14. 閑話 ルイの恋占い
美良乃がカウンターに飲み物を買いに行くのを見送って、ルイはアリアの向かい側に腰を下ろした。赤毛の魔女はそばかすだらけの顔をニマニマさせながら、占いメニューの「恋占い 三十ドル」を指さした。
「で、どうするのルイ様? 美良乃とのこと、占っていく?」
彼女の一族は長らくの間――といっても、二百六十年生きているルイにとってはほんの少し前という印象だけれど――ニッカ―近郊でモンスターたちの相談に乗ったり、ポーションや薬を売ったりしている魔女だ。アリアも若いながら才能豊かな魔女で、特にポーション作りと占いは得意としている。ルイは6フィートアンダーで数々のイベントを開催しているが、占いナイトにはほぼ毎回彼女に出店を依頼していた。
「そうだね、是非、占ってくれたまえ!」
財布から三十ドルを差し出すと、アリアは満面の笑みでそれを受け取った。満月に儀式をしたりするので浮世離れしたイメージを持たれやすいが、魔女は現実主義な者が多く、ルイの中では稼げるときにきっちり稼ぐ商魂たくましい印象が強い。
「毎度あり~!」
アリアはテーブルの上で紫色の小石をジャラジャラと広げる。ルイはそれに息を吹きかけた。アリアの呪文に反応した小石が彼女の前で整列する。
「ふむふむ、あらぁ、これはこれは」
「どうだいっ!? 明日あたりにデートできるかい!?」
身を乗り出したルイにアリアは苦笑した。
「明日は無理ね。ルイ様、なかなか一筋縄ではいかない子を引き当てたわね」
「そうなのだよ! 美良乃は恥ずかしがり屋さんなのか、連絡先の交換もかなり強引な手を使わないといけなかったからねっ!」
どうしても彼女と話がしたくて、夢魔のバーバラに頼んで美良乃の夢とバーバラの領域を繋いでもらったことを説明すると、アリアは片眉を上げた。
「それは美良乃かも聞いてるわ。ぶつくさ言ってたけど、怒ってはいないみたいよ。でもあまりしつこくしたり、彼女の意見を無視するのはダメ。ツンツンしてるけど、あれでも内側に不満をためこむタイプなのよ。不満が爆発すると相手を冷酷なまでにスッパリ切り捨てるから、気を付けて」
アリアは左から三番目の小石をつつきながら言った。吸血鬼であるルイには全くわからないが、この小石がそう示しているのだろう。
「あの子に積極的にアプローチするのは有効よ。自分からは距離を近づけようとしないから、ルイ様がある程度動かないと、関係性は1インチも進展しないわね。よく知らない相手ととりあえずデートしてみようなんてチャレンジ精神は持ち合わせていないから、気を付けて。相手をよく知ってからデートしたいタイプ。この人なら自分を受け入れてくれるっていう確信を持って初めて恋愛関係に飛び込めるの」
石橋を叩きに叩いて、壊れる寸前でようやく対岸に飛び移るような、非常に臆病な性格なのだという。
しまった。試しにデートしてみようと誘うのは悪手らしい。これは相当な長期戦になりそうだが、長命種であるルイに時間は腐るほどある。
「積極的に、でも様子を見つつ、引き際をわきまえろってことだね! 承知したよ!」
「あと、絶対にやってはいけないのが、駆け引きって出てる」
「ほう?」
昔から恋に駆け引きはつきものだと言われているが、全てのタイプに当てはまることではないらしい。ルイは更に身を乗り出した。
「特に、押してダメなら引いてみるとか、やきもちを焼かせようとして他の女の子と仲良くするとか、美良乃を試すような行為は致命傷になるから気を付けて。『ルイはわたしに興味がなくなったんだ』と思った瞬間に光の速さで離れていくわ。試されたことに傷ついて二度と信用してもらえなくなる」
「何てことだ!! 光の速さ!! 僕だってせいぜい音速がいいところだよ!!」
人間より身体能力が勝る吸血鬼は、人間の目では追いきれないほど速く移動することができるのだが、まさか人間である美良乃がルイの速度を上回るなんて。
驚愕に目を見開くルイに、アリアは残念なものを見る目を向けてくる。
「いやいや、たとえ話だから……。本当に光速で逃げるわけじゃないわよ、映画に出てくるスーパーヒーローじゃあるまいし」
小石をかき集めて袋に戻すと、アリアはカウンターで待っている美良乃を振り返る。
「ルイ様は、美良乃のどんなところに惹かれたの?」
ルイもちらりと美良乃を見やった。相変わらずの仏頂面でぼんやりとバーテンダーを眺めているが、そんな姿すらも美しい。
「ひと目惚れだったと言ったことがあると思うけれど、強いて言うなら彼女の抱える『闇』かな?」
「闇?」
アリアは怪訝そうな顔をする。
「僕たち吸血鬼には、獲物のオーラ――人間の放つ魂の色が見えることは、君も知っているだろう?」
「そうね。あたしも詳しくは知らないけど、吸血鬼はオーラに惹かれるって話は聞いたことがあるわ」
吸血鬼は人間の血を啜って生きながらえるモンスターだ。故に、獲物を惹きつけるために、人間にとって好ましい見た目に生まれるのだが、吸血鬼を含め、モンスターにとっての美醜は人間と違っていて、種族間でも好みがはっきりと分かれる。
吸血鬼は、人間の容姿にそこまで拘らない。彼らが惹かれるのは魂の色とも言われるオーラだ。個人によって好む色は異なるが、ルイには思慮深く、葛藤を抱えている人間のオーラが魅力的に見える。
ルイが息抜きに通っているニッカ―のカフェで初めて美良乃を見た時、そのラピスラズリのような深い青にキラキラと輝く金色の粒子が混じったオーラに魅了された。
「悲哀と怒り、そして何より彼女の真直ぐな心根が反映されたような味わい深い色が、あの射貫くような眼差しと相まって息を呑むほど美しかったのだよ……」
アリアはうっとりと溜息を吐くルイを、半目で見やった。
「そろそろ美良乃が戻ってくるから、最後にひとつだけ。これは占いの結果じゃなくって、ひとりの女性としてのアドバイスだけど」
「何だい?」
「褒めるときは、できるだけ具体的に褒めた方がいいわよ。前から気になってたけど、ルイ様は美良乃を褒めるとき『美しい』しか言わないでしょ? 人間にオーラなんて分からないから、単純に顔立ちを褒めているのだと勘違いするし、あれだけ綺麗な子はそんなこと言われ慣れてるから心に響かないし、外見しか見てないと思われるから」
ルイは頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。
確かに、美良乃は美しいと褒めても胡乱気な視線をよこすだけで、ちっとも嬉しそうではなかったし、バーバラの領域でも、どうせ見た目だけ好きなんだろうと言われたことがある。
これまでは女性から寄ってくることが殆どだったので、ルイは自分から積極的に女性を口説いたことがない。女性たちを美しいと褒めれば、彼女たちは頬を染めて喜んだものだが、それはもともとルイに興味があって近づいてきた人たちの反応だ。特にルイに関心がないからか、美良乃の心には全く響いていないようだ。
「何てことだい! 今までの僕のアプローチは全く的外れだったのだね! どうりでいつもドン引きした様子だったわけだ!」
「……トーストくわえて走ってきたり、いきなり求愛のダンスを披露したり、あれだけの奇行を見せてれば誰でも引くわよ」
どうやらモンスター専用SNSの情報や、友人の烏天狗の意見はあまり参考にしない方が良かったらしい。流石は魔女。長年モンスターのアドバイザーを務める種族なだけある。
「うむっ、的確なアドバイスをありがとう、アリア嬢! これはチップだ、受け取ってくれたまえ!」
100ドル札を差し出すと、アリアは目を三日月形に細めて満足そうに頷いた。
「あら、嬉しいわ! 今後ともご贔屓に!!」
作中の「オーラ」の色は吸血鬼個人によって見える色が違っています。ちなみに、現実世界でいわれている「オーラ」とは別物で、色の意味も異なります。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




