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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【九十六点】我等の時間稼ぎ

 ――三日目。

 その日の朝は穏やかに始まった。地下には朝と夜の概念が無く、時間だけが朝と夜の移り変わりを教えてくれる。

 内部に異常は無い。素人である俊樹が、玄人である総隊長が軽く確認する限りでも物が動かされたり壁や天井が破壊された痕跡が無いままだ。

 皆が起きた時、持ち込んだ水と一食分の保存食を朝食として喉に流し込み、その直後に変化は起きた。

 床に置きっぱなしだった総隊長の無線機が鳴り出す。定期連絡が入るにはまだ時間が掛かる筈で、つまりこれは異常を知らせる警鐘だ。

 全員の顔に緊張が走った。総隊長は即座に通信機を手に取り、通話を繋げる。相手は何度も何度も総隊長を呼んでいたようで、繋がっていることに気付いた様子は無い。


『総隊長殿! 総隊長殿! 聞こえておりますか!?』


「ああ、聞こえている。 何が起きた」


『現在、旧生産拠点跡地を中心に多数のARを確認しました! 更に黒装束の集団も発見し、その数は不明の状態です!!』


 来るべき時が来た。

 生産拠点は此処だ。この場所を中心に展開されているとなれば、完全に包囲されていると見るべきだろう。それだけの大質量が一気に動けばヴァーテックスが捕捉していても不思議ではないのだが、恐らくは高精度の光学迷彩を用いてゆっくりと来たのだろう。

 つまり、二日目の段階で此処で何かが起きようとしていると敵は判断したのだ。

 最終的な全戦力は定かではないが、少なくはない兵が投入されていることだろう。日本政府にこのような真似は出来ない。

 となれば、四家が手を組んだ上で攻めて来ていると見るのが妥当だ。内戦に近い状態になっていたと情報部からは報告が上がっていたが、何時の間に協力体制を敷いたのだろうか。

 

「全部隊に通達。 それは全て敵だ。 相手が攻撃を仕掛けた場合は即座に応戦しろ。 ただし、あくまでも時間を稼ぐことに集中してくれ」


『了解しました! 残り時間は如何程になりますでしょうか!?』


「後三時間は欲しいって感じ!」


 無線機から聞こえる声にルリが時間を伝える。

 残り三時間。それだけ稼ぐことが出来れば、ほぼほぼ勝利条件は達成されたことになる。

 総隊長も短く三時間だと伝え、そこで通信は終わった。

 

「ARの大量投入……。 さて、どうやった」


「奴等は様々な企業と繋がりを持っている。 それを使えば此処を包囲する程度簡単だ」


「怜様。 ですがそうなると、奴等は……」


「相手は四家だけに非ず。 協力した企業側も事情を知ってあの子を我が物にしたいのだろうさ。 実に貪欲だな」


 忌々しい。

 怜の顔にははっきりと嫌悪が刻まれている。人の悪性を証明するこの襲撃内容は、怜にとっては正に腐敗の象徴だ。

 総隊長もまた顔を顰める。折角英雄達が世を平和に変えてくださっても、時代が進む毎に嘗ての有難みを喪失していく。今の若い世代に英雄達の話をしたところで、所詮は歴史の教科書に出て来る偉人程度の認識でしかない。

 感謝が、尊敬が、現状の素晴らしさを理解しないのである。それは四家もまた同様で、一度腐れば腐敗は加速する。

 生産装置を守るだとか、人類の守護者たらんとするだとか、それらは結局金になるから守っているだけだ。

 自分の生活が豊かになるからやっているだけで、そうでなくなれば彼等は途端にこの使命から手を離すであろう。


「もう何時突破されても不思議ではない。 此方側のARが未だ援軍として来ない以上、彼等の防衛も長くは続くまい」


「四家が関与していれば必ず彼等も出て来ることでしょう。 対人についてもおよそ絶望的であると言わざるを得ません」


「――そうなると、やはり此処が本当の防衛線となるのか」


 二人の意見を最後に俊樹が纏める。

 此方側にはARという手札が一枚欠けていた。それがあれば多少は奪われるにせよ、数の暴力でARそのものは抑え込むことが出来ただろう。

 円形の出入り口が存在しない壁もただの歩兵では上ることは難しい。素の人間では上り切るのは不可能であり、仮に上っても下から銃火器の掃射で死ぬのは確定である。

 故に上って来るのは四家となって、ARもまた空から攻撃を仕掛けて来るのは想像に易い。あの壁は精々敵側の部隊が侵入するまでの時間稼ぎにしかならず、根本的に遮ることは不可能だ。

 

 当然、そうなれば俊樹の部下となった悟達にも被害が出る。

 命を第一にと定めはしても、四家の人間では悟でもない限り対抗は無理だ。必然的に殺され、死による時間稼ぎも一秒か二秒にしかならない。

 となれば、道中の妨害をしながら通すしかなくなる。そして遠くない内に此処まで到達し、真の防衛戦が始まるのだ。

 目標は三時間。それだけ凌げば、最悪この施設が崩壊しても構わない。目的地は海の中にあるのだから。

 俊樹は携帯を操作し、悟へと繋げる。この状況で繋がるものかと思ったが、相手はワンコールの後に繋がった。


「渡辺、状況はどうなっている?」


『既に包囲は完成されています。 部下からの報告によれば、現在は一定のライン上で待機しているとのこと。 恐らくは後続部隊が合流するのを待ち、そのまま一気に攻め立てるのではないでしょうか』


「そうか……。 向こうのARはどんなタイプだ。 やはり殲滅に特化しているか」


『重装甲のARが殆どです。 背部に迫撃砲と小型ミサイルランチャーを搭載しているとのことですので、範囲内の者達を纏めて殲滅するつもりなのでしょう』


 重装甲AR。

 競技大会にも時折出場する類の機体だが、その特徴はやはり耐久性だ。速度を犠牲にする代わりに大会では大型の近接武器や反動性の強い銃器を使うことで有名である。

 しかし戦場となれば、位置が解っていれば移動する殲滅兵器と化す。

 彼等が一斉にミサイルや迫撃砲を放てば、先ず人間が生き残る可能性は零だ。――故に、少しでも生存の芽を育てる為にもARの攻撃を許してはならない。

 此方側の創炎使用者は悟と俊樹を含めた少数のみ。ルリは作業に全力を傾け、怜は防衛戦で一番忙しく能力を使うことになる。

 

「渡辺、お前やお前の部下でARの操縦権を奪えるか」


『一機でしたら可能です。 しかし、向こうの指揮役は四家の人間ですので奪われたと解れば即座に自爆か取り押さえられるでしょう』


「……そうか、別に態々戦わせる必要は無いのか」


 大会に出場する機体には無いが、ヴァーテックスのように荒事に使用されるARには自爆機能が搭載されている。

 これは四家に奪われることを阻止する目的と、実験機であれば他の組織に奪われることを阻止する目的で使われ、あまり使われることはない。

 企業側が用意したARに果たして自爆機能があるかは定かではないが、奪った際に確認すれば機体を強制的に自爆させられる。さてそうなれば、向こう側もARを必死になって壁に激突させようとするだろう。


「渡辺、戦いが始まる直前まで誰にも露見しない形でARの操縦権を奪えないか?」


『――可能です。 そして、戦闘開始直後に自爆コードを入力して強制的に自爆させるのですね?』


「そうだ。 これは賭けだが、向こうはお前を捕縛したまま牢屋に繋いでいると思っているかもしれない。 実際、俺が四家嫌いであることは向こうも知っている筈だからな」


『相手の裏を突くということですか。 解りました、部下も動員させて効果的なポイントを探らせます』


「頼む。 出来れば多くのARを自爆させて歩兵の戦力も削りたい。 用が済んだら相手の動向を伺いながら施設内に潜め」


『畏まりました。 直ぐに準備を整えます』


 よし、と俊樹は通話を切る。

 顔を上げると殆どの者から視線を向けられていた。怜やルリといった以前からのメンバーは頼もしく彼を見ていたが、総隊長達は驚きを露にしている。

 決して俊樹が飾りではないと総隊長は思っていたが、それでも心の何処かでは素人故に集団戦はまるで使えないだろうと考えていたのだ。基本的に案を決めるのは自分か怜で、他はそれを聞いて動くだけだと。

 

「成程、怜様が後継者とする訳だ」


 この青年もまた超能力者達の精神を受け継いでいる。確信した彼は、ただただ首を縦に振り続けていた。

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