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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【八十三点】彼こそ生きろと、怪物は思う

 殴り合いが続き、二人の身体は見るも無残になった。

 見た目の怪我は俊樹の方が軽い。顔面は腫れ、歯も何本か折れて口から血を流している。全身に痣が浮かび、されど裂傷の類は見受けられない。

 だが内面的な意味では、ダメージの酷さは彼の方に軍配が上がるだろう。

 複雑骨折が複数。臓器も幾つかが完全に潰れ、心臓は停止した。呼吸をすることは数分前から無くなり、炎は周辺の酸素を残らず消費している。

 肉体的な死は目前。それは対面する黒衣の男も同じく、纏う服は身体から流される夥しい量の血液で重量を増していた。

 二人は肩で息をする。意識が朦朧とし、周りがどうなっているのかを気にする余裕も無い。二人が意識するのは相手のみ。


「…………」


『――これほどとは』


 敬意を抱いた。誇りを感じた。

 泉から湧き出る生への執着は、目前の人物に対する脅威と感謝を同時に男に知らせる。夢への道を折ることは、即ち諦めと絶望の沼に自身を沈めることだ。

 己は諦めない。成すべき事を絶対に成す。その過程で幾度心折られる出来事が待ち受けても、全身全霊でもって乗り越える。

 だから、もう倒れろ。二人が揃って生きるには俊樹が先に倒れねばならない。

 本家の人間が成果を上げた男に薬を与えるかは賭けだ。それも分の悪い類の賭けであるのは言うまでもない。

 それでも土俵に乗らねば賭けることも不可能だ。賭場に辿り付けずに金を賭けることが出来る人間が何処に居るという。

 

 骨が軋む。肉の潰れた音が体内を駆け巡る。

 死神の気配を背後に感じた。直ぐ傍で鎌を振り落とそうとする死神は、死んだ者達の魂を黄泉の国へと引っ張っていくだろう。

 カルト的な話だ。思考を打ち消し、相手の一挙に目を細める。

 炎の勢いは衰える様子が無い。俊樹は呼吸をせず、徐々に霞んでいくだろう視界の中で命を燃やしている。

 天晴見事。受けた痛みも常人が失神する程だというのに、不屈の意思は肉体の限界を超越するらしい。

 こういった限界突破は上位陣の十八番だった筈だが、人は意思一つだけでも枷を破壊することが出来るようだ。

 

『言葉が届くかは解らぬし、確かめを返す必要も無い。 ――ただ、今はお前に感謝しよう』


「……ぇ」


『お前の強き意思が俺の目を覚ましてくれた。 僅かな期間であるが、今日この日の出来事を俺は忘れることはない。 ……お前こそが、真の後継者だ』


 四家の人間の誰もに大英雄の子孫を名乗る資格は無い。

 過去最強だった西条家の当主もまた、その思想は尊いものではなかった。今目の前で、己の未来を守る為に足掻く若人こそが後継者だ。

 もしも彼が西条家の当主であったのなら。男の知る中で恐らく過去最高に素晴らしい栄誉を極めることになったろう。

 世の中は争いとは無縁になったのだ。態々火種を撒く必要などどこにもない。

 言うべきを伝え、やはり無言の彼に男は駆ける。俊樹は気付いているのか僅かに身体が左右に揺れ、正中線を保てない。

 

 倒れる寸前であるのは確実だ。

 そう思って足に力を込め――不意にバランスが崩れる。意識が急速に遠退き始め、被りを振って意識の綱を掴んだ。

 倒れる寸前なのは俊樹だけではない。男もまた、もう保てないラインに近付いている。

 残り時間はほんの数十秒。一分にも満たない時間の中で結果を出さんと、その一点に意識を集中して飛び出した。

 即断迅速。命を刈り取る勢いで死なずを成す為、体躯を落して突撃する。


 それを見る俊樹は最早動くことも出来ないのだろう。その場で両足を広げ、待ち受ける体勢となる。

 思考は空白となっていた。反射と直感と僅かな理性が混ざり合い、炎が鞭が如くにパーカーから男を狙う。

 数は八。狭い檻の中で八の鞭を捌くのは困難を極めるも、既に研ぎ澄まされた精神の男に不可能はない。

 負傷を覚悟に飛び込んで突破。地面と鞭の僅かな隙間を身体を倒して滑るように越え、左右に振るわれる横凪ぎの二本を最後に跳躍で回避しきった。

 

 そして漸く相対し、二人は最後に視線交差。

 男が狙うは頭部。脳震盪による意識の遮断を、俊樹は双拳に青い焔を灯らせる。

 練り上げ、昇華し、進化を果たした真の炎。創炎を超えた新たな境地を、俊樹は確かに制御下に置きながら全力で前に突き出す。

 静寂は一瞬。次いで訪れるは、大規模な爆発。大事な文化財ごと纏めて吹き飛ばす轟音は、周囲に何事かと注目を集めるには十分だ。

 衝撃波だけで散らばっていた他の者達も壁に叩き付けられ、高所から地面に落とされた。


 大なり小なりの被害を齎しつつ、炎の檻は独りでに静かに消失する。

 爆心地の屋上は完全に溶け落ちた。一階部分の床にまで炭化が進み、歪な円を描く形でクレーターが構築される。

 中央には二つ分の人間が横になっていた。俊樹の炎は全て消失し、男のマスクは割れて黒衣も大部分が破れている。

 俊樹側は内部ダメージが致死量に達していた。呼吸もしていない彼の姿は傍目からすれば死体も同然だろう。

 男も同様に全体の八割が重度の火傷に犯されている。皮膚移植をしたとてどうにもならぬし、火傷自体が軽傷なレベルで内部も酷い。

 

「…………」


『…………』


 双方共に意識は無かった。

 周辺の騒ぎも徐々に徐々にと大きくなっていき、周りの男の部下達も迂闊に接近が許されない。生死不明であれど、明らかに異常な出来事が起きたのだ。

 確認をしなければならない。万が一彼等のリーダーである男が死んでいた時、その瞬間未来は閉ざされることになる。

 部下達は皆が皆創炎を持っている訳ではない。いや、殆どは創炎を持ち得ない通常の人間だ。俊樹が炎を振るうだけで皆焼け死ぬ。仮に生き残っても重度の火傷による後遺症が無いとは言い切れない。

 確認したいのに確認が出来ない。当初とはまったく異なる状況に、皆は警戒を滲ませながらも推移を眺めるしかなかった。


 ――――であれば、動く別の者が出るのは必然だ。

 瞬間、炎を呑み込む勢いで氷が建物を覆っていく。氷に触れた炎は溶けることはなく、どんどんと消火活動に勤しんだ。

 同時、屋上下の階の俊樹達が居る玄関扉が蹴り破られる。

 中から出るのは美貌の女。灰色の髪を靡かせた怜は、俊樹達の状況を見つめて眉を寄せる。


「随分とまぁ、無理をして。 僕が居なかったらその場でお陀仏だったよ」


 懐を弄って薬を取り出す。

 数は二。先にまだ呼吸をしていない俊樹の口に薬を放り込み、氷を溶かして水となった液体で奥まで流し込む。これで俊樹の復活は問題無いとして、男の方にも彼女は薬を強引に飲ませた。

 怪我が急速に治っていく光景を見つつ、二名を脇に抱えて彼女は移動する。

 成人男性級の重量を二つ分持てる彼女の異常性をさらりと表に出し、足早に彼女は建物から抜け出た。

 そうして目指すのは、集まり始めた男の部下達が居る別の建物。

 屋上から屋上へと移った彼女は突如彼等の目の前に現れ、警戒の視線を向けられつつ男を屋上に転がした。


『悟様!』


「動くな」


 転がった男――悟に駆け寄ろうとする部下達の前に氷の剣が突き刺さる。

 三つの剣は決して越えられない訳ではないが、彼女の放つ常人離れした怪しさの前に迂闊に進めない。

 傍に彼等のリーダーも居るのだ。迂闊な真似をして大事な人物が死ねば、その時点で皆の未来が暗闇に墜ちる。

 

「悪いが此方の指示に従ってもらう。 馬鹿な真似をすれば、その時点で貴様等の命も消えると思え」


『――まさか』


 彼女が只者ではないのは一目瞭然。

 その上で彼女の風貌に思い当たる者が居た。だが彼女は死んだ筈で、そうなると考えられるのは別の可能性。

 本家の話に時折出た、怜と酷似した英雄の妻。女帝の情報は確かにあったが、誰もそれが全て真実であると確信していなかった。

 

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