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第三話 夢魔契約

 碧と家の前でいつもの通りの言葉を交わして別れた後、俺は自宅二階の自室ベッドに仰向けになって一息ついていた。


 ちなみに両親は二人とも海外赴任で、俺は高校からこの家で一人暮らしをしている。


「彼女をつくる魔法か……」


 声にするつもりはなかったが口に出していた。


 特に今は彼女が欲しいとは思わない。


 恵梨香、エミリちゃん、水瀬さんと、女の子に囲まれてはいるが平々凡々な自分には今の落ち着いた彼女たちとの関係が心地よいと感じる。


 なんというか、リラックスできる職場? 的なモノを学園の生徒会に感じている。


 別に役員の立場が気持ちよいという訳でもなく、事務作業が好きでもないのだが、心地よい勤め先があるのならばこんな感じなのだろうか?


 恵梨香にお願い(半命令)された時は渋々だったのだが、彼女たちと一緒にやってみると案外共同作業というのはいいものだと思うようになったのも事実だった。


「彼氏彼女かぁ……」


 もう一度音にする。


 恵梨香やエミリちゃん。さらに加えると水瀬さんまでもが、なかなかに関心があるようだったが、俺、そういう対象として見られているのだろうか?


 うーん、どうなんだろうと首をひねってしまう。


 今まで彼女たちとの関係をそういう風に考えたことがなかったから。


 ――と。


「彼女、作れるよ」


 いきなり耳に無邪気な子供の様な声が飛び込んできた。


 驚く。


 部屋を見回して、改めて人がいないことを確認する。


 うん。いつもの色気のない茶色い自室だ。


 空耳だな。改めてベッドに横になろうとすると、


「ここだよ、ここ」


 再び声が聞こえて改めてその音の方向を見る。


 フローリングの床のど真ん中に、まん丸目玉の黒ネコがちょこんと座っていた。


 四本の脚を揃えて、人畜無害そうな顔をこちらに向けている。


「……ネコ? どっから入ってきたんだ? というか日本語? 幻聴……なのか?」


 少々混乱気味の俺に対して、なんとそのクロ猫が邪気のない面持ちと共に自己紹介を俺に向けてきた。


「僕はクロぼう。独り身の男女に彼女彼氏を作ってあげる愛のキューピッド――『夢魔』だよ!」


 絶句する。


「流石にこれは重症だ……な。幻聴が聞こえ続ける」


 俺はかぶりを振って大きく吐息した。


 学園を休んで心の病院に行かなくてはならないのだろうか。


 学園生活でそれほどのストレスはないと感じていたのだが、知らず知らずの内に男子生徒の嫉妬と憎悪が俺の精神を蝕んでいたのだろうか?


 どうしたものか……と考えを巡らせていると、


「心配いらないよ! 幻覚でも幻聴でもないから! それより君は夢魔の僕に選ばれたんだよ! 運命のパートナーが作れるんだ! もの凄いラッキーだよ! 喜んで飛び跳ねていいんだよ!」


 俺を扇動させる様なセリフが聞こえ続ける。


 俺はそのクロぼうと名乗ったネコにジト目を送った。


「幻聴だとは思うが、一応聞いておく。夢魔ってなんだ?」


 クロぼうは無害そうな表情を変えることもない。


「夢魔は、異界からやってきた愛の使者なんだ。独り身の年頃の男の子女の子に、運命のパートナーを作ってあげるのが僕たちの使命なんだ」


「パートナーを作ってあげる……?」


「そうだよ。好きな異性に腕を伸ばして『アタック』と唱えるだけ。夢魔の魔法で、夢魔の祝福、加護の元、末永くずっと運命のパートナーとして付き合うことができるというサービス。彼氏彼女の関係からその先の未来まで! さあ、僕と夢魔契約を結ぼうよ」


 俺はジト目を更に細めて睨みつける。


「『夢魔の魔法』って……なんとなく意味は分かるんだが、そんなことが可能なのか?」


「簡単だよ。そこが夢魔が夢魔たるゆえんなんだから。さあ、契約を結ぼうよ」


 幻覚との会話がヤバすぎる感じだ。


 俺はクロぼうをじろじろと見やる。


「まあ、お前の話はわかった。夢魔とか、アニメや漫画でよくあるやつだと思えば違和感もない。お前は幻覚かもしれないが、ここまではっきりと会話できてるんだから、ドッキリか何かかもしれないとは思い始めている」


「ドッキリじゃないよ。現実だよ。契約してみればとちゃんとわかるから」


 俺はむぅと唸ってから、思考を巡らす。


 これが幻覚幻聴なら、とりあえず一晩休んで回復を祈るのがベターだろう。


 現実だとしたら……夢魔契約を結ぶと、アタックで運命のパートナーを作れるという。


 運命のパートナー。


 欲しくないことはないが、さりとて欲しいかと言われると返答に困る。


 ふと、下校時の碧の言葉が思い起こされた。




『私は使わないわ。私はありのままの私を見て好きになって欲しいから』




 理由はわからない。わからないが、その時の碧の声音と表情が深く印象に残っていたからかも知れない。


 そうだなと、俺はその碧の言葉に納得した。


 夢魔の魔法というのは夢の力なのかもしれないが、今の俺には必要がない。もっと言えばいらないと思える。


「俺は夢魔の魔法、いらんわ。よその誰かと契約してくれ」


 俺は答えたが、何故かクロぼうは口端を吊り上げた。


 そのクロぼうがとことこと寄ってきて、ぴょんとベッドに乗る。見ている間に俺の腹の上にぷにっとしたネコ球をのせ――ピカっとその部分がフラッシュした。


「契約完了! よかったね! これで君は誰でも好きな娘を運命のパートナーにすることが出来るんだ」


「ちょっとまてぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!」


 思わず言葉を浴びせかけずにはいられなかった。 


 こいつの夢魔契約とやらが本物だとは思っていないが、まるで詐欺師が持ちかけてきた強制契約だ。


 俺は同意していない!


「ちなみにね。

【『アタック』は一回だけの使い切り。】

【そんでもって、その能力は誰かからアタックされたときには自動防御として働いてくれるというおまけつき。】

【能力は防御すると消滅しちゃうけど、夢魔と契約している人間なんてまずいないから問題ないよね】」


「お前、マジモンなのか!?」


 信じてはいない。信じてはいないのだが、たとえ脳内といえどもこいつと会話しているのは事実である。


「仲間だっているんだ。モナコ公国っていう国の一般人と契約したんだけど、王女様狙ってるよ」


「聞いてねーよ! 俺、マズった? まあ、明日になればこの幻覚も消えていつもの平穏な日常に戻れることを祈って、寝る!」


 クロぼうは部屋の隅に行って丸くなり、俺もまだ日が沈まない中でベッドに横になって夢の中へと沈んでゆくのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



 目が覚めた。


 頭の上の置時計を見ると、朝の七時。


 いつもの時間で、ベッドから起き上がり伸びをした。


 階段を降りて一階の洗面所で歯磨きと洗顔をする。


 台所に入り、テレビを付けた後にキッチンで朝食を作り始める。


 食パンにハムエッグに野菜サラダとコーヒー付き。


 バランスの良い朝食をきちんと食べるというのは、平穏で平和な日常を構築する基礎になると日頃から自分に諭している俺であった。


 テーブルに皿とマグカップを並べて、諸々感謝して『いただきます』。


 そして食パンに手を伸ばしたところで――


「朝食かい。僕も一緒にいただくよ」


 声がしたと思ったら、いつの間にか足元にまでやってきていたクロ猫が、ひょんとテーブルに飛び乗ってきた。


 昨日の初遭遇に続いて、再び驚く。


 思い出した!


 昨日の幻覚幻聴!


 だが、間違いなく目の前には、日本語をしゃべるネコ、クロぼうがいることも事実だ。


 こいつ、本物なのか?


 思っている所でテレビのニュースが耳に流れ込んできた。


 なんでも、ヨーロッパにあるモナコ公国の引きこもりのおっさんニートが王女様と婚約したという話を驚愕をもって伝えていた。



『仲間だっているんだ。モナコ公国っていう国の一般人と契約したんだけど、王女様狙ってるよ』



 クロぼうの昨日のセリフが脳内でリフレインされた。


「ナカマが上手くやったみたいだね」


 そうのたまわったクロぼうを見やると、ふふんとしたドヤ顔でネコぐちを丸めている。


 テレビの報道を認めないわけにはいかなかった。


 夢魔と名乗ったクロぼう。


 好きな女の子にアタックして運命のパートナーにすることが出来るという。


「こいつ、マジモンなのか……?」


 クロぼうのことを本物であると認識せざるを得なかったが、安寧を愛する俺がその能力をもらってもなぁ……と戸惑いは隠せない。


 ともあれ今は朝食の時間で、生活のリズムは崩したくない。


 朝食を終えた後、彩雲学園の制服である青のブレザーに着替えて、クロぼうを残したまま家を出て校舎に向かったのであった。

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