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美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
本編

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27.  十月十七日 吸血鬼とデート【4】

日本食レストランにて。続きです。

 ――もしかしたら、自分で思っている以上にルイ惹かれているのかもしれない。


(いや、ちょっと待って! そりゃあ、ルイのこといいなとは思ってるけど。でもまだお互いをよく知らないのに、好きになるっておかしくない? それとも、誰かに恋するのに時間って関係ないのかな)


 自分の恋愛経験の乏しさがこれほど恨めしかったことはない。これはアリアに要相談な案件間違いなしだ。


 美良乃(みらの)はちらりとルイの様子を盗み見る。


 長年日本で暮らしていただけあって、彼は箸の使い方も完璧だった。寿司セットについてきたサラダも箸を使って器用に食べている。ピンと伸ばした背筋といい、洗練された所作からは育ちの良さが窺える。


 感心していると、ふと視線を上げたルイと目が合った。照明を受けた瞳が本物のサファイヤのようにキラキラと輝いて、美良乃の鼓動が跳ねた。


 熱くなった頬を誤魔化すために、慌ててサラダを口に押し込む。


「こ、このドレッシング美味しいね! 日本食レストランに行くとこれと同じ人参ドレッシング使ってるところが多いけれど、材料は何を使っているんだろう?」


「そうだね。僕は以前、オレゴン州のポートランドでも日本食レストランに入ったことがあるけれど、これと同じ人参ドレッシングを使っていたな。僕も自分の舌を頼りに再現してみようとしたことがあるのだけれど、なかなか同じようにはならなくてね」


「へえ、ルイって料理するの?」


「ごくたまに、ね。今は料理人を雇っているから、基本的には彼女の作ったものを食べているよ」


「料理人」


 金持ちワードが飛び出して目を瞬く。


「執事もいたりして」


「ああ、執事のセバスチャンも雇っているよ。本名は別にあるのだけれど、執事の名前はセバスチャンと決まっているだろう? 勤務中はニックネームで呼ばせてもらっている」


「そ、そう」


 別に執事は必ずセバスチャンでなければならない法律などないのだが、これも日本の漫画の影響なのだろう。


 ルイの家には他に、週に二回、ルイが使っていない部屋を掃除をしに来てくれる業者がいるらしい。自宅の部屋数が多いので、自室やバスルームくらいしか手が回らないのだとか。


「美良乃は料理はするのかい?」


「う~ん、日本では実家に住んでたし、こっちでは祖父母と暮らしてるから、あまりする機会はないかな。どうしても食べたいものがあれば、作り方の動画とか見ながら作ることはある」


「ほう。どんな料理が食べたくなるのだい?」


「ギリシャ料理とか……。こっちでは結構人気があるけど、日本ではあまり、ギリシャ料理のレストランってなかったから。あとは、フムスとか、ブリックとか、中東とか北アフリカの料理も好きだよ」


「フムスは僕も作ったことがある。ひよこ豆のペーストみたいなやつだね」

「そうそう。ブリックはチュニジアの揚げ餃子みたいなやつだよ」


 その後は無難に、お互いの趣味や休日の過ごし方などを話して食事は終了した。美良乃は約束通り二人分の食事代を払おうと思っていたが、ルイは彼女がトイレに行っている間にチップを含む全額の支払いを済ませてしまっていた。


 車に戻り、美良乃が代金を渡そうとすると、彼はやんわりとそれを制止した。


「食事に誘ったのは僕だからね」

「でも、これじゃあお礼になってないし」

「君が僕のために時間を使ってくれたのが何よりのお礼だよ」


 彼はパチリと片目を瞑って宣う


「うう……。それじゃあ、お言葉に甘えて、ご馳走様でした」


 そこまで言われてしまうと、引き下がらないわけにはいかない。


 既に午後八時を過ぎた帰り道、空には爪の先のように細い月が浮かび、一面に金銀の星が散っていた。車は地平線に吸い込まれるように真直ぐに伸びるハイウェイを疾走していく。


 会話が途切れて沈黙が車内を支配した時、ふと、膝の上に置いていた左手がひんやりするものに包まれた。


 驚いて見ると、ルイの骨ばった大きな手が美良乃の手の甲を覆っていた。

 心臓が胸を突き破って飛び出していきそうになる。


(ひええええええ! 手! 手を握られている!!)


 これではまるでデートではないか。いや、デートなのは分かっているのだけれども。人生初のデートなうえ、異性の手に触れたのも中学の体育祭以来初の美良乃にとっては一大事だ。


 瞬時に緊張と羞恥心が襲ってきた。どんな顔をしていいかわからず、口元がぐにゃぐにゃとうごめいてしまう。


 ちらりとルイの顔を見ると、彼は進行方向に視線を定めたままだった。少々表情が強張って見えるのは気のせいだろうか。


 やがて彼は躊躇いがちに口を開いた。


「――嫌かい?」

「――嫌、では、ない、かな……」


 そう、以前だったら払いのけていたかもしれないが、今は不思議と嫌ではなかった。

 嫌ではないが、心臓が家出しそうなくらい動揺している。


 ルイの掌で転がされているようで何となく癪に障るが、これはもう、決定だ。

 ――自分は恋愛対象として、ルイに好意を抱いている。


「良かった。少し、このままでいても?」

「うん……。でも、カーブに差しかかったら両手でハンドル握ってね?」

「ははっ、もちろん」


 美良乃の返事に、ルイはホッとしたように口元を緩める。美良乃の手に重ねた右手に少し力を込めて握り込んできた。


 美良乃は気にしていない風を装って前を向いているが、全神経はルイに触れらている左手に集中していた。先ほどから掌に大量の汗をかいている。ルイに触れられているのが手の甲で良かったと心の底から思った。


 車の進行方向によって触れたり離れたりするルイの温度を心地よく感じながら、あっという間に二時間が経過して、気付けば車は美良乃の自宅前に停車していた。


「今夜はとても素敵なデートをありがとう」


 今一度強く握りこんでから手が離れていく。失われた体温を少し寂しく感じてしまう自分に驚きつつも、美良乃は表情を取り繕った。


「うん。わたしこそ、ありがとう。ごちそうさまでした」

「――また誘ってもいいだろうか?」


 ここはアメリカ。社交辞令や遠まわしな表現とは縁のない、直球勝負の国である。故に、友達のままでいたい場合はハッキリその旨を告げて断る。


 しかし、美良乃の答えは既に決まっていた。


「うん。あの、つ、次も、た、楽しみにしてる……」


 ルイは蕩けるような笑みを浮かべた。凄まじい色気と、車内に充満した甘ったるい雰囲気にいたたまれなくなって、美良乃は急いで車を降りた。


「送ってくれてありがとう。気を付けて帰ってね」

「ありがとう。おやすみ。良い夢を」

「うん、あなたも良い夢を。おやすみ」


 名残惜し気に美良乃に手を振って、ルイの車はゆっくりと家の敷地から去っていく。

 車のテールランプが見えなくなるまで見送ると、美良乃は大きく息を吐いた。


「次も楽しみにしてる、か……。我ながら頑張った」


 未知の領域に踏み込んだ己の勇気を称えつつ、家の中へと入っていった。

 就寝時、瞼を閉じるたびにルイの右手の感触を思い出し、羞恥のあまり奇声を上げながら身悶えたのは言うまでもない。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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