53. 十二月一日 カサンドラの襲撃【4】
美良乃がカサンドラに連れてこられたのは、ニッカ―から車で三十分くらいの場所にある空き家の納屋だったようだ。
美良乃の危険を察知したフェルナンドがダニエルとルイに連絡し、弾丸の如く飛んで行きそうなルイを二人で必死に宥め、自警団のバンで現場に駆けつけたのだという。
「あの時は本当、ルイちゃまったら鬼みたいな形相で――って、鬼人のアタシが言うのもなんだけど。美良乃ちゃんの居場所を何となく感知できるのはタトゥーの元の持ち主であるフェルナンドしかいないのに、ルイちゃまったら走って行こうとするのよ? アタシもフェルナンドも吸血鬼みたいに速く走れるわけじゃないのに」
バンを運転しながら、ダニエルはケタケタ笑った。助手席には翅をしまったフェルナンドが座り、後部座席にルイと美良乃が座っている。拘束した二人の吸血鬼は座席から区切られた場所に押し込められている。
「あの時は頭に血が上っていたのだよ」
ルイは美良乃の手を持ち上げると、指先にキスを落とした。
「君が無事で良かった。怪我をさせてしまって本当に申し訳なかったね」
「ちょっと血を吸われたくらいだから、気にしな」
「そう。血を、ね」
どす黒い闇でも背負っていそうなルイの気を逸らそうと、美良乃は慌てて話題を変更した。
「それにしてもっ、何でカサンドラはあんなにルイのことを嫌っているの?」
「物凄くくだらない理由なのだけれどもね」
ルイは溜息を吐き、後方にうんざりしたような視線を投げた。
「僕とカサンドラが初めて会ったのは、第二次世界大戦が終了した直後だった」
血を血で洗うような悲惨な戦争で命を落としたのは人間だけではなく、モンスターもまた人間に紛れて生活していたため、その多くが徴兵されて戦死したり、迫害や空襲で亡くなったのだという。その結果、世界規模で吸血鬼の人口が減ってしまったため、各国の吸血鬼のリーダーたちが話し合い、吸血鬼同士で子供を設けることが奨励されたのだ。
「アメリカの吸血鬼たちもその対象に入っていたとはいえ、吸血鬼同士で子を成すことは決して強制ではなかった。元々吸血鬼が人間との間に子供を作ることを嫌悪していたカサンドラは、僕にパートナーにならないかと提案してきたのだが、生憎、当時僕には人間の恋人がいてね」
恋人を深く愛していたルイは、当然カサンドラの提案を拒否した。しかしエベレストよりも矜持が高いカサンドラは「人間ごとき」に負けたことに憤慨し、あろうことかルイの恋人を襲ったのだという。恋人は幸い命を落としはしなかったようだが、心身共に傷が残ってしまった。
「当時は自警団が設立されるより前だったこともあり、私闘も復讐も禁じられていなかった。そこで僕はカサンドラを、その、ボッコボコにしてやったのだよ。それがまたあの女狐の憎しみに油を注いだようでね」
それ以来、カサンドラは何かにつけてルイに襲い掛かってくるようになったのだという。
「当時の僕の恋人は頻繁に危険に晒されることに耐えられず、僕に別れを切り出してきた。僕も彼女を巻き込むことに罪悪感があったので、別れを受け入れることにしたのだよ」
結果的に恋人との仲を引き裂かれた形になったルイは激怒し、カサンドラがネブラスカ州から逃げ出すくらい苛烈な報復をしたのだとか。
「そんなことがあったんだね……」
想い合っていた二人が泣く泣く別れを選んだことに、美良乃の胸が痛んだ。
「情けないことに、今回も人間である君を巻き込んでしまった。しかし現代において、私闘を仕掛けることも、人間を操ったり、攫ったり、同意なしに血を奪うことも禁じられている。カサンドラは恐らく二度と君に手出しできないような状態になるだろうから、どうか安心してほしい」
「二度とわたしに手出しできないような状態って?」
美良乃の問いに、ルイは曖昧に微笑むだけだった。知らぬが仏ということだろう。
美良乃は何気なく車窓の外に広がる漆黒の闇を見つめた。
すでに深夜零時を回りそうだ。それにしても、とんでもない一日だった。バイト先で頑張って仕事をして、終業後に車に乗ろうとしてローリーに襲われて――。
そこまで思い返して、美良乃はあっと声を上げた。
「そういえば、ローリーはどうなったの!? 彼女こんな寒空の中、凄い薄着だったの! カサンドラに操られて」
「彼女なら自警団のメンバーが保護しに行ったから、大丈夫よ。ちょっと記憶をいじらせてもらったけど、後遺症とかは出ないから、安心してちょうだい」
ダニエルがバックミラー越しにパチンと片目を瞑る。
「良かった……」
美良乃はホッと息を吐いた。ルイは美良乃の肩を抱き寄せ、安心させるようにポンポンと軽く叩いてくれる。
「そういえば、美良乃ちゃんはどうするのかしら? 自宅に戻る? それとも今夜はルイちゃまと一緒の方がいいかしら? バイト先に置いてきた車が心配なら、自警団の方でお家まで移動させておくけど?」
美良乃は自分の身体を見下ろした。あちこち破れ、血糊までついている。こんな姿で帰ったら、クローイーが心臓麻痺を起こすかもしれない。
――それに、何だか今夜は怖くて眠れない気がする。
「美良乃さえよければ、うちへ泊まったらどうだい? 着替えも用意するし、明日も執事に送らせるよ。美良乃の家にはまだ吸血鬼避けがしてあるので、残念ながら僕は近づけない」
ちらりとルイを見上げると、彼は顔を赤らめて慌てたように付け加えた。
「あっ!! もちろん、破廉恥なことはしないと誓うよっ!!」
「はっ、破廉恥!?」
先ほどのルイの唇の感触が蘇って、一気に顔に熱が集まる。
「あらあ。二人とも照れちゃってぇ♡ 初々しいわぁ」
ダニエルが微笑まし気な声を出す傍ら、フェルナンドは何とも居心地悪そうに身動ぎした。
「じ、じゃあ、今夜はルイの家にお世話になろうかな」
「そうかいっ、歓迎するよ!」
「ルイちゃま、戦いの後で気が昂ってるだろうけど、美良乃ちゃんに無理させちゃダメよ♡」
ダニエル本気が冗談だか分からない声音で釘を刺してくるので、美良乃は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆って俯いた。
(お、お願いだから『破廉恥なこと』から話題を変えて……!!)
そうこうしているうちに、バンはルイの自宅の前で停車したのだった。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




