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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【八十四点】選べ、未来を

 歴史に残すべきとされた過去の遺物は、見るも無残な状態になってしまった。

 特に酷いのは屋上周辺。大規模な爆発が起きたのか屋上部分は丸ごと吹き飛び、階下の様子を晒してしまっている。

 炭化した上部は暴力的な熱量による結果だ。建材を炭化させるとなると、そこで起きた爆発の規模が尋常ではないことが窺い知れる。

 更に無事である筈の別の階は氷で閉ざされていた。一階から最上階の側面を全て氷で覆い、発生したであろう炎を呑み込んでいる。この氷によって消火の必要が無くなったが、そもそもこの氷が何処から来たのかを目撃者の誰もが首を傾げていた。

 巨大な建物一つを軽々と覆う氷となると、他に何か機材が無ければ不可能だ。多くの人間も求められ、仮に出来るとしても時間も掛かるだろう。


 そうなれば爆発から発生する火災も進んでいた筈だ。屋上下の階だけでなく、別の階にまで火の手が回っていても不思議ではない。

 にも関わらず、被害は屋上下までで留まっている。塵があちらこちらに散らばっていることはあれど、それ以外は大きな被害は受けていない。

 おかしな話だ。この情報自体は通報してやって来たヴァーテックスの人間のみが知り得ることだが、どうしても現象に対する異常性が多い。

 全ての異常性を強引に解決する手段としては――――氷を急速に伸ばして建物全体を覆った、といった訳の解らぬものになる。


『早速やってくれたな』


「仕掛けて来たのは向こうだがな」


 人気の無い寂れた公園。

 人目を避けて移動し、男の部下達も本人を心配して周囲に散らばる形で集まっている。

 彼等は一般の人間よりも多少鍛えられているだけなので疲労困憊だ。隠れながら全力疾走をするという器用な真似をしながら来たのだから当然だが、怜は彼等に慮る真似はしない。

 氷の床を作り、俊樹と男をその場に寝かせた彼女は徐に最近使っていなかった端末を開く。そのまま日本本部の執務室の通信端末に連絡を繋げれば、即座に怒りを滲ませた男の声がやって来る。

 解っていたことであるが、隠蔽作業に時間を掛けているのだろう。何せ今回は何も知らない者からすれば怪事件に匹敵する内容だ。ガス爆発とするにも、テロ行為とするにも状況として適合しない。

 新兵器の実験と言われた方がまだ説得力のある内容だ。それを隠蔽するとなると、掛かる労力は尋常ではない。


『爆発なら馬鹿な餓鬼が引き起こした事件として都合を付けることは出来る。 学の無い奴等が変な物を混ぜて爆発させた例は実際にあるからな』


「氷が問題か」


『四家の刺客と戦ったのは理解している。 あれだけの氷を出したのも周りに与える被害を最小限に抑える目的だったのだろうとも解る。 だがあの氷をどう説明付けるかは、流石に難しい』


「ARの所為にしておけ。 一般人も選手もヴァーテックスの専用装備については解ってはいまい。 爆発事件が起きたことを前提に、事態の解決にそういった装備を使ったと言っておけば良い」


『良い案だな。 そもそもそんな技術が無い点を除けば』


「五百年も経過したのだからその程度は出来るようになってもらいたいものだが。 ……仕方無い、冷凍技術をそちらに渡そう。 ステルス機能はあるな?」


『極秘行動用のARに光学迷彩は搭載されている。 後はその技術を試験的に使用したとして、世間に発表するか』


 打てば鳴る銅鑼の如く。

 二人はテンポ良く会話を重ね、最速での解決策を決定する。怜は話をしながら以前見たARのサイズを鑑みて、それに適応可能な冷却装置の設計図を形作る。

 実験による失敗など彼女の中には無い。全てが成功するよう、最初から完成形を構築して体内にある疑似的な脳味噌に情報を保存した。

 彼女の身体は作り物だ。魂のあるアンドロイドと表現すべきか、スパコンを容易く凌駕するスペックを誇っている。

 記憶を忘れぬ保存領域。高速演算に、意識をネットに潜らせる摩訶不思議な技術まで搭載されている。彼女に掛かればその場で設計図を描くことも造作もない。

 内側で設計図を描きつつ、ここまでの話は彼女にとって前座だ。本題はここからになる。


『一先ず二人を保護する。 位置を教えてくれ』


「その前に一つ報告だ。 ――襲撃を仕掛けてきた者達を全員無力化した」


『なんだって?』


 支部長である東雲は突然に告げられた報告に疑問の声を反射的に返した。

 これまで彼等と戦った人間は、大抵が死を迎えている。一部逃した者も居るとはいえ、情勢的に彼等が逃すことはもう無い。

 その上で怜は無力化したと言った。そこに込められた意味はつまり。

 考えるのも億劫だと通話先で東雲は溜息を零すも、それに対して怜は無視を決め込む。ただでさえ戦力の少ない状況で、彼等の存在はきっと無駄になることはない。


「駒として使う分には適当だと思うが?」


『裏切られる懸念がある。 十分な信用の無い相手を懐に入れるなど、内部で暴れてくださいと言わんばかりだ』


 氷床に転がる男が震える。

 意識を取り戻す程度には体力を回復させたのか、やはり幼少期から身体を鍛えた方が先に目を開けた。

 暫く男は夜空を見上げ、ハイライトが瞳に宿った瞬間に跳び起きる。

 氷の上ということもあって足場は不安定極まりないが、とてもそうは思えぬバランス感覚で男は偶然か怜と相対した。

 マスクは無い。燃えた黒衣もそのままに、初めて彼女に晒した顔は俊樹と同年代な程に若かった。


『此処、は……いや』


「理解が早いようだな」


 相対した女性を見て、男は初めて自身が歯向かおうとしていた相手の存在の大きさに笑いそうになった。

 彼の背後には部下が全員居る。怪我人も多いは多いが、即座に死ぬ程の者は居ない。これだけの人数が揃えば中規模組織が相手なら無双も出来る。

 だが悠然と酷薄な笑みを浮かべる彼女に歯向かう気など欠片も浮かばない。ただそこに居るだけでひれ伏したくなる感覚は、男の属する家の当主よりも強かった。

 自然環境をそのまま形にした人物。超能力者は古より新たに誕生せず、半ば幻想の域にまで格としては上位に位置する。

 そうして実際に面と向かい合わせば、その評価が真っ当であると男――渡辺・悟は実感するしかない。


「御身が現世に戻っていたとは思いませんでした。 度重なる無礼、誠に申し訳ございません」


「良い。 信じようが信じまいがどちらでも構わん」


 悟は膝を付き、真摯な態度で土下座を行う。全身全霊の赦しを請う姿は本気を伺わせ、怜は軽く彼を許した。

 元より彼を生かした時点で赦す赦さないの結果は出ている。彼の姿勢に好感を覚えるか否かはあれど、純粋な好きか嫌いかを語る段階に彼は居ない。

 彼女は携帯を投げる。通話状態の携帯を悟は難なく受け取り、耳に当てた。

 

「電話を、変わりました」


『お前が主犯か』


 低く唸る獣の声。苛立ちを露にする声は元帥としての厳しさが込められている。

 予想外の仕事に関する怒り、頂点に立つ者としての怒り。公私含めた嚇怒の声に、悟は怯むことはない。

 

『そこの彼女の提案だ。 お前を駒として使いたいとのことだが、私はお前を使うことに反対している。 折角生かしたのだから、尋問なり拷問なりして情報を吐き出すのが当然だろう』


「……申し訳ないが、私は然程多くは知りません」


『捨て駒だと?』


「平たく言えば」


『……成程、まぁいい』


 東雲は彼の言葉に嘘は感じなかった。通話越しではあるが、傍には怜が居るのだ。嘘を言えばどうなるのかなど態々尋ねる必要も無い。

 

『選択肢だ。 従うか、従わないか。 今のお前の道は二つに一つしかない』

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