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月の蘇る-2-  作者: 蜻蛉
第十話 背反
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10

夜が更けてゆく。

狭い廊下に座り、隣に刀を立て掛けて、桧釐は酒を注いだ。

横には宗温が同様に杯を手にしている。尤もこちらはあまり進んでいない。

壁一つ隔てた向こうで、龍晶が眠っている。

時折、苦しそうな呼吸を繰り返して。

「…(うな)されておられますね」

宗温が心配顔を戸口に向ける。

「ここの所そんな事無かったのにな」

特に意に介さず桧釐は言った。

「矢張り私が現れた事で色々思い出してしまわれたのでしょう」

「気に病むな。どうせ夢だ」

酒を口に放る桧釐を複雑な表情で見、宗温も注がれた酒を干した。

昼間、村を去ろうとした宗温を桧釐は止めた。

悪魔が現れるとしたら夜だろう、と。

それが現実となって欲しくは無いが、桧釐としてはどうにもその不安を拭い切れない。

そして万一それが現実となった時、矢張り自分一人で龍晶を守りながら悪魔と対峙するというのは荷が重かった。

宗温もここに現れると思い来たのだ。ならば暫く逗留して行けと言った。

龍晶には、今後の事を宗温から王に伝える為に殿下の決意がつくまで逗留するのだと伝えた。要するに、龍晶殿下はお亡くなりになられましたと王に伝えるとなった場合、その伝言を宗温にして貰うのだと。

龍晶は、そうか、と一言応えたきりだった。

まだ決め兼ねているのだろう。無理も無いが。

「もしも殿下が都に帰らぬと決められたら、朔夜も殿下の事を諦めてくれるのでしょうか」

宗温の問いに、桧釐は手を止めた。

「さてな…」

そもそも悪魔が何に執着し、何を諦めるのか、それが全く分からない。

「悪魔に殿下への殺意は無いだろう?」

そうでなければ、わざわざ傷を治す事は無い。それに悪魔自身が言っていた。まだ殺す気は無い、と。

「彼は殿下を生かして苦しめる事が目的のようです」

宗温が囁き声で告げた。

「…生きる事が苦か。そうかもな」

そこから救いたかった。だから今の生活に笑顔を見せる龍晶に安堵するのだ。

この生活を続けさせてやりたいと。

「殿下は亡くなったという報せに、悪魔も騙されてくれたら万事上手くいくのですが」

「それは殿下がそう決めて、朔夜が都に居ればの話だろう。お前を責める訳じゃないが、どうやってあいつは逃げたんだ」

宗温は大きな溜息を吐いて、白状した。

「都に彼を運ぶ為、牢から出した所でした。昼間でもあったし、日中彼が朔夜である時はずっと動きもしなければ喋りもしない…まるで生ける人形のようでしたから、私も油断していました。部下二人だけに彼を籠に入れる事を任せ、私が立ち会わなかったのが悪かったのです」

何となしに桧釐はその後起こった事の予想はついた。

その通りの事を、宗温は続けた。

「あまりの仕事の遅さに様子を見に行った時には、二人の屍が転がっているばかりでした」

「…朔夜の仕業か」

「分かりません。日のある時でも彼は一瞬だけ悪魔の顔を見せる時があったから」

桧釐は額に手を置き、苦々しく呟いた。

「厄介な敵だな…全く」

「敵に回してはならぬ相手でした」

「…まぁ、過ぎた事は言うまいよ」

それを追求しては、龍晶の罪となる。

彼の立ち振る舞いの(まず)さ故に、朔夜を悪魔と変えたのは認めざるを得ない。だがそれを罪として彼に被せては酷だ。

「良い友人同士だったのにな」

自ら過ぎた事を呟いてしまう。言わずにはおれなかった。

何を間違えて、と考えてしまう。

「記憶を…」

考えながら桧釐は言った。

「朔夜の記憶を戻せば、悪魔は消えるだろうか」

「そうなのですか?」

「記憶を失ったが故の産物だと、悪魔は自ら説明していた。なら、朔夜の記憶が戻れば全て元通りになるんじゃないか?」

「成程、しかしどうやって」

「さあ?」

分かろう筈が無い。

「頭ぶたれて記憶失くしたなら、もう一回殴れば良いんじゃね?」

適当過ぎる。

宗温も失笑せざるを得ない。

「まさか」

「ま、試しに殴ってみる前に串刺しにされるかな」

「そうですね。危険過ぎます」

「だなぁ」

虚しい冗談を自ら鼻で笑う。

「済まんな、ここに居るとどうも危機感が薄くなる」

切迫した心情でここまで来た宗温に詫びて、自嘲気味に桧釐は続けた。

「俺も殿下も同じ心持ちだろうと思うよ。とにかく、一度何もかも放って忘れてしまいたい」

「…無理もありません」

「都へ帰りたくないのは、俺の方なんだろうな」

宗温は桧釐の杯に酒を注いだ。

気持ちは分かる。誰しも平穏に暮らしたい。

「…良い家ですね。平和で、朗らかで」

「そうでもないさ。過去の影を隠しているだけ。誤魔化し笑いに過ぎない」

注がれた杯を、遠い目で干す。

そんな桧釐を横目に見、宗温は訊いた。

「あなたも辛い思いをしてここまで来たのですか。生きる事が苦だと言える程に」

桧釐は笑った。

「そんなの俺の柄じゃない。俺はこんなつまらん世界をぶち壊したかった、それだけだ。殿下の立場ならまだしおらしく考えてただろうが、俺は所詮部外者だ」

黙って王に虐められる龍晶も、負うべき罪も無いのに処刑台に昇った祖父も、一族とは無関係だとして王にひたすら恭順する父桧伊も、黙って家を出て行った母黄花も。

あの頃桧釐は、一族全てに苛立っていた。

そして誰よりも。

「俺は朱花様を恨んでた」

「何故」

「あの人が売られた喧嘩のせいで、俺たちは散り散りになった。どうして言い掛かりを鵜呑みにするのかって…俺は何も分かっちゃいなかったけど、今でも思うよ。殿下を守る為にも、もっと抗っても良かった筈だ」

叔母は恐れていたのだと思う。抗えば、王の後継争いから内乱に発展するであろう事を。

その争いに負ければ、愛息は確実に首を落とされる。そして、多くの犠牲も生む。

だから抗弁の一つもしなかった。悪いのは母たる己のみにして、龍晶を生かせる道を探った。

それは理解出来る。だが、探り当てた道が結局、死よりも苦しいものでは意味が無いと桧釐は憤るのだ。

「俺は、全ての事が起こる前の殿下に戻って欲しいと…そう願うんだ。同族の(よしみ)で子守を言いつけられて、俺は軍人になりたくて都に来たのにって文句言いながら、でも幼い殿下があんまり可愛らしくてな。しょっちゅう遊び相手をしてた。あの頃が懐かしい」

思い出話に、宗温も微笑して杯を傾けた。

「剣術の稽古を頼まれた事もあったが、元々体の弱い御子であったし動きも鈍くて、才が無いとはこういう事かと思い知らされたよ。俺に打たれてからやっと木刀を振る始末だったから。それで悔し紛れに熱中してると、本当に熱を出すからな。全く、毎回大騒ぎさ。稽古どころの話じゃない」

はは、と宗温は声を潜めて笑う。

目に浮かぶようだ。五歳かそこらの龍晶が、お付きの女官に囲まれて、桧釐相手に出鱈目に木刀を振る様が。

笑ったり泣いたり怒ったり、表情豊かに遊んでいただろう。

「…いつも朱花様が近くで見守っておられた。殿下が熱を出したとなれば、自ら懐に抱いてぐずる御子をあやしておられたな。良い母御だと不良息子の俺にも分かったよ」

そんな幸せな日々が、永遠に続く筈だった。

まさかその翌年に王が(たお)れ、その更に翌年には母子が牢に入れられているとは、思いもしなかった。

「朱花様の願いでもあるだろうな。殿下があの頃のように、普通の御子となる事」

笑って、泣いて、怒って。

己に素直になり、己の心を知り、ただ己の為に生きてゆく。

いつしか出来なくなったそんな『普通』を、龍晶に再び身に付けさせてやりたい。

その為には、都の生活も、王も、悪魔も要らない。全て忘れ去ってしまいたい。

「済まんな、長話を。これが俺の本望だよ」

そして、一族皆の細やかだが遠い願いだ。

皆で揃って、なんでもない穏やかな日々を過ごす事。

それは北州全体の願いでもあるのだ。だから、町を挙げて戦わねばならない。

いつか、平穏を取り戻す為に。

「お前はどうして軍人になった?あの軍に置くには勿体無い御仁だが」

宗温は軽く笑って首を横に振り、軽く流した。

「ただ、成り行きですよ。語れるような事は何もありません」

「またまた、謙遜だろそれは」

「自分の事を語るのは苦手なんですよ。それよりも、朱花様や殿下の事を聞いても宜しいですか?私が軍に入ったのはそれらの一件のずっと後なので、詳しい事は何も知らないのですよ。…いえ、事件の事ではなく、お人柄に興味があるんです」

「朱花様の?」

「だって、あなたが恨むと言いながら語る口ぶりは、本当に敬しているようだから」

桧釐は微苦笑して酒で舌を湿らせた。

どちらの感情も本当だ。本当だから困る。

割り切って考えられない。

「殿下のおそばであの方の事を語るのは恐れ多いな」

寝ている筈なので聞こえてはないだろうが。

「殿下はどうお考えなのでしょう?直接母君の事を尋ねるのは気が引けますが」

「やめておけ。ある意味、あの人は子供のままだ。母君を失った時から時間が止まってる」

「そうなのですか…」

「未だに母君は生きていると信じて…信じようとしている。それを己の中で崩せないから、ああも臆病で、己を出せなくなってしまったんだろう」

宗温は桧釐の言葉を考えながら杯を傾けた。

龍晶の言動は、その本心とは裏腹な事が多い。その理由を、そう見るのかと納得した。

母の事も、どこかで既に諦めてはいるのだ。でも、そうではないと心の奥底に凝り固まった物がある。心の内に矛盾を抱きながら。

「朱花様に話を戻すなら、何年も幻影を追い掛けられる程に美しい方だった。容姿ばかりではなく、その御心も、言動も。うちのお袋とは似て全く非なるものだよ」

「そんな、それはお身内だからそう思われるだけでしょう」

「そうかな?公平に見てくれる人が居ないから何とも言えないな。俺は絶対に全く違うと言い切れるんだが。殿下も大体賛同しているぞ」

「おや。それは分が悪いですね」

気を緩めて笑った時、壁の向こうから細い呼び声が聞こえた。

「桧釐…桧釐…!」

切迫した声音。二人は目を合わせ、刀を手に立ち上がった。

戸口を潜る。暗い部屋。窓から月明かりが差し込む。そこに。

「朔…いや、お前は…」

床に居る龍晶を部屋の真ん中で見下ろしている月は、入ってきた二人を見て不敵に笑った。

「宗温、お前甘過ぎるよ。どうして俺がお前を()けてくると思わなかった?お前がこいつの居場所を俺に教えちまったぞ?」

宗温は言葉が無い。尾行されている気配など無かった。気付けよう筈が無い。

「何しに来た?」

桧釐が鋭く問うた。

「何しに来たって?お友達の見舞いに来たのに、そう邪険にするなよ」

はっとして、龍晶の元へ駆け寄る。

上半身を抱き上げて、異常は無いと判った。ただし歯の根も合わぬほど震えている。

「まだ何もしてないよ。見舞いって言ってるのに、信じてくれないな」

唇を尖らせて月は言った。

龍晶を庇いながら、桧釐は背中越しに相手を睨む。

「今から何をする気だ?」

「…そうだなぁ。龍晶、お前がのんびり生きていこうとしてるのが筋違いだって、どうやったら解る?」

「は…!?」

「俺はお前を生き地獄に落とす為に生かしたんだぜ?何が一番お前に堪えるかな…例えば、北州でも襲ってみようか」

桧釐の腕に、龍晶の震えが止まるのが伝わった。

それはただ、体が強張っただけだ。そして桧釐とてそれは同じだった。

「やめろ…」

どちらが声に出したのか分からない。無意識の心の声で。

その声に、悪魔は不気味な笑みを浮かべた。

「浮世は愉しいぜ、龍晶」

ははっ、と声を上げて笑いながら、悪魔は窓を飛び越えた。

外から捨て台詞が聞こえた。

「北州で待ってるからな!」

悪魔が去った。

しんしんと、月明かりだけが外から差し込む。

愕然として、二人は言葉も無かった。

「脅しという事もあるでしょう」

宗温がおずおずと声を出した。

即座に桧釐は首を横に振った。

「悪魔が脅しだけに留まらせる理由は無い」

「ならば、北州に部隊を送って守らせましょう。それならば悪魔の捕獲も出来る」

「お前、本気でそんな事出来ると思ってるのか」

その人外の力は、嫌と言う程目の当たりにしてきた筈だ。

例え兵を送ったとしても、全滅させられるのが目に見えている。

「しかし」

宗温は更に言を重ねようとして、言葉が見つからなかった。

悪魔を止める(すべ)など、有ろう筈が無い。

「しかし…止めねば」

そう言うしか無かった。

そんな事は桧釐とて百も承知だ。だが、唇を噛むより無い。

そんな桧釐の腕の中で、細い声がした。

「ああ。…朔夜を止めてやらねばな…」

光の無い目を薄く開き、体をぐったりと桧釐に持たせかけて。

龍晶は言った。

「都に帰る」

「殿下…!」

「ここは悪魔の望み通り踊ってやるしか無いだろう。あいつを止める術はそれだけだ。俺が苦しむ事だけ…」

言葉を失う桧釐を見上げ、すぐに辛そうに視線を落として。

「お前、言ってたろ?俺も朔夜も救いたいんだって。朔夜とて今は悪魔に踊らされている。本当はあいつが一番苦しみ藻掻いている筈だ。…救ってやらねば」

「しかし殿下、他に術はあるでしょう!都にお帰りになれば…」

「俺は兄に首を落とされるかも知れんな。…まあ、それならまだ良いか。兄も俺を殺しはしないだろう。そして北州で一連の責任を取らされる。それで良いだろう」

「良くはありません!」

「他の誰かを犠牲にするよりずっとマシだ!」

桧釐に怒鳴り返して、苦しそうに息を吸って。

「そうさせてくれ…。これは俺と悪魔の闘いだ。他の者を巻き込む訳にはいかない。それは、朔夜もだ。あいつを殺さずに解決するには、これしかない」

「それは解決ではなく、悪魔の一人勝ちですよ…」

桧釐の呟きに、龍晶は苦しく微笑んで応えた。


まだ歩くのもままならない癖に、龍晶は一人で馬に乗ると言って聞かなかった。

せめて相乗りにせねば不安だと桧釐は言ったが、聞く耳を持たない。

ここに来る時は戸板に車輪を付けただけのものを馬に括り付け、何とか寝かせたままの状態で連れて来た。昏睡していて文句も言えない状態だから出来た事だ。

本当はきちんとした形の、屋根のある馬車に乗せたい所だが、当然そんなものは無い。

「とりあえず北州までは俺と乗って下さい。北州にさえ着けば、馬車でも馬でも用意しますから」

数少ない村の馬に乗って去る訳にもいかないので、そう言って桧釐は龍晶を宥めた。

実際、今の状態では騎乗など無理だし、落馬させてまた傷を開かれては都に帰るどころではなくなる。

馬が居ないという如何ともし難い理由で、渋々龍晶は折れた。

宗温は二人に同道する事になった。桧釐一人で龍晶という大荷物を運ぶのは骨が折れるし、安全面を考えれば矢張り二人居た方が良い。

何より、悪魔が再び彼らの前に姿を現す可能性は高い。

「北州に立ち寄れば、悪魔もそこに居るのでは?」

龍晶に聞こえぬよう桧釐に耳打ちしたが、彼は肩を竦めた。

「どこに行っても同じだろ。なるようにしかならない。…それに」

今度は逆に、宗温へと耳打ちする形で。

「お前も手ぶらでは都に帰れんだろう?何とかして悪魔の首根っこを押さえて帰らねば」

宗温は済まなそうな顔で頷いた。

悪魔を逃した責任は、宗温にある。

「そう上手くいくとは思えませんが…お気遣いには感謝します」

やるだけの事はやったという言い訳程度にはなるだろう。

「おい、宗温!」

厨から龍晶が呼ぶ。

「お前、好物は?…と言うより、嫌いな物あるか?」

何故そんな事を問われるのかと、きょとんとしてしまう。

「お袋と妹が道中の弁当を作っているんだ。注文があれば遠慮無く言ってやれ」

桧釐に説明されて、ああ、と呑み込んだ。

「何でも頂きますよ。どうか殿下のお好きな物をふんだんに入れて下さるようお願いします!」

「…だってさ」

炊事に動き回る母娘に、龍晶は笑いながら付け足して言った。宗温自身の言葉は十分に聞こえている。

「承知しました。では殿下が何がお好きですか?」

「うーん…俺も大概何でも良い舌だが…。強いて言うなら伯母上の作る握り飯と、煮物かな。それより美味い物は無いだろう」

「まぁ、お上手を仰る!」

夜中の出来事が嘘のように、龍晶の表情は良い。

馬に一人で乗ると言い張った時もそうだが、虚勢を張って明るく振舞っている。

それが親族たる女性達への演技だと、桧釐と宗温の目には明らかだった。

「心配させたくないんだ。…そういうお人だ」

桧釐が低く呟く。

宗温は頷いた。

本当は恐怖と不安に打ちのめされているのだろう。

数刻後、いよいよ出立の時が来て、去る者と送る者が向き合った。

そこで初めて本音が溢れた。

「世話になった。…再会する事は叶わぬかも知れぬ。何の礼も出来ず申し訳ない」

「殿下…」

黄花が、やっと自力で立っている龍晶を両手で包み込み、抱き締めた。

朱怜がそれに続き、二人に包まれて。

己の演技の根底を見抜かれていた事を、彼は知った。

黄花が微笑みながら、両手で頬を包み、言った。

「またお帰り下さい。いつでも、我が家だと思って」

「そう、お待ちしております。私達は家族同然ですから」

「朱怜…あの話」

龍晶は囁き声で娘に言った。

「もしも、俺がここに生きて戻る事があれば…そしてその時お前に伴侶が居なければ、考えてみても良い」

「殿下!本当ですか!?」

「ただし、俺を待つような真似はするなよ。俺の所為(せい)で行かず後家なんて良い迷惑だ」

「いいえ!それでも良いです!待ちます!」

げんなりとした顔で龍晶は朱怜を見返した。

周囲の大人からすれば、当たり前過ぎる結論で、桧釐が笑い飛ばして龍晶の頭をぽんと叩いた。

「この娘はへこたれやしませんから、はっきりきっぱり振ってやった方が為になりますよ!」

「兄さまひどい!殿下のお気持ちを無視してそんな事を言わないで下さい!」

「いや…済まん、桧釐の言う通りだな」

「ええっ!」

悲痛な悲鳴に周囲は笑う。

笑いながら、龍晶は桧釐と共に騎乗した。

「兄さま!お願いがあります!」

下から朱怜が追い縋る。

「何だ?」

「どうか、殿下をお守り下さい!殿下を傷付けるような事があれば、私は許しません!」

龍晶は苦笑して背後の桧釐を窺い見た。

笑っているかと思ったが、案外真面目な顔をしていた。

「ああ。分かっている」

至極簡潔な応え。

命懸けで守ると、その顔は語っていた。

村を去る。

馬を駆けさせながら、桧釐は呟いた。

「朱怜の奴が言っていました…殿下はお寂しい人だと」

彼女なりに何が出来るか必死で考えた、その答えだったのだろう。

龍晶は目を閉じ、まだ心の内に残っている、人の温かさを記憶に刻んだ。


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