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美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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45.  十一月十二日 吸血鬼対策【2】

フェルナンドが帰った後の美良乃とアリアです。

 フェルナンドを見送るや否や、アリアは美良乃(みらの)の肩をガッチリ掴んだ。


「で? ルイ様と何があったか、アリア姐さんに聴かせてくれるわよね?」


 笑顔が微妙に怖い。


「う、うん。えっと」

「さあ話せ。やれ話せ。いざ話せ」

「ちょっとアリア、落ち着いて! ステイ!!」


 アリアは美良乃のベッドに腰かけると足と腕を組み、臨戦態勢に入った。美良乃は言葉を探しながらぽつぽつと心情を吐露していく。


「ルイってファンクラブがあるくらい、人気があるじゃない? 昨日、モンスターショーの会場でファンにサービスしてるルイを見てたら、ああ、この人はキラキラした世界に生きる別の生き物なんだな、わたしとは住む世界が違うなって、何だか気後れしちゃって。おまけにその後、カサンドラに『いかにも堕としやすそうな小娘だ』って言われてモヤモヤしちゃったんだよね」


「でも、二人が出会った時点で、既にルイ様はモテモテだったじゃない。どうして急に気になるようになったの?」


「多分、わたしがルイを好きなんだって自覚したからだと思う」


 好きだからこそ、自分はルイの隣に並んでも釣り合うような存在なのだろうかと不安になった。好きになったからこそ、いつか彼の気持ちが色あせて、「やっぱり、君みたいな卑屈でつまらない女性は無理だよ」と捨てられるのが怖いのだ。


 恋愛感情の有無に関わらず、大切な人ができると、失うことが恐ろしくなる。心にぽっかり穴が開いたような虚無感に苛まれる。あの痛みと絶望を味わうのが、心底恐ろしくてたまらない。


 だからこそ、美良乃はこれまで、他人に深入りしてこなかった。心を許した相手に本当の自分を知られ、幻滅されるのが怖かったのだ。


「わたしはこれまで、他人に興味がなかったのもあるけど、無意識のうちに興味を持たないようにもしていたんだと思う。嫌われたくない。傷つきたくない。誰にも執着したくない。だって、いくらわたしが相手を好きになって受け入れたって、どうせ相手がわたしと同じ想いを返してくれることなんてないんだから。それなら最初から誰も心の中に入れないようにして、自分を守りたかった」


 しかし、ルイはそんな美良乃を放っておいてくれなかった。強烈なまでの存在感で近づいて、突飛な言動を繰り返し、強引な訪問販売よろしく、あっという間に美良乃の心のドアの隙間に片足を突っ込んだのだ。


 美良乃の困惑などお構いなしでグイグイ攻めてきたと思えば、美良乃が本当に不快に思う線は越えずに一歩下がる。そんな絶妙な距離を保って美良乃の警戒を解いてしまった。


「でも、わたしはルイを完全に信じることができないでいる。この人は絶対にわたしを裏切らない、見捨てたりしないって安心できるほど彼のことを知らないし、ありのままのわたしでもルイに受け入れられるって言い切れるほど、自分に自信があるわけじゃない」


「そっか……。あんたはルイ様が自分に執着する理由が必要なのね」

「え?」


「自分にはルイ様を惹きつけるだけの魅力があるわけがない、だからこそ、ルイ様の本当の目的は血なんだって思い込もうとしてるように聞こえる。そうでなければあんた自身が納得できないのよ。だってあんたは、相応の理由がなかければ、他人が自分に対して興味を抱くことはないと信じてるんだもの。完璧な自分でなければ誰からも愛されないんだって考えに、固執しているように聞こえるのよね」


 図星を指されて、美良乃は困惑していた。


「だって、そうじゃないの? それなりの理由があるから、誰かを好きになるんじゃないの?」


 アリアはくしゃりと顔を歪めた。


「そうじゃないのよ美良乃。誰かを好きになったり、愛したりするのに理由なんてない。理屈で片付けられないのよ。性格がいいから好きだとか、イケメンだから好きだとか、そんなのって後付けの理由だとあたしは思うの。この人が好きって思って、よく考えてみたらこんなところがあった、あんなところも素敵だと思えたって言語化してるだけで。

 すごくいい人で、趣味もあって、一緒にいると居心地がいい。条件だけ見れば完璧なのに、恋愛対象として見れないって人、いるでしょ? 人の気持ちって、全部が白黒はっきりさせられたり、理屈で片付いたりするものじゃないと思うの」


 確かに、所謂「お友達で終わってしまうタイプ」というのはよく聞く。絶対に自分を幸せにしてくれるような人だけれど、一緒にいてもドキドキしないから付き合わない。むしろ、一緒にいても安心できず、自分を振り回してくるような人だけどこの人がいいと思う場合もあるらしい。


「ピンとこない? じゃあ逆のパターンで考えてみてよ。『こいつは何となく気に食わない』とか、『はっきり理由は言えないけど、この人は無理』なんてことなら、あんたも身に覚えがあるんじゃない?」


 そういうネガティブな感情なら覚えがあるので、美良乃は「確かに」と頷いた。


「それと同じことよ。好きになるのだって、クリアしなくちゃいけない項目があるわけじゃないのよ。ゲームじゃあるまいし」


「そう、なのかな?」


 自分が他人に向ける感情についてはすんなり受け入れられるのに、それが他人から自分に向けられる感情になると、途端に懐疑的になってしまっているということに、この時美良乃は初めて気づいた。


「――前に、あんたの悩みの原因はお母さんにあるって言ったのを覚えてる?」


 6フィートアンダーでアリアに魔女の占いをしてもらった時に、そんなことを言われた。


「アリアの占いの結果だよね?」


「そうよ。あたしも詳しいことは分からないけれど、あんたのその『相応の理由がないと好きになってもらえない』っていう発想は、占いの通り、お母さんとの関係が原因なんじゃないかと推測してる」


 思い当たることは山のようにある。母は気まぐれな人で、日頃から我が子に対して目に見える形で愛情を注ぐ人ではなかった。きちんとした教育を施したり、栄養のある食べ物を与えたりといった、保護者としての役割は全うしていたのだから愛情自体はあったのだろうが、それは大人になった今だからこそ分かることだ。


 赤ん坊の時のことは覚えていないが、美良乃には物心ついてから母に遊んでもらった記憶がない。お母さん遊ぼうと言うと、母は面倒くさそうに溜息を吐き「お姉ちゃんと遊んでればいいじゃない。お母さん疲れているんだから、放っておいて」と言ったり、夕飯の席で母にその日の出来事を話していても、「ふうん」とか「へえ」で聞き流されることが多かった。何とか興味を持ってもらおうとしつこく話しかけると、「煩いわね! 今テレビ観てるんだから邪魔しないでよ」と一喝されるか、「へえ、そうなの? どうでもいい。興味ないわ」と吐き捨てられるだけだった。


 そんな母が美良乃に明らかに関心や愛情を示したりするのは、テストでいい点を取ったとか、お手伝いを頑張ったとか、優しい言葉をかけるに足る理由があった時がほとんどだった。


(小学校高学年になる頃にはもう、お母さんはわたしに興味がないんだ、わたしの事が嫌いなんだなって、諦めてしまっていたんだよね)


 それでも、「お前に関心を向ける価値はない」という態度を取られるたびに、傷つかないではいられなかった。心のどこかで母が振り向いてくれるのを、どんな自分でも受け入れてくれることを期待していたのだ。


 ――今思い出しても悲しみで胸が痛む。


 鼻の奥がツンと痛くなり、視界が滲んだ。

 美良乃は涙を押し込めるように何度も瞬きをして、作り笑いを顔に浮かべた。


「でも、それって子供の頃のことでしょ? わたしはもう成人してるのに、未だに影響なんてあるのかな?」


 懐疑的な美良乃に、アリアはゆるりと首を振った。鼻声になった美良乃に気付いたのか、憐憫の混じった眼差しを向けてくる。


「人って、思っている以上に育ての親に影響されるものみたいよ? 育った環境が人格形成だったり、潜在意識に大きな影響を与えるものなんだって。身体の芯まで染みついたものって、大人になったからといって、そう簡単になくなるものじゃないのよ。前に本で読んだことがある」


 アリアはバイトをする傍ら、人間世界の薬剤師を目指して大学に通っている。心理学のクラスを受講した時に興味を持った本があったようだ。


「まあ、もうすぐあんたのお母さんに再会するんだから、その時自分と自分の家族を客観的に見てみるといいと思う。――さて、この話はこれくらいにして、守護の女神を埋めに行きましょうか。夕方からバイトでしょ?」


 アリアは気を取り直すように胸の前で両手をパチンと合わせると、女神を模した藁人形を手に取った。


 それから二人は庭に出て、寒さで硬くなった土をせっせと掘り返し、自宅の敷地に吸血鬼避けの結界を張ったのだった。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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