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第二話 ダンジョンの成り立ち

 冒険を始める前に、少し時をさかのぼって話をしよう。


 遡ること三日前。



《紅の陣》を追放されたその日、一人ダンジョン攻略をリタイアした俺は、痛む全身を引きずって賑わう市場を歩いていた。


 久しぶりに感じる風が、乾いた空気を運んでくる。

 昼下がりの市場は、眩しいくらい活気に溢れていた。

 

 石畳で舗装された道の周りに立ち並ぶテントには、多くの食品や舶来はくらいの品がら並べられ、店主と客の間で幾度となく取り引きされている様子が見えた。


 ダンジョン攻略に向かったのは、三ヶ月前。ずいぶん昔に感じるのに、街の様子は何も変わっていないようだった。

 ただ、それを思うのは俺だけだったようだ。


 市場を歩く人達と通り過ぎる度、物珍しそうな視線がすべて俺に向けられる。

 まあ、今の状態を鑑みれば当然ではあるが。

 ボロぞうきんのような衣服を纏った傷だらけの人間が、活気溢れる市場で浮かないはずもない。


「これからどうしよ、俺……」


 ためいきを付きつつ、俺は歩いてきた道を振り返る。

 一直線に続く道の向こうに、一際目立つ巨大な円柱状の建造物が見えた。


 天に向かって高くそびえているそれは、雲を突き抜け、遙か上空まで続いている。

 どんなに高い建造物でも五階を超えるようなものはなかなか見かけない。この世界にあるべきでないと思わせるほどの異彩を放つその建物こそ、ダンジョンである。


 400年余り前、原初のスキル使いが一夜にして建てた巨大な建造物と言い伝えられているが、詳細は定かではない。


 というのも、建造された目的や、本人の証言、建造に使用された材質に至るまで、ほとんどのことが解明されていないのである。いや、正確には現代の理論では到底説明が付かないと言った方が正しいだろう。


 解明する上で一つ大きな手がかりになりそうなことと言えば、400年前に勃発したと言われる、人類を危うく絶滅手前まで追いやった大戦争が鍵になると、研究者達の間ではささやかれているそうだ。


 まあ、俺としてはそんなことどうだっていい。

 ダンジョンがどうして造られたとか、そんなことを知るよりも、当面の生活費をどうするかだ。


「なんせ、これっぽっちしかないからなぁ」


 空気のように軽い革袋の紐を解いて、中を覗く。

 革袋の底には、金貨が一枚と銅貨が四枚。この程度では、三日分の飯代ですぐに消えてしまう。

宿代まで考慮すれば、今夜泊まる分しかない。


 ちなみに言うと、俺に実家なんてものはない。幼い頃、父は負債を抱えて蒸発。母は俺が五歳の頃に、病気で亡くなった。それから十八になる今日まで、幼なじみのザックと一緒に、ダンジョンで手に入れた宝石やら報酬を、ダンジョン挑戦者専用の換金所でお金に換えて、命を繋いできた。

 今手元に残っているお金も、(物理的に)血反吐を吐いて稼いだものだ。


 ダンジョンは、攻略者でなければ報酬が得られないなどという鬼畜きちく仕様でなかったのが幸いだった。

 いつでも挑戦とリタイアができるし、成果を得た分だけお金になる。


 ――というか、ダンジョンを完全制覇した者は今まで一人もいない。それほどまでに、厳しい場所だ。欲をかいて強い敵に挑み、帰ってこなかった者も大勢いるのが実情だ。

 

 とはいえ、命を落とさない程度の低級モンスターが出るステージを選び、ダンジョン攻略で生計を立てる者が多く居るのもまた事実だ。


 けれど、俺にはもう、そんなことできない。

 低級モンスター相手でさえ苦戦するゴミスキル持ちの俺が、今更一人でダンジョンに入るなど自殺行為もいいところだ。


「やっぱ、こいつを売るくらいしかないのかねぇ……」


 俺は、腰にいたナイフを見やる。

 持てば一気にダンジョン攻略者の上位に立てるとすら噂される秘器。


 そんな、誰もが羨ましがる力を手に入れたはずなのに、ザックいわく「なんの力も宿していないゴミ」らしい。


 ただ、そんなゴミでもきっと秘器であることに変わりは無い。

 欲しがる人だってそれなりにいるはずだ。市場のオークションにでも出品すれば、当面の生活費はまかなえるだろう。


 それよりも――


「腹、減ったな……」


 俺は、真っ平らになった自分のお腹をさする。

 周囲にあったはずの市場はいつのまにか遙か後ろに過ぎ去っており、俺は今集落の表通りにいた。


 この近くに、確か知り合いのやっている店があったと思い出す。


「三ヶ月ぶりに、顔見せに行くか。願わくば、知り合いってことでタダにして貰えないか頼んでみよ」


 こすい考えを抱きつつ、記憶を頼りに知り合いの店へ向かった。


△▼△▼△▼


 目的の店は、すぐに見つかった。

 集落の中に溶け込んでいる煉瓦れんが造りの店だ。

 

 申し訳程度にテラスがあり、丸テーブルやイスが置いてあるけれど客はいない。

 昼下がりだというのに、窓から店内を見ても空席が目立った。


 ああ、こりゃタダ飯は期待できないな。

 そんなことを考えながら、入り口の扉を開ける。

 カランコロンと涼やかな音を立てて、ドアに付けられたベルが鳴った。


「よぉ、ゼダル。元気してた?」

「おお! イレイスか。久しぶりだな、全然元気じゃないぜ!」


 口ひげの隙間から見える白い歯を見せながら、ゼダルは豪快な笑顔を見せた。知的で力強いブルーの瞳を、嬉しそうに細める。


 ゼダルは、家庭料理専門店「ザ・フツー」の店主だ。年齢は四六才。筋骨隆々で年齢の割に活気に満ちており、いつでも明るい人間だ。


 三ヶ月前は、白髪が出始めたことを嘆いていたが、その白髪を隠すことなくカウンターに立っている。


「まだ一人でこなしてるのか? ウエイターくらい雇った方がいいんじゃないの?」


 俺は、毎度言っている気がする台詞を言いながら、カウンター席に座る。

 店内は然程広くもなく、カウンター席が六つにテーブル席が四つだ。


 客は、家族連れと思われる一組と、黙々と食事に徹している中年女性が一人だけ。

 ひかえめに言って、寂しい状況だ。


「キャワイイ女の子ちゃんに知り合いがいるなら、紹介してくれよ。看板娘として即採用するぜ」

「その前に俺を雇って欲しいんだけど」

「却下。女の子の方が良い」

「それ、ただ単にあんたの趣味だろ」

「ありゃ、バレた?」


 ゼダルはにやけながら、後頭部を搔く。


「真面目な話、お前さんにゃ仕事があるだろうて。《紅の陣》といえば、ダンジョン攻略パーティの中でもトップクラスの知名度と人気を誇る奴等だ。その構成員なら、金には困らないはずじゃないのか?」

「その《紅の陣》をクビになったんだって」


 俺はぶっきらぼうに言い捨てた。


「マジか。いやまあ、お前さんのは、底辺方向に天元突破しとるクソザコスキルだからなぁ。十分に頷ける話ではあるが。それに、その傷を見た後じゃその判断が懸命と言わざるをえん」

「やめてくれ、ナチュラルに傷付く」


 俺はため息をついて、後ろを振り返った。

 家族連れの客が、楽しそうに談笑している。三〇代くらいの男女に、五歳くらいの男の子。そうだ、丁度あれくらいのときに、俺はもう一人になっていた。


 幸せになれよ、と柄にもないことを思いつつ顔を戻す。

 センチメンタルは自分らしくないし、当面は自分が幸せになる道を探らなければ。


「ほらよ、飯だ」


 前を向いた俺の前に、料理ののった皿とパンが盛られたカゴが置かれた。

 皿の中身は、とろみのあるビーフシチューだ。流石、家庭料理専門店の肩書きは伊達じゃない。


「ありがと」


 一言礼を言って、俺はビーフシチュ―をスプーンにすくい、口に運んだ。

 しっとりとしたコクが舌に絡みつき、身体を癒やしていくようだった。


「ソレ喰ったら、傷の手当てしとけ。代金はいらん」


 ゼダルは、パンのカゴの横に、包帯と薬草をすり潰した粘液が入っている小鉢を置いた。


「サンキュー。飯代がタダなんて、気が利いてるよ」

「ばーか。誰が飯代なんて言った。タダなのは薬代で、飯代はちゃんと払って貰う。銅貨二枚、きっちりな」

「ちぇっ、ケチ」


 舌打ちしつつ、黙々とスプーンを口に運ぶ。

 と、そのとき。


「ねぇパパ見て! 僕の炎、こんなに大きく出せるようになったんだよ!」


 不意に、後ろから明るい声が聞こえた。

 反射的に振り返ると、例の男の子が手を掲げており、その掌に拳大の炎が浮いている。


 あれは、あの子のスキルか。

 ちぎったパンを口に入れながら、その様子を横目で眺める。


 スキルとは、人が生来一つ持っている特殊能力のようなものだ。

 肉体や精神の成長に比例してスキルは育っていき、二〇代あたりでピークを迎える。


 あれだけ立派なスキルなら、この先ダンジョン挑戦者になっても申し分ないくらい活躍できるはずだ。

 きっと、立派な炎使いになることだろう。


 そんな期待と身を焦がすほどの羨望せんぼう、落胆を胸に秘め、俺はグラスに入った水をあおる。――そのときだった。


「あっ!」


 焦ったような声が聞こえ、再び男の子の方に視線を戻す。


「っ!」


 俺は思わず水を吹きこぼした。

 彼の掌にあったはずの炎が、彼の手を離れ、真っ直ぐに俺の方へ突っ込んでくる。

 どうやら、スキルの発達が未熟で操作を誤ったらしい。


「やべっ!」


 そう口が叫ぶと同時に、炎は俺の身体に直撃。

 同時に、パリンと手に持ったグラスが粉々に砕けた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 もうもうと立ちこめる煙をぬぐって、母親と思しき女性が俺の方へ駆け寄ってくる。


「大変! どうしましょう、大怪我を負って……!」


 ボロボロの身体を見て取った女性は両手を口に当て、あからさまに狼狽うろたえる。


「お構いなく、この傷は元々負ってたものなんで」


 俺はすすで汚れた服を払いながら、笑顔で返した。

 新たに負った傷は――ない。


 とはいえ、危なかった。

 偶然コップを持っていたお陰で、コップの方に攻撃のダメージを肩代わりさせることができた。


 言いそびれていたが、俺のスキル《攻撃吸収》には、ちょっとした特徴がある。

 それは、身体に受けたダメージを、身につけているもの(衣服やアクセサリー、装備した剣や盾)に、肩代わりさせることができるというものだ。


 よくはわからないが、身につけているものも俺の身体の一部という判定になるらしい。


 ならば、装飾品や装備品を付けまくって、ダメージを受けるごとにそれらに肩代わりさせれば、無傷で戦えるのではないか?

 そう思うかもしれないが、世の中そんなに上手くはできていないらしい。


 俺の《攻撃吸収》は、どんな攻撃も一〇〇%吸収してしまう。低級モンスターのザコ石人形ゴーレムでさえ、その豪腕で一撃殴るだけで地面を叩き割ってしまうほどのパワーを有している。装飾品に溜まるダメージがあっという間に限界量を迎え、粉々に砕け散ってしまうだろう。


 それに、砕ける度に剣だの硬い金属の装飾品だのを買えるほど、俺は裕福じゃない。

 応用技すら役に立たない、正真正銘のゴミスキルだ。


 何度も頭を下げる女性をなだめながら、俺は内心寂しくなっていた。

 このまま、一人つまらない人生を送るんだろうか。

 

 願わくば、またあのダンジョンに足を踏み入れたい。

 攻略して、ザックを見返してやりたい。昔の約束を果たしたい。


 実力がともなわないながら、今までずっとダンジョンに挑み続けたのもそのためだ。

 未知の領域を切り開く高揚感、敵と対峙したときのスリル、仲間達に背中を預けて我武者羅がむしゃらに闘った日々が、脳裏を次々と過ぎ去っていく。


 もう、あの胸を躍らせる怖さと楽しさは、味わえないんだろうか。

 俺は窓の外を見る。

 随分と距離が離れているというのに、依然その存在を主張している白い円柱が見えた。

 

「諦めるしか……」


 ぽつりと呟いて、俺は窓から目を離そうとする――と。


「きゃあっ!」


 甲高い悲鳴が外から聞こえてきて、俺は窓の外を凝視する。

 目の前の通りに、白いワンピースを着込んだ女の子が倒れ込んでいた。

 怯えたような表情を向ける先には、大柄の男が数人立っている。


「くっ!」


 考えるより前に身体が動いた。

 どう見たってヤバい状況だ。


「お、おい! いきなりどこへ――」

「すぐに戻る! 食い逃げはしないよ!」


 引き留めようと手を伸ばすゼダルを振り切って、俺は店の外へ飛び出した。


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