【九十七点】躓き
相手が姿を現し、徐々に徐々にと外から敵の戦力が集まっていく。
ARの数は最初の時点で二十は居た。それが三十を超え、四十を超え、五十にまで至ると、最早整列をしているだけで巨大な壁を想起させられてしまう。
味方からすれば頼れる戦力、敵からすれば絶望。ARとは人類にとって確かに大きな力であり、居るだけでも抑止力として効果を発揮する。
これでヴァーテックス側にもARが居ればまだ希望的観測が出来たであろうが、残念ながら居るのは歩兵ばかり。
ARを撃ち抜ける銃を持ちはしても、装甲と機動力の差は覆せない。一機を潰す頃には数十人単位での死者が生まれていることだろう。
設置した展開式の盾は本来川の氾濫を防ぐことを目的として作られ、土砂崩れが起きると予想された場所にもこの盾が置かれている。
ちょっとやそっとでは壊れない耐久性はARの武器すらも通さない。
如何に貫通力の高い銃器を用いようとも、災害の威力に比べればあまりにも弱いものだ。
これだけが旧生産拠点を守る壁であり、歩兵を死から遠ざける守護者。内側に居る兵は誰もが緊張に汗を滲ませ、敵の方向に睨みを効かせる。
その更に内側。生産拠点の一番上にまで移動していた悟は、敵の規模に眉を顰める。
「少なくはないと思いはしていたが、まさかこれほどとは……」
「悟様、創炎を使える者達が位置に付きました。 何時でも始めることが出来ます」
「あい解った。 開始は敵が動き出してからにせよ。 それが試しであれ本気であれ、時間を稼ぐのであれば進行を止めるだけで良い」
「っは」
部下に指示を出し、考えるのは敵の動向についてだ。
明らかに相手が傾ける敵の規模が違う。ロシアでの騒動を聞いて以来、四家の者達が日本に傾ける熱意が段違いに高い。
そもそも、ロシアの生産装置が停止することは本来有り得ないのだ。例え停止するにせよ、その訳を知らない筈がない。
なのにヴァーテックス本部はロシアの生産装置がどのように停止したのかをまったくと把握していなかった。
四家とは敵対していても、ロシアとは別に敵対していない。他国では平等を貫いたことで関係の悪化は可能な限り抑え込んでいる。
教えないとなれば四家が関わっていると見るべきだが、国土の広いロシアには多くの人間が生活している。
彼等が一斉に暴動を引き起こせば、如何に四家の事があっても公表はするだろう。
それが嘘であれ、せめてヴァーテックスには真相を説明する筈だ。故に、何の理由も解っていない状況が示すのは一つ。
そもそも四家はロシアから撤退している。家での騒動を理由にしたか、彼等は全員が日本に向かったのだ。
その直後に英雄による仲間集めが始まったとなれば、誰も停止する理由など解る筈もない。
知っているのは当人達だけ。関係者が全員居なくなれば、既存の技術者では幾ら調査しても判明する訳もない。
「……それほどまでに欲しいというのか、あの方を」
歯が軋む音がした。
無意識に悟は口を噛み締めていたようで、しかしそれが止むことは一向にない。
現状、生産装置の完全な操作は不可能だ。俊樹が停止を命令していないから動いているだけで、AI頼みになってしまっている。
これでは四家が四家である意味が無い。露見していない内に権威を取り戻すべく、彼等も必死になって俊樹を確保しようとしているのだ。
それが非人道的であれ、外道と蔑まれるものであれ、彼等は止まらない。そも、倫理観の欠如している四家に止まる理由は存在しないのだ。
此処に居る存在を、英雄と俊樹以外を殲滅する。敬うべき者を敬い、縛るべき者を縛り、それで元通りになると思っているのだろう。
勘違いも甚だしい。
四家は崩れたのだ。もう元のように動かせないというのに、権威を主張したとて何の効力も発揮しない。各国の政府も、ヴァーテックス本部や支部も、彼等からの要求に何でもかんでも従うことは無いのだ。
それでも彼等は足掻く。甘い生活とは無縁であれど、彼等の生活は基本的に実力主義だ。
単純な能力だけで全てが決まる世界は、既に滅びた年功序列や上司の機嫌で上下する会社よりは幾分か納得出来るだろう。
そちらの方がずっと楽な生活が出来るとしても、彼等はそこしか知らないが故に実力主義の楽園にしがみつく。
誇りなど無い。気高さも無い。足掻いて足掻いて、醜く黄金にへばりつく。
これが彼等の本質。超能力者の家系の末路。超越者の素質を多少持ちはしても、人の領域にまで墜ちてしまえば結局この様だ。
――そして、遂に全ての軍勢が集まる。
敵側はARを中心としつつ、歩兵にも確りと武器が搭載されていた。古臭い物ではない最新式の装備一式に身を包み、彼等は一言も発することなく進行の指示を今か今かと待ち望んでいる。
彼等は四家の関係者であったり、金で雇われた社会の裏側の人間であり、ヴァーテックスのやり方が気に入らないと脱退した者達だ。
ARや装備を含め、消費される資金は尋常ではない。それだけバックについた企業の多さを物語り、欲に目が眩んでいる者を知ることが出来る。
この戦いは利益に通じると判断して、彼等は金を投じたのだ。そこには勿論別の理由も含まれているが、優先的に生産装置を使うことが出来れば多くの企業の先を行くことが可能となる。
「…………ッ」
目の色を変えている軍勢に対し、悟もまた瞳を黒から銀に変える。
肉体が強まる何時もの感覚に支配されつつも、選択すべきは視界の遥か先に居るARの奪取及び自爆。
歩兵はまだ動かない。動く時はARが兵装を全て使い切った後だ。そうなる前に歩兵を進ませればARの攻撃に巻き込まれる。
強化された目はARの動きを実に正確に捉えていた。僅かな駆動すら見逃さず、見えぬ範囲には別の者が対処する。
全てを自爆させるのは不可能だ。けれど、複数箇所でいきなり爆発が起きれば騒ぎは避けられない。
「――動いたか!」
待って、待って、待ち続けて。
無音の世界で限界まで見開かれた瞳が、ついに武器を展開し始めた機体群を捉える。
瞬間、最初に視界に入った機体から操縦権を奪う。相手はいきなり操作が停止したことに驚くだろうが、同時に奪取された事実にも直ぐ理解するだろう。
そうなる前に自爆機能を立ち上げて解除機能にロックを仕掛ける。
この戦いに四家は多数の戦力を用意している。それは緊急で、迅速さを求められ、故に完璧など目指せよう筈もない。
案の定、自爆機能は健在だった。取り外す余裕の無いまま出撃させられたのだから、パイロットには同情しかない。
離れる前にハッチ解除にもロックを仕掛けて脱出を不可能とし、相手が弾を吐き出すその瞬間まで手当たり次第に機体の自爆機能を起こす。
機体が自爆するまでは五秒。パイロットの生死を考えない機体重視の時間設定は、事この状況では此方側に有利に働く。
見るからに動きが止まっていく機体群を気にせずに自爆をセットしていくが、不意に一体の機体の操縦権を奪おうとして違和感を覚えた。
「……既にセットされている?」
悟は囲まれる状況を最初から想定していた。その為、数少ない創炎使用者を被らないように配置してある。
悟が担当する部分は当然悟しか干渉しない。そんな中で、悟が触れる前に自爆をセットしている機体が存在した。
おかしな話だ。こんな状況で自爆をセットするなど、相手は負ける気なのかと疑ってしまう。
一体何故。そんな思考が脳裏を過り――
『そちらの部隊に属する者に告ぐ! これより我々はそちら側に付く!!』
――刹那、戦場に女性の声が一機のARから轟いた。




