第一話 ザコスキル×ゴミスキルは最強だった?
「お前、もういらねぇよ」
へたり込む俺を冷めた目で見下ろしながら、男は抑揚のない声色で言い捨てた。
男の名はザック。年齢は20歳。俺より2つ年上だ。水色の瞳とうなじ辺りで括った長い黒髪を持つ、パーティ《紅の陣》のリーダーである。
「え、そんな……嘘だよな?」
小刻みに震える指先を、ザックの方に伸ばす。
だが、その手をザックは迷うことなく払った。
床にたたき付けられた自分の腕を見る。
力なく横たわる自分の手は、青あざにまみれて大きく腫れ上がっている。
いや、腕だけじゃない。全身がもう、使い物にならないレベルでボロボロだ。
全身の痛みが天元突破していて、ほとんど感覚がない状態に達していた。
「待ってくれよ。お前は、こんなボロボロの人間を見捨てるのかよ」
懇願するように、パーティのリーダーであるザックの胸ぐらをかろうじて掴む。
「そうだよ。流石にもう、面倒見切れねぇよ」
「っ!」
俺は、悔しさに歯を噛みしめる。
目からぼろぼろとこぼれ落ちる水滴が、ダンジョン内の乾いた土に吸い込まれて消えていった。
「頼む……俺、もっと頑張るから。あのとき、お前言ってくれたよな? 一緒に頂点を目指そうって!」
「……」
ザックは無言。
感情の読めない瞳で俺の方を見つめたままだ。だが、沈黙に耐えかねたように遂に口を開いた。
「知らねぇよ。覚えてねぇよ、そんな約束」
「……っ!」
俺は唇を噛みしめる。
切れた唇からはみるみるうちに血が滲み出し、顎を伝って落ちる。
「いい加減にしなよ、イレイス。あんたみたいなゴミスキル持ちを、ウチのパーティに抱えとくのはもう限界だってんだ」
俺――イレイスとザックの間に割って入った一人の女が、そう吐き捨てた。
女の名はクルス。クセなのか長くさらさらの金髪をいつも指先に巻いている、背高のサブ・リーダーだ。
「あんた。今の自分の姿、マジでわかってんの?」
呆れたようにため息をつきながら、クルスは何やら呪文を呟いた。
すると、俺の前に光の粒が集まり、やがて鏡のようなものを形成する。クルスのスキル、《光の屈折》を利用した、即興の鏡だ。
鏡に映る自分の顔を見て、俺は何も言えなくなってしまった。
出掛ける前にちゃんと整えておいた銀色の髪はちりちりに焦げている。薄紫色の目は涙で赤く、頬や額は受けたダメージで左右非対称の歪な形に腫れ上がっていた。
はっきり言って、無残の一言に尽きる。
今さっき、少数のメンバーでザコ怪物を討伐しただけなのに、このザマだ。
対して、ザックとクルスの身体にはかすり傷一つ無い。
彼等の後ろに立って俺の方を見ている他のメンバーも、誰一人大きな怪我をしている者はいない。
力の差――いや、持っているスキルの差が如実に現れている証拠だった。
「あんたのスキル、《攻撃吸収》。受けたあらゆる物理攻撃を100%自身の身体へ吸収する。でも、その際吸収した攻撃は全てダメージという形で身体に反映される。受け流せる攻撃すら全部吸収して勝手に自滅するヤツを、これ以上置いとけるわけないでしょ。ウチのパーティは、子どものお守りをしてるわけじゃないの」
わかる? と言いたげに、クルスは俺を睨みつける。
ぐうの音もでなかった。
いなせるような弱小攻撃も全て吸収して、いらぬダメージを受けるゴミスキル。かといって、身体を張って強大な攻撃を吸収し、仲間を守れるだけのタフさもない。
もっとも、このスキルにはもう一つ特徴があったのだけど……まあこの場合、些細な話だ。その特徴も、実際にはほとんど役に立たなかったのだから。
それに引き替え、リーダーであるザックの持つスキルは、単刀直入に言えば、闇の力。どんな怪物や石人形も闇の中に引きずり込み、消滅させてしまう。
SからEまである個人ランクのうち、ダンジョン挑戦者全体の1%しかいないというSである。
その力に引きよせられてか、彼の元に集まってくる有象無象も後を絶たない。
《紅の陣》には毎日入団希望者が集まり、その度に選りすぐりの強者達が入ってくる。そんな場所に、ザコスキルを持った俺の居場所はない。
冷静に考えれば、至極当然の話だ。
だからこそ、悔しかった。
ずっと昔に約束したんだ。ザックと、ダンジョンを全て攻略して最強になるって。
ザコスキルを持っても、約束がある限り、その夢が絶たれていないんだと今日まで思っていた。いや、必死に思い込んで、考えないようにしていた。
いつか、こんな日が来るんじゃないかと、怖かったから。
けれど、その日は来た。
捨てられまいと、ボロボロになりながら文字通り身体を張って闘ってきた俺も、遂にお払い箱だ。
「わかったらさっさと出ていきな。もう、あんたの居場所はウチにはないよ」
「くっ……!」
俺は歯が欠けそうになるのも厭わず、歯をギリギリと噛みしめる。
それから、よろよろと立ち上がった。
ダンジョンの中は、忘れ去られた洞窟のように暗い。
この場所が、ダンジョン全体の半分にすら届いていない底辺ステージという事実にも絶望しながら、俺は踵を返した。
「待て」
そんな俺を、ザックは呼び止める。
「なんだよ」
「餞別だ。迷惑を散々掛けられたとはいえ、お前も一応《紅の陣》創設当時のメンバーだ。せめて、これを持って行け」
ザックは、無造作に何かを放った。
かちゃり。軽快な金属音を立てて固い地面に転がったそれは、鞘入れされたナイフだった。宝石で装飾された金色の柄が目を引く、派手な見た目のナイフである。
一目で、業物だとわかった。
それに。
「これって、ダンジョンの秘器じゃ……」
ろくに動かない手でなんとかナイフを拾い上げた俺は、柄をまじまじと見る。
ナックルガードの面に、六芒星の魔法陣のようなものが浮かんでいるから間違い無い。六芒星は秘器である証拠だ。
秘器とは、ダンジョンのボスを倒したり、隠された宝箱を見つけることで手に入る、力を宿した幻の武器のことだ。
広大なダンジョンに幾つも存在すると言われてはいるが、その入手難易度は極めて高く、団員数が50人を越える《紅の陣》のメンバーでも、たった6人しか所持していないレアものだ。
「なんで、俺なんかにくれるの?」
当然不思議に思った俺は、ザックを凝視する。
「ガラクタだからだよ、それが」
ザックは、一切言い淀むことなくそう答えた。
「ガラクタ?」
「ああ。闇の力を纏わせてみたり、切れ味を確かめたり、いろいろしたんだが、どういうわけか何も起きん。たぶん初めから壊れてたんだろ。だからやるよ」
「あ、ありが……とう」
俺は、迷った末礼を言った。
本当は、お礼なんて言う必要もないと、心の底から思っている。
所詮俺は、ゴミ捨て場にさせられただけなのだ。
どこからともなく、笑いを押し殺したような声が聞こえてきて、ザックの傍ら立つクルスを見やる。
すると、慌てたようにクルスは視線を逸らした。
笑いを押し殺したような声が止む。十中八九、彼女の声だったようだ。
どうせ、「ガラクタのはけ口にされたのに、礼を言う気の良いバカだ」とでも思っているんだろう。
虫唾が走るけど、何も言い返せない自分に腹が立つ。
「今までご苦労だったな。そのナイフを売るなり、鹿を狩るなりして好きに暮らすことだ。達者でな」
全く心のこもっていない、「達者でな」だった。
それにかぶせるようにして、クルスが「二度とツラ見せんな」と笑いながら言ってくる。
力の入らない手でナイフの柄を握りしめ、俺は踵を返す。
その瞬間、俺は見た。
ザックやクルスの後ろに佇む、冷たい目をしたメンバー達。
その中に一人だけ、心配そうに瞳を揺らしている小柄の少女がいたことに。
「ごめん、シエラ。……ありがとう」
誰にも聞こえない大きさでそう呟いて、俺はよろよろと歩き出す。
ダンジョン棄権者の出口に行くまで、俺は二度と振り返ることはなかった。
△▼△▼△▼
「――なんてことも、あったな!」
秘器のナイフを右手に携えて、俺はダンジョンを駆ける。
水晶があちこちに生えている暗い洞窟の奥に、敵がいる。
人の背丈の3倍近くある巨軀に、紫色の単眼。身体のバランスに不釣り合いナほど大きな拳。ダンジョンのあちこちに配置されている石人形だ。
つい先日までの俺なら、こんな木偶人形一匹に苦戦を強いられていた。
「だが、今は……!」
俺は、不敵に頬を吊り上げる。
今までは、怯えてへの字に曲げることしかなかった口を上に曲げる日が来るなんて、思いもしなかった。
「見てろよザック。ゴミ箱にも、ゴミ箱の意地があるんだ!」
そう叫んだ瞬間。
「グガァアアア!」
ダンジョンを震撼させるほどの雄叫びを上げ、石人形が動いた。
大きく開かれた口の奥が、瞬く間に熱と光を帯びる。巨大な火球が、石人形の口の中で生成されていく。
そして、解放。
圧倒的な熱量が、轟々とうねりを上げて肉薄する。
その炎に突っ込むようにして、駆ける速度を上げる。
じりじりと焦がす熱が肌に達しようとした時、俺は両手を広げてその炎を受け入れた。
容赦なく全身を焼く赤が、目前で踊り狂う。
けれど、熱さや痛みはまるで感じない。身体が炭化していく気配もない。
右手に持ったナイフを見れば、オレンジ色の光が刃を包んでいた。
「行ける……! 身体に受けたダメージを、ナイフが肩代わりしてくれてる今なら!」
そう確信を持った瞬間、目の前の炎が消え去った。
まるで無傷の俺を見て、さしもの石人形もひるんだらしく、一歩後ずさる。
「チャンスッ!」
ひるんだ隙に間合いを詰め、接近戦に持ち込む。こちらから攻撃を仕掛けない限り、勝利はない。
が、正直近距離戦闘ならいささか自信がある。
なぜなら――
「これまで、死ぬ気で闘ってきたんだ……いなせるような弱小攻撃でも、フルでダメージを受け取るハンデを持ったまま。だから、やれるさ!」
そう自分に言い聞かせた瞬間、石人形がその豪腕を振り上げた。
「グァアアア!
奇声を上げ、山のような拳を振り下ろす。
「ちっ!」
脳天を殴り潰さんと迫る拳を、後方に跳躍して躱す。
コンマ一秒前いた場所を、巨大な岩の鉄槌が穿った。
「今だ!」
着地と同時に前進し、地面に付いた石人形の腕を駆け上がる。
石人形の単眼に、思いっきりナイフを突き立てた。
血しぶきともオイルともとれる粘性の黒い液体が噴き出す。
衣服にこびりつくのも厭わず、ナイフを抜いて今度は左肩に突き立てた。
肩の付け根にビキビキと亀裂が入り、左腕がとれて地面に崩れ落ちる。
「あとは急所を――ッ!」
俺は、左手と一緒に落下しながら内府を構えた。
石人形とはいえ、急所は人間と同じだ。
頭部から四肢へ駆動の指示を出し、心臓部から全身へ駆動液を送っている。前者を壊せば植物人間のように動かなくなるし、後者を潰せば全身に駆動液を行き渡らせる術がなくなってやはり機能を停止する。
今から狙うのは、石人形の心臓部。
が、それがあるのは分厚い岩の皮膚の更に奥。ナイフではとても刃渡りが足りない。
「けど、行ける! さっき受けたダメージの大きさなら!」
俺は祈るようにナイフを握り直し、声高らかに叫んだ。
「秘器―精短剣・第二形態―長剣!」
刹那、ナイフの輪郭がぐにゃりと歪み、刃が粘土のように伸張する。再び輪郭が形成されたとき、ナイフだったものは長い刃を持つ剣になっていた。
「これで……チェックメイトだ!」
石人形の正面で剣を持つ手を思い切り引き絞り――左胸部に突き刺した。
衝撃波が剣を中心に迸り、石人形の心臓部を貫通する。
今、石の巨人は、完全にその活動を停止した。
「ふぅ……」
足音軽く着地した俺は、剣を見やる。
ナックルガードに刻まれた六芒星は、金色の柔らかい光を放出していた。
「解除」
ぼそりと呟くと、六芒星の光がぱっと消え、長かった刃はゴムのように縮んで元の長さに戻るのだった。
「こっからだ、俺のダンジョン攻略は」
ナイフを鞘にしまい、俺は気合いを込めて呟いた。
これは、ひたすら辛酸をなめ続けてきた俺が、ダンジョンを制覇するまでの物語である。
続きが気になる方は、ぜひぜひ二話以降も楽しんでいってください!
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