【七十六点】反省点を目にして
『戦いは此方で終わらせておいたぞ。 恐らくは彼女達が安全な場所にまで君の身体を運んでいる筈だ』
「…………」
白の空間で、俊樹は向かい側に立つ大英雄を見やる。
彼は俊樹が向ける視線の意味をまったく考慮しないつもりなのか、酷く優し気な声で意識が喪失している間の話をしていた。
大英雄が語る通りであれば、きっとそのようになっているのだろう。
大英雄の命令を拒絶するあの二人ではない。本物からの直接的な言葉であれば、特にオームは過度に命令を遂行しようとする。
その過程で被害が出ても間違いなくオームは気にしない。その辺は怜が気にしてくれることを願うばかりだ。
さてと。俊樹は視線を男から切り、辺りへと向ける。
常と変わらぬ白亜の空間は、此処が何処であるかを如実に示していた。
「あんた、俺を乗っ取ったな」
『……悪いとは思っている』
俊樹の意識はつい先程目覚めた。
白の空間では時間間隔は狂っているが、大英雄の話では戦闘はもう終わったのだろう。あの場では俊樹のみが戦うことを決められていたのに、彼には最初以外の戦闘の記憶は一切無い。
怜やオームが助けると考えるには、俊樹の身体に関する負傷はまだ軽微だった。
意識が燃え上がる感覚はあったが、肉体の崩壊が起きていない限りはまだまだ戦うことは出来ていた筈だ。
にも関わらず、大英雄は交代を選んだのである。本人も謝罪を行い、これが決して良い行いではないと認めた。
であれば、俊樹がするのは一つだけだ。走り、大英雄の傍まで寄り、拳を固めて顔面を殴り付ける。
大英雄の身体が吹き飛ぶことはない。鉄板を殴ったかのように、逆に俊樹の拳が激痛を伝えてきた。
肉体性能も大英雄は最高峰だ。単純な暴力で相手に怪我を負わすことが出来ると俊樹自身も思ってはいない。
「ッ、無駄に硬いな!」
『まぁな。 殴るのは止しておけよ、無駄に痛むだけだ』
大英雄の顔は一部も傷が付いていない。
マスクに罅が走ることも無く、俊樹は自身の手を振って痛みを誤魔化した。
実際、殴ったところで意味は無い。この魂だけしか存在しない空間で殺したところで、本人に生きる意思があれば死ぬことはない。
喧嘩に発展しても不毛なままだ。模擬戦や極秘裏の話し合いには適しているものの、物事を暴力で解決するタイプには些か不便だろう。
「……次は乗っ取るなよな。 上限を超えたとしても」
『解ってる。 ただ、死にそうになれば流石に制御の為に奪うぞ。 殺したい訳ではないからな』
「それなら、まぁ」
暴走はどのような形で表出するかは解っている。
解っているからが、止められないから暴走なのだ。俊樹は自分で抑え込むと豪語するも、流石にそれは現段階では不鮮明である。絶対に出来ると断言出来ない以上、やはり保険は用意しておくべきだ。
大英雄の妥協案に俊樹は頷き、二人はどちらが最初に言い出すもなく情報の共有化を始めた。
意識の喪失後を知っているのは大英雄だけだ。勝敗や、残りの面々の動きを知らなければ俊樹が自身で考えることは出来ない。
咲は予定通りにヴァーテックスが回収するだろう。生かされた彼女がどのような末路を辿るかは、二人にとってどうでも良いことだ。
加え、その場には他に二名の四家の者が居た。
彼等は結局逃げ出し、追跡をしなかったことで見失っている。その二名が一体どんな目的で戦場に居たかは定かではなく、故に現状は推測でしか語ることは出来ない。
『件の二名は報告役ではないか、というのが大方の推測になるだろう』
「報告役?」
『今回、早乙女・咲は派手な戦いを選んだ。 一般市民にも知られかねない争いを引き起こし、結果的に敗北という形に終わっている』
ヴァーテックスの誰もが、咲が引き起こした戦いであることを理解している。
隠れてこそこそと動くのではなく、彼女は酷く目立つような振舞いで戦場の旗として動いた。
それで勝てたのであればまだ良かったが、敗北をした以上は敗残兵が情報を外に流すのは見え透いている。人は負けた時、常にトップを恨んで報復を企てるものだ。
外部に漏れた情報で、結果的に咲は他の多くに恨まれることになる。もう外を出歩くことも出来ず、彼女はハジュンが用意した場所で一生を過ごして死ぬのだ。
『この事態が四家の責任追及にまで至るのは当然の帰結だが、彼等とて予想していない筈がない。 彼女の負けた情報をこの目で実際に確認し、その上で切り捨てる為に行動を起こすだろう』
「……つまり、この件で日本の本家には大きな影響は無いと?」
『中国内では反四家の意思が強まるが、そこはもう俺達が権限を手にしてしまった。 彼等にとってはもう中国を気にする必要は無い』
「なんだそれ、俺達が損を引いたってことじゃないか」
この件で中国国内では四家に対する印象が頗る悪くなる。
自国内の兵を無駄に消耗したのだ。特に遺族にとっては噴飯ものだろう。だが、もうその土地は俊樹達の管轄になった。
四家としてはもう関係が無い。中国から手を引いたとて、気にするのは俊樹達だけだ。
そして、その事実から解ることが一つあると大英雄は人差し指を立てた。
『損を引いたという言葉は間違いない。 何せ向こうは、もう俺達を正式に敵として認定している』
「前から殺し合いはしてるだろ」
『違うな。 前まではお前を傷付けない形での決着を連中は望んでいた。 だがこれからは、お前の命だけを残す戦いを仕掛けてくると思え』
「――それって」
俊樹はヴァーテックスの後ろ盾を得ていたが、今回中国支部の生産装置も手にした。
これはつまり、中国内に多大な影響力を齎す人物になったということだ。本人が望むと望まぬに関わらず、意思決定に彼が関与するのは間違いない。
俊樹が望めばヴァーテックスは中国支部の兵すら動かすことが出来る。日本本部も彼には協力の姿勢を取っているので、これで少なくとも二国分の戦力を俊樹は確保した。
そうなればもう、四家も手を抜く真似は出来ない。最低限の目標として、俊樹の命だけを残す方法での決着を仕掛けるだろう。
四肢が無くなるか、精神が破壊されるか、あるいは選択権の無い選択肢を突き付けてくるか。
どれにせよ、俊樹を手にする為であれば周りの被害も考慮しない。本当の意味で、これは二つの勢力による一種の戦争になるのだ。
俊樹はその場で頭を抱える。
あの戦いにはそれほどの意味があったことを想像出来なかったし、自分の価値が更にとんでもなくなってしまった。
もう平和に生きることは出来ない。どんなに平和を求めても、隣に殺人者が居る状況で落ち着くことなど無理だ。
どちらかがどちらかを潰すまで続く。であれば、俊樹がなるべく早い段階で平和を手にする為にも敵対者は殲滅しなければならない。
「管理はどうする? あんたの仲間達に任せるのか」
『そうするしかないな。 防衛はヴァーテックスに任せ、目覚めた者に管理をさせておく。 アイツのことだから、目覚めた奴等だけで広範囲をカバーする手を考えるだろうさ――いや、別の手段もあるな』
管理を四家の中でマシな奴に任せることはこれで出来なくなった。
殆どが敵になると解った以上、管理をするのは大英雄の仲間達に任せるしかない。大英雄本人もそうするしかないと考えているが、何かを思い出したように顔を上に向けた。
「どうした?」
『生産装置は現状、国家の資源生成に全力を傾けている。 管理の手を抜くのは難しいから、普通に考えて仲間達を巡回させる形で常に気にする必要が出るだろう。 だが、海底地下の基地を使うことが出来れば……』
大英雄は思考を回し続ける。俊樹はそれを待つことしか出来ない。
彼の肉体が目覚めを求めるにはまだ時間が掛かる。完全な覚醒が始まるまで、俊樹はただこの場で休めるしかなかった。




