六振り目、宿に泊まる
「身分証はお持ちですか?」
街に近づき、門の見張りをしている若い男の衛兵にそう言われた。
アリスは持っている身分証を見せたが、私は持っていない。
変に誤魔化しても怪しまれるだけなので、ここは素直に答えておくことにした。
「すいません、持ってないです」
衛兵はチラリと木馬を見つめ、私をジッと見た。
「……そうですか」
今、疑われたな。
「では、少しそちらの取調室まで来て頂けますか?」
「いきなり捕まったりは?」
「はは、暴れたり逃げたり、指名手配でもされていない限りは無いですね」
軽く笑われたが、拒否する理由も無いので素直に従って門の傍に建てられた簡素な小屋に入った。
小屋の中には数名の衛兵が待機していた。どうやらこの門を守る衛兵の待機所も兼ねているようだ。
「こちらです」
奥にあるテーブルに案内された。
テーブルの上には、水晶がはめ込まれ手形を置く枠が掘られた四角い石板が置かれていた。
「これは?」
「これは触れた者のステータスを強制的に開示する魔道具です。そのステータスを基に、内部に蓄積された情報から各地で出回っている指名手配された人間を照会する機能も付いています。あと、この魔道具は同じ物と繋がっていますので、全国どこでも同じ効果を発揮します」
「へぇー」
遺伝子検査とか指紋検査による照会みたいなものか?
「その情報、言っても良かったの?」
「ええ、知らない人間には脅しを含めて説明することになっているんですよ」
「あー、そう」
確かに脅しとしては効果的だな。
元からするつもりはないとはいえ、話を聞いて犯罪をする気には全くならなくなった。
「では、手を置いてください。あなたの持っている魔力に反応してステータスが開示されます」
指示に従って手を置いてみた。
すると水晶が青く光り、その上にホログラムのようにゲームのようなステータスが表示された。
開示不可
何故か読める異世界の言語で、たったそれだけが表示された。
えっ、ナニコレ?
思っていたものと違って振り向くと、衛兵が唖然としていた。
「……何ですこれ?」
こっちが聞きたいよ。
「あの、これ大丈夫ですか?」
「こんなのは初めてです。少々お待ちを」
衛兵は私から離れ、こちらを見ていたベテランっぽい衛兵に話をしに行った。
二言三言話すと、ベテランっぽい衛兵が渋々とこちらに近づいて来た。
「すまんなお嬢さん、こいつは門の警備に移ってまだ日が浅いから知らないんだ。その開示不可って奴は、王族や貴族がお忍びや訳ありで他国を旅する時に宮廷魔術師に使わせる特殊な隠蔽魔法によるものだ。ただ、その魔法はステータスの文字を隠すだけで、石板に記録された犯罪歴までは誤魔化せない。石板に付いてる水晶が青い光なのがその証拠だ」
そうなんだ。
「でだ。王族や貴族は普段、市井に紛れる為の身分証を持ち歩くんだが……お嬢さんは本当に身分証を持ってないのか?」
「…………」
知らねぇよそんなこと。
それより、私の身分が最低でも貴族になってるんだけど……。
まさかとは思うが、この体って元々この世界の人間のだったりしないよな?
「……ま、話したくないなら構わない。俺たち衛兵はこういう場合、知らぬ存ぜぬで通すことになってる。捕まえて他の貴族に引き渡したりしたら、下手すれば戦争になるからな」
「じゃあ通らせてもらいます」
「おっと、身分証が無い場合は通行税として小銀貨二枚を収めてもらう」
「わかりました」
神様に対してちょっとした怒りがある私は、人前なんて気にせずに胸元に手を突っ込んでアイテムボックスから革袋を取り出し、その中から二種類ある銀貨のうち、小さい方を渡した。
「これでいいか?」
「あ、ああ。もう通っていいぞ」
私はアリスが待機している馬車に戻った。
「どうだった?」
「通っていいって。あっ、馬車停めるとお金取られそうだから降りてくれるか?」
「え? うん」
アリスが降りたところで、胸元のアイテムボックスに仕舞った。
「今のは収納魔法ですか?」
「収納魔法?」
「異次元に物を収納する魔法です」
「いや、違う。神様に貰ったこの服の機能だ」
「となると、アイテム袋ですね。でも凄い容量ですよそれ。普通は小さな荷台一つ分ぐらいしか入らない物ですけど」
「まぁ、色々とね。とりあえず宿を取ろう」
「そうですね」
私とアリスは街に入り、道沿いの店を見て回った。
街の入り口付近は行商人や旅人用の宿が多く、夕方という時間も相まって人の行き来が多い。
ただ、それ故に予想していた事態に私は遭遇していた。
……うんまぁ、分かってたことだけどさ。
視線が痛い!
今の私バニーガールだからね。
外を出歩いてたら、そりゃあ誰だって注目する。
私も外で見掛けたら絶対注目する。
耐えるんだ私!
これから一生、こうした視線を浴びることになる。
奇術師として、大道芸人として大成するまでは我慢だ。
「テンコさんの格好、やっぱり目立ちますね」
「だな」
出来れば脱ぎたいよ。
でも、脱いだら凄い弱体化しそうだし脱ごうにも脱げない。
まさに呪いの装備だ。
早いところ宿を決めようとしたところで、良さげな宿屋の看板が目に入った。可愛い花の看板が特徴の『フラワーハウス』というお店だ。建物の塗装も淡いピンク色で綺麗にされており、玄関前には色鮮やかな花壇が設置されている。明らかに女性客をメインターゲットにした店だ。
「ここにしよう」
「ここですか。私も気になっていたんですよね」
「入ったことは無いのか?」
「なんだか高そうですし」
「あー……」
確かに、ちょっとお高い感じはするかも。
でも、固定客が付きそうないいやり方だから、意外と普通の値段かもしれない。
何よりさっさとこの痛い視線から一度隠れたい。
私は躊躇う余裕も無くさっさと店の扉を開けた。
「いらっしゃ――い、ませ」
元気よく挨拶しようとして驚いたのは、入ってすぐ横にある受付カウンターにいる同じ年頃の少女だった。
「ここで泊まるつもりだが、料金を確認したい」
「あっはい。お一人様、一泊朝夕の食事付きで大銀貨一枚です。お酒は別途追加料金で提供しています。宿代としては他と変わらないと思いますよ」
アリスを見つめる。
察して私にそっと耳打ちした。
「宿としては、外から来た人向けの一般的な値段です」
そっか。
「じゃあ泊まる」
「ありがとうございます。何泊されますか?」
「とりあえず十日ほど。二人部屋はある?」
「ありますよ。二人で十日ですと大銀貨二十枚ですね」
谷間のアイテムボックスから革袋を取り出し、そこから大銀貨十枚を出した。
面倒だなこれ。
後でお金を直接取り出せるようにしよう。
「では、こちらの宿帳にお名前を記入してください」
宿帳に二人で名前を書くと、花の絵と番号が書かれた部屋の鍵を差し出された。
「これがうちの宿の鍵です。部屋は二階で、一階は共用の食堂とトイレと浴場があります。外に出る時は鍵を返却してくださいね。あと、食事がいるかどうか前もって言ってくれると助かります」
「わかった」
「挨拶が遅れましたが、私は看板娘のリリーと申します。ようこそ、フラワーハウスへ」
「テンコだ。よろしく」
「アリスです。お世話になります」
「はい! ところでテンコさんに一つお聞きしたいのですが、いいですか?」
「何となく察しているが、聞きたいことって?」
「その服装は何ですか? 見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、凄く色っぽい格好ですけど」
「大道芸人として、目立ちつつ魅力的な格好を考えたらこうなった」
はい嘘です。
これを考えたのは前世の昔の人です。
「大道芸人ですか。一つ、芸を見せてもらっても?」
「ん、なら……ちょっとこっちに身を寄せてもらってもいいかな?」
「はい、これでいいですか?」
カウンターに身を乗り出して近づいてくれたので、私はリリーの頭の後ろに手を伸ばして一輪の薔薇を出し、目の前に持って来た。
「薔薇が付いてましたよ」
「わぁっ! 凄い!」
「差し上げます」
「ありがとうございます」
「では、私たちは部屋に行かせてもらう」
「そろそろ夕食にしますから、すぐに降りて来てくださいね」
フラワーハウスの部屋は、建物の外見に比べると質素だった。
様々な性格の女性を考慮して敢えてこうしているのだろう。置いてある家具はテーブルと椅子以外に、大きなクローゼット、鏡付きの化粧台がある。あとは部屋干し用のロープが壁に掛かっていて、厚めのカーテンが窓に設置されているところを見るに、女性に必要な環境は整っていた。
アリスが扉横の電気のスイッチのような物に触れて魔力を通すと、壁と天井に沿っている線が一瞬光り、天井から吊るされている魔石が光った。
ほう、そういう原理か。
感心しつつベッドに座ってみるとフカフカだった。備品にしっかりと投資をしていて好感を持てる。
すぐに夕食ということなので一階の食堂に移動すれば、多くの女性が既にテーブルに座っていた。
私たちも空いている席に座って待っていると、リリーに似た女性が食器をそれぞれのテーブルに置いて行き、初めて会う人たちに挨拶をして回った。
私たちの所にも来て、食器を置きながら挨拶してくれた。
「あんたたちは初めましてだね。私はこの店の店主、ローザだ。よろしくね」
「テンコです」
「アリスです」
スルーしてくれるかと思ったが、ローザは私をジッと見つめた。
「……娘のリリーから聞いていたけど、変わった格好だね。いつも着ているのかい?」
「ええ、まぁ……好きで着ていますので」
ぶっちゃけ脱ぎ捨てたいけど、別の服を作って着ると神様から何か言われそうなんだよな。
「そうかい。ならあたしからとやかくは言わないよ。でもね、そんな格好で出歩くんなら、人気のない場所や暗い路地裏なんかは通っちゃ駄目だよ」
「はい、心得ております」
「ならいい。酒はエールとミードとワインがある。それぞれ値段は違うけど、飲むかい?」
「いえ、結構です」
「私も結構です」
「オーケー。じゃあ料理を持ってくるから待ってな」
食器の準備を終えるとローザさんは厨房に入り、すぐに料理を運んで来た。
順番に客の目に料理が並べられ、私たちの前にも置かれた。
「今日はストレートボアのステーキと、野菜スープとパンだ。召し上がれ」
「いただきます」
「いただきます」
早速、名前に覚えのある魔物の肉にナイフを通した。
うーん、硬いね。
味は……おぉう、ボア――猪だけあって癖が強い。臭みもある。でもそこそこ美味い。
だがしかし、やはり味付けが塩だけってのは勿体ない。
これなら焼肉のタレやオニオンソース、おろしポン酢を出すなり作るなりして掛けて食べた方が美味しくなる。
……いっそのこと教えようかな?
そう思ったが、人目が多いのと、後々面倒になりそうだと止めた。
神様も空気を読んでくれたようで、選択肢のウィンドウは現れなかった。
ただ、夕食を終えて部屋に戻った直後にウィンドウが現れた。
愛しの神様より、愛すべき道化のあなたへ。
以下の選択肢をサイコロで決めてね♪
今夜の課題
1.アリスとお風呂
2.アリスと髪のアレンジの相談
3.アリスと添い寝
4.アリスとカードゲーム
5.アリスと恋バナ
6.アリスとキス
……神様さぁ、私とアリスをくっつけたいの?
一緒に部屋に戻っているアリスが横から覗き込んで来た。
「これ、神様からですか?」
「その通り。どうやら、アリスに教えたから巻き込んでいいと判断したらしい。ごめんね」
「いえ、大丈夫です。こういうイベントがあるというのは退屈しなさそうでいいですし。でも、キスは少し恥ずかしいかな」
「私もキスはちょっと……」
「頑張ってください!」
サムズアップされた。
責任重大だわ。
なんとしても六の目は避けないと……!
私は空中に浮いて早く投げろと主張しているサイコロを掴むと、床にコロコロと転がした。
結果は――“二の目”だった。
よし、髪が邪魔で鬱陶しいと思っていたから丁度いい。
サイコロが光り、私は髪の話しをアリスと凄くしたくなった。
「アリス、私の髪について相談があるのだが、いいか?」
「はい、是非しましょう! 凄く長くて綺麗なのにストレートなのは勿体ないですから!」
サイコロの力によって乗り気になった私たちはあーだこーだ言いながらヘアアレンジし、私の髪型は大きな白いリボンを使った一本結びに決まった。
一本結びの理由は、ちょっとした可愛らしさがありながら奇術師らしさがあり、且つ演技の邪魔になりにくいという点からだ。
あとは、私が単に毎朝髪を整えるのが面倒だと思ったから。
因みに白い大きなリボンは私が魔法で作り出した。
その夜はお風呂に入ったり髪を乾かしたり、店売りの歯磨きセット銀貨一枚を買って歯を磨いたりした後、そのまま寝ることになった。
アリスは半日もの時間を馬車の操縦をして疲労が溜まっていたのか、すぐに眠った。
私もバニー衣装のままベッドに横になると、バニー衣装そのものの着心地が非常に良いことを改めて感じ、ベッドのフワフワも相まって安らかに眠れた。