44. 十一月十二日 吸血鬼対策【1】
モンスターショーの翌日、昼過ぎにアリアとフェルナンドが訪ねてきた。
フェルナンドは蛍光黄色の瞳を魔法で人間らしいグレーに変えている。カラーコンタクトレンズが発明されて以降、人間の前でも素の瞳を隠すことはなかったらしいのだが、美良乃が同居しているクローイーとチャドの年齢層が上のため、印象を少しでも良くしておこうと思ったらしい。どうやら自分の外見が他人に威圧感を与える自覚があるようだ。
二人を自室に通すなり、アリアが眉尻を下げた。
「ちょっと! 眼の下が凄いことになってるじゃない。眠れなかったの?」
「うん……。色々考えちゃって」
美良乃は両眼を手の甲で擦った。ルイと自分について悶々と考え込んでしまい、ようやく眠りに落ちたのは明け方になってからだった。隈も酷いが、寝不足で顔も浮腫んでいる。
アリアはバッグの中から親指程の大きさのアメジストがついたペンダントと、乾燥させたハーブのようなものでできた小さい輪を取り出した。クリスマスにドアに飾るリースのような形をしている。
「このペンダントは肌身離さずつけておいてね。あんたと、あんたのそばにいる人を吸血鬼から認知できないようにするから。あと、こっちのリースは家の玄関の扉の上に飾っておいて。家全体に吸血鬼の侵入を拒む呪いがかけられるから。それと、こっち」
言いながらアリアが取り出したのは十五センチくらいの大きさの藁人形だった。日本の丑の刻参りで使うものより大雑把に作られているが、顔の位置にはアメジストのビーズで作った目が二つあり、きちんとワンピースまで着せられている。
「何それ、怖っ」
美良乃が盛大に顔を引きつらせると、アリアは心外だと言わんばかりに片眉を上げた。
「これは敷地の真ん中あたりに穴を掘って土の中に埋めておいて。こんな見てくれだけど、敷地全体に吸血鬼避けの結界を張ることができる、ありがたい女神様を模してるのよ」
美良乃、家、家の敷地と徹底的に吸血鬼を寄せ付けないようにするらしい。これでカサンドラはもちろん、ルイすらも近づけないだろう。
「ありがとう。これ、代金は」
「後できっちりルイ様に請求するから、あんたは心配しなくていいのよ」
アリアはにやりとほくそ笑んだ。ブラックフライデー前に臨時収入が入ってご機嫌らしい。
ブラックフライデーは最近日本でも聞かれるようになったが、アメリカでは毎年十一月の第四木曜日にあるサンクスギビングという祝日の翌日に開催される大セールで、この日にクリスマスのプレゼントを買い込んだりする一大イベントだ。毎年早朝というより、むしろ夜中と言っても過言ではない時間から開店する店が多いので、ニュース番組で深夜から買い物客が列を作って待っている光景が放送されるのが一種の風物詩となっている。
「俺もルイから連絡があって来たんだ」
「ルイから?」
「ああ。美良乃が面倒ごとに巻き込まれそうだから、タトゥーを貸してやって欲しいってな」
フェルナンドはフード付きのトレーナーの首元を引き下げた。フェルナンドの喉仏のすぐ隣でオオヤマネコのリンクスが気持ちよさそうに昼寝をしている。
美良乃は目を瞬いた。
「リンクスを貸してくれるの? でも、何で?」
意図が分からずに首を傾げる。
「リンクスに俺の魔力をたっぷり染み込ませておいたからな。お前が何か危険に晒されたら俺が感知できるし、あまり強くないが防御系の魔法も使えるようにしてある」
フェルナンドがリンクスの名前を呼ぶと、リンクスは「なあに?」というように片目を開けた。
「お前の大好きな美良乃だぞ」
リンクスの耳がピコッと反応した。目を真ん丸にして美良乃をじっと見つめる。
「身体のどこに居させればいい?」
「じゃあ、二の腕で。首から上には来ないように言っておいてくれるとありがたい」
以前リンクスが顔面に居座ってしまったことを思い出し、慌てて付け加えた。
「リンクス。美良乃の二の腕に行け。首から上には散歩に行くなよ」
リンクスはお尻を上げて伸びをすると、ゆったりとした足取りでフェルナンドの首から足へ向かって移動を始める。やがて床の上を歩いて美良乃の足をよじ登り始めた。命令通りに二の腕に到着したことを見届けると、美良乃はホッと安堵の息を漏らした。
「ありがとう。それにしても、かなり厳重な警戒だね」
美良乃はルイ以外の吸血鬼とはあまり接したことがない。昨日のカサンドラは陰険な感じがしたが、ここまでする必要があるのだろうか。
フェルナンドは至ってまじめな顔で美良乃を見下ろす。
「普段ルイは、ああいうチャラ……なんだその、フレンドリーな態度だから実感が湧かないかもしれねえが、吸血鬼っていうのは捕食者なだけあって、本来は残忍な性質なんだよ」
「……今、確実に『チャラい』、『チャラチャラしている』、あるいは『チャランポラン』って言おうとしたよね」
フェルナンドが目を泳がせたので、美良乃は苦笑した。ギリギリで言葉を濁したのは、一応雇い主でもあるルイへの彼なりの配慮なのだろう。
「吸血鬼の中には、人間の血液以外を接種するなんて、吸血鬼の風上にも置けないだとか、人間はあくまで餌であり吸血鬼が支配すべき家畜だ、なんて考え方の過激派もいるんだ。カサンドラも過激派の思想に傾倒している節があるから、気を付けるに越したことはない」
「フェルナンドはずっとこの辺に住んでるんだよね? ルイとカサンドラの間に何があったかは知っているの?」
フェルナンドは眉間にグッと皺を寄せた。厳つい顔つきが更に凶悪になって、怖い以外の何ものでもない。彼はしばらくして首を横に振った。
「……ああ。知ってる。だが、あまりにも個人的なことだからな。ルイに直接訊いてくれ」
「そっか……」
思っていたより複雑な事情があるようだ。ルイが美良乃に説明していない以上、部外者である彼が勝手に話すのは筋違いというものだろう。
二人のやりとりを聞いていたアリアが肩を竦めた。
「この辺は吸血鬼が少ないから、あたしも吸血鬼の知り合いはあまりいないけど、うちの祖母も吸血鬼は怖いって言ってたわ。まあ、『魔に属する者』全般がそうなのであって、吸血鬼に限ったことではないけど」
吸血鬼は人間の血を糧とする生き物だ。人間と同じように食事もするが、それだけで生き延びることはできず、あくまで他の生き物の血液を接種しなくてはならない。特に栄養価と味が良いのが人間の血なので、必然的に人口が多い大都市に定住する吸血鬼がほとんどで、ニッカ―のような人もまばらな田舎に住んでいる方が珍しいのだという。
「確か、サンクスギビングに家族が日本から来るんでしょ? あんたがそのペンダントを身につけておけば、そばにいる家族にも守護の魔法がかかるけれど、離れると効き目がなくなるから注意してね」
母も姉も運転免許を持っていないので、どの道どこへ行くにも美良乃がついて行かないとけないだろう。
フェルナンドはリンクスが丸くなって昼寝を始めたのを確認すると、「夕方から用事がある」と言って帰っていった。
次回に続きます。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




