第四話 夢の中で
いつの間にか、俺は見渡す限り真っ白な空間に浮かんでいた。
虚無という表現が限り無く似合うほどに、何一つ存在しない空間に。
ひょっとして、俺は死んだのだろうか。
「ここは……どこなんだ」
『ここは、あなたの精神世界。現の裏側、人間の言葉では「夢」と呼ばれる空間です』
不意に、誰かの声が頭に響いた。
男性とも女性ともとれない、中性的な声色だ。
「誰?」
反射的に聞き返す。
周りを見るが、誰も居ない。けど、この声はどこかで効いたことがある。
――そうだ、確か。ナイフが剣に変わる直前、頭の奥に響いた声と同じだ。
『私は、あなたの持つナイフ、秘器―精短剣に宿りし精神体』
「あー、うん。ちょっと何言ってるかわかんないけど、要はナイフの中にいる精霊みたいな感じ?」
『……まあ、その認識でいいでしょう』
不意に、目の前の空間に光の粒子が集まる。
その光は徐々にナイフの輪郭を形作り――俺が受け取ったナイフの形を作った。
「それで、俺の夢に現れて、何がしたいの?」
『私の主たるあなたと、少しお話がしたかったのです』
「ふーん、お話か。でも、俺なんかを主と言わない方がいいよ。ゴミスキル持ちの俺じゃ、きっとあなたの力を引き出すことは出来ない」
『いえ、あなたこそ真の主に相応しい。私の持つスキルと、あなたのスキルの相性は抜群なのです』
「はぁ……」
ぴんと来ない。
ダメージを無駄に受け取るだけのスキルと相性がいいスキルなんて、そうそうないだろう。
悶々と考えている俺に、精神体さんは淡々と告げる。
『私の持つスキルは、「使用者がダメージを負うごとに、攻撃手段が増える」というものです。わかりやすく説明すれば、最初はナイフの形態しか扱えませんが、傷を負うごとに別の形態が解放されるのです』
「つまり、さっきいきなり剣に変化したのは、俺がダメージを負っていたからってこと?」
『左様です』
なるほど。
つまり、要するに俺が傷付けば傷付くほど、ナイフが剣に変形したり、まだ見ぬ他の形態に変身したりするのだろう。
けれど、それなら尚更俺は適任とはほど遠い。
それこそ、ダメージを受けた分だけ回復するスキル使いくらいしか、思いつかない。
それはそうと、ザックが何を試してもナイフの持つスキルが発動しなかったのかが腑に落ちた。
ダメージを負うことがスキル発動の条件であれば、《紅の陣》のトップたるザックのような実力者では、まずその仕様に気付かない。
だって、自分がダメージを負う前に相手を片付けてしまうのだから。
『あなたのスキルは、自身に加えられた攻撃の全てを吸収して最大限のダメージにしてしまう《攻撃吸収》。それは一見なんの強みもないのだけれど、一つだけ強みがある。それは、身につけているものが身体の一部という判定になり、ダメージを肩代わりできるということ』
「それは強みでもなんでもないよ。どんなに硬い盾を持ってても、ダメージの許容量を超えれば壊れる」
『では、もしもあなたが、絶対に壊れない武器を手に持ったとしたら?』
精神体さんは試すような物言いをする。
「絶対に壊れない武器? そんなもの、冷静に考えて存在するわけが――」
『ありますよ。私の器たる精短剣がそうです』
「は?」
思わず耳を疑った。
いくらダンジョンの秘宝に等しい秘器とはいえ、絶対に壊れないなんて物理の法則に反している。
『それが、可能なんですよ』
俺の心を読んだのか、精神体さんが言う。
『このナイフは、何人にも破壊し得ない無敵の千靱鉄に、原子の劣化・崩壊を防ぐ防壊膜が塗布されています。例え、一撃で地球を粉微塵にする攻撃ですら、傷一つ付かないでしょう』
「ま、まじか」
『まじです』
どこか愉快そうに、目の前のナイフの輝きが増す。
「ていうか、その千靱鉄とか、防壊膜って何なのさ。聞いたことない単語なんだけど。何に使用されてるかも知らないし」
『知らなくて当然です。これは、原初のスキル使いたるミカ=アンストロフィーが造り出した完全オリジナルの金属とコーティング材ですから。新たに造り出すことのできる者は、彼女を覗いて一人もいません』
「そ、そんな大それた物質がこの世に存在していたなんて……」
『驚くこともないでしょう。現に、身近にちゃんと存在しているのですから』
「うそ!?」
驚愕を禁じ得なかった。
俺はしばらくの間放心状態になっていたが、精神体さんの咳払いで我に返る。
『ダンジョンの外壁。あれに使われている物質こそ、このナイフと同じものです」
「そ、そうだったのか」
意外ではあるが、腑には落ちた。
今までどんな研究者が調べても謎なままだったダンジョンを構成する物質。
加えて、400年前に原初のスキル使いが造ったと言われている伝承。
それらを照らし合わせれば、辻褄はきっちり合う。
『話を戻しますが、あなた以上に精短剣のスキルを使いこなせる人物はいないのですよ。詳しい説明は追って話しますが、かいつまんで理由を言うと、このスキルは使用者がダメージを負うごとに強くなるものですが。逆に言えば、スキルを強くするにはダメージを負わなければいけない。必ずどこかで使用者の身体に限界が来るんです』
「あい、そういうこと。だから俺が最適ってわけか」
俺は精神体さんの言わんとしていることを悟った。
俺のスキル《攻撃吸収》の副反応的な扱いで見ていた、触れている物にダメージを肩代わりできるということが、役に立つのだ。
普通の剣や盾、アクセサリーではせいぜい石人形の攻撃を二、三発吸収するだけでオシャカになるだろう。しかし、世界を消し去るほどのダメージを受けても壊れないという精短剣であれば、いくらでもダメージを肩代わりさせることだできる。
文字通り、チートスキルの完成というわけだ。
『おっしゃる通りです。私にとって、あなたこそ理想の主。ですから、あなたさえよければ、これからどうか、よろしくお願いします』
「こっちこそよろしく頼むよ。この力があればきっと、夢を果たせそうだ」
俺は、夢の中で感覚のない拳を握りしめる。
随分と遠回りをしたけれど、必ずダンジョンを完全制覇してやる。そう心に決めるのだった。