プロローグ。
───子供の頃、よく母から言われた。「かっこいい大人になりなさい」と。
しかし、蓋を開けて見ればどうであろう。家賃五万円のアパートのフローリングに横たわり、テレビを見ながら尻をむしるように掻く、独身30代男性のフリーターパンイチ姿と言う字面だけで想像出来る絵面な男になってしまった。どーだ。物言えぬ悲哀に心が満たされるだろう。ざまーみろ。
さて。そんな男は、懐に置いてあるもやしの塩胡椒炒めをつまみ、「正月顔を出せばビールを郵送してやるこの親不孝者め」と言われたビールをギュリギュリと飲む。
すると近頃世間を震撼させているニュースが耳を掠める。
それは日本各地で起こる謎多き殺人事件。性別は男性に限られており、玄関で殺されていることから見境のない殺人犯かとも思えば、その死体はもれなく両手足を捻り切られていると言う無駄に酷い殺され方だそうな。
意図も人数も実態を掴めず不明なことから警察の『税金泥棒』という消えかけていたレッテルがみるみる大きくなり、遂には騒音により通報された酔っ払いが警察をぶん殴ったという。
男は静かにテレビと部屋の明かりを消した。
ピンポーン
何やらタイミングよく鳴ったインターホンが不吉極まれり事他なかれだが、毎週水曜pm7:30にくる輩は俺の中で決まっていた。
「こんばんわー。N○Kでーす」
説明不要の集金屋である。
何かされたわけでもなく、何か恨みがあるわけでもなく、何か思うところはなくもないが取り敢えず金なんてビタ一門たりともあげたかねぇ。何で俺が汗水垂らして稼いだ金を、貰うでもなし与えにゃならん。
「向井さーん?」
と言い何度かドアを叩く。名乗ったことなど1度もないし、喋ったことなどもないのに馴れ馴れしいものである。そもそも玄関すら開けた覚えがないのにどうしてこうも家に来れるのだろうかと考察してみよう。
いやー、やっぱいいか。んなクソ暑い中考え事なんてしたかねぇ。毎年毎年最高気温だのなんだの。少しは俺を見習って扇風機生活を心掛けて欲しいね。全人類の皆様には。エアコンとか甘えだよ甘え。
瞬間、インターホンがイカれたように絶え間なく鳴り続けた。
「はぁ?」
俺知ってんだぞこら。おめぇが留守って事を口実に毎度毎度去り際、玄関を1発おもっくそ蹴っ飛ばして帰ってくのをな。なんならそれのせいで最近ご近所さんから煙たがられてんだぞ。「あっ…あの人よぉ。毎週水曜日に凄い物音を立てる人ぉ…」とか言われてんだぞ。なぁ、こっちはそれを不問にしてやってるって言うのにこの仕打ちはなんじゃわれ。そっちがそーゆー手段をとるのならこっちにだってやり方がいくらかある。玄関に引きずり込んで、住居不法侵入罪とか何とかで警察にパクらせてやらぁ。
などと無駄に長すぎるキレ芸をしている間も鳴り止まぬインターホンに、怒りが増すばかりであった向井は玄関をチェーンもせずに、人を殺す勢いで開けた。
人が、死んでいた。
「えぇ…」
まさか本当に死んでしまうとは思わなかった。あっ、油神君って名前なのね。
ってんなわけあるか。ドア開けただけで人間の四肢が取れるもんか…ん?
玄関で、男で、両手足がネジ切られててって…
「こんにちは。」
不気味なガキだ。何が不気味って、瞬きした瞬間に現れたこともそうだが、こんな死体見たら普通絶叫して、慌てふためくところ能天気に挨拶なんぞしてきたところを見るに、この職員を手にかけたのは間違いなくこいつだという事。それに伴ってこいつの衣服や体には血の一滴たりとも付いていない。ついでに宙に浮いてるところも言えば満点の不気味さ加減だ。
しかし何はともあれ、こんな死体誰かに見られちゃ色々終わる。どうにかして片さねぇと。
「こんにちは。」
「うっせぇ。こんばんわな」
男は不老では無いものの、不死身の身体であり、生きる疫病神であった。
少女は万能であれど、器用ではなかった。
それは運命の巡り合わせか、誰かに計算されての出来事か。いずれにせよ、両者にとっては奇跡的な出会いであることにはそう変わりない。
然してこの時より、孤高な男と孤独な少女が織り成す短い物語は口火を切る事となる。