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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【九十五点】輝かしき栄光に苦しむ後継者

 一日目、二日目は非常に平和そのものだった。

 初日の段階で陣地作成は終わり、それ以降は相手が襲来する時を待つだけ。二日目に至っては暇な時間の方が長く、深夜の警戒中に欠伸を漏らす隊員も多かった。

 修理は依然として続行中だ。ルリが毎日の終わりに室内に居る全員に進捗を話すのだが、二日目の段階で発射用の電磁加速器の修理が終わった。

 この発射ゲートで一番大切なのはその部分だ。そこの修復が無事に済んだとなれば、八割方が終了したと言っても過言ではない。

 修理箇所は発射ゲートだけだ。その他の一切を切り落とし、電源周りもルリや怜自身と接続して供給することとなっている。

 彼女達の稼働に必要なエネルギーは莫大だ。元の肉体と異なるが故に、再現するには多くのコストを求められる。


「我々全員を射出したとして、消費電力量は我々の十分の一にも満たないさ」


「そもそも僕達の中には発電機構も入っているからね。 発射に消費しても自力で直ぐに回復するよ」


 二人の言葉に安心しつつ、同時に改めて二名の規格外さを皆が思い知る。

 二人が既に元の肉体を再構築した訳ではないことは伝えられた。今の身体は人工物に過ぎず、故に全力を出すにも制限がある。

 その制限は所謂エネルギー的問題だ。莫大な出力を発揮出来るボディはあっても、それを安定的に運用するエネルギーそのものが存在しない。

 核燃料による発電でさえもまるで足りないのだ。そんな彼等に安定してエネルギーを流すには、相応の施設を設けるしかない。

 

「では、生産装置を新たに増産されてはいかがでしょう」


「そうしたいのは山々だけど、今の日本は土地が少ないからね。 嘗てよりも人口が爆増した現在、なるだけ見つからない場所を探すのは難しい。 かといって空や地下に作ろうにも、今度はアクセス的な面倒臭さが表に出る。 ……ま、一番は金が無いから土地を買えないことなんだけどね」


「……切実ぅ」


 ルリの問題点に父は切なを感じずにはいられなかった。

 英雄は既に去り、その資産は四家とヴァーテックスで二分化されている。政府に齎される分は当時の政治事情から無しとされ、当然保管されている資金などある筈も無い。

 全て無いも同然の状態の彼等は新しく金策を考えねばならないのだ。それを思い出したのか、怜は何処か遠くを見る目でボロボロの天井を眺めた。

 

「金が無い、か。 懐かしいな」


「懐かしい?」


 ノスタルジックな雰囲気の漂う彼女の言葉に、俊樹が疑問の声を挙げる。

 それは他も一緒だ。彼女の発言を見るに、嘗ては金が無かったと言っているように感じる。どう見ても金が無いような生活をしていたとは思えないのだが、怜は周りを見渡して仄かに笑みを浮かべた。


「別に私は最初から裕福な生活をしていた訳ではない。 寧ろ逆に、あの人と一緒に普通の暮らしをしていた頃もあるぞ?」


「普通って、怪獣を殺して回るような生活?」


「違うさ。 普通に仕事をして、普通に飯を食べ、普通に寝るような生活だ」


 一般人が思い描くような極々普通の生活。

 それは彼女が過ごした記憶の中で、かなり古い部分の過去だ。それより更に前は流石に話せないが、彼女が普通の生活をしていた時点で皆が驚きを露にしていた。

 だってそれは、あまりにも彼女らしくない。もっと言えば、彼女にそんな生活が出来ていたとは思えない。

 彼女の我は強い。己の言葉が真であり、他者を従わせることに関しては彼女程の適任者を見つけることは難しいだろう。

 けれど確かに、怜には普通に過ごした頃があったのだ。大英雄と暮らした、まだ世間の誰もが存在を知らない生活が。

 

「貧乏だったとは言わないが、まぁ裕福ではなかったな。 あの人と共同生活をして、漸くまともな生活をしていたくらいだ。 だから金が無くとも然程焦りはない。 ヴァーテックスからの支援もあることだしな?」


「……勿論です。 我々は貴方様の忠実なる部下ですので」


「おいおい、そこはヴァーテックスの部下と言っておけ。 例え始まりは我々でも、今はもうお前達の物だ。 譲ったのだから誇ってくれよ」


「……っは」


 冷たさを感じながらも怜の言葉には気さくさが混ざっている。

 そこに奪われた者に対する憤怒は無い。戻ったから返せと語るのは違うし、今はもう己の時代でもないのだから所有者はそちらだ。

 そう言われてしまえば総隊長は従うしかない。ヴァーテックスの基礎を作り上げた者の一人が表舞台で暴れることを望んでいないとも彼は察した。

 その後もあれやこれやと彼女は雑談として過去の何でもないことを話し、その内容の一つ一つに皆は興味深そうに意見を投じる。

 五百年前の生活なんて誰も予想出来ない。当時の社会や文化、超能力者達の下らない一幕。四家と名乗る前の者達の姿まで話が進み、如何にして彼女は素晴らしい日々だったかと懐かしさを加速させながら口にする。


 黄金時代。

 最大最高の治安維持組織に、彼等の光に感化されて善性を増した国民に、国の立て直しに奮闘した政府。

 経済という意味では苦しかったのは間違いない。昔と比べれば今の方が物は潤沢で、吐いて捨てる程の商品に人々は日々囲まれている。

 それでも、話を聞いた誰もが思う。きっと過去のその時こそ、人が最も協力して輝いていた時代だったのだろうと。

 苦しみを真の意味で分かち合い、共に肩を並べて困難に立ち向かう。その姿は選ばれてはいなくとも勇者であり、人が持つ輝きの全てだ。

 

「言うべきではないのだろうが、昔は良かったと私は心から思う。 あの日々こそが私にとっての絶頂であり、幸福であり、栄光だった」


 語れる範囲で彼女は語り、その言葉に皆は各々胸に去来する感情に浸る。

 今の時代とて昔以上に幸福なのは間違いない。賃金が不足することは基本的に有り得なかったし、物が無いと喚く人間も殆ど見ることはなくなった。

 税金も安く、国の補助も充実し、寿命も延びている。高齢者社会は当の昔に過ぎ去り、年齢の天秤は若きに傾いていた。

 治安とて悪いものではない。今を生きる彼等には今か少し前の治安状況しか知ることは出来ないが、それでも世界中の犯罪係数は落ちている。

 大英雄が掲げた人類の守護。超能力者集団が作り上げた基礎達は、今も確りと根付いて壊れることはない。


「……少々盛り上がり過ぎたな。 現在時刻は?」


「は、二十三時になります」


「なら警戒の当番以外は眠るぞ。 身体を温存させておけ」


 怜の話はそこで終わった。

 貴重な過去話を聞いた者達は各々のスペースに移動して壁に寄り掛かるように座って目を閉じる。

 俊樹は意識を沈下させていく中で考えた。嘗ての英雄達は、教科書の脚色が要らぬ程の偉業を確りと打ち立てている。

 その中で大英雄は他の誰もが成し遂げられない平和を齎し、今日まで強い影響力を保持していた。彼がその影響力を強く根付かせておかねば、この時代にまで生産装置が何の疑問も無しに運用されることは無かったかもしれない。

 黄金も時間の経過と共にくすむ。人は完全にはなれぬから、ふとした瞬間に奇妙なまでに醒めるのだ。


 俺は一体何をしているのだと。どうしてこんなことをしているのかと。

 それが高尚なことであろうとも、人間は疑問を挟まずにはいられない。そして、その疑問が良からぬ企みに発展することも往々にして存在している。

 生産装置の作り方は現時点でも解っていない。管理だけを四家が担い、何とか同様の物が作れないかと技術者達があの手この手で実験を繰り返していると何処かのテレビで彼は知った。

 もし彼等が中身が見たいと生産装置の停止を政府に申し出ても、果たしてそれは実行されずに拒否されるだろう。

 無事に稼働している存在の動かし方もよく解っていないのだ。万が一停止してもう一度起動しなかったら、中身を開けている最中に部品が消失するような事件が起きたら――それはもう取返しが付かなくなる。


 それでも人は好奇心によって事件を引き起こす。されど、五百年という長い年月の中で生産装置が停止されることは無かった。

 根底にはやはり、大英雄に対する畏敬の念があったのだ。人類が敬うべき存在が語ったことを、我々は守り通さねばならないと。

 恐ろしいと言うべきか、敵う筈もないと言うべきか。どちらにせよ、その後継者にされている事実は彼の肩を大いに重くさせた。

 

 そして時は流れ、三日目。修理が進む昼頃、定期連絡からは外れた時間についに無線機から異常の報告が上がった。

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