63. 十二月十八日 想定外の男、塁毒規則三亭顎【2】
購入した車を美良乃の自宅のガレージに駐めた後、二人がオマハに到着したのは午後二時と、充分に買い物や食事を楽しめる時刻だった。
初めてルイとデートした際は日本食レストランに行ったが、今回はネブラスカ州でも珍しく、牛以外の肉を使ったハンバーガーが食べられるレストランに向かった。すでに昼食の忙しい時間帯は終わったのか、店内に客の姿はまばらだ。
「凄い、色々な肉があるんだね」
美良乃はメニューを見て目を白黒させた。まず、どんなバーガーにするかを選び、次にパティの肉を選べるらしい。ヘラジカ、ダチョウ、猪、バッファロー、牛肉、鶏肉、大豆ミートと種類が豊富だ。
美良乃はヘラジカ肉のアボカドチーズバーガーにした。バンズとパティを受け取ったら、サラダバーのような所で自分でトッピングを自由に取ることができた。トマト、ピクルス、紫玉ねぎ、ブラックオリーブをパティの上に載せて、ケチャップとマスタードをかけた。ついでにランチドレッシングという、バターミルクを使った白いドレッシングも別添えにしておく。アメリカでは非常に人気のあるドレッシングだが、日本のスーパーでは見かけたことがない。フレンチドレッシングに近い見た目をしているだろうか。アメリカではこれを生野菜にかけたり、フライドポテトにつけたりして食べるのだ。
ルイは猪肉のチーズバーガーにしたようだ。彼も色々とトッピングの野菜を取ってきて、ナイフで上品にハンバーガーを二つに切って食べやすいようにしている。
「そのままガブッといかないんだね。流石伯爵」
「あまり大きく口を開くと、牙が見えてしまうからね。昔は牙が露出しようものなら『吸血鬼だ!』と大騒ぎになったから、気を付けていたんだ。そうしているうちに、ひと口大に切らないと食べ辛くなってしまってね」
「へえ……。現代だと牙が見えても、『コスプレしてるんですか?』で済まされそうだけど、別の意味で注目を浴びそうだね」
美良乃の呟きに、ルイの瞳がキラリと輝いた。
「ふむ。注目……。それもいいかもしれないねっ!」
しまった。どうやら変なヒントを与えてしまったらしい。彼は目立つのが大好きなナルシストだったのを忘れていた。注目を集めるのは好きにしたらいいが、是非とも美良乃が横にいない時にやってほしい。
美良乃はそのまま手でつかんで大口を開けて食べたが、手と口の周りがベトベトになってしまった。ルイはくすぐったそうな笑顔を浮かべながら、甲斐甲斐しく美良乃の口をナプキンで拭ってくる。まるで親に世話を焼かれる幼子のようで、少々恥ずかしい思いをした。
「さっきはその、車を買ってくれてありがとう」
「こちらこそ、贈らせてくれてありがとう。君が何処へ行くにも僕の贈った車に乗って移動するのだと思うと、とても嬉しいよ」
「ルイにも何か素敵なものを贈りたいんだけど、見つかるといいな」
「僕は君がくれるものなら、何でも嬉しいよ。食事が終わったら、先ずは君の服を見に行こう」
「うん。あ、そうだ。この近くに輸入雑貨の店があったよね。モールに行く前にあそこに寄りたいんだけど、いいかな?」
「もちろんだともっ!」
二人はゆっくり食事を終えると、すぐ近くにある輸入品店へ向かった。家具から雑貨まで、他の店ではあまり見かけないようなエキゾチックなデザインや、シンプルながらもお洒落なデザインのものまで色々と取り揃えているので、民族衣装やエスニックなデザインが大好きな美良乃にとっては天国のようなところである。
「うわああ! 綺麗……」
美良乃は南アジアを彷彿とさせるアクセサリーケースを手に取った。明るい黄色の小箱に小さな鏡の破片やビーズで装飾が施されたもので、見るだけで気分が高揚する。
その他にも精密な刺繍が施されたクッションカバー、孔雀の羽を彷彿とさせるステンドグラスの壁飾りなどが目を愉しませる。
いつになく上機嫌で店内をそわそわと歩き回る美良乃に、ルイは目尻を下げた。
「ふふっ。目がキラキラ輝いて、何て可愛らしいんだろう。君はこういった意匠のものが好きなのかい? そういえば、着ている服のデザインもどこか異国風なものが多い気がするね」
「そうなの。もしわたしがお金持ちで、独り暮らしをするようになったら、ここで家具とか寝具とか揃えたいもの」
「そうなのか。それはいいことを聞いた」
ルイがぼそっと小さく零したが、美良乃にはよく聞き取れなかった。
「え? 何か言った?」
「いいや、何でもないよ。おや、この石鹸はいい匂いがするね」
「本当だ。ちょっと檜の匂いに似ているかも」
ルイはその石鹸とお揃いのキャンドルも気に入ったようで、自宅用にと購入していた。美良乃は自分用に綺麗な刺繍が入った北アフリカのスリッパを購入して店を後にした。
次に二人が向かったのはショッピングモールだった。二階建ての内部はクリスマスのデコレーションが華やかだ。店内のBGMもクリスマスソングだった。
「さて、君はどのような店が好きなのだろう?」
「わたしが普段着ているのは、日本から持ってきたものが殆どなんだよね。実はあまり店で買わないの。アプリとか通販サイトで買っているから」
美良乃は服の趣味が少し特殊なので、その辺の店で売っているものだとピンとこないことが多い。通販は便利なのだが、何せニッカ―はネブラスカ州というド田舎の中でも小か中程度の規模の町なので、商品が到着するまで軽く十日はかかるのが玉に瑕だ。
二人は軽く店内を歩き回った。途中アメリカの先住民であるネイティブアメリカンのアクセサリーを売っている店で立ち止まって、食い入るようにターコイズとシルバーのバングルに見入ったが、あまりにも高価なので購入は諦めた。ルイがまたプレゼントしようとしてきたので全力で止めて、足早に歩き出す。
ショッピングモールの中でもひと際大きい、日本で言うところのデパートのように色々取り揃えている店舗に入ると、美良乃はレディースのコートが置いてあるエリアを見つけた。
「この前着ていたコートはバイトに行ったりスーパーに行ったりする時に着るものだから、特にこだわりがあって選んだものじゃないの。シンプルな黒いコートがあれば十分だよ」
美良乃は普段使いに良さそうなコートを選んだ。こっそり値段をチェックしてホッと胸をなでおろす。60ドル程度なので、そこまで高級なものではないようだ。
ルイは流れるような手つきでそれを取り上げると、長い脚ですたすたとレジに向かって進んで行く。
「本当に買ってもらってもいいの? 何だか悪いよ」
「いいや、あれは僕の落ち度だから、是非弁償させておくれ。そうでないと僕の気が済まないのだよ」
ルイはすっかり傷が癒えた美良乃の首筋に指を滑らせる。美良乃はくすぐったくて身を捩った。
「分かった。じゃあ、遠慮なく買ってもらおうかな。ありがとう、ルイ」
「どういたしまして」
会計を済ませ、通路を挟んで向かい側の店に入ると、ルイに奇跡の出会いが待っていた。
そこは日本のアニメやアメリカのスーパーヒーローのグッズを扱っている店で、美良乃でも知っている蜘蛛男や蝙蝠男をあしらったマグカップやポスター、フィギュアなどが所狭しと棚に並んでいる。
あまりアニメに興味のない美良乃は冷やかし程度に店内を歩き回ったが、ルイは入店直後から何かに導かれるように、真直ぐに店の一角に向かって歩を進め、日本のアニメグッズが一面に陳列されている壁に釘付けになっていた。
「こっ、これは……、ペガサスの……!!」
ルイは背中に羽のようなものを背負った金色の鎧姿の少年のフィギュアを手に持って、ブルブルと震えていた。
「何それ? 日本のアニメの?」
「知らないのかいっ!?」
ルイは首がねじ切れるのではないかという勢いで振り返った。若干目が血走っているのが彼の興奮具合を雄弁に語っている。
「これはねっ、昭和の終わりごろから平成初期にかけて日本中の少年の心を虜にしたアニメの主人公で!!」
額と額がくっつきそうな位置までグイグイと迫ってくる。控え目に言って怖い。
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
彼は鼻息も荒く、隣の棚にあった別のアニメキャラクターのフィギュアも手に取った。
「何ということだっ! これは、昭和男子のハートを可憐に奪っていった、あの宇宙人の押しかけ女房じゃないかっ! 何というけしからん布面積っ!!」
虎柄のブラにパンツという出で立ちの、何ともセクシーな女性のフィギュアだ。出るところはしっかりと出て、ウエストは細く、びっくりするくらい脚が長い。
美良乃は何となく、自分の身体を見下ろして複雑な心境になった。美良乃は至って平均的な体つきをしている。要するに、ペタンともボインともしていない、そこそこのサイズである。
「……ルイはこういう女性がタイプなの?」
「いや、特に外見にこだわりはないよ。ちなみに君と出会ってから、君以外の女性は皆じゃがいもにしか見えないから、安心してくれたまえっ!」
「そ、そう」
ルイは大事そうにそのふたつのフィギュアを抱えながら、物凄く楽しそうに店内を歩き回っている。美良乃も知っているアニメのキャラクターグッズを前に「ペーパームーンじゃないか! ダニエルに教えてあげなくては!」と声を上げた。
美良乃はルイが小脇に抱えているフィギュア二体を見つめて思案した。何か身につけるものでも贈りたかったが、今回はあれ以上、ルイのテンションが上がるようなものとは出会えない気がする。
「ルイ、もし良かったら、その二つをクリスマスプレゼントに贈らせてくれない?」
「いいのかい!? ありがとう美良乃!」
「うん。これはわたしがラッピングして、クリスマス当日にあげるね」
「それは楽しみだ! ついでに君自身もラッピングして、可愛らしい僕へのクリスマスプレゼントになってくれてもいいのだよっ」
「アリアと同じこと言ってる……」
オッサン臭い発想の人物がここにもいたようだ。
会計を済ませて店を出る。ルイはスキップでもしそうなほど浮かれていた。しっかりと美良乃の手を握り、鼻歌混じりに歩いている。
(まさか恋人の初めてのクリスマスプレゼントにアニメのフィギュアを贈ることになるとは思わなかったけど、ルイが喜んでくれてるみたいで良かった。ふふ、ルイ、子供みたいで可愛いな)
思わず頬を緩めると、それを見たルイは蕩けるように微笑んだ。
「今年はとても幸せなクリスマスになるね。愛しい恋人がそばにいてくれて、素敵なプレゼントまで贈ってくれるのだから」
美良乃はほわほわとした気分で頷いた。美良乃にとって、恋人がいる初めてのクリスマスだ。
「そうだ。クリスマスの日、わたしの親戚の集まりがあるのだけれど、ルイも来ない?」
ルイは小さく息を呑んだ。
親戚に恋人を紹介するのは、「この人とは真剣な付き合いをしていますよ」と宣言するようなものだ。つまり、美良乃もルイとの関係に本気であるとの意思表示をすることになる。
「――いいのかい?」
「うん。親戚一同集まってプレゼント交換をするんだけれど、ルイも男物のプレゼントを持っていけば参加できるから。多分、ドライバーセットとかでいいと思う。ついでに買って行こうか」
男性も女性もそれぞれ定番のクリスマスプレゼントがあるが、美良乃の親戚の男性陣はよくナイフや車を整備するためのドライバーなどを贈り合うことが多かったなと思い返す。
ルイは急に立ち止まったかと思うと、そっと美良乃の唇にキスをした。少し温度が低い彼の体温と、ふにゅりと柔らかな感触に心臓が跳ねる。
「ありがとう。是非参加させていただくよ。愛しているよ、僕の女神」
「うん、わたしも大好きだよ、ルイ」
美良乃はいたたまれなくなり、ルイの手を引いて歩き出した。いくら公衆の面前でキスをすることが受け入れられている文化であっても、生まれも育ちも日本の美良乃にはやはり衆目がある中でするのは気まずいのだ。
「そんな照れ屋な君も堪らなく愛おしいよ。今すぐ貪ってしまいたいくらいだ」
「もうっ! 揶揄わないで」
「ふふ、本気だと言ったら?」
「えっ!?」
「冗談ということにしておくよ。今のところは、ね」
全ての買い物を恙なく終えると、二人は満天の星空の下帰路に就いた。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




