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月の蘇る-2-  作者: 蜻蛉
第十一話 闇路
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6

珍しい相方からの要請に、思い切り顔を顰める。

普段は頼み事もして来ない。行動は全て自分の自由な意思に委ねられている。尤も、何か頼まれてもそれが自分の考えと重なるので、頼まれている感覚が無いだけかも知れない。

それが、今回ばかりは違った。

全く気の進まない頼みに、燕雷(エンライ)は渋りながら訊いた。

「俺が行く意味があるのか、それは」

「勿論」

相方、皓照(コウショウ)の要請とは、共に戔へと赴く事。

「こればかりは私一人では手こずりそうなんですよね。ほら、私に子供の相手など無理でしょう?君の持つ、親心というものを発揮して貰うべき時なんですよ」

「…どこから突っ込んでいいか分からない発言はやめてくれ」

頭を掻いて。

「子供って誰の事だ?朔夜か?何をしに行く?」

「無論、彼を止めに行くのです」

記憶を失い暴走しているとは聞いていたが。

「どうやって止める?それと俺に何の関係が?勿論、あいつの事は心配だが…」

朔夜への心配と、あの国に足を踏み入れる事は天秤に掛けられない。

「彼を止める方法はちゃんと考えてありますよ。問題はその後です。話では精神的に退行しているらしいので、それだと扱いに困るでしょう?」

「だから子供の相手?」

「そう。君にうってつけではありませんか」

「……なんだかなぁ…」

ぼやいて、否これはぼやきで済ませられる問題ではないと思い直す。

「俺が戔に行く事の意味を理解出来ないとは言わせんぞ。それを曲げてまで頼む程の意味が有るんだな?」

語気を強めて問うと、逆に冷めた口調で問い返された。

「意味と仰いますが、そこまで戔に足を踏み入れない事に(こだわ)る必要がありますか?もう過ぎた事、それもあの国に居る(ほとん)どの人が知りもしない過去の出来事ですよ」

流石に言葉に詰まった。

皓照は何も言えない燕雷に冷たく微笑んで、言った。

「あなたは今現在を生きる人だと思っていましたが」

過去に捉われて行動を起こさないなど、下らない言い訳だと。

言外にそう言われた気がして、何とも言えぬ苛立ちが心に渦巻いた。

お前に何が分かる、そう怒鳴り付けたい一方でそれが正論だとも解っている。

解っているからこそ苛立つのだ。

勝手に時を止めているのは自分だ。

「…分かったよ。行けば良いんだろ?」

考えるのが面倒になって燕雷は吐き捨てた。

皓照は、その一言を待っていたと言わんばかりににこりと笑って明るい声音で告げた。

「安心してください。用があるのは北州という田舎町です。都には今のところ行くつもりは無いので、君の傷を抉るような事にはなりません」

その一言が傷に塩を塗っている。

苦笑しながら燕雷は訊いた。

「誘うのは俺だけか?朔夜を止めるなら親父も要るだろう」

燈陰(トウイン)ですか?わざわざ声を掛けなきゃいけませんかねぇ?」

「わざわざって言う程わざわざじゃないだろ。寧ろ何で渋るんだよそこ」

「渋っているのは燈陰ですよ。嫌がられるだけで終わるでしょう?ならば、そう必要要員だとは思えません」

「親心とか何とか言うなら俺よりも親を呼べって話だよ!」

この男と揉めていても仕方ないと思い直し、燕雷は立ち上がる。

「俺が話をつけるよ。別に居ても良いんだろ?」

「ええ。まぁ」

どうでも良いとばかりの返事。

全く、と悪態をついて燕雷は歩き出した。

滞在している城を出、城下の街を抜けて郊外へと向かう。

そこに作られた長屋ばかりの小さな町。(シュウ)から脱出した梁巴(リョウハ)の民が暮らす。

長屋を前にして、そこで洗濯物を干していた女性に声を掛けた。

「ちょいとお尋ねするが、燈陰はどこに居るか知ってるか?」

彼女は忙しく動き回っていた足を止め、ああ、と何かに気が付いた声を上げた。

「随分久しぶりね?あんた何て名前だっけ?」

逆に問われて燕雷が眉を顰める。

己の事に気付いてないと察した女性が自分の事を指して教え始めた。

「ほら、私、繍の城であんたと燈陰に朔夜の居場所を教えてあげた於兎(オト)よ!まさか忘れたとは言わせないわよ?」

あーっ!と声を上げて、燕雷はしかし完全に顔を忘れていた。勿論そんな事があったのは覚えているが。

「分かった分かった。その節はどうも。俺は燕雷だよ。そんで燈陰は?」

訊きたいのはそれである。

「あなたが燈陰を探しているって事は、朔夜に何かあったのね、燕雷さん?」

面倒臭いを思わず顔に出しそうになって、燕雷は持ち(こた)えた。

「あ、もちろん燈陰の前に聞き出そうなんて無作法はしないわよ。案内してあげるから一緒に聞かせて」

彼女が顔を逸らしたのを見計らって、思い切り顔に面倒臭いを描いてみる。

燈陰は長屋の裏手にある畑に居た。とは言え、彼一人でかなりの面積を耕しているので辿り着くまで少々歩いた。

その道中、於兎は燈陰より先に聞かないと言いながら、燕雷に質問責めである。

「朔夜は何処かの国に行かされたって聞いたけど、何でなの?何の為に?」

基本だが、それを訊かれるのが一番痛い。

「行ったのはここのお隣の戔って国。何でか?俺も知らない」

誤魔化した。

「そうなの?あなた意外と下っ端なのね?それで、朔夜は元気でやってるの?でもこうして燈陰を呼びに来るって事は何か良くない事が起こった?」

「いやだから、それは…」

「分かってる分かってる、詳しい事は燈陰と一緒に聞くから、良い事か良くない事なのかだけ教えてよ!心の準備ってものがあるでしょ?」

まともに喋る暇を与えて貰えない。

端的に良いか悪いかで言えば。

「まぁ…良い事態になってないのは確かだな」

急に於兎が立ち止まる。

「どうした?」

「ねぇ、それなら私よりも聞かせなきゃいけない人が居るじゃない!」

元よりあんたに聞かせるつもりは無かった…とは言えないが。

「誰のこと?」

「何すっとぼけてんの!華耶ちゃんに決まってるじゃない!ちょっと呼んで…いや待って…畑で立ち話するような事でもないから、あなた燈陰を連れて戻って来てよ!お茶の支度しておくから!」

「は?え?何じゃそりゃ?案内してくれるんじゃ…」

「燈陰ならこの先に居るわよ!じゃ、絶対戻って来てよね!」

「はあ…」

生返事して走り去る背中を見送る。

とにかく言われた通りにするより無さそうで、畑沿いに延びる坂道を登り続けた。

山に入ろうかという場所で、やっと目当ての人物を見つける。

「燈陰」

鍬を振るう背中に呼び掛けて、その手を止めさせた。

「何しに来た」

振り向いた顔は全く歓迎していない。

「話がある…んだが、ちょいとややこしい事になったんで、長屋まで一緒に来てくれるか?道々事情は話す」

「俺は忙しいんだが」

「そこを曲げて頼む。でないと、あの於兎って娘が益々うるさい事になりそうなんだよ」

「はぁ…?」

渋々、鍬を置いて畑にから出て来た燈陰に、燕雷はまず『於兎がうるさくなる事情』を説明しておいた。

「それは…華耶に今の朔夜の状況を聞かせるって事か」

睨まれて、燕雷は情けなく言い訳した。

「そりゃ、俺もそれは良くないとは思うよ?でもあの向こう見ずなお節介屋のお嬢さんがさ…」

「於兎には何とでも言って誤魔化せば良かっただろう。俺は知らんぞ。お前達の馬鹿騒ぎなぞ付き合っておられん」

「まぁそう言うなって…。何か適当に言い繕ってみるから合わせてくれよ」

「知るか」

すっぱりと切り捨てられながら長屋の玄関を潜る。

すぐに於兎が出迎えた。

「早く。華耶ちゃんが待ってる」

声を潜めているつもりだろうが、奥の座敷に座らされている華耶は気まずそうな顔をしている。

殆ど押されるような勢いで対面に座らされた二人もまた、気まずく視線を彷徨(さまよ)わせる。

「その…さ、そんなに心配するような事じゃないんだよ。ほら、このお嬢さんが大袈裟に言ってるっぽいからさ…」

青ざめた顔色の華耶に、そわそわと燕雷が告げる。

「何があったんですか?」

それでも強い視線で訊いてくる華耶に、思わず口ごもる。

がしゃがしゃと手荒く茶を出しながら、於兎が語気強く口出しした。

「私は何も大袈裟に言ってないわよ!そうやって黙るって事は、やっぱり大ごとなんじゃない!」

「いや、違う…そうじゃなくて…ほら、あんまりにもどうでも良い事で逆に言い出し辛いんだよ。あんまり二人とも構えちゃってるからさ…なあ、燈陰」

助けを求めるが一瞥されて無視。

「燈陰はもう知ってるの?」

鋭く於兎が訊いた。

無言で彼は頷く。

「今聞いたの?」

「いや?十日ほど前に聞かされた」

「嘘!何で教えてくれなかったの!?」

燈陰の冷めた視線を受けて、於兎は言い直した。

「ううん、私はともかく、華耶ちゃんには教えなきゃ駄目よ!」

「於兎さん…良いんです。今、聞きます」

震えながらも芯の通った声音で華耶は言って、燈陰、燕雷にそれぞれ視線を送った。

「朔夜に何があったんですか?教えて下さい」

燕雷が頬を掻きながら口を開く。

「いや、ただの風邪なんだよ、たぶん。あんまり加減が良くないから迎えに行こうかと…」

「嘘よ!!」

於兎が叫ぶ。

「そんな訳ないじゃない!誰も信じないわよそんな嘘!」

「えー…信じてくれよ」

燕雷、お手上げ状態。

「燕雷さん」

於兎が改まって正面に座り直した。

ちょっと仰け反る燕雷。

「誤魔化さないでよ。私達、もうあの子とは他人じゃないの。私は命の恩人だし、華耶ちゃんは恋人なのよ?」

二人にとっては恩人に疑問符だが、華耶は恋人と言われて大仰に振り向く。顔を赤らめて。

構わず於兎は続けた。

「あなただって大事な人が居るでしょう?今どうしているか知らないけど、離れているならどんな些細な事だって知りたい筈。()して良くない事なら、嘘を付かれるよりも正確な事を聞きたいでしょ?違う?」

燈陰は燕雷の横顔を思わず窺い見た。

その目は今ここではなく、恐らく何十年経っても脳裏から離れないその一瞬を見ている。

彼の愛した人達は、もうこの世には居ない。

「…分かったよ」

燕雷は目の前の華耶へ諦めた笑みを向けた。

そして表情を厳しくする。

「あいつは、戔の戦に行って、大きな傷を負った。そのせいで記憶を失ったらしい。残っているのは梁巴で戦に巻き込まれるまでの記憶だ。精神的にもその頃の子供に戻っちまったようだ。それで色々、苦労しているらしい」

華耶の目が見開く。

顔色を失ってゆく彼女に微笑んで燕雷は教えた。

「華耶ちゃんの事はしっかり覚えているらしいから安心しろよ。ま、そちらのお嬢さんは駄目だろうけど」

「そんな事ないわよ!きっと会ったら思い出すから!」

超前向き発言につい、こんなに濃い人間ならあり得るかも…と思ってしまった燕雷。

「それで、そのまま戔に置いておく訳にもいかないからな、迎えに行く事にした。そこでだ、燈陰」

体の向きを変え、横に座る男へやっと本題を切り出す。

「今日はお前を呼びに来た。行くだろう?」

燈陰は体を背けたまま、ちらりと視線をくれる。

「俺も行く。戔は色々あった、出来れば近付きたくもない国だが、朔夜の為に意を決した。だが、本当に必要なのは俺じゃなくてお前だ。朔夜はお前を待っている」

「待っている筈が無いだろう?俺に死にに行けとでも?」

「燈陰…」

「行ってあげて下さい、燈陰さん」

凛とした華耶の声が、燈陰の顔を上げさせた。

「私の事を覚えているなら、朔夜は燈陰さんの事も覚えていますよね?大好きなお父さんのまま」

じっと、燈陰は華耶へ視線を向ける。

そして口を開いた。視線はそのままで、言葉は燕雷へ向けて。

「言うべき事は全部言った方が良いだろう、燕雷。隠し立てなんかせずに」

「お前…」

敢えて二人に教えなかった事実を言えと言うのか。不信も(あら)わにその男を見やる。

「お前が言わないなら俺が言うぞ」

「やめろ」

女二人の視線はひたと燈陰に注がれている。何が告げられるのか、覚悟した目で。

「奴は記憶を失って、その本性を表に出した」

「やめろ!燈陰!言って何になる!」

怒鳴り声の合間に、燈陰は一息に告げた。

「奴は本物の悪魔となった。見境無く人を殺す、殺人鬼だ。奴が俺を待っているとしたら、今度こそ息の根を止める為にだろうよ」

「燈陰!」

燕雷の怒鳴り声の余韻が建物中に響く。

あとは、静けさが襲ってきた。

「何故言った…」

怒りに震える声で、低く、燕雷は呟いた。

「それが事実なんだろう。お前が俺に教えた」

無感情に、淡々と彼は言う。

華耶も、於兎も、身じろぎ一つせず、瞬きも忘れて燈陰を見詰めたまま。

やっと、華耶が一言呟いた。

「教えてくれて…ありがとう」

ぎこちなく微笑んで。

「大丈夫…。今までと一緒。朔夜がやりたくてやってるんじゃないって事は、分かってます」

「繍とは話が違う」

「燈陰!もう良い!」

再び怒鳴って燕雷は立ち上がった。

「お前を誘おうと思った俺が馬鹿だった!勝手にしろ!だが俺は必ず朔夜を連れ戻す!元の姿に戻してな!」

「待って!」

立ち去ろうとした燕雷の背中を、意外な声が追い掛けた。

「私が行く」

「於兎さん…?」

華耶が目を丸くして隣で立ち上がった於兎を見上げる。

「聞いた以上は、ああそうですかで終わらせられない。何か出来る事があると思うわ。少なくとも、そこの情けないお父さんよりは」

燕雷は振り返って眉を潜めたが、燈陰は眉一つ動かさなかった。

「朔夜は子供に戻っちゃったんでしょ?それなら怖いおじさんに囲まれるより、可愛いお姉さんが居た方が安心するんじゃないかしら?」

「待てそれどこまでが冗談だ」

「全部本気に決まってるじゃない。あ、可愛くて優しいお姉さんと言った方が良かったわね」

「……あ、そう」

白旗降参したいところだ。

「私も…行けるなら行きたい」

華耶がおずおずと申し出るが、於兎と燕雷が同時に留めた。

「駄目よ華耶ちゃん。あなたのようなか弱いお嬢ちゃんが物騒な男共に囲まれて旅しちゃ危ないわ」

「行くのは戦地でもあるんだ。危険過ぎる。こればかりは駄目だ」

「於兎は良いのかよお前」

見兼ねて燈陰が口を挟む。

「そりゃ良い訳ないけど…」

「何?私の事舐めてる?どれだけ今まで朔夜の為に修羅場潜ってきたと思ってるの。敵陣に潜入したり長旅したり、刑場に会いに行ったり、果ては落とし穴にまで落とされて、とにかく経験値は高いのよ!」

「…置いて行ったら置いて行ったで(うるさ)そうでない?そうなったらお前相手してやれる?」

「御免被る」

「だろ?」

「何よそれっ!?」

一頻り苦笑いして、燕雷は華耶に言った。

「朔はさ、華耶ちゃんを傷付ける事を何よりも恐れている筈なんだ。あいつが戔に行く事を決めたのもその為だ。華耶ちゃんの為に離れる事を選んだ。だから、気持ちは解るが今回は連れて行く事は出来ない。これで何かあったら、あいつ、立ち直れないから」

華耶は目を閉じ、哀しげに微笑んで、頷いた。

「分かりました。…いえ、分かってました。朔夜の気持ちは」

瞼を開き、燕雷に向き直って。

「朔夜が苦しまず生きてゆけるなら、どんな形でも良い。どうか、お願いします。彼を助けてあげて下さい」

燕雷は力強く頷く。

「ああ。必ず」

その言葉に安堵と、少しの哀しみとを込めて、華耶は窓越しに青空を見上げた。

「私、心配していません。朔夜は必ず戻るって言ってましたから。それを信じて待っています」


「…で、連れて行くんですか?」

皓照が、目を丸くして尋ねる。

「仕方ないだろ。ま、あれだ、乳母みたいなもんだと思えよ。俺より良い親代わりはしてくれる筈だ」

「はあ。まあ良いですけど」

於兎を足の先から頭のてっぺんまで観察する。因みにこれは落とし穴の一件以来二度目。

「旅の安全は考慮しますが、保証はし兼ねるので自己責任でお願いしますね」

「わ、分かってるわよ」

「大丈夫だよ皓照。このお姉さんなら矢玉の方から避けてくれるさ」

「何よそれ!?私を何だと思ってるの!?」

「確かに、燕雷の言う事は一理ありますね」

「何なのよあんた達ーっ!!」

かくして、三人の珍道中は始まった。


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