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おはよう、フェアリーテイル  作者: イザヨイ
2/6

【2】

※やや乱暴な描写があるのでご注意ください。


「ノル? 入るよ~」

 ノックと共に扉が開く音がした。

「カニーン、おはよう」

 十数年経ち、赤ん坊は女に成長した。名無しでは不便だからと適当な名前と自室を兼用した仕事部屋をもらった。

 ここでノルは客を取り、働いている。

「どう? 昨日はよく寝れた?」

「ええ、大丈夫よ。…いつも手伝ってもらってごめんね」

「いいっていいって!」

 カニーンはノルよりも数歳年上の女性で、盲目のノルの手伝いをしてくれている。汚れたシーツを変え、ノルの身体を拭いて食事を持ってきてくれる。おかげでノルは部屋からほとんど出る事もなくすごせている。

「はい、目元のを取るね」

「うん」

 極力目を開かないようにしているが、女将の提案で目元にレースを巻いて見えづらいようにした。白い髪に白いレースはとても馴染み、目隠しにも見えるからと興奮する客も少なくない。

「あーあー…また痣できてるじゃん!」

 服を脱がせると呆れた声が聞こえた。カニーンの指が触れたところに痣があるのだろう。

「こんなに青黒くなって…せっかくの白い肌なのに!」

「うーん…でも私は見えないからなぁ」

 ノルが任せられる客は厄介なものが多い。乱暴であったりしつこかったり…性癖に一癖ある客を、女将はノルに任せた。

「客引きができない私に回してくれるだけありがたいよ」

「もう…どうしてそう人が好いのかなぁ」

 それを言うならカニーンだって。

 自分でするのが鉄則の娼館で、カニーンは唯一ノルを手伝ってくれる。他の娼婦たちは目立った意地悪はしないができるだけノルとは関わらないようにしているようだ。

「はぁ…ノルの身体は本当に綺麗…」

 下着もはずした裸体を見て、うっとりと感想を漏らす。

「そうなの?」

「ええ…そうよ…なのに…痣なんて…残ったらどうするのよ…」

 恨みがましい声。呪詛にも聞こえるソレも、ノルには気遣う言葉にしか聞こえない。

「ああ…白い肌…すべすべ…やわらかくてあたたかい……」

 手が触れる。ノルにはわからない。カニーンのそのねっとりと絡みつく視線も。

 カニーンの指が徐々に徐々に下がっていく。反射的にひくんと身体が揺れた。

「怖がらないで…大丈夫…私がノルを綺麗にしてあげるからね…」

 昨晩さんざん男のものを受け入れた部分にカニーンの指が触れた。

「うん。ありがとう」

 カニーンの邪魔をしないようにノルも足を広げる。

(なんて優しいカニーン)

 体液など触りたくないだろうに。人の世話なんて面倒だろうに。

 こうしていつも綺麗にしてくれる。

 話し相手になってくれて、どの客よりも丁寧に触ってくれる。

 心の底からノルはカニーンに感謝していた。

(ああでも、あの人も優しいわ)

 思いながら、ノルの名を呼び抱き着いてくるカニーンの身体をノルもぎゅうと抱きしめた。


  □■□


 その夜は珍しくドアがノックされる事もなく、客が入ってくる事もなかった。

「あんたに買い手がついたよ」

 翌朝、部屋にやってきた女将に告げられたのはその一言に、ノルよりもカニーンが強く反応した。持っていた陶器のコップを落とし、取り乱す声が聞こえる。

「なんで…なんでですか?! ノルはここにいるってっ!」

「そりゃ便利だから置いときたいさ。けどねこっちの条件をはるか上回るもん持ってこられちゃあ…ねぇ?」

 煩わしそうに、だがどこか嬉しそうに言う。

「は?! 金?! そんなものでノルを買うって?! ノルは金でやり取りできる存在じゃないわ! 本当は仕事だって…こんな…私は…許せないのに…ッ!」

「…こいつは金さ。金の代わりさ。当然だ。…ほら、さっさと…」

 準備をと促そうとする女将の前にカニーンが立ちふさがる。

「ノルが…いや…いやよぉっ! 私のノルがどっか行っちゃうなんていやぁ!」

「…お前のじゃないよ。この店のモンは全部アタシのさ! …なに勘違いしてるんだか」

 女将は汚いもののようにカニーンを睨む。

「だってノルは目が見えなくて…わた、私がお世話してあげないと!」

「そんなのあっちに行きゃお前の代わりなんていくらでも見つかるさ! …忘れるなよカニーン。お前だってアタシのもんだって事をね!」

「ノルには私が必要なのよ! お手入れだって処理だって…全部全部わたしがやってあげるんだから! 他のやつが触れていいのは『仕事』の時だけなのにッ!! 断って! ねぇ断ってよッ!!」

 だが女将が何を言ってもカニーンは否定して金切り声で訴えている。今にも縋りついてきそうなカニーンの首元を掴み、大きく手を振りかぶった。

「いい加減…うるさいッ!! お前の相手なんてしてる暇ないんだよ!」

 ばち、と何かを強く叩く音がして、ぎゃ、と小さな声と少し後に床に落ちる音がした。

「カニーン…カニーン?」

 どうすればいいかわからず、だが状況が全く分からなくて手を伸ばした。

「ノル!」

「カニーンをどっか連れていきな! …なんなんだいこいつは…ノルはとっとと準備をするんだ。…と言ってもお前の持ち物なんてないに等しいけどね」

 そう言って鼻で笑う。すでに部屋から連れ出されたカニーンにノルの手は届かず、女将はその腕を掴んでベッドへと引き倒した。

「きゃ…」

「はぁ…厄介な客を回せて便利だったんだけど…あの金額を見たらねぇ…」

 惜しそうな、なのに楽しそうな独り言と共に、女将の足音が遠ざかっていく。

「………」

 部屋の中から音が去った。耳を澄ませると複数の声が聞こえる。カニーンの興奮した声も混じっているが、時々不自然に途切れた。

「カニーン…」

 彼女が心配だが、ノルはこの部屋から出られない。逃げられないようにと外から鍵がかかっているし、幼い頃からの刷り込みでここから出て行くという発想が生まれない。

 ぎゅうと手を握り締める。どうか、どうかカニーンが諦めてくれるようにと。

 ノルの荷物は、服と下着が数枚だけ。他には何もない。準備道具も食事も甘味も全部カニーンが持ってきてくれた。

 衣類が入っている籠まではさすがにすぐに辿り着ける。そのまま持っていけばいい。女将が言ったように、支度なんてあってないようなものだ。

(カニーンが私を早く諦めて、忘れてくれますように…)

 それが彼女の幸せだ。再び女将が入ってくるまで、ノルはずっと祈っていた。


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