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月の蘇る-2-  作者: 蜻蛉
第七話 陰謀
16/60

6

 国母の住む部屋の前まで来て、やっと朔夜と案内役の十和は胸を撫で下ろした。

 ここまで来れば何とかなる。繋ぎの女官には「龍晶様の一大事」と言うと悲鳴を上げて飛ぶように伝えに行った。

「ここの人達はみんな龍晶が好きなんだな」

 半分呆れ、半分感心して朔夜が呟くと、十和に容赦無く背中を叩かれた。

「そりゃあもう!後宮の女官にとっては殿下にお目にかかる事は眼福なのですから!」

 後宮の女官、但し皇太后側を除く、と言った所か。

「ま、まぁ…確かにあいつは綺麗な顔はしてるしな…」

「君もだけどねぇ」

 ただ単に幼な顔なんだろと先刻の武官の言葉を気にしてむくれていなくもない朔夜。

 しかしここで龍晶が好かれるのはそれだけが理由ではないだろう。

 ここで産まれ育ったのなら、その過程を知る女官も多く居る筈だ。特に幼くして両親を失ってからは、後宮全体が彼の親代わりとして彼を育てたのだろう。

 一見素直になれないひねくれた態度も、実は繊細で優しい性格も、全てここで育まれたのだ。

 外では殆ど孤立無援でも、ここには彼を想う多くの味方が居る。

「お待たせを致しました!国母様がすぐにでもお話を聞きたいと仰せです」

 先程の女官が慌てて戻って来、早口に二人を招き入れた。

 通された部屋はこじんまりと落ち着いていて、これまでこの国で見た豪奢な印章は全く無かった。

 その部屋の円卓を囲む長椅子に、ゆるりと国母は座って二人を待っていた。

「どうぞ」

 自ら円卓を挟む椅子を指して着席を促す。そこに人を寄せ付けぬ威厳は無い。

 朔夜は龍晶と話している『おばば様』を知っているから何の畏れも遠慮無かったが、女官の一人に過ぎない十和は緊張した面持ちで恐る恐る席に着いた。

「あの、国母様…」

 震え声で十和が口火を切ったが、呆気なく朔夜は声を出した。

「俺を覚えてますか?今日はこんなナリですけど」

 言いながら、結い上げられていた髪を解き、銀髪をいつも通りに下ろした。

「おやまぁ。随分と綺麗にして貰ったこと。勿論覚えていますよ、朔夜君」

 おばば様の頼もしい言葉に、少年らしくにっと笑い、続いて真顔を作って言った。

「今日は龍晶の為にこんな格好をして来ました。後宮を荒らしてしまった事はお詫びします」

「それほどの緊急事態なのですね」

 朔夜は頷き、以前ここを訪れた後からこれまで龍晶の身に起きた事を説明した。

 毒物の嫌疑は黙っておいた。確かな証拠が出来てからでも遅くはない。

「…それで病は一応癒えましたが、体はかなり弱っています。このまま山の中に置いておくと、別の病にかかり兼ねません。何より誰も出してくれる気配も無いので、どうか国母様のお力で龍晶を城に戻して欲しいのですが」

 おばば様は腕を組んで黙っていた。

 そこに少なからず憤怒の相があり、可愛い孫が命の危機に陥っていた事に随分心を痛めている様だった。

 その事実を何も知らなかった己への怒りでもあった。

「よく分かりました。知らせてくれた事、礼を言います」

 この言い方は龍晶と同じだなぁと朔夜はちょっと微笑ましかった。

「すぐにでも何とかさせましょう。心配めさるな」

 言葉通りにその場で使いの者を立て、藩庸と対面する場を設けるよう命じた。

 再び三人だけとなった部屋。

 十和は帰った方が良いだろうとそわそわしているが、朔夜に席を立つ気は無かった。

「一つお伺いしても宜しいでしょうか?」

 挑むように朔夜は口を開いた。

 おばば様は柔和に先を促す。

「何故龍晶はこんな目に合わねばならないのです?国王様があいつを嫌っているのは嫌でも分かりましたが…何故兄弟で命を取り合うような真似をしなければならないのか…他所者(よそもの)の俺には解りません」

 十和が目を見開いてあわてて朔夜を止めようとしたが、朔夜は落ち着いていた。

「失礼は承知の上でお訊きしています。俺には納得出来ないのです」

 その肝の据わりっぷりに国母はにこりと笑んで、十和の方を制した。

「こちらの言われる事は尤もです。確かに後宮では禁句となってしまった事ですが、お話せねばならぬでしょう」

 十和は縮こまって肩身狭そうにはぁ、と頭を下げる。

「しかし知らぬ方が良い事もありますし、女官の身には今後の障りにもなりましょうから、二人だけのお話としましょうか」

 言われて、十和はほっと息を吐いて席を立った。

「仕事にお戻りなさい。この方は私がきちんと宮から出して差し上げますから」

 十和は丁重に頭を下げて、部屋を出て行った。肩から重荷が外れたように、足取りは今までに無く軽い。

「あ…いろいろありがとう!」

 扉が閉まる前に朔夜は忘れぬうちにと礼を言った。

 十和はにこりと笑って手を振りながら返した。

「寿命が縮む程の大冒険、こちらこそありがとうね」

 朔夜は参ったなと頭を掻く。おばば様は笑っていた。

「それにしても…あなたの言葉にははっとさせられました。わたくしどもは、王権の為なら血を分けた者でも…いえ、兄弟だからこそ、血を流し合うのが当たり前と思っていましたから」

 国母の呟きに、朔夜も緩んでいた背筋を伸ばした。

「そういうものですか?…あ、でもそうか…」

 古今東西、そんな歴史は腐る程ある。

 朔夜には龍晶がそんな王族と同じだと思えなくなっていた。

「権力とは人を狂わせるものなのでしょうね」

 国母は言い、溜め息混じりに付け加えた。

「私の孫達の場合、それだけでは無いのでしょうが」

「龍晶のお母さんの事ですか?」

「ええ。でも、くれぐれも彼女のせいではありません…。この後宮、そして権力への欲望、それらの犠牲があの母子なのでしょう…」

「何があったか…詳しく訊いても良いですか?」

「若いお耳に入れ難い話ではありますが」

 哀しく微笑んで国母は語り始めた。

「どうしてあの子の母が、あのような目に合わねばならなかったのか…それを話さねばなりませんね」

 前の王に最初に嫁いだのは、今の皇太后、鈴螺(レイラ)だ。しかし正式に妃として嫁いだ訳ではなく、王の子を成した為に後宮に迎えられた。

 彼女は出自を明かしていないが、元々は遊び女であったと噂されている。それほど低い身分の出身なのだろう。

 それがまだ年若かった王子――彼は四男で、王権を継ぐとは当時誰も考えておらず、自身もその頃は自暴自棄で荒れた暮らしをしていた――と出会い、子を成すまでに至った。

 その後上の三人の兄達が相次いで亡くなり、偶然にも転がり込んできた権力によって、鈴螺は妃となる筈だった。

 しかし、妃が遊び女上がりと噂されるのは避けたい。それで、もっとふさわしい身分の者を正式に妃としようと国母を始めとした後宮の者や国の重鎮達は考えた。

 だが、迎え入れた女達は次々と――時には謎の病にかかったり、はたまた子供が出来たのにも関わらずその子が病で亡くなり、母親も気を病んだり、孕みながら事故に遭ったりと、不幸が重なる。

「結果、妃の候補とした女を皆亡くしたりして…いつからかこの後宮は死の宮とまで言われるようになってしまいました」

「しかしそんな次々と偶然が重なるものでしょうか…?」

 朔夜の問いに、国母はぐっと顔を近付け、声を低くして、恐ろしい事を言った。

「皆、鈴螺が死に追いやったと…私も思いました。国王も、誰もが疑った。しかし証拠は無い」

 ひょっとしたら、女だけではなく、不自然に相次ぎ死んだ王の兄達も。

 疑い、恐れを持った前の国王その人が、己の子を育てる鈴螺を後宮から一旦遠避け、新たな妃候補――名義上は側室だが――を迎えた。金山のある北州の、豪族の娘。

 それが龍晶の母、朱花だった。

 彼女は何も知らず、しかし周囲は矢張りという気分で、無事に子を産み育てていった。

 その一方で。

「訳も無く都を追われるも同然だった鈴螺親子は、その間随分と夫、そして父を恨んだのでしょうね…」

 何故。

 何故、私が妃となれない。

 先にあの人の子を産んだのは私だ。

 この子こそが世継ぎ。この子こそが次の王。

 なのに、何故だ。

 何故あの女は邪魔をするのだ。

 何故あの人は私を遠避けるのだ。

「王は…本当に突然、呪いにでも合ったかのように、逝ってしまいました」

 朝、起きて来ない王を従者が見に行くと、布団の中で冷たくなっていたという。

 それまで病など無かった。昨晩まで普段通り政務に勤め、大いに飲み食いし、床に着いた。

 都の人々は、生きながら人を呪い殺す神だと、鈴螺を畏れた。

 その畏れのままに、彼女ら親子は、再び都へ迎えられた。

 そして――

「朱花は王権を掠め取ろうとした罪人とされ、獄に繋がれる事となったのです。あの皇太后――鈴螺によって」

 まだ物心つかない年頃であった龍晶も獄に繋ごうとされたが。

「それは余りにも酷い、この子に罪は無かろうと私が言い張って…何とか我が手に戻す事となりました」

「そうだったのですか…」

「はっきり言って…私は恐ろしい。我が子を皆、手にかけたのではないかとされる女と同じ宮へ住まねばならぬとは…」

 国母が息を潜めて呟いた時。

 急に、後ろの扉が開かれた。

 薄暗い室内に暴力的な光が差し込み、驚きで二人は息を詰めて振り返った先に。

 真っ黒い人影。

「成程、母上の言う通りだな…これは一目見て命を取られても悔いの無い美姫だ」

 戔の現王、龍晶の兄、鈴螺の子――

硫季(リュウキ)

 震える唇で国母がその名を呼んだ。

「何をしに来たのです…!?」

「おや、折角孫が顔を出したのに随分な言いぐさですね、おばば様」

 するりと中に入り、嘲り笑いながら二人の間に割って入る。

「母上より見目麗しい娘が居ると知らされたから見に来ただけですよ。尤も、その後に藩庸を呼び付けなさったでしょう?俺はその方が気になって来てみたんですがね」

 朔夜を見、にやりと笑う。

「悪魔殿は変装もお得意と見える」

 ばれている。

 王、硫季は今度は国母に顔を向けた。

「藩庸を呼び付ける必要はありません。と言うより、私の臣を勝手に使わないで頂けませんか?何かと政に障るので」

「しかし、龍晶をどうする気なのです…!?まさかこのまま幽閉するような事は」

「耄碌した年寄りの妄想など語らないで下さいよ」

 殊更大声で、脅すように硫季は祖母を黙らせた。

「悪魔殿、これは藩庸から龍晶に伝えに行かせる予定だったのだが、ここに居られるなら丁度良い。帰ってあの者にも伝えて欲しい」

「…何でしょう…?」

「至急、北方の国境線へ向かうように、と。()との戦が拗れておる故、ここは是非とも悪魔殿のお力を発揮して頂きたい。宜しいですね?」

 戦場に行けと言うのか。この期に及んで。

 自分一人なら別に良い。だが。

「龍晶を向かわせずとも…俺だけで良いでしょう?あいつはまだ病み上がりで、戦どころか旅も厳しい身です」

「いや、ここは二人で行って頂く。悪魔殿一人ではこの国を歩けますまい?それに龍晶にとっては、これは輝かしい初陣だ。この好機をどうか支えてやって下さらぬか?手柄は全て悪魔殿のものになろうがな」

「手柄なんか…。それより、龍晶が行けぬ場合はどうするのです」

「我が(めい)に従えぬのなら、こちらにも考えがあると伝えれば良い」

 考えとは、何だ。

「死ぬ程に後悔したくなくば、這ってでも戦場に行けと、そう言えば動くであろう。頼んだぞ、悪魔殿」

 親しく笑いながら肩を叩き、踵を返して戸口に向かいながら。

「そうだ、おばば殿。昔話をされるのは良いが、もちっと正確に語った方が良かろう?例えば――」

 口許は笑いながら見返す眼が、余りに恐ろしい。

「先に我々親子の命を狙ったのは、どなたであったかな」

 椅子を倒す勢いで国母が立ち上がった。

 怒りながらも青醒め、しかし何も言い返せぬ様を、王は鼻で笑い、立ち去った。

 朔夜もまた、凍り付いていた。

 ここに来た事、軽々しくこの国の暗部に足を踏み入れてしまった事を、後悔しながら。

 どさりと、国母が椅子に倒れるように座り込む。

「私は我が子を殺したあの女が憎い」

 皇太后を――誅殺せんとしたのか。

「しかし、あの子は…それ以上に恐ろしい…」

 あの王が。

「あの子は、己の邪魔になる者は全て消せば良いと…体の芯からそう思っておる。母がそうしてきたのを見てきたからか…」

 更に、声を戦慄かせて。

「私への復讐か…」

 かつて己を脅かした、その報復に。

 それを企てた国母その人ではなく、玉のように可愛がる孫、龍晶へ牙を向ける。

「朔夜殿…」

 強張った顔で、はい、と朔夜は返した。

「この身はもう持つまい。毒蛇に睨まれてしまった以上は…もう逃れられぬであろう。それは恨まぬ。身から出た錆と言うものじゃ。だが…あの子を…龍晶を…どうか、どうか…」

 長く、一国を負ってきた背を折って。

 深く、頭を垂れる。

 朔夜はただ、息を呑んでその様を見る事しか出来なかった。



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