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月の蘇る-2-  作者: 蜻蛉
第八話 喪失
28/60

8

 約束の日が訪れた。

 夜明けから城を囲む兵が増え、物々しい雰囲気が増してゆく。

 城の中もまた緊迫感に包まれていた。

 誰もが口を閉ざし、その眼のみで意思疎通を行っている。

 龍晶の前では特にその傾向にあった。

 仕方ないと分かっていても終日これでは気詰まりする。話せる人をと探し出した宗温に龍晶は声を掛けた。

「結局、どうなるんだ?」

 彼らの「答え」はまだ聞かされていない。

「御心配なく」

 それだけを素っ気なく返される。

 城の最上階。周囲を見渡せる場所で敵の動きを伺っている。

「…まぁ、俺が心配する事ではないのだろうが」

 原因は自分にある。その後始末を頼んでおいて、その方法に口を出せる立場ではない。

 だが一体これからどうなるのか。

 景色とは裏腹に、一寸先の未来は何も見通せない。

「敵が揃ってきたな」

 今にも戦になりそうな布陣だ。

 捕虜を迎えるだけなのに仰々しいとは思った。

「殿下、峯旦(ホウタン)平原の布陣はもう済んでいるでしょうか」

 問われて、龍晶は先日の光景を頭に浮かべた。

 思い出さねばならない程、様々な思考に記憶が埋もれていた。

「ああ。既に八割方は済んでいるだろう」

 恐らくあの時よりも援軍は増えている。

 兄は漸く本気で自国を護る気になったのだ。

 自国と言うより、金脈を。

「そうですか。それならば安心だ」

 捕虜となるのか、それとも他に何か術があるのか。どの道、この拠点はもう機能しない。

「…峯旦での戦にはしたくなかったな」

 龍晶は呟いた。こんな事を言えた口ではないが、それが本音だった。

 峯旦での戦は、北州を巻き込む。

「殿下は戦がお嫌いですか」

 問われて、苦笑いして頷いた。

「嫌いだな。好む皆の気が知れぬ。大きな声では言えないが」

「そういうお人も必要でしょう」

「…いや」

 必要無いから祖父は死に、母は行方知れずとなり、自分は今ここに居る。

 武力ある者のみが生きる国なのだ、ここは。

「あの地平の果てが見たかった」

 そこに、誰もが生きられる理想郷がある。

 そう夢見て逝く事くらい許されるだろう。

 龍晶は踵を返した。

「俺は出る。あとは任せた」

「殿下」

 宗温が追ってくる。もう用など無いだろうに、龍晶は片眉を上げた。

「お供致します」

「え…!?」

 階下へ降りようとした足を止める。

 敵陣へ死にに行くのだ。供など要らない。居てはならない。

「どうせ皆、そちらに行くのです。一足先に殿下が行かれるのなら、私も先に行きます」

「だが、ここはどうする!?お前が居なければ…」

「心配は無用です。皆、やるべき事は分かっております」

「でも…」

 まだ何か言わねばとする龍晶を、宗温は制した。

「これは私の策です。誰にも止めさせる気はありません」

 龍晶は一旦口を閉ざした。

 そこまで言うのなら、自分など何を言っても無駄なのだろう。

「何の為の策なのか…それは教えて貰えるのか?」

 宗温は微笑するのみだ。教える気も無いのだろう。

「分かった…それなら、頼む」

 二人で階下へと向かう。

 周囲の兵はそれが当然の事のように自然に振舞っている。事前に周知してあるのだろう。

 それにしても、皆が皆これから戦をするような武装をしている。

 否、これは。

「宗温…」

 門の前の広場に、武装し整列した兵の壁がある。

「これがお前たちの答えか」

「ええ」

 これは、戦だ。

「我々がする事、できる事は、一つなのです」

 宗温は言って、龍晶に向けて微笑んだ。

「殿下のように柔らかい考え方は、我々には出来ぬので」

 龍晶は絶句し、首を振った。

 結果は火を見るより明らかだろう。なのに。

「俺のせいか…俺のせいでこんな事に…」

「失礼ながら、殿下はきっかけを作られたに過ぎません」

 弾かれたように宗温を見上げる。

 彼は穏やかに告げた。

「必然なのです。いつかこうなると分かって我々は戦ってきた」

 龍晶は改めて兵達を見た。

 その顔に、悲壮感のある者は無かった。

 戦う事が本望だと、その姿が語っている。

 それでも、自分に介入する余地は無いと分かっていても、龍晶は何処か後めたい気がした。

 扉が開く。

 出陣の角笛が響き渡り、弓弦が引き絞られ。

 敵兵に満ちた城外へ、鏃の雨が降り注いだ。

 雄叫び。鎧の動く重たい音。目前に居た兵達が一斉に外へ飛び立つ。

 皆、この日を待っていたとばかりに。

 龍晶は思い知った。

 戦う事が、彼らの誇りなのだ。

 これで良かったのかーー否。

 そんな単純なものではない筈だ。

 朔夜は彼らを生かす為に道を引き返したのでは無かったのか?

「待て!」

 叫び、走り出そうとした肩を、背後から掴まれた。

 振り返ると、宗温が横に首を振った。

 もう遅いのだ。

 優勢だったのは不意を突いた最初だけで、物量、兵数共に余りに違い過ぎた。

 みるみるうちに押し返される。打って出た兵が、だんだんこちらに近付いてくる。

 ついに闘いは城の中へ及んだ。

「殿下、こちらへ」

 宗温に促され上階へと移動する。

 目前で鮮血が舞い、断末魔の叫びを聞いた。

 階段を上がる足が、震える。

「しっかり!!」

 もたもたと付いて来る龍晶へ宗温の檄が飛ぶ。

 歯の根の合わない口を開いて、龍晶は言い返した。

「見殺しにするのか!?」

 宗温への反論ではない。自分に対しての叫びだ。

 峯旦へと向かう間、ずっと自問してきた。

 それをまた繰り返すのか。

 誰かを犠牲にして。

 誰も居ない上階へ着くと、闘いの喧騒が少し遠くなった。

 ここも騒乱に飲み込まれるのは時間の問題だ。

「恐れながら、殿下」

 宗温が真っ直ぐ龍晶に向けて言った。

「今、あなた様がすべき事は、ここを生きて出る事です。ご自身の目的をお忘れにならぬよう」

 目的。朔夜を探すと明言した。それ以外に他ならない。

「…すまない。血迷った」

 放言を詫びて、気を取り直して訊いた。

「こうなって…出る術があるのか?」

 宗温は複雑な笑みで応えた。

「戦が終わるまでお待ち下さい」

 それがどういう術なのかは分かり兼ねたが、少なくとも戦の終わりとは自分達の負ける時を意味する。

 そんな瞬間など、出来れば迎えたくないだろう。

 そしてその時となったら、司令官たる彼は一体どうなるのか。

 聞かねばならぬが、訊けなかった。

 出来る事は、奇跡を祈るだけ。

 すぐ側で、次々と人が死んでゆく。

 意識すれば気がおかしくなりそうだった。だからただただ祈った。一人でも助かって欲しい、と。

 そうやって自分の正気を保つしか無かった。

 閉じた瞼の裏に、いつか夢の中で見た映像が過ぎった。

 圧倒的な力を持って、戦場に沈黙を齎す、銀髪の少年。

 どんな劣勢でも、彼一人居れば勝機を呼ぶ。

 ここに居てくれたら、と心底思った。

 その力を使わないままに、こんな状況にしてしまった事を、恨めしくも。

 そんな自分に気付いて、目を見開いた。

 矢張り俺は朔夜を使役したいのだ、と。

 思いのままにあの力を使えたら。

 恐ろしい願望だった。だが罪悪感は無かった。この状況で、この事態を打開する為ならば、そのくらいの事は許されなくてどうするのだ。

 今階下で必死に戦う彼らを救う、これは絶対に正義だ。

 だが、今、その力は無い。

 探さねばならない。これを繰り返さぬ為に。

 必ず、あの力を必要とする時は再び来る。

 階段を駆け上がる複数の足音。

 横で宗温が刀を抜く。龍晶は腹を括った。

 先に現れた味方の兵を、追い掛けてきた敵兵が斬り倒した。

 敵兵に囲まれる。

 宗温が庇うように前へ出た。

「もういい。これ以上は無益だ」

 龍晶は立ち上がって構える宗温を制した。

 そして敵兵を見渡し、彼らに告げた。

『約束通り投降する。よってこれ以上の戦闘は止めて欲しい』

 敵兵の持つ張り詰めた殺気が少し緩む。

 彼らが聞く耳を持つうちに、龍晶は肝心な事を口にした。

『私は戔王の実弟だ。人質としてこれ以上は無い人材だろう?ただし、扱い方はよく考えろ。己の身が大切ならばな』

 兵達がざわめく。

 実弟である事は事実だが、あとはハッタリでしかない。

 龍晶は宗温に視線を流した。

「出るぞ」

 人の壁を割って悠々と歩き出す。

 階段を降りると、累々と屍が重なり合い、足の踏み場も無い程だった。

 何故、彼らは死なねばならなかったのか。

 戦う者の誇りを持って逝った。それで良かったのかも知れない。だが綺麗言でしかない。

 この戦を避ける術があった。龍晶はそう確信している。

 ただ、何も出来なかった。力が無かったばかりに。

「宗温」

 この感覚は、自分だけのものなのか。

 誰にも理解されぬ考えなのか。

「これで良かったのか?」

 司令官は厳しい表情ながら、声は穏やかに応えた。

「これはまだ結果ではありませんよ、殿下」

 どういう意味かと視線を送る。

「問題はこれからです」

 問題とは、朔夜を捜し出す事か。その為の、この犠牲と言う事なのか。

 若しくは、もっと大局的な見方も出来るだろう。峯旦に兵を揃える為に、この城に敵の目を向けておく。戔の勝利の為に。

 いずれにせよ、ここで散った彼らには直接関わらぬ所で、彼らは踏み台にされた。

 割り切れない思いを抱いたまま、龍晶は城を出た。

 外は外で、負傷した敵兵と治療する衛生兵、捕えられた味方兵等でごった返している。

 案内されるままに進むと、目前に昨日の将が立ちはだかった。

『これが約束通りか。こちらの想定とは少し違ったな』

 皮肉を言われて、龍晶は真顔で返した。

『そちらの想定など知った事ではない。さっさと陣に連れて行け』

 将は不快そうに顔を歪めて手下に連行を命じた。

 龍晶は怒りを感じていた。己でも驚く程に。敵は最初から攻め込む気だった。そうでなければここにあれだけの兵は集めない。

 互いに暗黙の了解で戦に持ち込むつもりだったのだ。

 今、この事態は、全て筋書き通りの結末なのだ。誰もがこの結果を知っていた。

 ならば、何故、誰も善処しようとしなかったのか。

 知れ切った勝敗の為に死んだ兵を、どう慰めれば良いのか。

 何度も、何度でも自問する。

 他に術はあった筈だ。

「これが戦か」

 背後を歩く宗温に呟いた。

「お前達上官の筋書きの為に無数の兵が命を棄てる、戦とはこんなにも下劣なものなのか」

 有り余った感情が頬を伝う。

 何を言っても足りなかった。

「ええ」

 穏やかに宗温は肯定した。

「全ては陛下の為、国の為です。私も駒の一つに過ぎない」

 龍晶は唇を噛み、手荒く目元を拭った。

 誰も責められない。これがあるべき結末なのだから。

 これを否定したいのならば、もっと根本から、全てを変えねばならない。

「その涙が、彼らへの何よりの手向けです。死者に代わり礼を言います」

 その言葉の意を受け止めて、暫し呆然と空を仰いだ。

 宗温とて、悔いているのだ。

「…済まない」

 八つ当たりへの謝辞を述べて、龍晶は敵の用意した籠に乗り込んだ。

 視界が遮られ、独りになって、戦禍の有様が脳裡に蘇る。

 死への恐怖。自分の死と、周りの人間が次々に死んでゆく怖さと。

 人前で保ってきたものが途切れて、恐怖による心身の痺れに任せ呆然とした。

 先刻見た、戦場の一瞬一瞬が、鮮明な映像として瞼の裏に無限に再生される。

 息が詰まりそうだ。胸の辺りが苦しい。言い知れぬ不安。

 もう終わったと自分に言い聞かせても駄目だった。死なせてしまったという自責の念に押し潰される。

 何か別の方法を取っていたら、そもそも自分がこの場に戻って来なければ、そんな後悔ばかりが渦巻く。同時に、どうしようも無かった、自分のせいではないと自己弁護の思考が逆方向に渦を巻いて、他は何も考えられなかった。

 籠が止まった事にも気付かなかった。扉が開き、眩しさに目を細めてやっと、目的の場所に着いたと知った。

 促され、狭い籠を出る。

 立ち上がり、周囲を見回して、同じく籠から出された宗温と目が合った。

 宗温がふっと微笑む。

 その真意が解らず戸惑っていると、敵兵に押されて敵陣の奥へと進み出した。

 こうしてざっと見えただけでも、こちらは武器も物資も、勿論兵も十分に揃っている。

 矢張り負け戦は必然だった。

『ここで待て』

 先導してきた兵が言い置いて、立ち去った。

 見張りの兵に囲まれる形で、二人は待った。

「この陣容を知っていても、彼らは決断を迷わなかったでしょう」

 ぽつりと宗温が呟いた。

 敵の規模も、決定的な負け戦になろうとも、死んでいった彼らには関係無かったのだ。

 それを重々判っていても、宗温の言葉には悔恨が滲んでいた。

「お前のせいじゃない」

 龍晶は言った。

 これだけは確かだった。自分のせいなのだから。

 きっかけだろうが何だろうが、緊張状態を瓦解させ、考え直す時間も与えられなかった自分が悪い。

 誰も責めないが、己の罪は解っているつもりだ。

『控えよ!我が軍の大将である』

 先刻の兵の後に、成る程大将格らしい男が続いて現れた。

 でっぷりとした体に似つかわしい大きな顔が黒くて硬そうな髭に覆われている。貫禄は十分だ。

 その男が口を開いた。

『此度は部下達が世話になったな。それで、首を差し出しに来たのはどっちだ?』

 早速、戦の責任者を処断しようという話だ。

 戦場では当然の掟なのだろうが、龍晶にはそんな事をさせるつもりは更々無かった。

『我々は捕虜になるつもりでここに来た。そちらの取り付けた約束なのだからその通りにするべきだ』

 男は苛立つ顔つきを隠さず、龍晶を見下げた。

『これはまた随分と尊大な餓鬼だな』

『態度が悪いのは貴様だろう。敵国とは言え、他国の王族には礼を尽くすべきだ。祖国を蛮国と思われたくないならな』

『その蛮国に貴様らは滅ぼされるのだ。さあ首を寄越せ』

「殿下、あちらは何と?」

 言葉の判らぬ宗温の問いが挟まれて、龍晶はお陰で頭を冷やす間が出来た。

「俺たちを処断すると言ってきたから約束が違うと言ってやっている。すまんな、ついおいてけぼりにしてしまった」

「いえ、言葉の解せぬ私が悪いのですが…」

 宗温は一度、男の顔を伺い、視線は外さぬまま龍晶に言った。

「殿下、甘えついでにあの者にお伝え下さい。今回の戦の責は私にある、処断するなら私だけにせよ、と」

「宗温、それは」

「お願いします」

 反対しようとした言葉を遮って、宗温は強く言い切った。

 ここで押し問答をしても始まらない。恐らく宗温はこうする為にここへ来たのだろう。

 龍晶は敵に伝えた。

『処断するなら俺からにしろ。俺を殺さぬ限りは誰にも手を出させない』

 男の脇に居た兵が動く。

 龍晶に近寄るのを牽制すべく、宗温が前に出て睨みを効かせる。

『ただし、だ』

 龍晶は構わず続けた。

『本当にこの国を盗る気があるのなら、両国の言葉を使える者は必要になるだろう。よく考えてから殺す事だ』

 一歩、龍晶が宗温の前へ出た。

 一歩、一歩。敵将に詰め寄る。

『…良いだろう』

 男が口を開いた。

『貴様が本当に王の弟だと言うのなら、使い道はまだあるだろうしな。寿命が少し延びたと思っておけ』

 言い捨てて、男は去った。

「殿下!」

 宗温だけは話が分からない。

 龍晶は振り返って爽やかに笑った。

「お前の策とは俺を守って死ぬ事か?そんなものは許さぬからな」

「しかし」

「生きて俺を守るならば許す。…いや、頼む」

 宗温は深々と頭を下げた。

 龍晶は頷き、敵兵に急かされるまま歩き出す。

 もう誰の死も見たくなかった。

 この世界でそんな願いなど通用しないと解ってはいても。


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