいコートニーの顔を思い浮かべた。彼女も美良乃同様、あまりポジティブな感情が表に出ないタイプだ。常に落ち着いているクールなタイプと言った方が適切かもしれない。
「とにかく、武者さんにはグイグイ行かない方がいいって言っておくべきだよ」
「ふむ 僕とて友人が嘆く姿は見たくないからね。忠告しておくよ。……ところで僕の女神、僕たちはバレンタインをどのように過ごそうか?」
肩を抱き寄せ鼻先を擦り合わせると、美良乃は笑みを堪えるように口元をぐにぐにと動かした。嬉しいと恥ずかしいが混じった時にする癖だ。
「……実は、これがわたしにとって初めて何かするバレンタインなんだよね」
ルイは軽く目を瞠った。
「本当に?」
「うん。知ってると思うけど、日本では女の子が好きな男の子にチョコレートをあげて告白する日だから。わたしはルイに会うまで誰かを好きになったことがなかったし、義理チョコもあげたことない」
二親揃っている家庭では娘から父親に贈ったりするのだろうが、生憎と美良乃の両親は彼女が幼い頃に離婚しているし、その後も父親とはあまり交流がなかったと聞いている。
「それでは、僕が君の初めての男なのだね!!」
「……っ、言い方!」
美良乃は真っ赤になって俯いてしまった。そんな照れ屋なところも可愛い。
「……でも確かに、わたしにとってはルイが初恋になるのかな。付き合うのもルイが初めてだし」
――では、キスをしたのもルイが初めてということだ。
歓喜が溢れ出て、ルイは腕の中に美良乃を抱き込んだ。
「これからの美良乃の『初めて』は全て僕がもらうから、覚悟しておいておくれ」
「もっ、もう!!」
ルイの言わんとすることを察したのか、美良乃は耳まで赤く染めながら顔を彼の胸に押し付けてきた。
そんな様子を微笑ましく見つめながら、忘れられないくらい素敵なバレンタインにしようと心に誓った。
次回はコートニーの視点でお届けします。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




