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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【七十三点】慈悲深き地獄送り

 蒼き炎で構築された龍の顎が咲の展開した多重の氷壁と激突する。

 氷壁は衝突と同時に砕かれ、まるで防御としての役目を有していない。一枚二枚、三枚と砕きながら進み、しかして微量ながらに足を止めることに成功している。

 とはいえ、それは本当に刹那の時間だけだ。逃げるには足りず、やはり彼女は今居る地点から全力で防御をしなければならない。

 だが、そんなことはレッドにはどうでもよかった。相手が防ぐにせよ、逃げるにせよ、一度耐えられるかどうかで生かすかどうかが決まる。

 これで死ねばそこまで。所詮は負け犬であると断じられ、彼女の生涯は酷くつまらないままに幕を閉じる。

 反対にもしも生きれば。その時はレッド自らが生かすことを決めたことになる。そうなった場合、怜やオームですらも彼女を殺すことは許されない。


「一割といったところか」


 破壊されていく自身の氷に、怜は残酷な言葉を下す。

 生きられる可能性として一割。残り九割を語る必要は無く、オームも彼女の言葉に頷きを送る。

 ハジュンもあの炎を見てはそう思うしかなかった。暴力的な火は通常の火災現場でも猛威を振るうものだが、今彼の目に映っているのは自然現象に近しい火だ。

 万人を丸ごと消し炭に変える天災を前に、人が抗うなど滑稽でしかない。

 実際に壁という壁は僅かな時間で一気に崩壊した。氷を役目を放棄し、龍は最後にドーム状の砂を丸ごと噛み砕く。

 物理的な破壊すら伴い、龍は何度も何度も噛んでから勢いを弱めた。


 周囲に被害を与えない為だろう。創炎を通して吐き出された炎をこれまでは放出していたが、レッドは逆に吸収して怜が管理する空間に炎を戻す。

 龍はその形を崩し、これまた直ぐに蒼き炎を内に収めた。彼にとって火とは隣人であり、友人であり、道具である。

 使いこなせないなど断じて有り得ず、外にまったくと被害を与えずに剣を鞘に納めるように消し切った。

 蒼い炎で周囲が照らされていただけに、途端に生産装置の空間が暗く感じる。

 誰もが言葉を発することなく、着弾点に漂う白煙が消えるのを今か今かと待った。


「あれ、ですかね?」


「あれだろうな」


『ほぼ炭ですな』


 白煙が消えた中、溶け落ちた金属床に混ざる形で黒い物体が見えた。

 辛うじて保たれた人の形。皮膚という皮膚は炭化し、髪は全て燃え尽きている。纏っていた鎧も全て吹き飛び、傍には健在な状態のまま地面に転がる端末があった。

 三人が言葉にした通り、それはもう人と呼ぶべきか疑問な姿だ。呼吸をしている様子も無く、折角の美貌も全て焼かれて消えてしまっている。

 されど、怜は運が良いと口にした。その言葉の真意は――――炭化した顔面が突如再開させた呼吸にある。

 浅く、弱く、よくぞ出来ているなという程度の弱い呼吸。

 死に最も近い状態にありながら、彼女はまだ生を諦めていない。創炎を全力で稼働させ、命の綱を掴んで離さないようにしていた。

 

『……結果は出たな。 オムニック』


『は!』


『お前の権限で回復薬を作れ。 レシピも素材もその中に入っているだろ』


『畏まりました。 ただちに作製致します』


 オームが意識を生産装置に向け、起動させる。

 作られる音を誰もが聞きつつ、他の二名はレッドの下へと静かに歩み出した。

 いや、歩み出したのは怜だけだ。途中からハジュンは駆け出し、ついにはレッドの下で膝を付いて頭を垂れる。

 前時代的な礼節ではあるが、レッドは何も言わない。元より礼儀など彼にとってはどうでもよかったからだ。

 

「お初にお目にかかります。 私は――」


『ああ、いい。 この子を通して情報は手にしている』


「そうでございましたか。 では、先ずは御復活をお祝い致します」


 深く、深く、古き絶対者にハジュンは従順な姿勢を見せる。

 逆らう気は最初から無かった。敵対しても負けるのは明白であるし、何より彼は今の人類を形作った人物でもある。五百年前と比較して犯罪数は減りに減り、同時に犯罪に対する根本的な解決案も多く施行した。

 ヴァーテックスもその一部だ。故に、ヴァーテックスの上層部は誰一人として彼等に対して失礼な真似は出来ない。

 これは四家の対応に似ているが、初代相手とはやはり雲泥の差がある。

 

『別に復活した訳ではない。 一時的に顔を出さなければならないと思っただけだ。 また直ぐに引っ込む』


「……そのままでもよろしいのでは?」


『冗談は止せ』


 大英雄の復活は、一般の人間程喜ばれる。

 国の運営に携わる者の中でも喜ぶ者は居るが、もう彼等が居ない状態でも回せるよう中身を作り変えられていた。変えた側からすれば、彼等が介入しても邪魔にしか感じられないだろう。

 今のまま上手く回っているのであればレッド達としても否は無い。四家を放置したのは不味いが、暮らしやすい世の中を作っている以上は然程問題視はしていないのが本音だ。

 ハジュンとしても彼等の介入がどんな未来を呼び込むかは解らない。純粋な戦力としては喜ばしいのかもしれないが、上層部に属する人間としては素直に喜ぶことは出来なかった。

 

 それをレッドは解っているのだろう。

 今や世界は彼等を過去の偉人として扱っている。彼等の技術を再現しようと努力する科学者や技術者は居るが、それ以外からすればどうしても終わった人間でしかない。

 だから復活なんて望まない。これからの世代は、全て現在の者達が作ってこそだと確信している。

 勿論、次の世代が順調に後を継げるよう協力することはある。俊樹を次の人間と定めて鍛えているのと同様に、特別扱いをすべき人間には手を貸すのが彼等だ。


『薬が完成しました。 効力を高め、激痛が起きる変わりに速度が上昇しています』


『結構。 どうせ痛覚はまともに機能してはいまい』


 話をしていると、オームがカプセル状の薬をレッドに差し出した。

 水色の鮮やかな薬は、若干危険な香りの漂う雰囲気がある。そしてオームが説明した通りであれば、常人には決して投与してはならない類の薬なのだろう。

 髪が無くなり、全身が炭同然となった咲の顔にしゃがみ込む。口を壊さないように細心の注意を払いつつ、レッドは薬を乾ききった喉に押し込んだ。

 途端に咳き込む彼女は、しかし次の瞬間には急速な回復を見せる。割れた炭の下から新たな肌が生まれ、体内には既存の臓器を材料として新たな臓器が構築された。

 崩れた顔面も直ぐに戻っていき、神経系も元通りになった瞬間から通常通りに稼働する。

 当然そうなれば、まったく考慮されていない激痛が彼女の身体を巡る。


 気絶した意識を強制的に戻す程の痛みがあるのだろう。

 唐突に目を開き、その口からは獣の咆哮が放たれる。自身の喉が枯れるのも構わずに叫び、限界を迎えてもなお気絶することだけは許されない。

 徹底的に最高効率での回復を目指すことが、逆に彼女を苦しめる結果となった。

 そのまま五分くらいだろうか。服が無いので全裸の状態のまま、彼女は肢体を隠すことなく痛みに耐え続けた。

 壊れた箇所は次々に治り、治れば治る程に正常な神経が痛みを発する。

 最後の数十秒は何度も死んだ方がマシだと思える程だったろう。全てが終わって痛みが引いても、彼女は荒い呼吸をしていた。


『これで元通りだな。 ではチャン・ハジュン、後を頼もう』


「っは、お任せください」


『フロー、オムニック。 この子の身体もそろそろ限界だ。 ……あまり話が出来なくて悪かったな』


「気にするな。 私は会おうと思えば会える」


『お疲れ様でした。 私のことはお気になさらず。 こうして会えただけで満足です』


『そう言ってくれると助かる。 では、この子の看病を頼む』


 最後に言うべきことを言い、身体がバランスを崩して倒れ始めた。

 咄嗟にオームが身体を支えて顔を見やると、俊樹は目を閉じて意識を喪失している。レッドとしての意識は奥に引っ込み、今は俊樹本人の意識に戻っているのだろう。

 上の戦いも精鋭が此処に集まっているのであれば、殊更恐れることもない。

 勝敗は決した。彼女は知りたい情報を知ることが出来たが、同時に二度と元の場所に戻ることは出来ないだろう。


「――――申し訳ございません、少々通信が入りました」


「ああ、構わない」


 怜とオームが咲を見ている中、ハジュンは通信機のボタンを押す。

 流れる戦闘音は無くなっていた。報告する隊長も落ち着いた声でハジュンに終息を伝え、しかし一点気になる事を伝える。


『戦闘は問題無く終わりました。 ですが、二名程逃走者を確認しています。 それも子供二人です』


「子供?」

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