プロローグ
ラブコメ、時々シリアスなお話です。よろしくお願いします!
「本当にもう、信じられない! あいつ、浮気してやがったのよ!!」
バーのカウンターに、ガン!とショットグラスを叩きつける音が耳を打つ。
金曜日の夜、バー『6フィートアンダー』はうかれた若い客でごった返していた。酒を飲みながらビリヤードに興じる者、ダンスフロアで踊る者、酔っ払ってくだを巻く者、様々だ。
背後から聞こえる『カミサマ、サンキュー! やっと金曜日!』という大声に負けじと美良乃は声を張り上げた。
「ジェフが? 本当なの、アリア?」
「そうなのよ!! あいつ、あたしという女がありながら、チアリーダーをお持ち帰りしやがったのよ!! な~にが『酔ってて記憶がないんだ、許してくれベイビー』よ、あのクソッ!」
「あーあー、もう、そんなに飲んだら帰れなくなるよ?」
悪態をつきながら毒々しい紫色の液体を呷るアリアを宥めていると、背後から浮かれた声がした。
「ヘーイ、彼女たち……って、おお、すっげえ美人じゃん! ねね、俺たちと飲まない?」
振り返ると、適度に酔ってゴキゲンそうな若い男二人が肩を組みながら立っていた。手にはビール瓶を握っている。
(うわっ、こんな時に限って、ナンパ? めんどくさ)
美良乃が小さく溜息を吐くと、すっかり目が据わったアリアが肩越しに彼らを睨む。
「うるさいっ! あたしは今機嫌が悪いのよ、とっとと失せろ!!」
言いながら真っ黒なマニュキアが施された人差し指をくいっと上げると二人は忽然と姿を消し、むっちりと太ったヒキガエル二匹が姿を現した。
キョトンと美良乃たちを見上げていた彼らは、ハッと我に返ったようにゲコゲコと鳴きながら床の上を跳ね回る。
「いやぁあああ!! ちょっとアリア! わたしカエル恐怖症だって言ったよね!? なんでよりによってカエルに変えるの!?」
美良乃が半泣きになりながらも、カエルが足に触れないようにバースツールの上で両膝を抱えこむと、アリアは彼女を指さしながらケラケラと笑い出した。
「はっは~!! カエルだけに、変える、ね!」
こりゃ上手いこと言ったね、とショットグラスを高らかに持ち上げる。
美良乃は半目で友を睨んだ。
「……どこのオヤジだ」
ヒキガエルたちがすごすごとバーの出口に向かうのを見て、美良乃はホッと息を吐く。床に足を降ろした時、バーに流れていた音楽が突然停止した。
パンパカパ~ン!!
大音量のファンファーレが鳴り響き、バーの二階へと続く螺旋階段にスポットライトがバッと当たる。
(ゲッこの音は……)
美良乃は既視感に顔を顰める。
「紳士淑女の皆様、お待たせいたしました! 頭脳明晰、ブルーサファイアの瞳、今宵の空に輝くハーベストムーンのようにパーフェクトな吸血貴公子!! ルイ・ド・クルール・サンティアゴ~!!」
螺旋階段の先にかけられていたカーテンがさっと開き、中から颯爽と現れたのは、長身に漆黒の夜を思わせる髪、引き締まった体躯を歌舞伎町のホストのような白いスーツと赤いマントに包んだ若い男だった。
彼が一歩を踏み出すごとに、ピンクの花びらが何処からともなく降り注ぐ。割れんばかりの歓声が巻き起こった。
(――出た~!!)
「きゃああああ! 愛してるぅ!!」
「ルイ様~! 素敵ぃ!!」
「デートしてぇ! ルイ伯爵~!!」
ルイが満面の笑みを湛えて黄色い歓声に手を振っている間に、美良乃は人混みの中を縫うようにして出口へと向かう。
ドアのノブに手をかけた時、背後からマイク越しに蕩けるような甘い声が響いた。
「(ピーガガッ)おっと、コホン。美良乃~!! マイエンジェ~ッル!! 僕の胸に飛び込んでおいで!!」
慌ててドアを押し開けようとしたところで、力強い腕にガッシリと抱え込まれた。
「ひいっ!」
恐る恐る振り返ると、ミケランジェロも尻尾を巻いて逃げ出すこと間違いなしの、芸術品めいた美貌のルイが立っていた。
「恥ずかしがりな子猫ちゃんだね」
フッという吐息と共に耳元で囁かれて、美良乃の背筋がゾワッと粟立つ。
――エンジェルなんだか、猫なんだか、一体どっちなんだ。おまけに飛び込んでこいと言っておいて、自分から来るとはどういうことだ。
「わたし、もうかえ」
「ささ、夜は始まったばかりだよ、マイハニー」
ひょいと横向きに抱え上げられ、ひしめき合っていた客全員の視線が自分に集中するのを感じた。
美良乃は頭を抱えて、長~い溜息を吐いた。
ほんの少し前までは東京で独りぼっちで月を見上げていたのに。
――いったい、どうしてこうなったのだろう……。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。