第三話 ナイフの持つスキル
外の光景を見た俺は、思わず歯噛みした。
倒れている女の子は、おそらく十五歳くらい。土で汚れた水色の髪と、透明感ある同色の大きな瞳を持った、小柄の少女だ。
倒れ伏しているその子の前には、上半身裸で褐色みを帯びた肌を持つ、いかにも盗賊然とした大男が三人。
どう見たって、集団リンチの現場だ。
「おいこのクソガキ。お前が盗んだもの、なんだかわかってんだろうな?」
男の一人が、大きな脚で少女の頭を踏みつける。
足裏と地面で板挟みにされた少女は、苦悶の声を上げた。
「いい声で鳴くじゃねぇか。大人しく返してくれりゃ、俺ももっと優しくしてやるんだぜ? なぁ?」
男は、少女の頭を強く踏みつける。
「し、知らない……! 私は何も、盗んでなんか……!」
「嘘つくなよ。可愛い顔して、随分としたたかじゃねぇか」
「ぐっ……うぅっ!」
目に涙を浮かべ、精一杯訴える少女。
気付けば、俺は男達の前に立ちはだかっていた。
「あんたら、やめなよそういうこと」
「あぁ?」
品定めでもするかのように俺を見たあと、男は愉快そうに笑った。
「あっははは! 全身ボロボロのクソガキが、ボロボロのクソガキを倒しに来やがった」
頭を押さえて笑い続ける男を前に、青筋が立つのを押さえられない。
「テメェよぉ、さしずめ傷付いた女の子を助け出すヒーローにでもなったつもりだろうが……生憎そんなヒーローにやられるような悪党じゃねぇぞ? おい」
ねっとりとした声色で言いながら、男は踏みつける足に力を込める。
苦しげな少女の声が、絶叫に変わった。
「やめろぉおおおおお!」
反射的に駆け出す。
腰に佩いたナイフを抜き、全身の痛みも忘れて男へ肉薄する。
ナイフの切っ先が、男に触れる。
と同時に。
ドンッ!
頬に鋭い衝撃が走った。
見れば、男の太い腕が真っ直ぐに伸ばされており、その大きな拳が俺の頬にめり込んでいる。
「攻撃が単調なんだよ、このゴミガキがぁ!」
叫びながら、男は拳を振り抜く。
クロスカウンターの形で吹き飛ばされた俺は、何度か地面をバウンドしながら無様に倒れ込んだ。
吹き飛ばされた衝撃で手元を離れたナイフが、カランと音を立て近くに転がる。
「はっ、口ほどにもねぇ……」
男は鼻を鳴らして、少女の胸ぐらを掴みあげる。
少女はぐったりとしていて、されるがままだ。
「さあ、盗んだもの返してもらうぞ」
「……か、返さ……ない」
「テメェ!」
男は、力任せに少女を放り投げた。
少女の華奢な身体は、背中から地面にたたき付けられる。
「往生際の悪いクソガキだぜ……」
男は忌々しげに吐き捨てると、気絶したのかピクリとも動かない少女の方へ歩み寄る。
これ以上、手を出させるものか。
ダメージが限界を迎えた身体を強引に奮い起こし、転がったナイフを拾う。
生まれたての子鹿のように震える足を踏ん張り、立ち上がる。
「その子に、手を出すなよ……」
「あ?」
血走った男の目が、俺を睨む。
「お前、何様のつもりだ? 楯突くヤツは、容赦なくぶち殺すぞ」
「何様のつもりでもない。ただ、たかが盗まれたもの一つでか弱い女の子を痛めつける外道を、許さないだけだ」
「この期に及んでヒーロー気取りか。お前に言い言葉を贈ってやるよ。君子危うきに近寄らずってな。お前みたいなザコが、ヒーロー気取って他人の問題に首を突っ込むから、死ぬ羽目になるんだ!」
「死なない、よ!」
残った体力を振り絞り、全速力で男へ突進する。
「は、遅ぇよ」
男はつまらなそうに吐き捨て、次の瞬間俺の頭を鷲づかみにして、身体を掴み上げた。
凄まじい力を持つ指が俺の頭に食い込む。
足が地面から離れていて、逃げることができない。ナイフを突きさそうとしても、刃渡りが足りなくて男に届かない。
チェックメイトだ。
なんてあっけない最後だろうか。落ちるところまで落とされて、その上苦しむ女の子一人救えず死ぬんだ。
薄れる意識の中、そう思う。
――そのときだった。
『秘器―精短剣・第二形態―長剣』
そんな声が、頭の奥に響いてきて。
ずしゃっ。
肉を貫く鈍い音が響き渡る。
「なん……だと」
驚愕したような男の声が聞こえて、同時に頭を掴む指の力が急速に衰える。
地面に下ろされた俺は、目の前の男を見て「あっ」と声を上げた。
男の左肩を、見覚えのない剣が穿っていたのだ。しかも、驚いたことにその柄は俺が握っている。
俺が持っていたのは、ナイフのはずなのに。
一体、何が起きたんだ?
その疑問の答え合わせをするかのように、男が問うてきた。
「て、テメェ……どういうことだ。ナイフがいきなり剣に変身するなんて。き、聞いたことねぇぞ……何をしやがった」
見るからに怯えている。
今なら、この状況を打破できるかも知れない。
今すぐにでも切れそうな意識を保ちながら、俺は無理矢理笑顔を作った。
「驚いた? このナイフはね、不思議な力を持ってるんだ。俺の命令一つで、大砲にだってなる。あんた達くらい、一撃で消し飛ばせる超強力な大砲に」
「なっ!」
「どうする? このまま続けるの?」
俺は、冷や汗が落ちるのを悟られないように男を睨みつける。
一世一代のハッタリだ。
このナイフが大砲に変わるかなんて知らない。だが、男達は現にナイフが剣に変わる様を見ている。十分通じる嘘のはずだ。
「くっ! 覚えてやがれ」
悪役じみた捨て台詞を残して、男は後ろに控える部下らしき男達を連れて逃げ去っていく。
「な、なんとかなっ……た」
男達が見えなくなりと、不意に緊張の糸が切れる。
そのまま、俺の視界は暗転し、地面に昏倒するのだった。