【八十六点】重要な物は、予想外な所から現れる
「先ずはよく帰ってきたと言っておこう。 特に俊樹、君にはな」
「ええ、まぁ、なんとか帰って来ました」
公園での一幕を終え、その場に居た全員が日本本部の輸送車で運ばれた。
本来なら専用車で移動するのが基本だが、数が多いことと絶賛問題解決中の身では大きな動きは出来ない。仕方なしにトラックで一纏めに運び、俊樹と怜に悟だけが今は執務室に入っている。
他は現在空室となっている資材保管庫に取り敢えずの処置として入り、辺りの侵入を一時的に禁止していた。間違って入った者が居た場合、問答無用に処罰されると通達したので入って来る輩は居ないだろう。
東雲は中国での出来事を既に報告されている。中国支部長が直々に通信で顛末を伝え、状況が最悪であることを教えてくれた。
加え、予想外の形として大英雄が俊樹の中より出現。
中身を変えただけなので戦いが終わった後に早々に引っ込んだが、これは東雲をして油断ならない話だと警戒を強めることになった。
不味い話の方が多くなったが、同時に良いこともある。中国支部の生産装置は再度の安定化を見せ、維持も現状は問題無い。定期的にメンテナンスをしていた影響か、一時的にオームが姿を消しても上手く資源は生成されている。
そのオームも今は味方だ。彼女は彼女でまた別の生産装置のある場所へ赴き、俊樹達の戦力増強を行おうとしている。
嘗ての英雄達が味方となってくれるのは有難いことであるが、それだけに扱いをミスればしっぺ返しが非常に恐ろしい。
「中国支部からの報告で大体の状況は聞いている。 件の施設の開放後、今はあちらこちらの施設に居るだろう仲間を集めているそうだな」
「戦力は多ければ多い程良い。 戦の常道だ」
「支部からも似たような意見を聞いた。 俺個人としても嘗ての英雄達が舞い戻る状況は歓迎すべきであるが――どうにもそれだけが貴殿の目的であるとは思えない」
対面に座るは東雲一人。
執務机を挟み、怜と東雲の両者は視線を交わす。
戦力が増える。それ自体は大変によろしいことだ。維持に莫大な資金を投じる必要はあるものの、世界全てを相手にして勝利を握れる力は喉から手が出る程に欲しい。
彼等が嘗て同様、治安維持に力を貸してくれるのであれば世界全体の犯罪係数も加速度的に減るだろう。大きな闇など、彼等の前では赤子も同然だ。
人目からは隠れねばなるまいが、知る人ぞ知る状態にしておけば公然の秘密として上層部一同で民衆から隠すことに協力もする。
表面上の部分のみを見れば、なんと今の時代に都合が良いだろうか。彼等は決して虐げられる訳ではなく、元の職務に戻るだけ。
ヴァーテックスは更なる組織の巨大化を狙える。国家にも匹敵する力は以前にも揶揄されてはいたが、これで真実本当の意味で国家規模の戦力となるのだ。
もう国の権力に怯える必要も無い。悪果を正面から叩くことも可能となる。もし国が悪を庇えば、それを理由に批判することも難しくはなくなる。
けれども、そうはならないのが現実だ。自分にとって良い面だけで物事が進む事は無く、常に裏側に潜む悪意を読み解かなければならない。
怜がこれだけの戦力を集めれば、ヴァーテックスと歩調を合わせる必要は無くなる。
何処か適当な土地を買い上げ、そこに新たに拠点を設けて別の活動をすることだって十分に可能だ。
後継者である俊樹をより厳重に守り、再度栄光の時代を起こす。大英雄が居ない時代では完璧とはならなかったが、中に居るのであれば話は別だ。
「勿論だとも。 私にも私なりの目的がある。 ただ、それはそちらを害することを目的としたものではないのは確かだ」
「具体的に聞かせてくれないか。 歩調を合わせられるのなら、協力することも吝かではない」
「そうだな、話をする分には構わん。 ただ長話にはなるぞ」
「なら席に座ってくれ。 そちらに時間を割いた方が結果的に良いだろうさ」
俊樹は彼女を考えているかを大英雄の言葉からある程度察している。
中国のホテルで寝ている間に話した内容だ。ただ悟は何のことか解らず、解ったのは嘗ての英雄の仲間が帰って来ることのみ。
それ自体も驚きの対象であるが、事は更に深いと何処か漠然と感じてもいた。三人は揃って足の短いガラステーブル傍の革ソファに座り、東雲が外の部下に飲み物を頼んで運ばせる。
用意が整った段階で、怜は出された紅茶を一口飲んでから言葉を述べていく。
「現状、生産装置の管理を行える人間は四家の人間のみだ。 それが可能な力を与えたのだから任されるのは当然のことだったが、ここまで腐ってしまった。 故に私は彼等を粛清し、その上で生き残るべき者に管理を任せようとしていた。 ……今ではもう出来ない話だな」
「四家は海外に駐留している者を日本に集め始めている。 彼等が所有する飛行機が幾度となく空港を行き来していることは既に確認され、着々と騒ぎを起こす気配は強まっているよ」
二人の会話には戦争の気配が漂っていた。
この数百年内では無縁だった、酷く規模の大きな争いが展開されようとしている。世界にまで影響を齎す戦いは多くの人間を巻き込み、人死にも無数に発生させるだろう。
最早当初予定されていた路線は使えない。レールは外され、外に放り捨てられた。
現在という列車は動きを止めようとしている。新たなレールを敷設する者が、時代の流れを決める勝者となるだろう。
「使えなくなったのであれば他で代替するしかない。 となれば、製作者の私達が管理をするしかないだろう。 彼等には復活次第一時的に管理に勤しんでもらい、施設のみを守護してもらう予定だ」
「一時的に?」
「ああ、一時的にだ」
話は解る。筋は通るし、それを目的とした復活だとすれば頷ける。
しかし、東雲は違和を覚えた。一時的にという部分に、彼等の真の目的が見え隠れしていると思ったのだ。半ば直感のような彼の発言であるも、怜は正解だと語るように口角を歪める。
その様は正解を当ててくれた喜びであり、同時に知ったな?という愉悦だった。
「ヴァーテックス。 この建物の位置は五百年前のとある会社とまったく変わらない。 より治安維持に特化した形に立て直し、此処をモデルに様々な支部が誕生した」
「? あ、ああ。 その通りだが……」
「だが、唯一放棄された施設がある。 生産装置があることで維持する必要も無いと放棄した施設が」
「――――まさか」
殆ど反射的な言葉だった。
東雲は元帥として若い部類に入る。ヴァーテックスの歴史もそれなりに知ってはいるが、過去の頂点達の全てを知っている訳ではない。
それでも代が変わる毎に渡されていた権限がある。使用を禁止された、まったく意味の解らぬ施設への使用許可証。
一度彼はそこをドローンを使って見た。草木が生え茂り、苔に覆われた巨大な工場跡地を。
五百年前、そこは様々な製品を量産する施設だった。量産された品は一般市民向けに販売され、多くの人間の手に渡ったという。
過去を懐かしむように、怜は顔を天井に向けた。
その瞳に宿るは郷愁の念のようで、彼女らしくない穏やかな微笑が表情に現れる。忘れることなどないと魂にまで刻み込んだ嘗ての記憶が、今はそこにあるのだ。
「生産装置が世界中に広まる前に使われていた施設。 そこにある物で世界中の生産装置を一括で管理することが出来る。 ――お前達は気付いていないようだったがな」
「……まさか、そんなものが」
驚きと理解が東雲の全身を巡る。それは悟も一緒で、古の記録に触れる感覚に確かな興奮を胸に抱いていた。




