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月の蘇る-2-  作者: 蜻蛉
第六話 取引
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7

 外に出て、やっと息が出来た気分だった。

 豪勢なのは良いが、息が詰まる。朔夜はなるべく屋内より回廊沿いの庭を眺めながら歩いた。

 前に、龍晶が黙々と歩いてゆく。

「兄弟なんだろ?そっくりだな、短気なところ」

 軽口を叩くと、前が急に立ち止まってぶつかりそうになる。

 振り返りざまに拳が飛んできた。

 この至近距離の不意討ちでは避けようがない。見事に吹っ飛ばされる。ほぼ自業自得だが。

「いっ…てぇな!何するんだよいきなり!」

「殴った」

「そうじゃなくて…」

 怒るに怒れなくて朔夜は語勢を弱めた。

 気持ちは分かる。

「…どうしてあんな事を言われる?」

 一つ大きな溜息を返して、龍晶はまた歩きだした。

 朔夜は急いで立ち上がり、背中を追った。

「王子様は良いよな。八つ当たりで人殴れるんだから。俺なんか殴る相手も居なかった」

「王子じゃねぇよ。喋るな化物」

「黙ってなんかやるもんか。そんなの殴られ損だろ。それに王子には違いないだろ、王様の兄弟なんだから」

「王子って言うのは現王の子供の事だ。だから俺は違う。そのくらい分かれ馬鹿野郎」

「あ、じゃあ元王子様、か。なるほど勉強になったよ。で、元王子様はどうして王様に嫌われているのかな?」

「もう一発殴られたいかこの野郎!」

 言葉と共に飛んできた拳を、今度は掌で受け止める。

「分かるよ、そのくらい」

 真顔で朔夜は言った。

「俺は父親にずっと疎まれてきた。立場とか何もかも違うけど、辛いのは分かる」

「…貴様と同じにするな…」

 拳を離して、龍晶は目を庭へ逸らした。

 眩しい陽光が、池の水面をきらきらと輝かす。

「お前が何者か…それを答えたら、俺も答えてやる」

 左腕を擦りながら、ぼそぼそと龍晶は言った。

 この腕を治した力の、その正体が知りたい。

 朔夜は破顔した。やはり強がっていても、例え化物相手でも、この人は誰かに聞いて貰いたい事があるのだと。

 同じ寂しさを抱えているのだと、それが分かった。

「俺は確かに化物だよ。それは否定しない。でも人の子だ。両親は普通の人間。出身は梁巴っていう、山の中の村だ」

「繍と苴が戦をした所か」

「そ。そこで村の人達の怪我を治してた。さっきみたいに。あの戦が起こるまでは」

「噂が本当なら、お前は一人で苴兵の多くを惨殺し、撤退に追い込んだ張本人なんだろう?とても信じられんが」

「うん、本当だよ。俺とて信じたくはないけど」

 訝かしむ顔を見、自嘲して。

「あの戦で俺は初めて破壊の力を使った。だけどその力は大き過ぎるんだ。だから自分で制御できない。お前も気を付けろ。月の夜に俺に近付くな。巻き添えにしないとは限らないから」

「…なるほどな」

「ん?」

 納得の言の意味が分からなくて聞き返す。

 龍晶は水面を睨みながら応えた。

「王が俺をお前の番人にした理由だよ。お前の近くに居れば、自然な形で俺を亡き者に出来るだろう」

「……あ、まぁ…そうだけど…」

 朔夜には納得いかない。

「そこまで嫌われるものなのか?肉親同士で」

 自分も父親に殺されても仕方ないとは思ったが、そこまで積極的に死を願われているとは思えないし、自分も向こうが死ねば良いとは思えない。

 この兄弟は、流石に異常だ。

「肉親が何だ?俺はあの人を本当の兄とは思ってない。それは向こうも同じだ。まぁ、半分しか血が繋がっていないからかも知れないが」

「そうなのか?お前、あの…あれ、側室の子供ってやつ?」

 潅で覚えた言葉を悪気無く使うと、思いきり嫌な顔をされた。

 事実だからこそ他人に突かれたくない所なのだが。

「だけど、父は母を無理矢理正室にしようとした。いや、父が死ぬまでは王后だったんだ。本当の正室を差し置いて」

「その正室の子が、今の王様か」

「ああ。父が死んだ時、俺はまだ物心もつかない子供だった。後は分かるだろう?俺達母子は王権を掠め取ろうとした罪人扱い。だが王位は結局順当に継承された訳だから、俺を正式に罪には問えない」

「罪って…お前は何もしてないだろ。全て親父さんのした事であって…」

「お前な、俺の父親ではあるが、前の国王だぞ?親父さんて、どこのおっさん扱いだよ。不敬罪で牢屋に放り込んでやろうか」

「あ、悪い…」

 本気で恐縮する朔夜に、龍晶は呆れた笑いを見せた。

「俺とてそんな言葉使いで許される立場じゃないんだがな。山深い育ちだから礼儀も知らないんだろう」

「あ、そっか。それは悪うございました」

「もういい。普通に喋れ」

 既に開き直って笑う朔夜に、呆れだけが残って、「あーあ」と龍晶は空を仰いだ。

「餓鬼は良いな。気が楽で」

「さっきから餓鬼ガキ言うけどさ、絶対そんなに歳違わないだろ」

「あ?どう見てもお前のが餓鬼だろ。歳いくつなんだ?」

「十六…たぶん」

 一瞬妙な間が空く。

「…多分って何だよ」

「今まで歳数えてる暇が無かったから」

「は?何だそれ」

 ついこの間まで二年もの間昏睡していたから、歳をとった実感が無い…と正直な事を言うとまた話がややこしくなる。

「それより、お前は?いくつなんだ?」

 一瞥を与えてさっさと前を歩く。

「は?教えろよ。なんで無視なんだよそこ」

 また流される。

 はたと朔夜は思い当たった。

「お前の方が下だったのか」

「違うっ!」

 激しく否定されて、また少し考えて。

「…同じ?」

 今度は否も応も言わない。

 非常に分かりやすい。

「何だぁ。同い年かぁ。奇遇だな!」

「気安いっ!」

「同い年だから気安くて当たり前だろ。お前も変に片意地張らなくても良いし」

「余計な世話だ!大体、お前はただの山猿で俺にそんな口を利ける立場じゃないだろうが!」

「ついさっき普通に喋れってその口で言っただろ!」

「生意気過ぎるんだよ!子猫が調子乗りやがって!」

「子猫言うな!俺が猫ならお前は子犬だ!」

「はぁ!?」

「いやぁ、楽しそうですね」

 突如割り込んだ声に目を向けると、皓照がいつものにこにこ顔で立っていた。

「別に楽しくない!…で、会議はもう終わったのか?」

 朔夜が問うと、彼は肩を竦めて答えた。

「追い出されました。あとは国の者で決める、と」

「まぁ、いくらお前でも部外者には違いないよな。今からどうするんだ?」

「無論、戻ります。燕雷もそろそろ寂しくなってきてるでしょうし」

「…それは流石に冗談だよな…?」

 本気にも取れ兼ねないが冗談だと思いたい。どちらにせよ今ごろ燕雷がせいせいしている姿が目に浮かぶ。

「それはそうと…龍晶殿下?」

 急に名を呼ばれて龍晶は眉を顰めた。

 構わず皓照は続ける。

「部外者が口を挟む事では無いのは承知の上で申し上げますが…今の暮らしにいつまで甘んじるおつもりで?」

 龍晶は目を逸らして言い返した。

「一体、俺の何を知ってるんだよ?」

「王の弟君が厩暮らしはどうかと思いまして」

「は?なにお前、馬小屋に住んでるの?」

 朔夜の今にも笑いださん問いかけに、うるさい、と一声怒鳴って。

「だから何も知らないのに首を突っ込むな。事情があってやっている事なんだ。あんたに物申される筋合いは無い」

「その事情も理解した上で申し上げておりますが」

 はぁ、と長く息を吐いて。

「…夜毎に寝込みを襲われる心配なんかしたくないからな。あんたにそこまで理解出来るか知らないが」

「無論、そのお気持ちは分かります」

「どうだか」

 龍晶は庭へと下りていった。

 池に泳ぐ錦の魚たちが火花のようにぱっと散って行く。

「人には身の丈に合う暮らしってものがある。血の半分がどうだろうと、俺には権力など持たぬ人々との暮らしが合うんだ。この王宮は俺を拒む。俺もまた然りだ」

「殿下はそのような人々の上に立つべきお人ですよ」

「上になど立たぬ。人の上に立てば、奴らのように…」

「根が腐るとお思いですか」

 龍晶は背を向けたまま頷いた。

 しばしその背中を見詰め、皓照は言った。

「私は前の陛下に申し上げました。朱花(シュウカ)様の御子こそ世継ぎにふさわしい、と」

 見開いた眼が向けられる。

 龍晶の驚愕など想定済みとばかりに皓照は更に続けた。

「あれはまだ、殿下がお産まれになったばかりの頃だったかと思います。陛下はこちらですら予想外なほど、すんなりと申し立てをお取り上げ下されました」

 皮肉な笑みが、龍晶の端正な唇を動かす。

「…全てお前のせいか」

 理不尽な父の決断が、今の辛苦の発端なのだ。

 母、朱花が自ら王妃になる事を望んだとは到底思えなかった。だとすれば、父の独断か、何か他の力が働いたか。

 その一つが、今、顔を現した。

 ずっと恨みたくとも見えなかった顔が。

「無論、お前だけの判断ではないんだろうが…何故だ?何故父を惑わせた?」

「惑わせたとはまた随分ですが、この国の為に他なりません。それより、何故お怒りなのです?今の生活に陥った事が不満で?」

「満足していると思うのか?」

「ええ。たった今、自ら“身の丈に合う暮らし”と」

 龍晶は言葉に詰まって口をつぐんだ。

 皓照は優しく――それこそ悪魔の誘惑する声のように、語り掛ける。

「殿下は王族として堂々と暮らせば良いのですよ。兄上に遠慮する必要はありません。遠慮はあなたの敵を更に付け上がらせるだけです」

「王族として暮らしても良い事は無い。もう良いんだ。俺は贅沢がしたい訳じゃない」

「ええ。分かっています。それこそが朱花様の美点でした。ですから必ず御子もそうなられると思いまして」

「…それだけかよ」

「いいえ。理由ならば他にもありますが…しかし眼鏡違いでしょうか?殿下には必ず王の器が備わると思っていましたが」

 暫し黙ったまま、龍晶はこの得体の知れぬ男を睨みつけていた。

 朔夜にはその間、彼らが何を考えているのか、窺い知る事は出来なかった。

 皓照は、龍晶に王になれと言うのだろうか?

「俺に王となる資格はもう無い。従って王の器など必要無い。判りきった事だ」

 龍晶が重たい口を開いてそう告げた。

「果たして本当にそうでしょうか?」

 勿体振って皓照は言った。

「何が言いたい?」

 厳しく問う龍晶に、皓照はにこりと愛想良く笑った。

「殿下にとって何が本当に必要か、何を守るべきか――よく、お考え下さい。いずれ答を伺いに来ます」

 そして、朔夜に視線をやり、続けた。

「それまで子猫ちゃんをよろしくお願いいたします。くれぐれもお命を取られぬようご注意下さい」

「誰が子猫だっ!!」

 ははは、と爽やかに笑い、その場を去りながら最後は朔夜に言った。

「前に言った通り、よく飼い主の言う事を聞くんですよ?それと、錠の付いた巣箱をお願いしておきましたから」

「だーかーらっ!!」

 噛みつかんばかりの子猫にひらひらと手を振って、謎多き男は去って行った。

「あー腹の立つ!!」

 地団駄踏んで悔しがる朔夜に、龍晶は冷めた視線を送る。

「そんなお子様みたいな反応するからだろ。それより何者なんだ、奴は」

「俺には殴る事すら出来ない悪魔よりタチの悪いド天然野郎だ」

「説明になってない」

 一言で切り捨てて、皓照の去った方を見る。

「だが…悪魔よりタチが悪いのは確かだろうな」

 その意を聞こうとする朔夜を見返して、龍晶は言った。

「父から聞いた事がある。神に近い人間が、この世にいる、と」

 朔夜は思わず吹き出した。

「悪魔よりタチが悪ければ神なのか」

「間違いじゃないだろ」

 一瞬考え、自らも神に祭り上げられていた過去を思い出し、苦々しく肯いた。

「まあな」

「お目にかかれるとは思ってなかったよ。会いたくはなかったが」

 朔夜は苦い心のまま頷いた。

 世の常識を越える存在は、己の存在を揺るがす。そんなものは見ない方が良い。

 何度もその後悔する顔を見てきた。

 龍晶は歩みを再開させた。

 その後を追って朔夜は問う。

「なぁ、お前の事、なんて呼んだら良いんだよ?今更殿下なんて呼べないし、お前も嫌だろ」

「別に?好きに呼べ」

「名前はりゅーしょーなんだろ?りゅうって蛇の龍?」

「蛇とは違うだろ。龍の持つ玉の意味で龍晶だ」

「凄い名前だな。お前の親父さん、本気でお前の事跡継ぎにしようと思ってたんだな」

「だから親父言うな…」

 言い返しながら、ふと心の中のわだかまりが落ちるような感覚を覚えた。

 龍は皇帝の証だ。その玉晶の意を名に決めた父。

 皓照の意見をすぐさま聞き入れたのは、父自身が既にそのつもりだったからではないか。

 でなければこの名は付けられない。

――何を守るべきか。

 他人から言われるべくもない。

 必要なのは王座ではなく、そこにある、力だ。

 守るべきを守る為に。


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