第八話 エリーのスキル
「……え?」
俺は、思わずマヌケな声を上げてしまう。
盛大に飛び散った、血の華。
その色が、想像していた赤ではなく――毒々しい紫だったことに、唖然として。
見れば、《緑蜘蛛》の身体に大穴が開いているではないか。
「な、なんだ……?」
視線を横滑りさせると、ダンジョンの土壁に、先の尖った透明な氷柱のようなものが刺さっている。
それは、氷のような見た目でありながらも、内部で流動しているのが見て取れた。
状況から察するに、《緑蜘蛛》の身体を穿ったのはこれだ。
「これは……水を凝縮して作った棘?」
「うん、大正解!」
エリーはそう言って、パチンと指を鳴らす。
次の瞬間、まるで紡いでいた糸がほどけるかのように、水の棘が消えた。
「エリー、お前のスキルって」
「簡単に言うと、《水分の凝縮・操作》かな。ちょっと詳しくすると、空気中の水分を水に変えて、操ることができるの」
「ほへはー」
「……なに? そのイマイチ返答に困る反応は」
「いや……なんというか、人って生まれながらに平等じゃないんだなって、思い知らされた感じがするから」
「え?」
小首を傾げるエリーの前で、俺は内心さめざめと涙を流すのだった。
「とにかく、そのスキルならばりばり前線張れそうだな」
「うそ、ほんと!? 私のスキルってそんなに強いの!?」
「自覚無かったのかよ」
比較的皮膚の柔らかい《緑蜘蛛》相手とは言え、たかが水を凝縮しただけの武器で、易々と身体を貫通させる攻撃力。
そして、凝縮した水を自在に操作可能という汎用性。
控えめに言って恐ろしいスキルだ。
天賦の才とはこのことを言うんだろう。
「じゃあ、私もちゃんと戦力になれるってことで、次のステージ行こー!」
「う、うん。それはいいけど、テンション高いな」
「当然! ワクワクが止まんないからね!」
そう言って、エリーはウインクをして見せる。
気を抜けば命を狩られかねない場所が、ワクワクするのか。
やっぱり、言動が幼い割に肝が据わっている。
背中を預けるのには、頼もしい限りだ。
奥の暗闇へ颯爽と入っていく小さな背中が、心なしか大きく見えた。
△▼△▼△▼
「れっつごーネクストステージ♪ れっつごーネクストステージ♪」
謎の歌を口ずさみながら、意気揚々と前へ進んでいくエリー。
その後ろ姿を追いつつ、周りに意識を配る。
洞窟のように暗い土壁が延々と続いているだけで、一見危険は無さそうだ。
実際、序盤のステージで命を落としたという事例はかなり少ないし、《紅の陣》に所属していた時代も、仲間が序盤で致命傷を負うことはなかった。
けど、油断は出来ない。
目を光らせながら、俺はもの思う。
基本的に、敵が湧くのはステージ内と決まっているのだが、ステージ外でもダンジョンである以上は、大なり小なり危険が伴う。
徘徊している《緑蜘蛛》や、土の中を生息地としている《酸土竜》などが、その例に挙げられる。
結局、ダンジョンの八〇%以上が未解明と言われている以上、必ずしも安全という判断を下すのは早計極まりないことだ。
それに。
今の俺は、大きな責任を背負っている。
今までは《紅の陣》の足を引っ張っているだけの、ともすればお気楽キャラだった。
しかし、今は《挑戦者》のパーティリーダーだ。
いざというときは、命を賭けてエリーを守らなければならない。
「やってやるさ、必ず」
拳を握りしめ、俺は再び前を歩くエリーを見やる。
と、いつの間にかエリーは振り返って俺の方を見ていた。それも――なぜか幻滅したようなジト目で。
「あ、あれ。どうした?」
「ううん、べーつに」
首を傾げる俺を差し置いて、ぷいっとそっぽを向く。
「え、特に何でもないの? 気になるじゃん」
「本当に言っていいの?」
「うん」
「ヤッてやるさ。なんて私の方を見ながら言うもんだから、なんかちょっと引いた」
露出している白い肩を隠すように手を置いて、唇を尖らせるエリー。
「おい」
こちらとしては、肩を落とすしかない。
「下ネタのつもりで言ってないわ」
「えー、ほんとに? やらしいこと考えてない?」
「だから考えてないって!」
猜疑の目を向けてくるエリーに、少々ムキになって言い返す。
「ちぇっ……なぁんだ。(つまんないの)」
「何か言った?」
「なぁんにも」
拗ねたように言い捨てて、エリーはまた前を向いてしまった。
よく聞こえなかったけど、最後に寂しそうな表情で何かを呟いていた――ような気がするが、ただの空耳だろうか。
「ねぇ、イレイスくん。そろそろじゃない?」
「おっと、そうだな」
五〇メートルほど先で、洞窟が途切れ、行く手を阻むように石の扉が現れた。
もちろんだが、押せば開くなんていう新設設計ではない。あの石の扉を壊さなければ、第二ステージには進めない。
でも、さしあたって問題になることがある。
「どうしようかな。今のスキルじゃ、石の扉を破壊することはできない」
「そうなの?」
「うん」
現状解放されている精短剣のスキルは、第一形態―短剣と、第二形態―長剣のみ。
これから先、どんな形態が解放されていくのかは未知数だけれど、今の段階ではこの二つしか扱えない。
石の扉を破壊しようにも、穴を開けるくらいしかできないだろう。
範囲攻撃の手段がない。
強力なスキルを手にして、有頂天になっていた。
まだ俺は、力を得て駆けだしたばかりなのだ。
だから。
「エリーのスキルでなんとかならない?」
「やってみようか?」
お願い。
そう答える前に、エリーは右手を掲げた。
すると、掲げた右手の掌に、水の玉が形成される。
水の玉は更に周囲の水分をかき集め、瞬く間に肥大化していく。
「てにゃぁっ!」
「にゃ、にゃあ?」
なにやら不思議な掛け声をだして、巨大な水の玉を思いっきりぶん投げるエリー。
高速で飛翔する水の玉は、石の壁に激突。
腹の底を振るわせるような轟音を伴って、粉々に四散した。
「できた!」
俺の方を振り返ったエリーは、したり顔でサムズアップする。
「サンキュー!」
スキルの汎用性と破壊力の高さに舌を巻きつつ、俺も親指を立てるのだった。