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美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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47.  十一月二十日 憂鬱な再会【2】

美良乃の母と姉の襲来、続きです。

2024/12/7 内容にかなり加筆して改訂しました。

美奈(みな)未央子(みおこ)! 会いたかったわ! 顔をよく見せてちょうだい!」


 車を自宅の敷地に駐めるなり、玄関から飛び出してきたクローイーが姉と母を抱きしめた。満面の笑顔で、どこからどう見ても二人を歓迎していることと、長期間会えなくて寂しかったことが伝わってくる。


「おばあちゃん、久しぶり! 元気にしてた? わたしも会えなくてすっごく寂しかったよ!」


「久しぶりクローイー! お招きありがとう! また会えて嬉しいわ!」


 母と姉は輝かんばかりの笑みでそれに応える。美良乃(みらの)に向けていた淡々とした態度とは雲泥の差だ。昔から二人は家の外へ一歩出た途端に社交用のフレンドリーな態度に切り替える。三重にも四重にも猫を被っている姿は、最早天晴としか言いようがない。


 クローイーは二人を家の中に招き入れると、二階の美良乃の部屋の向かい側にある客室へ案内した。


「ごめんなさいね。部屋数が足りなくて、二人でこの部屋を使わせてしまうのだけど」


「そんなこと気にしないで! うわあ、素敵な家具ね」


「そうだよおばあちゃん、気にしないで。ああ、懐かしいこの部屋! わたしが遊びに来ると、いつもこの部屋を使わせてくれていたよね」


 美良乃は母と姉をクローイーに任せ、そそくさと自室へ逃げ込んだ。小さい頃から何故か美良乃は彼女たちの気分に影響されてしまう習性があった。まるで乾いたスポンジのように、二人のその時の感情を吸収して同調してしまうのだ。そのため、あの二人と長時間一緒にいると精気を吸われているのかと思うくらい疲れるので、日本に住んでいた頃から接触は必要最低限にしている。


「はあ、疲れた……。あの人たち五日間も滞在するんだよね……。最悪」


 ベッドにうつ伏せに倒れ込みながら、長い長い息を吐く。合計四時間も車を運転していたこともあって、かなり疲労困憊のようだ。全身の力が抜けたところで身を捻って仰向けになり、ポケットからスマホを取り出した。


 オマハまで往復していた間に、アリアとルイからメッセージが届いていた。


『今日は家族が来るんでしょ? もう迎えに行ったのかな。大丈夫?』


「アリアは優しいなあ。『大丈夫だよ』っと」


 美良乃は思わず頬を綻ばせた。


 ルイからは未読メッセージが三件あった。カサンドラのこともあって、モンスターショー以来彼とは会っていないが、毎日こうしてメッセージがくる。彼の気持ちを疑ってしまっているが、こうしてマメに連絡をくれるのは素直に嬉しかった。


『やあ僕の女神♡♡! 今日のご機嫌はいかがかな? 今頃君はオマハへ向かっているのだろうね。くれぐれも安全運転で、気を付けて行ってきてくれたまえ』


『カフェにやって来たよ♡ 君がここに居ればいいのにと思う。君との思い出に乾杯♡♡♡』


 メッセージと共に、カフェで食べたのであろうサンドイッチと、コーヒーの写真も添付されていた。


『君に会えなくて本当に寂しい。早くカサンドラのことを片付けて君に会いたい。一日千秋の思いだよ。母君と姉上とは良い再会になったことを願っている。夜にまた電話するよ♡』 


 相変わらずむず痒くなるくらい激甘のメッセージだ。


「『母と姉とは無事再会できたよ』っと……」


 美良乃は恥ずかしさでニヤニヤしたがる頬に必死で抵抗しながらメッセージに返信した。


 アリアにしろルイにしろ、自分の精神面を気遣ってくれる存在がいるというのは、こんなにも心強くて嬉しいものだったのか。これまであまり親しい友人がいなかったので、憂鬱な気分は自分で抑え込んで消化しなくてはならず、とても孤独で惨めだった。


 返信を終えたところで無遠慮なノック音が聞こえた。


「美良乃、あんたまたひとりで閉じこもってるの? せっかく家族そろったんだからリビングに下りてきて一緒におばあちゃんの相手しな! まったく、相変わらずコミュ障なんだから」


 ぶつくさ言いながら遠ざかる姉の声に、美良乃はまたしても溜息を吐いた。


「本当に、煩い。文句を言わないと死んじゃう病気か何かなのかな」


 無視すると後でまた姉にぎゃあぎゃあ言われることが分かっているので、美良乃は鉛のように重い身体を引きずって自室を出た。



 リビングに移動すると、母と姉は祖父母に愛想よく日本での生活のことを話しているところだった。美良乃は三人掛けソファの端に腰を下ろし、ぼんやりと会話を見守った。


 一対一の会話は特に何とも思わないが、複数人で交わされる会話に入るのは昔から苦手だ。まるで小学校のときにやった大縄跳びのようだと思う。皆がテンポよく次々と会話の輪の中に入るのに、美良乃はいつまでもタイミングを見計らっていて結局は輪に入れずに終わったり、入っても縄に引っ掛かるが如く、皆を白けさせるようなことを言って気まずくなる。こういう時は大抵黙っているので、良く知らない相手にはとても寡黙で謙虚な人だと思われやすい。


 そのうち夕飯の時間になり、全員でダイニングテーブルを囲んだ。今夜はグラーシュと呼ばれる、パスタをミートソースで煮込んだような料理だ。元々は肉を煮込んだシチューのようなものだったらしいのだが、この地域に移り住んだドイツ系の住民たちによって現在のような姿になった。どことなく給食で出たソフト麺のミートスパゲッティに似ていると思う。


 夕飯を食べながらクローイーは思い出したかのように「あっ」と声を上げた。


「そういえば、最近美良乃はデートしてる相手がいるのよ」


 楽し気に自分のことを話題に出されて、美良乃はハッと顔を上げた。


「へえ?」


 姉が胡乱気な眼差しを投げてくる。しまった、と美良乃は顔を顰めた。ルイとのことは母にも姉にも話していなかったからだ。


 確か、姉は現在恋人がいないはずだ。姉にとって、特別な関係の男性がいるということは、自分は女として美良乃より優れていると誇示できる一種のステータスなのだ。姉は中学三年生の頃から交際相手が途切れたことがなく、それを自慢に思っている節があった。二十一歳になるまでデートすらしたことのなかった美良乃と自分を比べて優越感に浸っていただろうに、それが現在は逆転してしまったのだから、姉にとって面白いわけがない。


「よくあんたみたいなのとデートしようって男がいるね。まあ、別にわたしには関係ないけど。どうせすぐ逃げられるんじゃない?」


 案の定、自分は特に気にしていないという風を装いながらもマウントを取ってきた。姉にとって、美良乃は常に自分より劣っていなくてはならない存在で、少しでも美良乃が自分より良い思いをしていると感じると、ムキになって貶めにかかるのだ。


 母はそんな姉を嗜めるどころか、驚いたように目を瞠った。


「ええ? 美良乃は絶対に恋愛に向いてないわよ。あなた変に世間知らずだから騙されていいように扱われそうだし、ちゃんとした相手なの?」


 ――これだから二人には言いたくなかったのだ。


 美良乃はむっつりと押し黙った。この人たちには何を言っても無駄で、変に反論すれば言い負かされて更に不愉快な思いをする。こういう時は無言を貫くに限る。


 クローイーは母と姉を交互に見て、不快そうに眉を顰めた。


「あなたたち、そんなことを言うものじゃないわ。美良乃はこんなに美人で、とっても優しい子じゃない! 相手もとてもハンサムで礼儀正しいいい子なのよ」


「おばあちゃんは会ったことがあるの?」


「ええ。前に家まで美良乃を迎えに来た時に会ったことがあるわ。何だか地面に引きずりそうなくらい車体が低くて高級そうな車に乗ってたわね。花束まで持ってきてくれたのよ。ね、美良乃?」


「う、うん」


 高級車と花束という言葉に、姉の口の端がピクピクと痙攣した。美良乃に好意を寄せる相手がいることも気に食わないのに、それがお金持ちでロマンチックなど、姉の矜持はボロボロになっただろう。

 美良乃はブランドものや人のステータスに全く興味ないが、姉は正反対で、ハイブランドのバッグが大好きだし、人がうらやむようなスペックの高い男が大好物なのだ。


 美良乃は小さく息を吐いた。姉の苛立ちに空気感染したかのように、次第に美良乃の胸にも燻るような焦燥が広がっていく。


 美良乃は陰鬱な気分で皆の顔を見渡した。


 姉は伏し目がちになりながら、親の仇でも成敗しているようにフォークでグラーシュをつついているし、母は涼しい顔で食事を続けている。チャドは相変わらず感情の見えない表情で黙々と食べているし、クローイーは片眉を上げて「何なの、彼女たち!?」という風に美良乃を見ている。


(何でわたしは、自分の家族といるのに、こんなに息が詰まるような思いをしないといけないんだろう)


 昨晩、美良乃はこのダイニングルームで祖父母と他愛ない会話を楽しみながら夕食を摂っていた。一日を無事に終えて、揃って食卓を囲み、お互いの一日について耳を傾ける、思い出しただけで穏やかで心休まるような光景だった。


 それが、母と姉のたった二人がその景色に加わっただけだというのに、ここに親密で温かな光景はない。代わりに感じるのは、喉の奥に氷の塊が挟まったような居心地の悪さ。


 ――こんなのは、自分が求めていた「家族」の姿じゃない。


 美良乃は母と姉と距離を置いたことで、自分の家族を俯瞰して見られるようになったように思う。そして今回、二人と再会してみてはっきりと気付いたことがある。それは自分が育った家庭があまりにも歪で異様であるということだ。


 日本で「クリステンセン家」の一員であった頃は、自分たちはお互いに対する愛情は確かにあるのに、それを素直に表現することができなかった。お互いの欠点ばかりに眼を向け、足を引っ張り合う蟻地獄のような環境が美良乃たち家族にとっての「普通」だったのだ。


 アメリカで暮らすようになると、周囲の環境に恵まれた。美良乃が美良乃らしくあることを否定してくる者はなく、祖父母も友達も、美良乃のことを悪しざまに言うことはない。自己肯定感の低い美良乃を優しく見守り、時には温かい言葉をかけてくれるのだ。言葉や態度から愛情を感じられる環境にいると美良乃の心も安定するのか、ニッカ―に来て以来、他人との衝突が目に見えて減った。理由のひとつに、アメリカ人は日本人と比べてストレートに物事を言うので、思ったことをハッキリと口にしてしまう美良乃には水があっていたのかもしれない。


 美良乃が求めていた「家族」は、常にお互いを思いやり、時には励まし、時には諫めて正しい道筋を示してくれるものだ。理想が高すぎるのかもしれないが、少なくともこんな風に同じ空間にいるだけで息が詰まりそうになる存在は自分に必要ない。


「とにかく、あなたたちのさっきの発言は、あまりにも美良乃に対して失礼なんじゃないかしら。こんなに優しくて素敵な子に育ってくれたことを誇りに思うべきよ」


 鬱々と考え込んでいると、クローイーがきつい口調で母と姉を嗜めているのが聞こえた。


「まあ、そうかもしれないわね」


 母と姉はちらりとお互いを見やりながら、曖昧な返事をした。

 クローイーは「ええ、そうに決まっているわ」とキッパリと言い切り、美良乃に向かってパチンと片目を瞑る。途端に目が熱くなって、美良乃は慌てて俯いた。


 ここには、自分の存在を認めてくれる人がいる。

 少し風変わりな自分を厭わず、受け入れて愛してくれる人がいる。

 日本で家族から受けていた評価は、ほんの一部に過ぎなかったのだ。


(おばあちゃん、ありがとう。わたし、アメリカに来てよかった)

 


 食後、二人はニッカ―のスーパーまで買い物に行きたいということで、美良乃は渋々車を出す。

 ハイウェイを走っている間、助手席に座っていた母が困ったような口調でぼやいた。


「それにしても、アメリカ人て本当に身内をべた褒めするのね。日本人にはあまりない感覚だわ。クローイーの口調だと、何だかわたしと美奈が美良乃に意地悪してるみたいじゃない、ねえ?」


 後部座席で睡魔と戦っていた姉がフンと鼻を鳴らす。


「おばあちゃんにしたら、どんなに不出来な子でも身内だから可愛いんじゃない? それにしても、足下めちゃくちゃ寒いんだけど、本当に暖房効いてるの?」


「エンジンかけたばかりだから、すぐには暖かくならないよ」

「マジで? ポンコツなんじゃないの、この車」


 姉は憮然と吐き捨てて黙り込んだ。


 スーパーに到着すると、二人はすれ違う買い物客に侮蔑の視線を向けて「すごいデブ!」や「何食べたらあれほど大きくなるんだろうね」と次々と感想を口に出していく。いくら相手が日本語を理解していないとはいえ、心に留めておけばいいものをわざわざ口出すのだから、失礼極まりない。


 姉は仏頂面でスーパーを歩き回りながら、七色のクリームでデコレーションされたカップケーキを指差して「食べたいと思うやつの神経が信じられない」とか、1ガロンのチョコレートミルクを見て「チョコレート入れないと牛乳飲めないとか、何なの? だから太るんだよね」と、よく思いつくなあと感心してしまうくらい、次から次へと文句を並べたてた。


(お姉ちゃんて文句から生まれてきた、文句の女神とかなのかな。一緒にいると疲れる。早く日本に帰らないかな)


 日本にいた頃はこれが日常だったのだと思うと、かつて自分はどうやって正気保っていたのかと疑問に思った。

 そう考えて、ハッとする。今まで、自分はとても狭い世界にいきていたのではないだろうか。

 日本にいた頃は、母と姉の存在があまりにも大きかったように思う。美良乃にとって、彼女たちの言葉は全世界を代表しているように聞こえ、それに一喜一憂していた。


 しかし、こうして距離を取ってみれば、二人の意見は所詮、彼女ら個人の価値観、しかもかなり偏っているものに基づいているのだと気付かされる。


(――ああ、何だか、馬鹿みたい)


 美良乃はスーパーの卵コーナーを眺めながら、自嘲に口元を歪めた。


(わたしはもう、二人と一緒に暮らしているわけじゃない。二人の顔色を窺って自分を押し殺して暮らしていく必要はないし、不愉快な相手なら切り捨てていいんだ。それが例え家族であっても)


 夫婦が性格の不一致で離婚に至るように、肉親であっても性格の不一致が原因で離れていく例はいくらでも存在する。親だから、一緒に育った姉妹だからといって、必ず理想的な関係が築けるわけではない。むしろ適度に距離を保ち、互いに干渉しないことで均衡を保てる関係もあるのではないか。


 そう思い至った瞬間、目の前が急にクリアになった気がした。


 ――『君はひとりではない。君には僕がいるのだと、覚えておいてほしい』

 ルイに言われた言葉が、鮮やかに耳の奥に蘇る。その意味を、今初めて理解した。


(何でだろう。今、無性にルイの声が聴きたい)


 ――今夜、彼から電話があったら、自分は何を感じるのだろう。

 それが楽しみでもあり、恥ずかしくもあった。

かねてから、美良乃と日本の家族の確執と、彼女がどうそれを乗り越えるかについてもう少し足したかったのですが、加筆した分更に文字数が膨れてしまいました……。すみません 汗。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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