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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【七十四点】場違いな逃走者

 逃走者は既に支部の敷地外にまで逃げているとのことだった。

 姿は砂漠色の軍服を身に纏い、男一人女一人の合計二名。速度は人としての限界を超え、容易くARの追跡を振り切ってみせた。

 部下からの報告を受け、ハジュンは一度咲に視線を向ける。他の二人も彼が脳裏に巡らせた予測を思い浮かべていた。

 異常な身体能力を持つ者が逃げ、何も得るものが無い。

 この戦いは既にヴァーテックス側の勝利だ。政府軍はこのままヴァーテックスから様々な詰問を受け、最悪の場合は国際会議の場にて正式に罰を受けることになる。

 考えうる中で一番重い罰としては、生産装置の一時停止だ。既に中国都市内に関しては俊樹に権限が移ったので、彼が良しとすれば動かすことは不可能となる。

 

 これが地方の分まで停止すれば、さて国内の混乱はどれほどとなるのか。

 想像は簡単だが、訪れる未来は暗い。余計な軍事力は奇妙な慢心を呼び込み、最後には破滅するのがオチだ。

 逃げる者が出るのもこれでは当然かもしれないが、普通の兵にヴァーテックスが遅れを取ることはない。直ぐに捕捉されて捕まるのが関の山であり、であれば今も掴まえることが出来ていない彼等は重要な役目を持った特殊な人間だ。

 咲が首謀者であることを鑑みれば、何処の家の人間かは解る。

 身体能力と合わせ、十中八九四家の人間が影で動いていたことは明白だ。その目的が監視と報告であれば、咲は恐らく切り捨てられるのだろう。

 

「どうする? 捕まえたいなら捕まえてやらんこともないが」


「……いえ、止めておきましょう。 目的の人物は居ますし、この騒ぎを私は治めないといけませんので」


「為政者は苦労するな。 では一先ず、我々は何処か適当なホテルに泊まるとしよう。 騒ぎの真っ只中で寛いでいるのも不満を買うだろうしな」


「お勧めのホテルがあります。 私の名前と、これを提示すれば先ず困ることはないかと」


 ハジュンは腰ポケットから一枚のカードを取り出す。

 顔写真付きの身分証のように見えるカードは、特定の身分でなければ持つことを許されない貴重な代物だ。

 受け取り、怜は視線で良いのかと問う。ボディに搭載された機能で軽くカードを探ってみれば、何処か懐かしいセキュリティロックを発見した。

 これは嘗ての組織で採用されていたロック機能の劣化版だ。

 

「身分証とサブの口座証明を担うカードです。 あまり外に出ない所為で溜まっていまして、折角なら全部使うつもりで使ってください」


「そこまで大盤振る舞いはしないさ。 この子がゆっくり寝られればそれで良い」


「でしたら、■■■■ホテルを目指してください。 そこなら防音で落ち着けるでしょう」


 ホテルの場所を怜は知らないが、調べる術は大いにある。

 そもそも名前を聞いた瞬間からオームが外部ネットに接続して内側で検索を行った。場所の記録は完璧であり、案内も当然可能だ。

 二人は久方振りの外の常識を把握している訳ではない。なるべく目立つ真似をしないように振舞わねばと考えつつ、感謝の言葉をハジュンに送って別れた。

 ハジュンとしては護衛を付けておきたかったが、今はどれだけ人員が居ても足りはしない。

 政府軍の捕縛に兵器の没収。支部や生産装置内の修復に、騒ぎを聞いた市民に対する表面的な記者会見の文も考えねばならない。

 

 加え、事は同組織内の全体会議にまで発展する。自国の恥じに嗤われながら、ヴァーテックス内で中国政府に対する姿勢を共有化するのだ。

 中心支部となるのはアメリカやロシアだろう。あれらは中国を露骨に嫌悪している。戦争を行う口実が喪失したので直接的な争いに発展させないが、中国が起こす問題のほぼ全てに彼等は噛み付いていた。

 彼等に関してもハジュンは対応せねばならない。今から訪れる苦しい現実に胃は殊更強く痛みを主張し、胃薬が欲しいなぁと嘆きを中空に放った。


「お部屋は九階の九〇三号室になります。 係の者が案内を致しますので、今暫くお待ちください」


「ええ、解りました」


 施設を出る最中、二人は透明化を自身に展開しながら音を立てずに支部を出た。

 そのまま生産装置を用いず、怜の身体に搭載された生成機能でオームの防護服を私服に再変換する。

 防護服を分解して作り出されるのは、細い紺のジーンズズボンにノースリーブの黒シャツ。更に適当に薄青の上着を作り、オームは前を開けた状態で着る。

 見た目は戦闘に適さないが、ズボンは伸縮性が高く服全体に防御力がある。武器を作ることが出来れば、先程のように無双することも造作もない。

 けれど、今は怪しまれずにホテルに入ることが目的だ。

 大柄な彼女の背に俊樹を乗せ、怜はジャケットを翻しながら人気の無い場所で透明化を解除する。

 

 そのままホテルまでの道程を周りを見ながら進み、やはり多数の注目を受けながら目的地で宿泊することに成功した。

 この都市でもヴァーテックスの威光は輝いている。その組織の支部長が直々に彼女にカードを渡したのであれば、客として高位も高位に当たるだろう。

 加えて怜は敢えて深窓の令嬢じみた緩やかな笑みを受付に見せた。担当の男性は頬を赤らめつつ、酷く上機嫌なまま優先して対応する。

 人の感情など簡単なものだ。上機嫌にさせてやれば、殆どの場合において神対応をされる可能性が高い。


 特に接客業となればこの傾向が強いと、最速で案内をされながら怜は内心で冷ややかに男の背を見ていた。

 そして用意された部屋に入った時、オームも怜も室内の質の高さに少しの感心を抱いた。最悪は普通の一室も覚悟していたが、広い室内に様々な家具や家電製品が邪魔にならない位置に配置されている。

 テレビは投影式、クローゼットも広い。壁を軽く叩けば重い音が返る。防音の備えも十分にしている。

 ベランダもあるようで、外と中を遮る窓ガラスは強化ガラス製だ。対策されていない銃器では突破は難しいだろう。

 ベッドの数は四。部屋は大部屋で三つ有る。フォーマルな仕様の室内は、人を選ばない仕事向けの場所だと言えるだろう。


「遊びが無いな」


『ヴァーテックスの普段使いか何かでしょうか。 客人を泊めておく分には何ら不都合は有りませんが』


「まぁ、十中八九仕事用だろうな。 さて、俊樹を寝かそう」


 荷物は今は支部に置いてあるので、そのまま俊樹をベッドの一つに寝かせる。

 穏やかな寝顔には幾分か子供らしさが宿り、常に怜達に向ける警戒心も無い。軽く頭を撫でても彼は手を跳ね除けることもなく、そのまま寝息を出すだけだ。

 穏やかな微笑みを浮かべる怜を見やり、オームは案内人に無言で出ていくよう首で指示する。

 本人も承知していたようで、軽く頭を下げてから早々に部屋を退室した。

 

『……離れました。 そろそろ普段通りで大丈夫かと』


「そう? ――んいや、肩が凝るねぇ。 凝るような筋肉なんて無いけど」


 撫でる手を止め、怜は別のベッドに腰掛けて肩を回す。

 表情に嘘は無く、自然と浮かぶ気の抜けた顔にオームは苦笑した。冷酷無情と言われる女帝であるが、本質的には彼女は穏やかだ。

 愛すべき者が害されなければ、自身に迷惑が被らなければ、基本的に放置していることが多い。

 それは裏返せば他人にまったくの興味が無いことになるし、実際に彼女は他人にまったくと興味を持っていない。取り繕うべき部分を取り繕って、信頼出来る者の前でだけ普段を晒しているのだ。

 肉体や精神に過度に負担がある訳ではないが、演じるのは面倒臭い。

 出来れば素のままで居たいと思いつつも、人々が築き上げた像と自分で偽った仮面の所為で中々外せないのがちょっとした悩みだった。


「さてさて、これで中国に足掛かりが出来たね」


『私の覚醒を切っ掛けに、残る面々も自然と行動に移るでしょう』


「乗っ取りか、契約か、どちらにせよ大きな騒ぎとなるのは間違いない」


 オームは立ったまま、彼女の言葉に納得を示す。

 今回の出来事を機に、騒ぎは拡大する。怜とオームが動いた事実は生産装置内のシステムを通じて全員に知らされていく。

 これまでは日本国内だけだったので弱かったが、大国の中国でも同様の事が起きれば次々と元の場所に戻ろうと同士が出て来るだろう。

 俊樹はあまり大きな騒ぎにしたくないと思っているだろうが、それは無理な話なのだ。

 事生産装置に関しては、システムの奥底に五百年前の者の記憶が封入されているので絶対に大きな騒ぎとなる。短い期間で小規模な爆発が何度も続き、上層部の中では気が付く者も出てくるのではないだろうか。


『計画は順調です。 後は海底のあの基地がまだ生きていれば――』


「――いよいよ僕達の望んだ土地が手に入る」

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