七振り目、冒険者になる
翌朝、朝食のパンとスープを食べた私たちは冒険者ギルドへと赴いた。
というのも、ギルドカードは身分証の代わりになるのと、何かをするにもやはり金が必要だということで、早いうちに冒険者登録して当分の食費と宿代を稼ぎつつ、本来の目的である大道芸と旅の支度をするべきだと食事中にアリスに言われた。
私もそれには同意した。身分証は必要だし、服を買おうにもお金が掛かる。それに、大道芸をするのなら冒険者としての実力も示しておいた方が知名度や受けが良さそうだと思った。
因みに、冒険者というのはアリス曰く何でも屋らしい。薬草などの採取、魔物の討伐、地下の下水施設の掃除、土木工事の手伝い、商人の護衛、荷物運び、ダンジョンの調査、等々と依頼は多岐に渡るそうだ。
食後、アリスの案内で朝の活気づく街の中心部を抜け、役所や公共施設が並んでいる区画に入った。その一つに冒険者ギルドの建物がある。
ギルドの建物は大きく、武装した冒険者たちが次々と扉を開けて中に入って行った。
私も気を引き締め、丁度誰も扉に近づく者がいなくなった時を見計らって中に入った。
ギルドの中は、三つの区画に別れていた。全ての手続きを行う受付カウンターと依頼を貼り付ける掲示板が中心にあり、右側は冒険者たちが集う食堂兼休憩スペース、左側は持ち帰った魔物の解体スペースだ。
大勢の冒険者らしい人たちが、バニーガールの格好をしている私を値踏みをするような視線や奇怪な視線、いやらしい視線を向けて来る。
視線を無視して受付カウンターの前に立った。
受付嬢が私を見ても爽やかな営業スマイルを向けてくれた。
胸のところにある名札には『ジェシカ』とある。
「こんにちは、依頼ですか?」
ジェシカのプロの対応に感心しつつ、用件を伝えた。
「いえ、彼女と一緒に冒険者登録に来ました」
「では、ギルドカードの作成ですね。登録料に小銀貨一枚が掛かりますが、よろしいですか?」
私は昨日の夜のうちに革袋から取り出してアイテムボックスに入れた小銀貨を二枚出した。
「これでいいか?」
「はい、確かに。ではこちらの書類に、名前、生年月日、職業を記入してください」
「職業?」
「冒険者としてどんな役割をこなせるかの目安です。前衛なら剣士とか盾使いとか、後衛なら各属性の魔法使いとか、治癒士とかですね」
「なるほど」
理解した私は記入していく。
名前はテンコ。
生年月日は受付嬢が出してくれた年齢早見表を見ながら、何故かピンと来た月日を書いた。どうやら私は元旦生まれの十六歳らしい。
因みに今は四月だ。
職業は神様から「奇術師だね」と脳に直接神託があったので“奇術師”と書いた。
書き終わってジェシカさんに渡すと、ジト目で見られた。
「……まぁいいでしょう」
いいんだ。
「では、ギルドカードの作成を始めます」
カウンターの裏か取り出したのは、取調室で見た物と酷似した石板だ。違いは手形の枠の隣に、カードを嵌め込む枠があるくらいだ。
ジェシカさんが真っ白なカードをその枠に嵌め込んだ。
「まずはアリスさんからどうぞ。手を置いて暫く動かないでください」
「はい」
アリスが手を置くと、水晶が青く光ってステータスが表示された。
名前:アリス
性別:女
年齢:15歳
年月日:4月10日
身分:平民
職業:なし
出身地:アルカディア王国、クボッソ村
レベル:10
へー、ここってアルカディア王国って言うんだ。
あの村はクボッソ村か。
ジェシカがステータスを指で操作して反転させると、職業欄の“なし”を“魔法剣士”に書き換えた。
そうしているうちに真っ白なカードは段々と枠や文字が浮かび上がり、しっかりとしたギルドカードに変化した。
「はい、作成完了です。ギルドカードの再発行には大銀貨一枚が掛かりますので、無くさないように」
「はい」
「次はテンコさんです」
私の番か。
開示不可のことは前もって言っておこう。そうした方がいいと勘が訴えてる。
「……一ついいですか?」
「はい、何でしょう?」
「あー……耳を貸してもらっても?」
「……はい」
訝しげな表情ながら、カウンターから身を乗り出してくれた。
私も近づき、耳元で囁く。
「あの、門のところで取り調べされてステータスが開示不可って出てるんですけど、大丈夫です?」
「……あー……なるほど。そういう方ですか」
納得したジェシカは身を乗り出すのを止めた。
なんかすっごい微妙な顔で苦笑していた。
「わかりました。テンコさん、私に付いて来て頂けますか?」
「あっはい」
「テンコさん?」
「ああ、アリスは待ってて」
心配そうに見つめるアリスには待機してもらい、私はジェシカさんに付いて行く。カウンターの横にある通路を通り、二階に上がり、一番質の良い扉の前に来た。
扉には『ギルドマスター』と書かれた札が貼り付けられていた。
ジェシカさんが深呼吸をしてから髪や服を一度整えると、ノックした。
「ジェシカです」
「入れ」
と男の返事があって扉が開けられると、私に入るように促した。
中に入ると、奥の大きなテーブルにスキンヘッドのおじさんが座っていた。書類の山があり、随分と忙しそうだ。
部屋自体はそこまで広くないが来客用にしっかりと整えられていた。床は青い絨毯が敷き詰められ、片方の壁は書類棚と本棚で埋まっている。もう片方の壁際には応接用のテーブルとソファーがあり、茶菓子と幾つかの飲み物が入った棚がある。
私はジェシカさんに促されつつ、スキンヘッドのおじさんの前に立たされた。
「失礼します。ギルドマスター、冒険者登録に関して、私では対応できない者が現れたました」
「うむ、その奇妙な格好をしたお嬢さんだな。他の冒険者が絡んで来て、喧嘩にでもなったか?」
「いいえ、ステータス開示不可だと、本人の口から聞きました」
その瞬間、スキンヘッドのおじさんの目つきが変わった。
「ほう、そいつはまた珍しい人が冒険者登録に来たもんだ。あんた、身分を明かすつもりは?」
「ない」
キッパリと言い切った。
今のこの体は私のものだ。
気にはなるが、面倒な事態になりそうなので知りたくない。
「だろうな。それなら俺から言うことは無い。ただ、前もって開示不可と告げてここに来たのは大正解だ。でないと今頃、何処の貴族だって騒ぎになっていただろうよ」
「そんなにか?」
「そんなにだ。貴族にも相応の武術や魔術は求められるが、身分を隠してまで冒険者稼業をやる人間はそういない。やったとしても堂々と地元で活動するくらいだ」
「そうか……で、私は冒険者登録できるのか?」
「ああ、開示不可の状態ではステータスの書き換えは無理だが、ギルドカードを一から作ってしまえば問題ない」
スキンヘッドのおじさんは立ち上がり、隅の棚に置かれている石板を二つ持ってテーブルに置いた。
片方は受付カウンターで見た物と同じで、もう片方は受付カウンターで見た物よりも大きく、水晶が無くてカードの枠の他に紙を嵌め込む枠があった。
「これはお嬢さんみたいな特殊な人間に対応した、新規に身分証を作成する石板だ。これでステータスを書き換えず、紙に記した内容と魔力を合わせてギルドカードを作成する」
そんなのあるんだ。
「まずは、お嬢さんが嘘を言っていないか確認する為に通常の物を使う。ほら、手を置いてみろ」
言われた通り、石板の手形の枠に手を置くと、水晶が青く光ってステータスが表示された。
開示不可
「……どうやら本当のようだな」
「私、こんなの初めて見ました」
「そりゃそうだろう。貴族が隠れて冒険者登録なんて普通はやらん」
確かに、普通はやらないな。
市井に紛れる身分証を持っているって話だし、もし隠れて冒険者をやるなら前もって別口で作成するだろうしね。
「開示不可でお嬢さんが何処かの貴族だと分かったところで、次は身分証の新規作成だな」
スキンヘッドのおじさんはテーブルの引き出しから、一枚の書類を取り出した。
「ほれ、新しい身分証用の紙だ」
紙を受け取り、私はその場で書いた。
名前:テンコ
性別:女
年齢:16歳
年月日:1月1日
身分:平民
職業:奇術師
出身地:アルカディア王国、クボッソ村
……レベルの欄が無いな。
まぁ、自己申告じゃなくて肉体とか技能の成長度だし当然か。
「書けました」
「よし、少し待ってろ」
スキンヘッドのおじさんが、また引き出しを開けて何かを取り出した。それは真っ黒なカードで、枠に嵌め込んでから手を置くとステータスとは違った暗証番号の入力画面が現れ、振り向いて行った。
「すまんが、君は後ろを向いてくれるか?」
「あっはい」
後ろを向いて数秒後。
「いいぞ」
前を向くと、石板にはスキンヘッドのおじさんのギルドカードが嵌め込まれており、たった今『新規作成をしますか?』という確認に“はい”と押したところだった。
準備が完了すると、自分のカードを回収してスキンヘッドのおじさんは横へ退いた。
「それじゃあ、その紙を枠に置いて、手を置け」
紙を置いて手を置くと、紙が光り出した。
スキンヘッドのおじさんが真っ白なギルドカードを枠に嵌め込むとギルドカードも光り、カードに枠と文字が浮かび上がって完成した。
「よし、完成したな。手に持って見ろ」
言われた通り手に持ってみると、カードがキラキラと光り出した。
おおっ、綺麗。
前世のカードのホログラム加工みたいだな。
「うむ、魔力に反応して偽造防止もしっかり機能しているな。次はステータスの確認をする。こっちの石板を試してくれ」
いつの間にやら用意されていた石板を使うよう促された。
その石板は手形、カード、水晶と縦に直列で並んでいた。
カードを嵌め込んでから手を置くと、ステータスが表示された。
名前:テンコ
性別:女
年齢:16歳
年月日:1月1日
身分:平民
職業:奇術師
出身地:アルカディア王国、クボッソ村
レベル:35
おっ、ちゃんとカードの情報が表示されたな。
「上手く言っ――なんだこのレベルは!?」
「テンコさん、あなた本当に何者ですか!?」
「と言われても……そんなにレベル高いの?」
「ああ、今まで冒険者じゃなかったのが不思議なくらいにな」
「冒険者ランクで言いますと、Cランク相当になります」
おかしいな、まだ転生して一週間も経っていないぞ。
あっ、ゴブリン集団を倒したせいか?
「……それって、どれくらい強いの?」
「俺がBランク冒険者で、この街にはそれ以上の実力者はいない、と言えば分かるだろ?」
いきなりこの街の冒険者のトップ層に仲間入りか。
私としては下からのんびりとランク上げしたかったんだけどな。
「因みに、ランクってどれくらいあるの?」
「口で説明するより資料を見た方が早いだろう。それより、随分と下が騒がしいな」
実はギルドカードが完成した直後くらいから下が騒がしくなっていた。
気になって私たちが見に行こうとしたところでノックもせずに扉が開いて別の受付嬢が慌てた様子で言った。
「ギルマス! 冒険者同士で喧嘩です!」
「そんなに慌ててどうした? 喧嘩ぐらいたまに起こっているだろう」
たまに起こっているんだ。
治安というか、秩序的に大丈夫なの?
「いえそれが、今日冒険者になった少女一人に、多数の冒険者が戦っているんです!」
えっ、それってアリスじゃね?
「新人に寄ってたかって何やってるんだ? で、その新人の少女は無事なのか?」
「それが……冒険者たちの方が、治療が必要なくらいにボコボコにされてしまいまして……」
「何だそりゃ、情けないな」
呆れながらも心配になったスキンヘッドのおじさんは、一階へ降りて行った。私とジェシカさんも付いて行き、冒険者ギルドの受付前のロビーに行くと、そこには今し方図体の大きな冒険者を蹴り飛ばし、向かって来る相手を全滅させたアリスが立っていた。
気絶している冒険者たちには武器を抜いた形跡があり、そこら辺に武器が散乱している。
何やってんのアリス!?
「何をやっているお前ら!!」
スキンヘッドのおじさんが声を荒げた。
ギルドマスターである彼の声にギルド職員を含む冒険者全員がビクリと体を跳ねさせ、アリスは振り向いて睨みつけたが、私を見るとすぐに表情を和らげ、駆け寄った。
「テンコさん、遅かったじゃないですか。何をしていたんです?」
「ちょっと手続きで相談があってな。アリスはどうしていたんだ? 特にこの惨状を説明してほしい」
場合によってはイカサマ魔法で全員の記憶を消去して、今すぐこの街を出る覚悟だ。
「ああ、この人たちですか。私のような『小娘が冒険者になるなんて、質が落ちる』とか『さっきの娼婦の友達か? だったら金払うから俺と遊ぼうぜ』とか言って絡んで来たので、殴りつけてやりました。そしたら次から次へと襲って来たので、正当防衛として対処しているうちにこうなりました」
「……そう」
要するに、こいつらみんなアホだということか。
それを聞いたスキンヘッドのおじさんとジェシカさんも頭を抱えて呆れてしまっている。
「なぁギルマスさん」
「おう、なんだ?」
「これ、私たち罪には問われないよな?」
「冒険者同士の喧嘩についてはギルドは中立だ。死人が出ていない場合に限るがな」
「それを聞いて安心したよ。アリス、人は殺していないな?」
「はい、手加減しましたから」
手加減か。やっぱり才能を三十二倍にしたのはやり過ぎだったかな?
いやでも、アリスが襲われてるところを見るのはなんか嫌だし、これで良かったのだろう。
その後、気絶した冒険者たちはその場に正座をさせられ、スキンヘッドのおじさんにこってりと説教を食らった。
曰く、新人相手に寄ってたかって攻撃するのは大人気なく、みっともないと。
また、少女相手に殴られるような言動を取ったのは紳士的でなく、冒険者ランクが上がれば貴族や名のある商人を相手にすることになり、婦女子とのコミュニケーションも重要になるから、その辺も含めて総合的に再教育してやる! と意気込んでいた。
そんな光景を尻目に、私とアリスはジェシカさんから冒険者の制度について説明を受けた。
冒険者ランクは、新人のFランクから始まり、E、D、C、B、A、S、SSまであるとのこと。ステータスに表示されるレベルは本人の能力を総合的に合算して現れた数値であり、何かに特化した人間や魔物もいるのであくまで参考程度とのこと。
そしてレベルは、冒険者ランクに当て嵌めた場合どのようになるのか表を見せてくれた。
Fランク = レベル1~10
Eランク = レベル11~20
Dランク = レベル21~30
Cランク = レベル31~50
Bランク = レベル51~70
Aランク = レベル71~99
Sランク = レベル100~200
SSランク = レベル201~
大体の冒険者はどれだけ頑張ってもBランクまでが限界であり、Aランク以上は本人の才能に大きく依存しているのだそうだ。
その為、Aランク以上の冒険者の数はとても少なく、王族や貴族にとってランクの高い冒険者がその土地を拠点とすることが一種のステータスになっているとのこと。
ただ、冒険者は国家間の条約によって何処で活動しても良いとされている。理由として、この世界は魔物が跳梁跋扈しており、AランクやSランクの魔物に街が襲われれば、瞬く間に滅んでしまうからだ。だからこそ、対抗できる強大な戦力を一国だけで保有するのは人類の損失だとして、国家の枠組みを超えて依頼を出すことが出来るように、このようになっているのだそうだ。
依頼については、基本的に掲示板に貼り出されたものを受付に持って行って受諾となる。採取依頼は現物の調達、討伐依頼は対象の魔物の一部或いは死体そのものを持ち帰り、体内の魔石もあれば一度ギルドに提出することで依頼達成となる。護衛依頼や荷物運びについては、ギルドが渡した依頼達成の書類にサインされ、それをギルドに提出することで正式に依頼達成となる。
また、依頼は一つ上のランクまで受けることが可能で、冒険者ランク以上の依頼を十回連続達成することで昇級となるが、Cランク以降は貴族や名のある商人とも直接関わることになる為、ギルドマスターと数名のギルド職員による面接が課される。
ここで、現在説教中の冒険者のように素行が悪いと昇級は一時止まり、礼節や常識に関する勉強会に強制的に連れて行かれる。
依頼が失敗した場合は違約金が発生し、三度連続で依頼が失敗した場合は今までの成績を考慮したうえで降級処分となる場合があり、注意とのこと。
ジェシカさんの説明が終わった私たちは、早速依頼票が貼られている掲示板の前に立って確認した。