四振り目、サイコロの効果
嫌な予感がする私は、村の周辺の柵にイカサマ魔法で細工を施しておいた。他にも村の外側に隠蔽した魔法の地雷を設置し、襲撃に備えた。
作業を終えた頃には夕食の時間となった。
夕食は胡椒を使ったステーキをメインに、サラダとフルーツ、後はこの村で作られたであろうエールだった。
ただ、エールは丁重に断った。
肉体が少女になってアルコールへの耐性がどうなっているのか分からないのと、前世でお酒を嗜む程度に色々飲んで飽きていた。
食事を終えて部屋で早めに眠りに就いて翌日、日が昇り始めた直後から部屋を出て屋根に跳び乗り、倍率の高い双眼鏡を出して周辺を索敵した。
すると、私が来たであろう森から魔物の波が押し寄せていた。
拡大してどんな奴が来ているのかと調べれば、そいつらは全部緑の体色をしたゴブリンだった。
数は軽く数百を超えており、小さな普通のゴブリンに混じって大きなゴブリンや、剣と鎧を身に着けた屈強なゴブリン、魔術師みたいな格好をしたゴブリンもいた。
「確かこういうの……ゴブリンスタンピードって言うんだっけ?」
村を見れば、早起きな人が異変に気付いて外に出て、ゴブリンの群れを遠巻きに発見してすぐに大声を出し始めた。
「起きろー! ゴブリンの群れだー!」
繰り返し叫び、家に戻ると今度は小鍋とお玉を手に外に出て来て、激しく打ち鳴らしながら村中を走り出した。
それにより、事態を把握した村の男手が次々と武器を持って村の入り口へ向かい出し、女と子供が避難を始めた。
村長の家の玄関が勢いよく開く音が聞こえて下を見れば、アリスが剣を持って向かって行った。
……そろそろか。
ゴブリンが村の外側の柵を気にせずに入ろうとしているところで、私は指パッチンして魔法の地雷を起動した。
地雷は一斉に炸裂し、爆炎と黒煙が収まるとゴブリンの半分以上が戦闘不能になっていた。
それでもゴブリンの足は止まらず、柵を突破しようとしたところで細工していた罠が発動した。
柵に触れたゴブリンたちがバチバチと感電しながらその場に崩れ落ち、何体もいる大きなゴブリンでさえショック死していた。
それでもまだ数十のゴブリンと数体の大きいゴブリン、武装した屈強なゴブリンが生き残っており、弓を扱える村の男の数名が先制攻撃を始めた。
「さて、どうしようかな?」
自分に問い掛けるように呟き、手の中に出現したコインを見つめた。
正直、昨日頑張ったから後は村人に丸投げしたい。
でも、助けないとって思う自分もいる。
「表だったら助ける。裏だったら見守る。さてさて、この村はどうなるやら……」
表:助ける。
裏:見守る。
選択肢が明示されてコイントスを行い、空中に飛んだ五百円玉のコインが朝日で輝きながら落下を始め、私は手で掴んでから確認した。
結果は――“絵柄”の表だった。
コインが一瞬光った。
「助ける、か」
私はイカサマ魔法で瞬間移動し、矢が当たらない位置で前に出た。
近づいたことで、ウサ耳ヘアバンドの感知によってどういう存在か理解した。
大きいのがホフゴブリン。
魔術師の格好をしたのがゴブリンシャーマン。
武装した屈強なのがゴブリンジェネラル。
「テンコさん!」
背後からアリスの声が聞こえ、一瞬振り返って不敵に笑ってやる。
何の変哲もないステッキを構え、魔力を込めた。
バニー衣装の力、どれほどかな?
最悪、イカサマ魔法で緊急離脱することを考えつつ、私は突っ込んだ。
ちょっ、速い!!
屋根に上った時はそこまで気にしなかったが、たった一度踏み込んだだけで人間が出せる速度を軽く超え、私は衣装の凄さに驚きながらもゴブリンの群れに入ってステッキを振るった。
魔力で強化されたステッキは折れることが無く一振りでゴブリンの骨を打ち砕きながら吹き飛ばす。
ゴブリンシャーマンが何かしようとしたので、先にそいつらを殴って倒し、次にホフゴブリンを速さで翻弄しながら頭部に攻撃して倒した。
村人が見守る中、最後にゴブリンジェネラルと対峙した。背後に回ってステッキで攻撃するが、動きを見切って剣で防がれた。
なら、これでいいか。
飛び退いてハットを掴み、イカサマ魔法でちょいと細工をしてからフリスビーのように投げた。
魔法によってハットはゴブリンジェネラルの顔に真っ直ぐ飛んで行く。ゴブリンジェネラルは剣で弾き落そうとしたが、逆に剣がスパッと切れてそのまま顔を通過した。
遅れてゴブリンジェネラルは鼻から上がズレ落ちながら倒れ、ハットはブーメランのように手元に戻って来たのでしっかりとキャッチし、汚れが無いか確認して、綺麗なままなのでそのまま被った。
強者らしくドヤ顔で振り返れば死体の山に立つ少女という絵面になり、村人たちは静まり返って私を見つめていた。
数秒遅れて、村人全員から鬨の声が上がった。
「テンコさん! 凄いです!」
アリスが真っ先に近づき、そのまま抱き着いて来た。
「アリス……話がある。部屋へ来てくれ」
アリスに囁き、私は村人に適当に愛想笑いを浮かべながら村長の家へ戻った。
正直、あまり気分のいい物ではない。サイコロの結果とは言え、なんだかマッチポンプをしているような気がしたからだ。
部屋に戻った私は窓から村人が死体の片づけをしている始めた様子を眺めつつ、付いて来ているアリスに言った。
「アリス、結論から言わせてもらうが、私は君を連れて行かないことに決めた」
「……理由を、聞いてもいいですか?」
私はコインを親指で弾いてアリスに渡した。
アリスはしっかりと手で掴むと確認した。
「これは……変わった貨幣ですね」
「それは神様が私に寄越した『決断のコイン』だ。私はそれを使って物事を決めている。君を連れて行かないのも、それで決めたからだ」
「納得いかないですよ、そんなの」
「なら、君が試してみるといい。絵柄が表で、数字が裏だ。二択の内容は、表が勝手に付いて来る。裏が一人で旅に出るだ」
「わっ、なにこれ!?」
アリスの目の前にウィンドウが表示された。
表:テンコに勝手に付いていく。
裏:一人で旅に出る。
「それは神に宣言する文だ。結果は絶対だから、しっかりと確認するように」
「は、はい」
「確認出来たか? では、振るがいい」
「……行きます」
アリスは私に促され、その場でコイントスをした。
私はコインによって連れて行かないと決めた。
だが、それは私個人の決定であって彼女の意思は別に働く。
これで表が出た場合、私はアリスの動向を渋々と認めることになるだろう。
アリスが落ちて来るコインを掴み取ったので、私も一緒に確認した。
結果は――“絵柄”の表だった。
コインが一瞬光った。
「じゃあ、私は勝手にテンコさんに付いて行きますね」
その言葉を聞いても、私は何とも感じなかった。
予想通りな結果に、笑みが漏れた。
「フッ、勝手にすればいいさ。ただまぁ、旅立ちのお祝いにもう一つ選択をしてもらおう」
私はアリスからコインを取り上げ、代わりにサイコロを手渡した。
「これは?」
「それは『運命のサイコロ』という。コインと同じく神様が作り出して私に寄越したものだ。サイコロに明示する選択肢は、君の戦いと魔法の才能だ。一の目は変化無し、二の目は二倍で三の目以降は倍々に増えていく」
選択肢を明示した直後、アリスの目の前にウィンドウが出現した。
アリスの戦いと魔法の才能
1.変化無し
2.二倍の才能
3.四倍の才能
4.八倍の才能
5.十六倍の才能
6.三十二倍の才能
「準備は整った。振るがいい」
「私、何かとんでもないことをさせられてる気がするんですけど」
「大丈夫、ただの運試しだ」
「これからの人生が変わりそうな運試しですね」
アリスは深呼吸をしてから、気合を込めてサイコロを床に転がした。
意識をサイコロに向けているアリスをチラリと確認した私は、咄嗟に閃いて実験的にイカサマ魔法をサイコロに掛けた。
転がっていたサイコロが勢いを失って止まった。
結果は――“三の目”だった。
――のだが、私の細工によって不自然にコロンとサイコロが転がり“六の目”になった。
「えっ」
アリスが驚いている間にサイコロとアリスの体が一瞬光り、結果が確定した。
上手くいった。
神器とはいえ所詮はサイコロ。
イカサマって、つまりこういうことだろ?
「フフ、おめでとうアリス。君はこれから英雄になるだろう」
「今のサイコロの動き、凄く不自然でした。何かやりましたね?」
「さぁ? 証拠があるのなら言ってみたらどうかな?」
「笑ってる時点でやってるじゃないですか! もう!」
「ハハハ、まぁいいじゃないか。君は強くなれる。旅をするなら強いに越したことは無い」
「……そうですね。魔物だけでなく、悪い人に襲われることだってありますし。テンコさん、これからよろしくお願いします」
「よろしくはされないさ。勝手に付いて来るといい」
「はい!」
いい返事をした後、アリスは朝食の準備に部屋を出た。
私はゴブリンの死体の片付けの様子を窓から眺めながら、何となくでコインを親指に載せた。
「さて、今日はいいことがあるかな? 表なら今日一日は晴れ。裏なら昼から雨だ」
表:一日晴れ。
裏:昼から雨。
明示が済んでウィンドウが現れたところで、私はコイントスをした。
結果は――“絵柄”で晴れだった。
「……今日はいい馬車日和になりそうだ」