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第五話 パーティ《挑戦者》

無事に夢の世界から帰還した俺の目に、見知った天井が映る。

 けれど、天井の白色は懐かしさを含んでいた。


 ここはたぶん、家庭料理専門店「ザ・フツー」の二階にある生活スペースだ。

普段、店じまいをした後ゼダルが寝食をしている場所だ。住み込みで働いていたときもあったなと、感傷に浸る。


「あ、起きた!」


 不意に横から声がして、仰向けの状態から少し首を傾ける。

 俺の顔を覗き込む、少女の姿があった。


 水色の長髪と、くりりと丸い目を持つ美少女だ。

 頬には薬草をすり込ませたガーゼが貼ってあり、頭には包帯が巻かれている。

 痛々しい見た目なのにも関わらず、その表情は信じられないほどに明るい。


「君は、さっき襲われてた……」


 彼女の顔を記憶の少女と合致させる前に、少女のひとみうるむ。

 口元がぎゅっと結ばれ、鼻先が赤みを帯び、次の瞬間。


「うわぁああああん! よがっだぁああああああ!」


 大声で泣き出したかと思ったら、思いっきり抱きついてきた。

 華奢な身体からは到底想像できない強い力で、俺の身体に覆い被さるようにして抱擁ほうようする。


「え? は? なに!?」


 唐突すぎる事態に、理解が追いつかない。

 美少女に泣かれて抱きつかれるようなフラグを立てた覚えは――あれ。もしかして、さっき助けたから?


 しかし、礼を言われるくらいならわかるが、いきなり抱きつかれるのは予想外だ。

 困惑と羞恥しゅうちで頭が真っ白になる中、俺はひたすら少女の涙を受け入れ続けるのだった。


△▼△▼△▼


「私、エリーゼル=フォンハントって言うの! 長いからエリーって呼んで」


 幾ばくか経って落ち着いたらしく、エリーと名乗る少女は右手を差し出してきた。


「よ、よろしくエリー」


 俺も、恐る恐るその手をとる。

 柔らかな感触が、掌に伝わってきた。


「それで、あなたの名前はなんなの?」

「イレイス=アダリアーナ。イレイスとでも呼んで」

「うん、わかった」


 今、俺は寝かされていたベッドから上半身を起こす形でエリーと向きあっている。

 対するエリーは、ベッドのかたわら……ではなく、俺のベッドの上に上がり、足に乗っかる形で目の前に居た。


 簡単に言うと、美少女onマイフットの状況なのである。 


「いきなり抱きついちゃってごめんね。でも、生きててくれて本当に嬉しかったから」


 エリーは、燦々と輝く太陽のような微笑みを浮かべる。


「それは俺の台詞だよ。大きな怪我もなかったみたいでよかった」


 とりあえず一安心だ。

 エリーを助けようと反射的に身体が動いたお陰で、苦しませずに済んだ。


「それにしても、なんで襲われてたの?」

「あのおじさん達の持ち物を盗んだから!」

「自信たっぷりに言うことじゃないよ、それは……」


 俺は苦笑いしながら答える。

 当の本人は、「え、そう?」と首を傾げた。


「仕方ないじゃん。そうでもしないと、生きていけないんだもん」

「そうなんだ。まともな仕事、見つからない感じ?」

「うん。私みたいな女の子じゃ、力仕事は雇われないし。かといって、商売をしようにも売る物がないんだ。ほんの半年前までは、お母さんの作った編み物を売ってたんだけど、お母さん病気になっちゃって」

「今は編み物も作れないってことか」

「うん」


 ほんの少しだけ、悲しそうに目を伏せるエリー。が、すぐに明るい表情に戻って自分の頬を叩いた。


「でも、いつまでも足踏みしてるわけにはいかない。早く薬とか栄養のある食べ物を買えるだけのお金を稼がなきゃ。お母さんが無事治るまでなら、私はどんな薄汚いこともする!」


 エリーは、小さな拳をぐっと握りしめる。

 彼女の目は決意に満ちており、生半可な覚悟で盗みを働いているわけじゃないことがわかる。


 いくら社会的に褒められないこととはいえ、俺に止める通りはない。

 俺も、もし彼女と同じ境遇なら、迷わず同じ選択をするだろう。

 盗みをするかはわからないけれど、母が助かるならどんな困難でも立ち向かうはずだ。


「優しいんだな、エリーは」

「えっへへ、そう?」


 エリーは照れくさそうに頬を搔く。


「俺も応援するよ、エリーのお母さんが、一日でも早く治るように」

「ありがとう、イレイスくん」


 エリーは、一切曇りのない笑顔を見せてくる。

 ずきりと、一抹の不安が胸を刺した。


 この子が善意で盗みをするのは事実。

 けれど、結局は立派な犯罪だ。運が悪ければ、昨日みたいに痛めつけられかねない。

 否応なく昨日の光景が浮かぶ。


 そしてあのとき、もし俺があの場所にいなかったら。彼女はどうなっていただろうか――?


 何か、盗みとは別の方法で、彼女がお金を手に入れられる方法はないだろうか?

 少し考えて、俺はあることを思いついた。


「一つ、提案があるんだけど聞いてくれない?」

「なぁに?」

「盗みみたいな誰かの迷惑になる稼ぎ方じゃなくて、正統な手段で稼ぐ方法なら、一つ紹介できるよ」

「ほんと!?」


 エリーは、丸い目を更に丸くして、顔をよせてきた。

 見るからに興味津々だ。


「うん。でも、これは少し危険なことなんだ。ひょっとしたら、盗みをするより危険かも。それでもやる?」

「えっと……」


 エリーは逡巡しゅんじゅんするように目を泳がす。

 それから、上目遣いで尋ねてきた。


「イレイスくんと一緒なら……やってみてもいいかも」

「え?」


 俺は驚いて目を見張った。

 じっと俺を見つめるエリーの瞳は、まるで飼い主を見る子犬のようで――そんな表情されたら断れないでしょうが!


「わかった。一緒にやろう」

「やった!」


 エリーはベッドの上で嬉しそうにはしゃいだ。

 肝が据わっているのに精神年齢はそこそこ幼いらしい。なんとも不思議な子だ。


「それで、その正統な稼ぐ手段って、何なの?」

「それは、ダンジョン攻略さ!」


 俺は、片目を瞑ってそう告げた。

 かくして、俺はソロ攻略ではなく、まさかのパーティを組んでダンジョンに挑むこととなったのである。


 パーティ名、《挑戦者チャレンジャーズ》。

 後に唯一のダンジョンを完全攻略したパーティとして世界中に名を馳せることとなるソレが、産声うぶごえを上げた瞬間だ。


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