第六話 目指せ、ダンジョン攻略!
時間は、それから三日後の現在に戻る。
ダンジョンを入ってすぐにある第一ステージの石人形を撃破した俺は、小さく息を吐いた。
遠回りをしてきて、ようやく踏み出した一歩。
その滑り出しは好調だ。
以前までの俺であれば、この石人形を倒すのに、二十分は要しただろう。その対価として、腕の一本くらいは折っていたはずだ。
それが今回は、なんと無傷で瞬殺。
秘器の力、恐るべし。
「ナイスだよ、イレイスくん!」
後ろからパタパタと音を立て、エリーが嬉しそうに駆け寄ってくる。
愉快な足音が、長く続く洞窟のような迷宮に響き渡った。
「それにしても、不思議な場所なんだね、ダンジョンて」
「うん。原初のスキル使いさんが400年前に造ったものらしいよ。詳しいことは何もわかってないけど」
「そうなんだ。なんか凄いワクワクする」
エリーは、土の臭いがする空気を胸一杯に吸い込んだ。
四方は土の壁に囲まれていて、とてもワクワクするような雰囲気ではない。
けれど、これから先いろんなステージが次々と俺達の前に現れる。見慣れた最初のステージの、味気ない雰囲気も、少し特別なものに感じた。
「おほん。それでさ、イレイスくん」
もじもじと指を合わせて、エリーは咳払いをする。
「どうしたの?」
「その……どうよ」
「何が?」
「むぅ」
不機嫌そうに頬を膨らませて、エリーはスカートの裾を摘まんでひらひらと振った。
「せっかく今日のために服を新しくしたのに、何も言ってくれないの?」
「ご、ごめん! 似合ってるよ凄く!」
「……本当に思ってる?」
「うん! めっちゃ可愛い!」
「っ!」
とたん、エリーは顔を逸らす。
何やら、耳まで赤くなっているようだ。
「ほ、本当に可愛いと思うなら最初に言ってよ。乙女心がわかってないなぁ……もう」
「わ、わかった。気をつける」
怒っているのか恥ずかしがっているのかわからないけれど、少し動揺させてしまったらしい。
が、可愛いと思ったのは事実だ。
肩だしの空色ミニワンピに、左足だけに履いたニーソックス。
首元にあしらった小さなペンダントが、彼女の可憐さを更に引き出している。
薄いワンピの生地を僅かに押し上げる胸の膨らみは緩やかなれど、その控えめな感じが、彼女に漂う儚さを際だたせていた。
例えるなら、水の妖精といったところか。
本当に、綺麗で可愛くて、いろいろと目のやり場に困ってしまう。
「ところでさ、入り口で貰ったこの紙、一体なに?」
エリーの質問で、はっと我に返る。
彼女は、黄土色の紙を俺の前に突き出してきた。
「ああ、これね。一応ダンジョンの入り口でも説明があったと思うけど、ダンジョンに挑戦する人達全員に配られる名刺みたいなものだよ。一応「迷宮名刺」って正式名称がある。所属しているパーティ名、個人のランク、持っているスキルなんかが書かれてる。リアルタイムで情報が反映されるから、他のダンジョン挑戦者達と交流したり、自分のランクや倒したモンスターの数を確認できるのさ」
「ふーん。よくわかんないけど、凄い紙きれってことでいいんだね!」
「あーうん。それでいい……のか?」
返答に詰まってしまう。
たぶん、この子は説明したことの半分も理解していない。
もしかして頭がお花畑系の人種か?
「ねーねー! イレイスくんの紙見せてよ。結構昔から、このダンジョンには挑んでるんでしょ?」
「う、うん。まあ……いいけど」
俺は懐からを取り出して、「迷宮名刺」を手渡した。
俺の情報は、以下の通りだ。
真名:イレイス=アダリアーナ
年齢:18
所属パーティ:《挑戦者》
個人ランク:D
パーティランキング:圏外
撃破モンスター数:28
撃破ボス数:0
スキル:《攻撃吸収》
秘器:精短剣
「何というか……思ったより少ない?」
「悪かったな! こちとら前のパーティでも足を引っ張りまくるザコスキル持ちだったんだよ!」
エリーに当たるのは筋違いとわかっていながら、そうキレ散らかすしかない。
ド直球に傷跡を抉られた。
五歳の頃からダンジョンに挑み続けているが、情けない話こんなものだ。
「そういうエリーの「迷宮名刺」も見せてくれよ」
「いいよ。さっき作ったばっかだけど」
エリーが手渡した「迷宮名刺」を、まじまじと見る。
どれどれ?
真名:エリーゼル=フォンハント
年齢:15
所属パーティ:《挑戦者》
個人ランク:E
パーティランキング:圏外
撃破モンスター数:0
撃破ボス数:0
スキル――
目を通し、丁度スキルの欄までたどり着いたとき。
「「「「グワァアアアアッ!」」」」
身の毛もよだつ声が暗闇の奥から聞こえ、続けて大量の何かがこちらへ向かって走ってくる音が聞こえた。
その音は、ぐんぐんと近づいてくる。
「ちぇっ、いいとこだってのに。エリー気をつけて、たぶんモンスターの群れに気付かれた!」
「う、うん!」
俺はエリーを庇うように前に立ち、ナイフを引き抜いた。