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美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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49.  十一月二十三日 サンクスギビング

2024/12/7 美良乃と母のセリフの一部を改定しました。

 サンクスギビング。それは、アメリカで十一月の第四木曜日に祝われる祝日で、別名ターキーデイとも呼ばれている。


 元々は、十七世紀にイギリスからアメリカへ渡ったピルグリムと呼ばれる人たちが食べ物がなくて困っていたところ、先住民であるネイティブアメリカンの人たちがトウモロコシなどの栽培や収穫方法、狩りの仕方などを教えてくれたことに対しての感謝を示したのが始まりとされる。


 現在ではもっぱら、家族が集まって七面鳥を食べ、アメリカンフットボールの試合を観て盛り上がる日となっている。


 美良乃(みらの)の父方の親族も例にもれず、毎年数十名から成る一族が一堂に会して七面鳥やパンプキンパイなどをひたすらお腹に詰め込み、皆でテレビの前で絶叫しながら自分の贔屓にしているしているフットボールのチームを応援するのが恒例となっている。


 サンクスギビングの日の午後、美良乃たちはインゲンのキャセロールという、インゲンマメとクリームマッシュルームスープの缶を混ぜてオーブンで焼き、上にフライドオニオンをかけたものと、ピーカンというナッツを使ったピーカンパイを持って大伯父の家へ向かった。


美奈(みな)! 久しぶりだなあ、綺麗になって!! 未央子(みおこ)も、久しぶりだね! また会えて嬉しいよ!!」


 大伯父の家に着くなり、恒例の挨拶合戦とハグラッシュが始まった。にこやかに対応する母と姉を尻目に、美良乃はキッチンへ行くと、空いているスペースに持ってきたインゲンのキャセロールとピーカンパイを並べた。


「よう美良乃!」

「久しぶり、ジェフ」


 先に来ていたはとこのジェフが話しかけてきた。彼は九月までアリアと付き合っていたのだが、チアリーダーと浮気したため振られている。彼の隣には見知らぬ女性が立っていた。


「紹介するよ。俺の彼女のイザベル。イザベル、こいつはおれのカズンで美良乃だ」


「よろしくね美良乃」

「よろしくイザベル」


 もしかしたら、当時の浮気相手なのかもしれないが、あまりに個人的なことなので敢えて訊かなかった。ジェフは若干目を泳がせながらこちらの反応を窺っている。


「何、どうかした?」

「いや、その……。お前、アリアと仲がいいんだよな」

「そうだけど」

「あいつ、元気にしてるか?」

「うん。最近はデートしてる人もいるし、元気にやってるよ」

「そっか、なら、良かった」


 少しは浮気したことに対して後ろめたかったのだろうか。まさか今でもアリアが自分を想ってくれているなど勘違いしていないといいのだが。


「ジェフ! 久しぶり!」

「美奈! 久しぶりだなあ! 元気にしてたか!?」

「うん、日本で元気にやってるよ」


 挨拶を終えた姉がキッチンにやって来た。ジェフと姉は昔から仲がいい。美良乃は二人を残して、食事会の会場でもある地下へ下りた。

 

「皆、今日は集まってくれてありがとう。では、神に感謝の祈りを捧げよう。おっと! その前に、何か発表しておかなければならない人はいるか?」


「あれは五年前だったっけか!? スザンナとエンリケが子供ができたって発表したのは」


「ははは、そうだ、サンクスギビングの時に皆に伝えたんだったか!」

「今年は大丈夫か!? 妊娠してるやつは手を挙げて!」


 一同に笑いが巻き起こる。どうやら、今年はおめでたいニュースはないようだ。


「では、お祈りをしよう――」 


 毎年サンクスギビングの事会の始まる前、親族全員が輪になって祈りを捧げるのだが、キリスト教徒ではない美良乃はいつも黙って下をむいているだけだ。ちらりと母と姉を横目で見たが、二人とも美良乃と同じように無言だった。


 お祈りが終わると各自一階のキッチンまで食べ物をよそいに行く。各家庭が最低一品は持ち寄る形式で、毎年この家の主である大伯父が何時間もかけて七面鳥の丸焼きを作る。


 美良乃は七面鳥とマッシュポテトにグレービーソースをかけたもの、そしてスタッフィングといって、クルトンのようなものとセロリ、人参などを炒めてスープで柔らかくし、七面鳥の中に詰めて焼いたものを皿に盛った。後でマカロニサラダとインゲンのキャセロール、そして何よりピーカンパイを取りに戻らなくては。


 そこからはひたすら、親戚たちと他愛もないおしゃべりをしながら食べ続けた。


「うええ、食べ過ぎた。もう無理」


 辛うじて口から出ない程度というくらいに満腹になった美良乃は、ふらふらと階段を上がってリビングへ向かう。ひとり掛けソファにどっかりと腰を下ろし、ふと窓の外を見ると満腹になった子供たちが寒空の中、ジャケットをしっかり着込んで広大な庭を走り回っていた。そのそばに、ぼんやりと彼らを眺めている母がいた。


 美良乃は何気なく外へ出て、母の横に並んだ。


「お母さん、ここにいたんだ」


「もうお腹がいっぱいになっちゃってね。それにしても、子供は風の子とかいうけどほんと元気よね」


「……子供たちとは遊ばないの?」


 美良乃が何気なく訊くと、母は苦笑する。


「おばさんにはこの寒さはこたえるわ。それに、わたし子供って苦手なのよね、本当は」


「……そういえばわたし、お母さんに遊んでもらった記憶がないな」


 母は悪びれる様子もなく肩を竦める。


「わたしだって、両親に遊んでもらった記憶なんてないわよ。そういう人たちじゃなかったし。子供のころは日曜日になればキャッチボールをしてくれたりする友達の親が羨ましかったし、わたしもそんな家庭を築きたいと思ってたけど、いざ自分が母親になってみると、自分の子供とどう接したらいいかわからなかったのよ。だって、わたしは育児に無関心な父親と、夫の世話に明け暮れていた母親しか知らないのだもの。それに、変に大人が遊ぶよりも、子供同士で遊んだ方が楽しいじゃない。だからあなたにはお姉ちゃんと遊びなさいって言ったのよ」 


 美良乃は意外な気持ちで母を見つめた。


 ――母は自分のことが嫌いだから遊ぶことを拒否していたわけではないのだ。


 胸の奥で絡まっていた糸の一部が、するりと解けた気がした。


 思い返してみても、母とこんな話をしたことがなかったように思う。人の言動の裏にどんな思いがあるのかは、目で見ることができない。真に人を理解するには、対話が必要不可欠なのだ。


(もっと早い段階でお母さんと話せていたら、わたしはアメリカに逃げてくることはなかったんだろうか)


 しかし美良乃はどうしても母に真実を問うことができなかった。子供の頃に母に構ってもらえなかった記憶は、以前の美良乃にとっては瘡蓋になっていない擦り傷のようで、あまりにも生々しいものだったからだ。もし母の口からはっきりと「そうよ。あなたなんて嫌いよ」と言われてしまったら、自分を保っていられる気がしなかった。


「そういえば、おじいちゃんとおばあちゃんも、あまり子供と遊んだりするタイプじゃなかったね」


「お父さんはいかにも昭和の頑固おやじって感じだったし、お母さんも子供たちがお父さんの機嫌を損ねないように、いつもピリピリしていたわよ。言っておくけど、あなたたちが知っているおじいちゃんとおばあちゃんは、年齢を重ねて丸くなった上に、孫ができてかなり優しくなったバージョンだからね? 昔は嘘でも吐こうものなら拳骨振り回しながら追いかけて来てたんだから!」


「……全然想像できない」


 美良乃が知っているのは、帰省すると優しく出迎えてくれ、お小遣いをくれる優しい祖父母だった。

 母が子供のころは、祖父は寡黙で休みの日は新聞を読みながら一日中ゴロゴロしていたそうだ。祖母は昭和の価値観が強い専業主婦で、常に夫の顔色を窺っているような人だったのだという。


「そんな居心地の悪い家庭で、わたしは育ったのよ。あなたのお父さん――ビルと結婚する時も物凄く反対されたし」


 母は何処か遠くを見つめながら自嘲するように口元を歪めた。


(もしかして、お母さんが子供を突き放すようなことを言ったり、気まぐれに愛情表現をするのも、子供のころに育った家庭の影響なのかもしれない)


 自分の親が自分たちに取っていた態度しか知らないからこそ、無意識のうちに同じ態度を姉や美良乃に取っていたのだとしたら。


 美良乃は鈍器で後頭部を殴られたかのような強い衝撃を受けた。


 ――ああ、これは負の連鎖なのだ。子供とどう接していいかわからない人が親になり、またその子も自分が育った家庭と同じような家庭を築いていく。


 ましてや母はシングルマザーだった。父から養育費は受け取っていたが、それは到底夫と共働きで得られる収入の足元にも及ばないような少額だったはずだ。当時は今と違って国際結婚もあまり一般的でなく、離婚することは恥ずかしいことだという風潮も今より色濃く残っていただろう。


(――お母さんは、そんなストレスとプレッシャーの中で、たった独りでお姉ちゃんとわたしを育てたんだな)


 母が子供に見せていた冷淡な態度は、決して褒められたものではないし、今も美良乃の心の中に大きな傷となって残っている。しかし、大人になったからこそ、母が理想とかけ離れた現実に困惑し、追いつめられていたであろうことも理解できてしまう。


 冷たく見える態度を取ったり、無神経な言葉を吐きかけるのは、虐待や育児放棄として家庭相談所の保護を仰ぐほど重大ではないが、子供の心に大きな影を落とすには充分な環境だ。どこの家庭にでも起こり得ることだったし、子供があまり物事に頓着しない性格だったなら、美良乃ほどショックを受けずに済んだくらい、些細な事だったのかもしれない。それでも、美良乃には耐えられないくらい悲しかったのだ。それを、母にも分かってほしかった。


 ――これが、母に自分の本心を打ち明けて、理解してもらう最後のチャンスなのかもしれない。


 母に見切りをつけるのは、本音でぶつかってからでも遅くはないのではないだろうか。

 美良乃は湧き上がる感情に載せて、震える声で絞り出した。


「……それでも、わたしはお母さんにありのままの自分を受け入れて欲しかったよ。少しくらい人と違くてもいいって肯定してほしかった」


 それに気付かず、母は遠くを見ながらフンと鼻を鳴らした。


「もう、あなたって本当に僻みっぽいわよねぇ」


 呆れたような声音が、美良乃のなけなしの勇気を打ち砕いた。


「あなたが人と違うのは事実じゃない。あなたが普通の子供と違うせいで学校の先生から呼び出されたりしたのよ? 少なからずわたしは迷惑を被ったんだから、何が人と違うのかを指摘するべきでしょう? それともなに? 改善しないといけないところも全部肯定して、いい子ね、あなたには何も悪いところなんてないのよって育てるのが正解だって言うの? それが今の教育方針か何か知らないけれど、それをあなたが生まれてから二十年以上経った今、わたしに押し付けられてもね……。

 大体さあ、あなた知ってる? 理想的な子育てって、たかだか十年でがらっと変わるのよ。昔なんて母乳は赤ちゃんの発達によくないから、必ず粉ミルクで育てなさいって教えられたのに、粉ミルクで育った子供が親になる頃には母乳じゃないとダメだって正反対のことを言われるの。それなのに、わたしが親失格みたいに言わないでよ」


 諦観の境地に立って、美良乃は地平線を見つめた。この人は、ただ美良乃の言葉を受け止めることすら、できないのだ。自分は間違っていないと証明することに躍起になって、娘がどんなことを感じていたのかは意に介さない。


 ――そうだ、母は、こういう人だった。


 美良乃はまたしても母に期待していた自分を嘲笑った。


「別に、責めているわけじゃない。ただ、あなたはそんな風に感じていたのねって、受け止めてほしかっただけ。――でも、もういいの。何でもないから、忘れて」


「またそうやって拗ねる」


 子育てに正解はない。それ故に、どうやって子供と接すればいいのかを教えてくれる人は親族しかおらず、自分の親と似たような子育てをしやすいのではないか。


 ――怖いな、と思う。


 不安定な愛情で育った自分は、いつか自分の子供にも同じように不安定な愛情しか注ぐことしかできないのではないか。


(わたしが、その負の連鎖をここで食い止めなくちゃ。わたしは、自分の子供に同じ苦しみを与えたくない)


 生まれてきてくれてありがとうと、言葉と態度で愛してると伝えたい。そんな親になるには、どうしたらいいのかは分からないけれど、ここで立ち止まっていてはいけないことだけは分かる。


「寒いからもう戻るわね」

「うん、分かった……」


 美良乃は身を縮こませながら家の中へ入る母の背中を見つめた。幼い頃はとても大きく、そして冷たく見えたそれは、今の美良乃の眼にはとても小さく映る。


 あの人と暮らしていた頃、自分には家庭にも職場にも居場所がなかった。辛い、苦しい、抜け出したいと思っていても、誰かがお膳立てして自分を受け入れてくれるのを待っていたように思う。


 何て消極的で、受け身だったのだろう。本気で自分の居場所を見つけようともしていない人に救いの手を差し伸べてくれる人など、いるわけがなかったのに。


 ――自分はもう、母親の愛がないと生きていけないような幼い子供じゃない。自分の居場所は、自分で築いてみせる。


 ――だから。


(さようなら、お母さん。育ててくれてありがとう。さようなら、お姉ちゃん。文句ばっかりだけど、優しいところもあったね。それでも、あなたたちのそばはわたしの居る場所じゃない。わたしは、ここで、アメリカで生きていく)


 これからも、肉親として接することはあるだろう。けれど、美良乃が心の拠りどころとしてあの二人に縋ることは二度とない。



 そうして、美良乃が心の内で静かに二人と決別した日から二日後、母と姉は寒いと文句をいいながら、日本へ帰っていったのだった。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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