エピローグ
日本からは、アメリカ国内の大都市を経由しないとたどり着けない場所。それがネブラスカ州だ。
誰が聞いても「何処、それ?」と尋ねたくなる無名の地。けれど人々は温かく、のんびりとしていて、知れば知るほど愛着が湧く。そんな場所でもある。
オマハの空港を出て、どこまでも続くトウモロコシ畑の中をひたすら二時間車で移動すれば、だだっ広い平野にぽつんとある小さな町ニッカ―にたどり着く。
「大丈夫、わたしならできる。緊張する必要なんてない」
ニッカ―北部の大学の敷地内で、 美良乃はサファイアブルーのSUVを駐めると、ハンドルを握ったままぶつぶつと自分に言い聞かせた。大きく息を吐いて車を降りる。
凍てつくような真冬の風が広大な大地から吹き込み、大学の駐車場を抜けていく。美良乃はバーガンディーのマフラーを鼻まで引き上げて歩き出す。ブーツのヒールが、コンクリートで舗装された歩道に打ち付けられてコツコツと音を立てた。
歴史ある赤茶色の煉瓦造りの建物の前には「管理事務所」という看板が立っていた。
ドキドキしながら建物のドアを開けると、すぐに受付カウンターに座っていた眼鏡をかけた中年女性がこちらに気付いた。
「何かご用ですか?」
「はいっ、あの、わたし、入学手続きに来ました」
「それではこちらにどうぞ。入学許可証をお持ちですか?」
「は、はいっ! ここに……。あれ、どこにやったっけ……」
美良乃は慌てふためきながらカウンタ―に歩み寄った。
諸々の手続きが終わって建物を出ると、どっと疲労感が押し寄せてきた。
近くのベンチに腰を下ろし、ぼんやりと大学のキャンパスを眺める。
今日から美良乃はこのネブラスカ州立ニッカ―大学の学生になった。専攻は心理学にしたが、後から自由に変更することも可能だという。
歩道を行きかう学生たちを感慨深く見て、ふと頬を緩める。
(ニッカ―に着いたばかりの頃は、特に勉強したいことも就きたい職業もなくて、適当にビジネスでも専攻しておこうかと思ってたんだよね)
それが、たった数か月で本当に自分の学びたいことを見つけて、こんなにも前向きな気持ちで大学に通えるようになるとは思っていなかった。
美良乃は青い空を見上げて、遠い故郷に思いを馳せる。
東京には娯楽も買い物に行く場所も、何でも揃っていた。だというのに、美良乃の心は全く満たされていなかった。「変わり者」の自分を理解してくれる人もなく、毎日他人とのコミュニケーションに怯え、家にも職場にも居場所がない。あんなに人であふれた街にいながら、孤独で気が狂いそうだった。
自分から居場所を得る努力もせず、家族に期待しては失望することを繰り返し、環境を変えれば自分を受け入れてくれる人もいるのではないかと、都合のいいことばかり考えてここへ逃げてきた。
父の出身地であり、祖父母が住んでいるから、ただそれだけで移住した町。墓石の下にとんでもない秘密があったのは、もちろん想像もしていなかった。個性豊かなモンスターたちに出会ってから、美良乃の人生は劇的に変化した。
ぎこちない美良乃の態度も気にせず、狭い世界から引っ張り出してくれた魔女と親友になった。強面でぶっきらぼうだけれど、困った時には快く助けてくれる厳つい妖精とも知り合えた。
そして、ありのままの美良乃を受け止めて、必要以上に自分を責めるなと言ってくれた吸血鬼の恋人ができた。
――コンクリートジャングルで独り満月を見上げていた夜が、今では遠い昔のことのよう。
コートのポケットに入れたスマホが振動して、美良乃の意識が引き戻される。確認してみると、アリアとルイから入学を祝うメッセージが届いていた。
『今日から大学でしょ!? おめでとう! 楽しいキャンパスライフになるといいね!』
『入学おめでとう、僕の女神! 変な男が寄って来たら、必ず僕に知らせてくれたまえ! 素敵な学生生活を送っておくれ。 愛している♡』
美良乃は思わず頬を緩める。
「『ありがとう。無事手続きも終わったよ。今夜皆に会えるのを楽しみにしてる』っと」
二人のメッセージに返信すると、美良乃はベンチから立ち上がった。
午後八時。美良乃はニッカ―の外れにある墓地に足を踏み入れる。
墓石の下で密かに営業している一見さんお断りのバー、6フィートアンダー。ここはモンスターたちの憩いの場。誰もが外で被っていた仮面を外して、自分らしくいられる所。
「よお、美良乃」
「こんばんは、フェルナンド。調子はどう?」
いつも通り挨拶をして、美良乃はバーへ入っていった。
これで、本編は完結です!今後は思いついたエピソードを番外編として投稿していく予定ですので、完結設定はまだつけません。
自分の書きたいこと(特に昭和と平成ネタ)を取り留めもなく書いた本作でしたが、誤字脱字の多い文章を根気強く読んでくださった読者の方々には感謝しかありません。どうもありがとうございました!
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




