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月の蘇る-2-  作者: 蜻蛉
第六話 取引
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6

 城を出、市井の雑踏に入り、やっと舎毘那は大きく一息ついた。

「いやはや、寿命が縮みましたぞ」

「どうせもう使い所の無い命だろう?」

 酔いが回っているとは言え、可愛げの無い毒を吐くこの子供は、実に可愛らしく舎毘那の腕の中に収まっている。

 人目を誤魔化す為に、女官の紗の着物を頭から垂らし、笠を目深に被って。

 今は二人で馬上に居る。

 厩までの道中、その形の龍晶は舎毘那に寄り掛かって歩いたのだが、途中武官に呼び止められた。舎毘那はその時の事を言っている。

 口から出任せに、たまたまこの女官が気を悪くして倒れていたので、宅まで送って行くのだと言って切り抜けた。武官は相当怪訝な顔をしていたが。

「そこ、左へ」

 龍晶の指示で舎毘那が馬を操る。

 大通から外れ、人通りも疎らになった。

「そろそろお話下さいませ。一体何があったのです?そして今は何処に向かって居られるのです?あなた様程のお方がこの様な目に遭う理由が、私めにはさっぱり判りません」

「隠居老人は気の楽な事だ」

「申し訳ございません」

 意味も分からず謝るしかない。

 腕の中からは長い溜息が返ってきた。

「いくら隠居しているとは言え…今の俺の立場が解らぬ程愚昧ではあるまい」

「それは…」

 はっきり言う訳にも行かず、言葉を濁す。

「兄は俺が目障りなんだ。だが堂々と消す事も出来ない。だから宮中の息の掛かった者に俺の命を縮めるよう命じている」

 はっ、と自嘲して少年は続けた。

「お陰で宮中は敵だらけだ。油断すればこんな怪我では済むまい。お前は医師の元へ行けと言ったが、その医師が毒を盛らぬとは限らないだろう」

「それは…まことの話で?」

「俺の被害妄想だと言うか?馬鹿を言え。家臣にこんな怪我を負わされて何の騒ぎにもならない王族が他に何処に居る?」

「家臣、とは…?」

「先刻の武官共だ。道場で剣の稽古をつけてやると押し売りしてきた。木刀での事故を装って俺を口も利けぬほど打ちのめす気だったんだろうが、途中で逃げてやった」

 舎毘那は黙してしまった。数年会わぬうちに、この子供の精神が全く歪んでしまったとしか思えない。

 以前会ったのはまだ十にもならぬ頃で、心優しく無邪気に笑顔を振り撒く子供らしい子供だった。

 あれから七年。確かに彼を取り巻く状況は一変し、厳しくはなっているのだろう。

 彼の父親――先の国王は亡く、母親も行方が分からない。腹違いの兄、今の戔王は決して弟の存在を快く思っていないのも確かだ。

 だが、ここまでする事があるだろうか?

「信じないなら別に良い。俺を物狂いだとでも思え。連中に比べれば害は無いからな、遥かにましだ」

 人影が途切れ、何か空気までもが淀んでくる。

 舎毘那は馬を止めた。

「龍晶様、道をお間違えでは…?」

「そんな訳あるか。このまま進め」

「しかし、この先は…」

 この道の先は、都に住む者は決して近付かぬ貧民街だ。まともに働けず暮らして行けぬ者、地方から食うや食わずやで流れ着いた者などが、やっと雨露を凌ぐ場所。治安は当然、良い筈が無い。

「お前が医師だ医師だと煩いからここに来たんだ。この街には俺をまともに看てくれる唯一の医師が居る」

「そんな、まさか…」

「良いから早く行け。酔いが覚めてきた」

 苦痛に歪む顔を見て、渋々馬を進める。

 異臭が立ち込め、家とは言えぬ物陰から白い眼ばかりが浮き上がる。

 その中の襤褸屋敷の前で馬を止めた。

 中には白髭の伸びるだけ伸びたような老人が一人。

 黴の生えたような寝台に龍晶を寝かすと、老人は何も訊かず触診を始め、然るべき治療をした。

 その手際の良さに目を見張る。宮中の医師でもこうはいかない。

「ご老人は、一体何者で…?」

 思わず尋ねると、治療される龍晶に窘められた。

「この人は仕事中に無駄口は叩かないんだ。黙っておけ」

 恐れ入って、口を閉じる。

 誰もが無言のまま、治療が終わった。

「折れていたか?」

 腕を固定された龍晶が寝台に座り直し、老人に訊いた。

 老人は黙したまま頷いた。

「そうか。助かった。礼を言う」

 そして舎毘那を呼び、信じられない事を口走った。

「金は有るだろう?代金と謝礼を出してやれ」

 驚きに呆然としていると、焦れたように彼は言った。

「じゃ、財布を寄越せ。勝手に出しておく」

 殆ど脅迫だ。

 仕方が無いので言われた額を老人に手渡した。

 老人は大して有難がりもせず、頭陀袋に無造作に金を放り込んだ。

 去り際、龍晶は老人に尋ねた。

「皆の様子はどうだ?」

 それで初めて、舎毘那はこの老人の声を聞いた。

 ぼそぼそとした、嗄れ声だった。

「生活は厳しくなる一方です。この一月で質の悪い風邪が流行り、十人ほど死にました。子供も五人ほど…」

「そうか…。薬が要るな。手配しよう。他に要る物は無いか?」

「有難うございます。必要の物はまた皆に訊ねて纏めておきます」

「ああ、頼む。近く祥朗(ショウロウ)を来させるから、あれに伝えてくれ」

「承知致しました」

 外に出ると、舎毘那には辺りの光景が一変したように見えた。

 ただ小汚ない訳ではない。この街は、生きるのに必死な人々がたどり着く場所。

 そして、この少年は。

「非礼をお許し下さい、龍晶様」

 頭を下げる舎毘那に、彼はにやりと笑った。

「何の事だ?」

「いえ、その…心中であなた様を疑うておりました」

「物狂いだと?別に、良いけどな」

 馬に乗り、また腕の中で、少年は呟いた。

「その方が、いくらか気が楽だったかもな…」

 日は暮れかけ、街の影は濃さを増していた。


 戔の王宮で、朔夜は恐縮しきりだった。

 見た事も無い世界だ。この世の贅の限りを尽くしたと言って良い作りに、床を踏むのも勿体ない気がする。自分はとても場違いなのだ。

 それをまるで我が家のようにすいすいと進む皓照を追い掛けるのに一苦労だ。ちょっと装飾に気を取られている間に見失ってしまう。

 漸く皓照が立ち止まったのでほっと一息ついたが、その前の扉を見て絶句した。

 黄金の巨大な扉。その向こうの世界は――想像を絶する。

 なんだかもう恐ろしくなって小声で皓照を呼んだ。

「俺もここ入らなきゃいけないの?」

「はい?」

 当たり前だが怪訝な顔をされる。

「外で待ってるから。駄目?」

「一緒に入って頂いた方が有難いのですが…。戔王は噛みついたりしませんよ」

「王様がいるの!?」

 更に後退するお子様の首根っこを捕まえて、皓照は扉を開けた。

「お待たせ致しました」

 中に居る面々に、悪びれずにこりと笑って告げる。

「皓照殿、よく来られた」

 一番手前に座る舎毘那が二人を出迎えた。と言っても朔夜は皓照の後ろに隠れて殆ど見えていない。

 その様を舎毘那の横で腕を吊った龍晶が冷たい目で見ている。何だあの餓鬼、と言わんばかりに。

 当の朔夜は逃げ隠れしたいばかりで何も気付いていない。

「来たか」

 報せを受け、玉座に着きながら戔王が言った。

「長らくお待たせを致しました。お望みのものは、ここに」

 皓照が言いながら朔夜の背中を押す。

 観念した蛙の如く朔夜は縮こまってぴくりとも動かない。

「それが?」

「ええ。これです」

 そこに居る無数の眼に穴の空くほど睨まれて、朔夜はもう消えてしまいたい気分だ。

「証拠が要りますね。これではとても信じて貰えそうに無い」

 笑いながら言って、皓照は周囲を見回した。

 龍晶の腕に目を留める。

「これは調度良い。殿下のお怪我を治しましょうか」

「…は?」

 思い切り嫌そうに眉をしかめる龍晶。

「陛下、弟君をお借りしても?」

「無論。証拠とやら見せて貰おう」

「有難うございます。殿下、どうぞこちらへ」

 笑顔で誘われても、当然足は鈍い。

「公開処刑でもする気なのか」

 のろのろと立ちながら隣の舎毘那に呟いた。

「まさか。あのような子供に何も出来ますまい。お気を確かに」

「話が本当ならあれが悪魔なんだろう…」

「早くしろ!」

 上から兄に怒鳴られて、重い溜息を落としながら席を離れた。

 集まる高官、重役達が囁き合う。その中に嘲笑が混じっている事ぐらい分かっている。

 もしここで死んだとしても、連中は面白い見ものだったとしか思わないのだろう。

「この子供が持つ力は二種類あります。皆さんお望みの破壊の力と、もう一つは再生の力。その再生の力をここでご覧頂きます」

 意気揚々と皓照が説明するが、朔夜の耳には入っていない。

 ぽかんと口を開けて皓照を見上げている。

「ほう、面白い。その腕が治ると言うのか」

 戔王が腕を組んで皓照に言い、続けて龍晶に命じた。

「怪我の程度を見せろ」

 龍晶は一瞬躊躇ったが、包帯を全て取り払って折れた腕を衆目に曝した。

「本当にこれを治すのか?」

 力の入らぬ腕を右手で支えながら、皓照を睨む。

「ええ。あっと言う間に元通りです。大丈夫ですよ、痛くはありませんから」

 にこにこと皓照は説明する。

 そこで漸く朔夜も今から何をしなければならないか、頭が追い付いてきた。

「ちょ、こ、こ皓照、こんな所で無理無理無理!」

「無理な筈はありませんよ。治癒はあなたの得意とする所でしょう?大丈夫です。力は場所を選びません」

「俺が選ぶっ…!」

 背中をどすんと押されて、初めてまともに龍晶と向き合った。

 龍晶の方が敵を取って喰らいそうな目付きをしている。彼としては、殺られる前に殺ってやる、な心境だ。

 その気迫にまたひぃっと怯えて皓照を振り返り、ぶんぶんと首を横に振る。

 皓照は、ははは、と楽しそうに笑った。

「殿下、この子は悪魔と呼ばれはしますが、昼間は見ての通り気弱な子猫ちゃんです。どうか優しく見守っては頂けませんか?」

 子猫ちゃんって!!…と怒るどころではないのが子猫ちゃんの子猫ちゃんたる所以だ。

 龍晶は下らなくなって、斜に見ながら一言吐き捨てた。

「猫なら毛玉でも追いかけてろ、馬鹿馬鹿しい」

「……」

「何処の餓鬼だか知らんが、こっちは本物の命のやり取りをする戦の話をしているんだ。餓鬼の戦遊びに行く訳じゃねぇんだよ。貴様のような法螺吹きの餓鬼はさっさと槍玉に当たって死んじまえ」

 餓鬼の連呼に何かがぷちん、と切れた。

 だすだすと足音荒く近寄り、至近距離で睨み付けて。

「…なんだよ」

「大口叩いてるけど、本物の戦場なんか行った事も無いだろ!槍なんかより、矢の方がよっぽど当たりやすいんだよ!」

「はぁ!?」

 何を屁理屈を、と反論する暇も無かった。

 無造作に左腕を持ち上げられ、痛みに唸り声を押さえるのがやっと。

 右手で殴ろうと拳を作ったが、涙に滲んだ視界に信じられない物が入った。

 左腕の折れた箇所が、光っている。

 患部を握る手と、腕の間から、紛うこと無き光が漏れていた。

 驚いて相手の子供を見遣る。

 むすっとした顔のまま、折れた腕と自分の手を睨んでいる。

「お前…本当に…」

 少なくとも、人間ではない。

 暫くして、手は離された。

 すっかり忘れていたが、痛みはとうに無くなっていた。

 おそるおそる、腕を曲げる。

 今までただ肘からぶら下がっているだけだった前腕が、自らの力で持ち上がった。

 感嘆に近いどよめきが起こる。

 それを受ける当人は、まだ唇を尖らせてふて腐れている。

 龍晶は目の前のものが何が何だか分からなくなった。単なる子供か、本当に悪魔か、それとも。

「見事だ」

 満足そうに戔王が言った。

「その力だけでも我が国に置くに足る。取引は成立と見なそう。…龍晶」

「は」

 呼ばれて、兄に向き直る。

「我が国の至宝、お前に預ける。よろしく世話をしてやれ」

「私が…ですか!?お待ち下さい、兄上!」

「兄と呼ぶな馬鹿者!」

 突然の怒号に場が凍りつく。

「何度も言わせるな。虫酸が走る」

 思わず朔夜は隣の龍晶を窺い見た。あまりに自身にも覚えのある状況、それ故に。

 彼は、やり場無い思いを、唇を噛んで耐えていた。

 王は惨めな弟を鼻で笑った。

「下郎に混じって牛馬の世話を自ら買って出る者が、人の形をした者の世話を拒む道理はあるまい。それとも王の命令は聞けぬか?」

「…いえ。滅相もありません」

 殆ど呟くように龍晶は弁明した。

「分かったならさっさと出て行け。悪魔殿に城内を案内して差し上げろ。今からお前の言う、本物の戦の話をするからな、餓鬼は不要だ」

 龍晶は血の滲むほど唇を噛んだまま、扉に足を向けた。

 朔夜はすっかり呑まれて呆然と見ていたが、皓照に肩を叩かれて我に返った。

「また後程、出立前には顔を見せますから」

 言われてやっと、自分もここから出なければならないと気付いて、そそくさと龍晶の後を追った。


挿絵(By みてみん)


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