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三振り目、村に着く






 街に着いてからの資金稼ぎとして、ストリートマジックで路銀を稼ぐ算段をしながら歩くことまた数分、森を抜けた。

 視界に広がるのは平原であり、近くにある程度整備された道があった。片方に向かって進むべきだとさっきの選択から導き出されているので、道の上をその通りに進んだ。

 誰ともすれ違わずに歩き続けると、道以外が木の柵で囲われた境界線に入った。内側はしっかりと手入れされた畑が広がっている。作っているのは麦が半分、野菜が半分といったところ。丁度お昼頃なのか作業を止めて帰宅する村人を何人も見掛け、奇抜な私の格好に怪しさ半分、好奇半分の目で見て来た。

 適当に愛想笑いを浮かべながら帽子を軽く持ち上げて会釈して歩き、村の中で一番大きくて立派な家に辿り着いた。


 ここが推定村長の家だな。


 喉を鳴らし、心構えをしてから玄関扉をノックした。


「すいませーん、ちょっといいですかー?」


 僅かに遅れて物音が聞こえ、ガチャリと扉が開くと初老の男が顔を見せた。太っているわけでも痩せているわけでもなく、人が良さそうな人相をしていた。


「はい、何でしょ――えっと……どちら様かな?」

「初めまして、私はちょっと訳があって旅をしている者です。一応大道芸人? と言いますか……まぁ、ちょいと道に迷いましてね。あなたはこの村の村長さんですか?」

「ええ、私がこの村の村長をやっております、ソチオです」

「どうも、自己紹介が遅れましたが、私は――」


 やっべ、名前決めるの忘れてた。

 てきとうに名乗っちまえ。


「コホン、失礼。私は……テンコ、でございます」


 咄嗟に思いついたのは、かの有名な二代目の女性奇術師だった。


 確か活動範囲は宇宙までだった筈。

 ここは異世界だからいいよね?


「テンコさんですか。道に迷ったということですが、何故私のところへ? この村は街に近いですから、村の誰かに聞けば行き先くらいは聞ける筈ですよ」

「そうですか。ですがもう一つ問題がありましてね、不幸なことに路銀が尽きてしまったんですよ。腹も減っており、このまま街に着いても倒れてしまうのがオチかと」


 腹が減っているのは嘘だ。

 演技でお腹に手を当てつつ、色気で誘惑する為に少し前屈みになって胸の谷間が見えやすいようにしてやった。

 村長のソチオの視線が、チラリと胸に移った。


「……ああ、それは大変ですね。わかりました。大したもてなしは出来ませんが、私の家で一泊して行ってください」

「それは有り難い。でしたらお礼に、私の芸を披露しましょう。食後になりますがね」

「はは、それは楽しみですな。では、どうぞ中へ」


 家の中へ迎えられた私は、ダイニングキッチンへ案内された。

 そこには少し質のいい庶民的な服を着た十代半ばほどの少女がいた。


「アリス、お客さんだ。一人分追加してくれ」

「え? あっ、初めまして、アリスです」

「テンコだ。今日一日ここに泊めてもらうことになった。よろしく」


 握手を交わしたアリスという少女は、服が相応しくないと思うほどに綺麗なブロンドの髪と青い瞳をしており、顔もまた明るさと優しさが合わさった人相で非常に良かった。


「はい、よろしくです。それにしても凄い格好ですね。何をされているんです?」

「大道芸だ」

「大道芸! そんな人初めて見ました。是非芸を見せてもらえませんか?」

「フフ、食後にお見せしよう」

「やった! それじゃあスープの具を多くしてあげますね」


 元気な子だなぁ。


 ステッキを隅に立て掛け、ハットを脱いでダイニングテーブルの椅子に座って待つと、少しして料理が出された。朝に焼いたのだろう冷めた丸いパンに、野菜と肉が入ったスープだ。


「では頂こうか」

「はい」


 ソチオとアリスが食べ始めたので、私も食べ始めた。


 パンは……うん、普通だ。外は硬いし中はパッサパサ。少し時間の経ったフランスパンみたいだ。

 スープは……うん、肉の旨味が塩気で引き締まり、刻んだ香草が入っていて香りもいい。けど、肉の臭みが混じってるし、そもそも味が薄い。

 総じて言うと、普通だ。

 私としてはそれなりに美味しく食えれば何だって良いから問題無いけど、これが他の日本人の転生者だったらがっかりしただろうな。


 私は余計なことをしようかどうか悩み、こういう時こそコインで決めるべきだと思って席を立った。


「おや、どちらへ?」

「すいません、トイレは何処ですか?」

「それなら私が案内します」


 アリスが席を立って案内してくれた。中の便座は前世の日本と殆ど変わらない見た目をしていて、掃除が行き届いていて綺麗だった。

 バニーインナーを装備しているのでトイレの必要は無く、一人になるのが目的の私は早速手の中に現れたコインに向けて言った。


「表は、私が胡椒と蜂蜜を取り出す。裏は、何もしない」



 表:胡椒と蜂蜜を取り出す。

 裏:何もしない。



 選択肢がウィンドウに明示されたのでコイントスし、手で掴んで結果を確認した。


 結果は――“絵柄”の表だった。


 コインが一瞬光った。


 よし、これならちょっとだけパンとスープがマシになる。


 トイレから出た私はスッキリしたと言わんばかりの顔を作って席に座ると、テーブルの隅に置いていたハットを裏返してごそごそと探る素振りをしながら一つずつ取り出した。

 黒胡椒入りのガラス製ペッパーミルと、ガラス製の容器に入った蜂蜜だ。

 村長のソチオは目を見開き、娘のアリスも興味深げにそれを見つめた。


「テンコさん、それは?」

「胡椒と蜂蜜です。お偉いさんから芸を見せたお礼に貰った物なのですが、流石にこのまま食べても仕方ありませんし、売れば騒ぎになりますからね」

「お父さん、胡椒も蜂蜜も、どちらも高級品だよね?」

「ああ、蜂蜜なら私たちでも買えるが、胡椒は砂漠を超えた先にある熱い国でしか作られない香辛料で、少量が金貨で取引されていると聞く。テンコさん、あなたは何者なのですか?」

「さっきも言いましたが、ちょっと訳ありの大道芸人ですよ」


 何処かの貴族かもしれないミステリアスな少女を演出しつつ、私はペッパーミルを目の前で使ってスープに胡椒を少量投入し、蜂蜜にはシンプルな銀のスプーンを何処からともなく出して見せてから、パンにたっぷりと掛けた。


 さてさて、お味の方は……うん、スープは胡椒が効いてイイ感じだ。パンも甘味が増して食べ応えがある。


 料理が美味しくなったのを確認した私は、二人に促した。


「どうぞ、そちらは差し上げますので使ってください」

「あ、ああ」

「そういうことなら……」


 二人は胡椒と蜂蜜を掛け、スープとパンを食べた。


「っ、美味い!」

「甘い! 癖になりそう」

「気に入って頂けたようで何よりです」


 余計なことをした甲斐があったというもの。





 三人で食事を楽しみ、お腹が膨れたところで私は立ち上がってハットを被り、ステッキを左手に引っ掛けた。


「ご馳走様。約束通り、今ここで芸をお見せしましょう」


 二人から期待を込めた拍手が送られ、私は被ったハットを手に持って恭しい挨拶をして被り直した。


「では始めます。何の変哲もないステッキですが――」


 手に持った杖を複製して両手に持った。


「実は二つに重なっていました。まだまだ予備があるので、こちらはあなたに」

「あっ、ありがとう……ございます」


 目を点にしながらもアリスは受け取ってくれた。


 ステッキを椅子に掛け、両手が空いたところで右手にナイフを出した。


「見た目は普通のナイフですが、これにはちょっとした仕掛けがされています。びっくりするでしょうから先に言っておきますが、怪我はしません。ほらね」


 イカサマ魔法で絶対に怪我をしないようにし、ナイフで左手をぶっ刺した。

 事前に言ったとしても、自傷行為を目の前で見せつけられれば流石に驚いたようで、アリスは口を手で塞いだ。


「御覧の通り、血が一滴も出ませんし、抜いても傷はありません」


 パンッ、とナイフを潰すように消してから手の平を見せて消えたことを確認させ、次へ移る。


「ハットをテーブルの上に置きまして、三回叩いて持ち上げれば――おや?」


 わざとらしく首を傾げ、私はハットを覗き込んでから手を突っ込み、水入りのガラス瓶に挿された一輪のバラを引っ張り出した。


「出て来ました、これで日常にちょっとした彩を」


 そういってテーブルに薔薇を置いた。


「今出来る最後としましては――この布を使います」


 取り出したのは黒い布。


「これを広げて全身が隠れた瞬間、私は別の場所に行くことが出来ます。残念ながら、近くまでしか移動できませんけどね」


 これも嘘。瞬間移動先の座標が分からないから使えないだけで、一度訪れれば何処でも行けると確信している。

 私は黒布を被った瞬間に転移し、村長の家の玄関前に瞬間移動した。

 今頃は黒布が落ちて私が消えていることだろう。

 変に時間を置いても心配されるだけなので、玄関扉を開けて普通にダイニングきっちに姿を見せた。


「ただいま戻りました。これでショーは終わりです」

「……驚いたよ。まさかここまで凄いなんて思わなった」

「今のショー、全部魔法ですか?」

「ええ、独自に編み出した魔法です」


 神様が、だけどね。


「やっぱり……! テンコさんって、もしかして何処かの貴族様ですか?」

「アリス!」

「でもおじいちゃん、こんなチャンス二度とないよ!」


 ……何か訳ありっぽい?


 とりあえず静観することに決め、私はハットを脱いでテーブルに置いた。


「それは分かっている。だがアリス、旅の人にお願いするのは迷惑だ」

「だとしても、今しかないよ!」

「アリス!」

「聞かない! もう私は大人だよ!」

「…………」


 村長のソチオは苦渋に満ちた顔のまま黙ってしまった。

 覚悟を決めたアリスは私の前まで来ると、勢いよく頭を下げた。


「お願いします! 世界を見て回りたいので、従者でも荷物持ちでもいいので、一緒に付いて行かせてください!」


 そこは弟子とか助手じゃないんだ……。

 別に拒否する理由は無いけど、勢いのままというのはいただけない。


「私はここで一泊する。朝、もう一度その意思があるか確認して決めようと思う。それでいいかな?」

「……分かりました」


 不服ながらも納得したアリスは、食べ終わった食器を洗い始めた。


「テンコさん、ちょっといいかな?」

「はい」


 村長に呼ばれ、家の外へと出た。庭に着くと立ち止まって振り返り、真剣な顔で話し始めた。


「少し話をさせてもらうよ。アリスのことなんだが、あの子は冒険者の両親を持つ私の孫だ。父親が私の息子で、母親は街の冒険者だった。二人は中々優れた冒険者だったようで、村にもその評判が届くほどだった。そんな二人は目出度く結婚し、村で暮らし始めてアリスが生まれた。だが、アリスが生まれてすぐ、村に魔物の群れが襲って来てね……二人は必死に戦って守ったんだが、その時に重傷を負ってそのまま死んでしまった。私と妻がアリスを育てたのだが……血は争えないらしい、年を重ねるごとに外への興味が強くなってね、成人するまでは危ないからと何とか抑えていたんだが……剣の練習まで始めて、成人してからはもう抑えられなくなっていた。この村から街まではそれなりに距離がある。馬車で半日だ。だから最後の抵抗として心強い人と一緒になら行っていいと約束していた。こうしてお願いするのは迷惑だとは分かっている。せめて街に着くまでの間だけでも、一緒に行かせてやってくれないか?」


 誠実な態度で頭を下げられた。

 親としては危険な目に遭わせたくないという思いが伝わって来る。


 ……そもそも冒険者って何?

 とは聞けないな。

 あと一つ気になることがある。


「あなたの奥さんは? 昼食の時に見掛けませんでしたが」

「妻は少し前に病気で死んだ。私はアリスがいなくなったら、誰かに村長の立場を譲って弟の家に住まわせてもらうつもりだ」

「そうですか。村長はアリスさんに、どうして欲しいのです?」

「好きに生きて欲しい。好きに生きて、幸せになってくれればそれでいい」


 そう言われると断り辛い。

 でも、私は人と深く関わるつもりはあまりない。


「明日、アリスさんの意思を聞いてから決めさせてもらいます」

「それで構いません。部屋へ案内しましょう」


 話が終わって私は二階の客室に案内された。しっかりと掃除が行き届いており、ベッドもフカフカだ。

 一人になったので、アリスをどうするかをコインで決めることにした。


「表で彼女を連れて行く。裏で彼女を連れて行かない。さぁ、どっちだ?」



 表:彼女を連れて行く。

 裏:彼女を連れて行かない。



 運命の分岐のような気がするが、だからこそ面白いとコイントスした。

 クルクル回るコインを掴み、確認した。


 結果は――“数字”の裏だった。


 コインが一瞬光った。


 そうか、彼女には彼女の人生があるか。


 納得しようとしたところで、突如目の前に新たなウィンドウが現れた。



 あなたの神様より、サイコロで以下のイベントを選択せよ。


1.翌朝、魔物の大襲撃

2.翌朝、魔物の中襲撃

3.翌朝、魔物の小襲撃

4.アリスの才能強化

5.アリスの才能大強化

6.アリスの才能超強化



「うわぁ」


 ドン引きだよ。

 私の運次第で下手したら村が壊滅するじゃん。


「……まぁ、それも運命か」


 振れと言わんばかりに目の前の空中に浮いているサイコロを手に取って、私はベッドの上に転がした。


 結果は――“二の目”だった。


 サイコロが一瞬光った。

 同時に、離れた場所から胸騒ぎを感じた。


「魔物の中襲撃……一体どれだけ来るのやら」


 翌朝とのことなので、私は対策を立てる為に村を見て回ることに決めた。


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