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第三十四話 アタックと防御

 碧と二人で自宅に帰ってきた。


 玄関に、恵梨香とエミリちゃんの革靴が並んでいる。二人は、碧の家で時間を重ねていた俺たちよりも先に帰ってきたようだ。


 俺と碧は階段を昇る。自室の扉を開くと、制服姿の恵梨香とエミリちゃんがベッド前に立っていた。


 恵梨香は腕組みをしてこちらに真っ直ぐな目線。隣のエミリちゃんの表情もうーんと悩みが晴れない様な曇り空。二人で俺たちを待ち構えていた様なシーンだった。


「でどうなの、光一郎? 碧さんに能力使ったの?」


 俺もストレートに返答する。


「直球だな。もうそれもどうでもいいんじゃないのか? 俺のことは放っておいて、恵梨香はいい人を見つければいいことだし」


「それはそうなんだけど。ケリはつけたいでしょ」


 その恵梨香への返答と以後の行動は慎重を期さなければならない。


 失敗したら、碧の想いや積み重ねてきた時間を無為にすることになる。


 俺は気を引き締める。


「ちゃんと碧には『アタック』した」


「ほんと?」


「ほんと。見ろ!」


 俺は、俺の様子を黙って見守っている碧の頬に、軽くキスをする。そののち、恵梨香に近づいて……


 両腕を掴みながら恵梨香の唇に口を近づけて……


 口づけをする――という瞬間、『自ら』後方に弾け飛んだ。


「光一郎っ!」


 恵梨香が驚いたという声を出す。


 俺は床から起き上がり恵梨香に告げる。


「……できない」


「え?」


「碧にはキスできるのに、恵梨香にはキスができない」


 恵梨香表情が止まった。


「碧と『運命のパートナー』になったから、身体が拘束されてエロいことはもう碧としかできなくなった」


「………………」


 恵梨香は黙って俺を見つめ続ける。


「むろん本望だけどな」


 言い放った俺に対して、エミリちゃんが、ふふっと小悪魔っぽい声を漏らした。


 同時に恵梨香が「そう……」と一言つぶやいてから、顔を愉悦に変えてゆく。


 一泊置いた後には、壮絶な笑みを浮かべた恵梨香が、俺の前に仁王立ちしているのであった。


「嬉しいわ」


 恵梨香がその悪魔のごとき微笑みを俺に向けてくる。


「本当に嬉しいのよ、光一郎」


「俺と碧の未来を……祝福してくれる、のか?」


 その俺の問いかけを、恵梨香は一笑に付した。


「祝福? するわけないじゃない。これで私と光一郎を阻む邪魔な能力はきれいさっぱりなくなったのよ」


「光一郎君とエミリもですよー。恵梨香ちゃんだけの専用みたいな言い方は、よくないですよー」


 恵梨香とエミリちゃん。二人して、悪者の笑みをして俺に近づいてくる。


「貴女たち……」


 衝撃を受けたという抑揚でサポートしてくれた碧に、二人が言い放つ。


「光一郎はこれから上書きされて、私と『運命のパートナー』になるのよ。どう? 嬉しい?」


「光一郎君は、エミリと彼氏彼女の関係になって思いっきり色々するんですよ。嬉しいですか?」


 二人の目に狂気の色が見え隠れしているのが、なんとも恐ろしい。


 勝負はこれからだ。


 俺は試行しながら言葉を流しだす。


「恵梨香もエミリちゃんも……碧を選んだ俺のこと嫌いになって……。捨てたんじゃ……なかったのか……?」


 途切れ途切れにセリフを発する俺に、恵梨香が僅かに小馬鹿にした抑揚で返してくる。


「嫌いに?」


「そう……だ……」


「なるわけないでしょ。私の気持ち、舐めすぎでしょ、それは」


「ですです。女の子の純情、男の子にはわからないのかもしれないですねー」


 確かにと俺は無言で二人に同意した。


 最初、俺は本気で恵梨香たちに嫌われたのだと思って疑わなかった。


 だが碧は、そんな二人の奸計をあっさり見破っていた。


 女の子の本心は、女の子にしかわからない。


 そういった部分があるのかもしれないと、この娘たちを見ていると実感させられる。


「俺を……能力でモノにするのか?」


「そうよ」


「ですです」


「どちらが?」


「「………………」」


 獲物をこれから食らおうという歓喜の二人が、むぅと押し黙った。


 そうなのだ。確かに恵梨香たちは能力で俺をモノにできるのかもしれない。だが、アタックは上書きだから、俺は片方の娘のモノにしかなれない。


 二人の様子を見るに、その点は解決していないことが見て取れた。


 俺と恵梨香たちの間に沈黙が落ちる。


 恵梨香とエミリちゃんが、互いに視線を交わしている。相手の出方をうかがっている様子だ。


「……提案がある」


 俺の割り込みに、二人が同時に俺の顔を見た。


「俺に、恵梨香とエミリちゃんの二人で同時にアタックしてくれ」

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