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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【九十一点】陣地構築

 ――彼等の行動は三日後に開始された。

 迅速即断。正しく迅雷が如くに部隊は三つに編制され、今回の行動は全てにおいて極秘事項であると隊員一同には通達されている。

 通常、極秘行動となればそれは重大な意味を持つ。社会の闇に根差した問題から、世界全体の根源的な闇に根差した問題まで。

 どれもが一級の人間ですら重荷に感じる程の困難極まる遂行を求められ、実際に死亡者も公表されていないだけで無数に存在する。

 遥か過去に放棄された英雄が居た土地。それはある種の聖地であり、故に観光は許されても悪戯などは断じて許されない。 

 ふざけた真似をすれば牢獄にぶち込まれるだけでは済まないだろう。人権に守られてはいても、数年の牢獄生活と莫大な慰謝料を支払うハメになる。

 

 その危険性から、スリルを求める若者達の間では度胸試しの場としてよく使われるようになっていた。

 警備の人間に捕まらず、放置された建物の奥まで果たして行って帰って来れるのか。

 帰って来れれば英雄となり、帰って来れねば犯罪者となる。実に緊張感溢れる遊びであり、SNSでは度々危険な行為であると注意が呼び掛けられていた。

 警備している者は殆どが民間会社に所属している。業務委託という形で大手の会社に任せられ、彼等は多くの依頼料を受け取る代わりに万全の体勢を敷いている。

 

「お話は既に聞いております。 では、我々は現時点で此処から会社に戻ります」


「ご苦労。 此方側の勝手な契約解除には多分な賠償金を支払うことで手を打ってほしいと伝えてくれ」


「畏まりました。 それではこれで」


 分厚い鈍色の金属防護服を纏う集団は三桁に届く数に上っている。

 加え、黒衣の集団が彼等の背後に追従する形で静かに進行していた。事前の通達が無ければ何処かの武力勢力にしか見えないだろう。

 更にその後方。怜とルリ、俊樹とその父は件の土地に入っていく者達の背を見ずに周辺に意識を向ける。

 草木が生え放題の、正しく放置されたとしか表現出来ない地面。

 コンクリートは古く、あらゆる箇所に大きな罅割れが散見される。嘗ては多くの移動車が此処を通ったのだろうが、その名残は微塵も感じ取れなかった。

 

 背の高い木の上には野生のリスが居る。

 田舎であれば自然動物を見ることもあったが、比較的東京に近いこの場所に野生動物が居ることは珍しい。

 それだけ人の気配を消していたということだろう。時代が進み、ただ人が警邏をするだけの警備から多くの無人機を導入した警備にへと切り替わった。

 撤退していく警備の人数は五人と少ない。その全てが無人機の管理と、いざという時の戦力としての役目しか持っていないのだ。

 

「教科書では知ってるけど、実際に来ると凄いな……」


「俺も此処に来たのは初めてだ。 静か過ぎる」


 機械音は彼等が持ち込んだ物だけだ。元からこの土地にある機械音は一切無く、耳に痛い静寂に奇妙な不気味さすらも漂う。

 オカルトが信じられていた頃であれば、此処を心霊スポットの一つとでも認定していた筈だ。胸に襲い来る容赦の無い不安感は、俊樹の肝を確かに冷やしていた。

 小さな会話はあれど、全体としては静かなまま進んでいく。

 徐々に徐々にと見えてくる建物は、やはり最初の姿を見失う程に劣化していた。

 元は巨大な三つの建物だったのだろう。内二つは完全に倒れ、残る一つは今にも倒れてしまいそうだ。


 赤錆が広がっている。壁をよくよく見れば落書きも見える。砕けたガラス片が地面に広がり、伸びた木々が建物と絡まって歪なジャングルを構築している。

 電源設備は既に使い物になるまい。水道とて満足に使える筈もなく、ましてや内部の設備が生きている道理も無い。

 過去の時代に取り残された遺物。飼い主が戻ってくることを待ち続け、遂には戻ることもなく朽ちた哀れな施設。

 建物に同情することはない。しかし、けれど、俊樹はこの風景に何処か寂寥も抱いていた。それは中の大英雄が似たような感情を抱いたからかもしれない。


「第一と第二は周辺警戒。 第三は内部を進むぞ」


「了解」


 今回、俊樹達は問題にぶち当たるまではただ付いて来るだけの人間になっている。

 名目は最近不調だった生産装置が奇妙な数値を表示し始めた。その内容は意味不明で、しかし他の生産装置にも違う数値が管理用のモニターに表示された。

 全てを集めて調査したところ、出て来たのは座標。その位置が――即ち此処である。

 既に入念の調査は終えているが、生産装置が突如として位置を表示したのだ。

 何かあると考え、四家との繋がりが限り無く薄い者達と共に調査することになった。つまりこの時点で、俊樹達が僅かでも四家と関係があることが判明した。

 隊員も隊長も何も言わないとはいえ、これまでの四家の横暴は知っている。これもその一環かと不満を溜めはするものの、全体の指揮を執る総隊長を担う男だけは怪しい気配を感じ取っていた。

 

 何故調査というだけで極秘扱いされるのか。

 何故対ARを想定した防衛装備を運ぶことになったのか。

 何故四家はこの件に強く介入しないのか。

 そして、彼等の後方に位置する連中は本当はどんな素性の持ち主なのか。知らないことばかりではあるも、匂い立つ死の気配に自然と総隊長の意識も先鋭化されていく。

 第一部隊と第二部隊は周囲を警戒しつつ、そのまま陣地の構築に入った。折り畳み式の壁を建物を中心に円を描くように置いていき、上下左右に三百六十度回転する機銃をこれまた円形に配置。

 その上で隊員は厳戒体勢を常とし、僅かな異常一つでも全体に通達することになる。

 

 まるで護衛作戦だ。巨大テロ組織から大統領を守るような布陣に、やはりこれが名目とは異なる作戦であると確信を深める。

 そもそも、上層部はあまり隠すつもりがないのだろう。見られても構わない考えでこの作戦を動かしている。

 例え真実を知っても仕事を完遂しようとすると確信しているのか、全てを知った後では逃げられないと想定しているのか。

 解らないまでも、十中八九戦闘はあるなと総隊長は覚悟を決める。


「桜・怜。 我々はこの場所をデータ通りにしか知らない。 何かを見つけるのはお前の役目だ」


「無論だとも。 此方も既に資料は貰っているし、お前達が知らないような情報も既に握っている」


「それはそれは……結構なことだ」


 総隊長は振り向き、傍に居る怜に語る。

 極普通に彼は対処した筈だが、その背は汗で濡れていた。僅かな話の中で彼女が放つ気配は、およそ普通の人間の範疇にあるようには思えない。

 狂人を相手にするような面持ちで第三部隊は進んでいく。

 崩壊した建物を歩くのは難しい。何処で天井が崩れるかも定かではないし、床が抜ける可能性も否めない。

 過去のデータも随分昔だ。腐食が損壊が進めば、それ以前は歩けた場所も歩けなくなっている。

 先頭の隊がゆっくりと確かめながら進み、全員で纏めて動かないように注意を徹底させて全体へと散らばっていく。

 

 目的は何があるかだ。

 明確な手掛かりが無い現状、人海戦術による解決を望むしか方法が無い。

 通信機を用いて安全地帯を時間を掛けて構築していき、その上で慎重に調べていく。

 本や資料の類は全て本部に回収されている。此処に残されているのは完全に壊れた機械類ばかりで、メモリに至るまで使い物にはならない。

 俊樹には構造自体意味不明だった。父は解っている様子だが、それでも全容を理解するには至っていない。

 だから最初に彼女達が歩き出したのは自然だった。

 周りが困惑しながら探している中で、二人は勝手知ったると言わんばかりに地下を目指す。

 俊樹も父もそれに付いて行き、総隊長は勝手に姿を消そうとしている彼等に鋭い目を向けた。

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