第五話 パーティ《挑戦者》
無事に夢の世界から帰還した俺の目に、見知った天井が映る。
けれど、天井の白色は懐かしさを含んでいた。
ここはたぶん、家庭料理専門店「ザ・フツー」の二階にある生活スペースだ。
普段、店じまいをした後ゼダルが寝食をしている場所だ。住み込みで働いていたときもあったなと、感傷に浸る。
「あ、起きた!」
不意に横から声がして、仰向けの状態から少し首を傾ける。
俺の顔を覗き込む、少女の姿があった。
水色の長髪と、くりりと丸い目を持つ美少女だ。
頬には薬草をすり込ませたガーゼが貼ってあり、頭には包帯が巻かれている。
痛々しい見た目なのにも関わらず、その表情は信じられないほどに明るい。
「君は、さっき襲われてた……」
彼女の顔を記憶の少女と合致させる前に、少女の瞳が潤む。
口元がぎゅっと結ばれ、鼻先が赤みを帯び、次の瞬間。
「うわぁああああん! よがっだぁああああああ!」
大声で泣き出したかと思ったら、思いっきり抱きついてきた。
華奢な身体からは到底想像できない強い力で、俺の身体に覆い被さるようにして抱擁する。
「え? は? なに!?」
唐突すぎる事態に、理解が追いつかない。
美少女に泣かれて抱きつかれるようなフラグを立てた覚えは――あれ。もしかして、さっき助けたから?
しかし、礼を言われるくらいならわかるが、いきなり抱きつかれるのは予想外だ。
困惑と羞恥で頭が真っ白になる中、俺はひたすら少女の涙を受け入れ続けるのだった。
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「私、エリーゼル=フォンハントって言うの! 長いからエリーって呼んで」
幾ばくか経って落ち着いたらしく、エリーと名乗る少女は右手を差し出してきた。
「よ、よろしくエリー」
俺も、恐る恐るその手をとる。
柔らかな感触が、掌に伝わってきた。
「それで、あなたの名前はなんなの?」
「イレイス=アダリアーナ。イレイスとでも呼んで」
「うん、わかった」
今、俺は寝かされていたベッドから上半身を起こす形でエリーと向きあっている。
対するエリーは、ベッドの傍ら……ではなく、俺のベッドの上に上がり、足に乗っかる形で目の前に居た。
簡単に言うと、美少女onマイフットの状況なのである。
「いきなり抱きついちゃってごめんね。でも、生きててくれて本当に嬉しかったから」
エリーは、燦々と輝く太陽のような微笑みを浮かべる。
「それは俺の台詞だよ。大きな怪我もなかったみたいでよかった」
とりあえず一安心だ。
エリーを助けようと反射的に身体が動いたお陰で、苦しませずに済んだ。
「それにしても、なんで襲われてたの?」
「あのおじさん達の持ち物を盗んだから!」
「自信たっぷりに言うことじゃないよ、それは……」
俺は苦笑いしながら答える。
当の本人は、「え、そう?」と首を傾げた。
「仕方ないじゃん。そうでもしないと、生きていけないんだもん」
「そうなんだ。まともな仕事、見つからない感じ?」
「うん。私みたいな女の子じゃ、力仕事は雇われないし。かといって、商売をしようにも売る物がないんだ。ほんの半年前までは、お母さんの作った編み物を売ってたんだけど、お母さん病気になっちゃって」
「今は編み物も作れないってことか」
「うん」
ほんの少しだけ、悲しそうに目を伏せるエリー。が、すぐに明るい表情に戻って自分の頬を叩いた。
「でも、いつまでも足踏みしてるわけにはいかない。早く薬とか栄養のある食べ物を買えるだけのお金を稼がなきゃ。お母さんが無事治るまでなら、私はどんな薄汚いこともする!」
エリーは、小さな拳をぐっと握りしめる。
彼女の目は決意に満ちており、生半可な覚悟で盗みを働いているわけじゃないことがわかる。
いくら社会的に褒められないこととはいえ、俺に止める通りはない。
俺も、もし彼女と同じ境遇なら、迷わず同じ選択をするだろう。
盗みをするかはわからないけれど、母が助かるならどんな困難でも立ち向かうはずだ。
「優しいんだな、エリーは」
「えっへへ、そう?」
エリーは照れくさそうに頬を搔く。
「俺も応援するよ、エリーのお母さんが、一日でも早く治るように」
「ありがとう、イレイスくん」
エリーは、一切曇りのない笑顔を見せてくる。
ずきりと、一抹の不安が胸を刺した。
この子が善意で盗みをするのは事実。
けれど、結局は立派な犯罪だ。運が悪ければ、昨日みたいに痛めつけられかねない。
否応なく昨日の光景が浮かぶ。
そしてあのとき、もし俺があの場所にいなかったら。彼女はどうなっていただろうか――?
何か、盗みとは別の方法で、彼女がお金を手に入れられる方法はないだろうか?
少し考えて、俺はあることを思いついた。
「一つ、提案があるんだけど聞いてくれない?」
「なぁに?」
「盗みみたいな誰かの迷惑になる稼ぎ方じゃなくて、正統な手段で稼ぐ方法なら、一つ紹介できるよ」
「ほんと!?」
エリーは、丸い目を更に丸くして、顔をよせてきた。
見るからに興味津々だ。
「うん。でも、これは少し危険なことなんだ。ひょっとしたら、盗みをするより危険かも。それでもやる?」
「えっと……」
エリーは逡巡するように目を泳がす。
それから、上目遣いで尋ねてきた。
「イレイスくんと一緒なら……やってみてもいいかも」
「え?」
俺は驚いて目を見張った。
じっと俺を見つめるエリーの瞳は、まるで飼い主を見る子犬のようで――そんな表情されたら断れないでしょうが!
「わかった。一緒にやろう」
「やった!」
エリーはベッドの上で嬉しそうにはしゃいだ。
肝が据わっているのに精神年齢はそこそこ幼いらしい。なんとも不思議な子だ。
「それで、その正統な稼ぐ手段って、何なの?」
「それは、ダンジョン攻略さ!」
俺は、片目を瞑ってそう告げた。
かくして、俺はソロ攻略ではなく、まさかのパーティを組んでダンジョンに挑むこととなったのである。
パーティ名、《挑戦者》。
後に唯一のダンジョンを完全攻略したパーティとして世界中に名を馳せることとなるソレが、産声を上げた瞬間だ。