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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【七十二点】大英雄の一撃

 燃えろ、燃えろ、世界の果てまで。

 青白い焔が背から立ち上っている。尾のように分岐した三本の炎は、ゆらゆらと揺らめきながらも確かな現実に存在していた。

 一歩を刻む。彼の歩みに、咲は一歩を退いた。

 一体どのような技術を用いたのか、彼はこの時代に一時的に受肉している。肉体を借りる形で顕現し、俊樹の危機を救おうとしていた。

 理由は定かではない。危機に瀕したから贔屓として出て来たのか、中に本体があるから自分が死ぬことを恐れたのか。

 俊樹の身体は大英雄程に頑健ではない。創炎によるブーストがあっても、出せる限界は遥かに少ないだろう。

 それは咲には解る。解るのに、彼女は足を退くことしか出来ない。

 彼自身が放つ濃密な闘争の気配。勝利への執着。凡そ現代で持つべきものではない重厚な圧力は、常人の範疇にはとても収まっていなかった。

 

「貴方様が生きていたとは驚きです」


『……』


「当時の資料では確かに貴方様は死んでいて、世界中の誰もが貴方様の死に涙を流しました。 それが例え表だけであったとしても」


 この気配は西条家の当主に近い。

 勿論彼の方が存在感は圧倒的だが、西条家のあの男の雰囲気もある。直系特有の血の繋がりは、やはり何処までいっても存在しているのだ。

 咲は情報を手にする為に言葉を並べる。非常識な出来事が起きた以上、その情報の原因を知らねば自身の動きを決めることも出来ない。

 先ずは軽妙な雑談から。そう思っての発言に、意外なことに大英雄は興味深い眼差しを送った。

 顎をしゃくり、続きを話せと促す。面白い話であれば見逃すような性格の人間には思えないが、それでも彼女はこれをチャンスと口を回す。


「貴方様の想いを、皆が正当に受け継いだとは言えません。 使命として励む者も居れば、自身の野望を果たすついでとしてでしか考えない者も居ます。 貴方様の血はこの時代まで続いてはいますが、血に宿る貴さは消えました」


『くだらんな』


「は?」


 レッドが唾を吐き捨てる。

 突然の挙動に、咲は目を丸くした。


『怪獣は滅んだ。 彼女が座を掴んだ。 人類の繁栄を維持する役目を俺は確かに任せたが、それが特別尊いものであるというのは間違いだ。 ――生産装置の維持など、言ってしまえば特殊な仕事の一部でしかない』


 彼が彼女を見る目は、実に嫌悪に満ちていた。

 これが本当に早乙女の人間なのかと、落胆と失望もその中には収まっている。


『有難がる必要も、驕る意味も無い。 我々は我々の役目を果たすだけ果たし、過度に力を持つべきではなかった。 必要な時に必要なものだけを用意して、後はただ見ていればそれで良かった』


 勝者の栄光。

 皆からの称賛、獲得する権利の群列、将来に対する確かなポスト。

 総じて全て、生活に必要なもの以外は求めるべきではない。レッド達が嘗てしていたのは社会全体の健全化であり、一組織だけに富が集まる状況を良しとは考えていなかった。

 腐った輩は総じて無用。悪徳を働く人間は断罪し、真に夢や希望を追求する者をこそ応援すべきである。

 五百年前に終わった怪獣との戦い。その後に彼等は第二優先事項として立て直しや希望の追求者の後押しをした。

 そんな彼等が夢を掴み、恩を感じて一族として四家を支援している。そんなものは必要ないと解っていても、当時の彼等は出来ることをしたかったのだ。

 恩を与えられるだけの人間で終わりたくない。自分達でも出来る範囲で、彼等を助けることは出来る筈だ。


『この子の身体を通してお前達のことは見た。 ――実に、実に恥を晒してばかりだな』


「……ッ」


 爆発的に増す激怒。

 睨まれているだけで身体は硬直して、息をするのも忘れてしまう。

 

『我々は常に誰かの味方であらねばならない。 自分を捨てよとは言わないが、何よりも腐り易い者達のカウンターとして存在していなければならない。 その役目を辛いと逃げるのなら見逃したが、私欲を満たす為に存在するとは何たる愚か』


「違います! 私は、私は――」


『違うものか。 ……お前も所詮、今の人間だ。 違うと言いながら離れることなく誰かを貪っている』


 レッドの嚇怒は、何も慈悲の無い理不尽なものではない。

 諦めることを悪とは言わないし、逃げることを決して馬鹿にしようとも思っていなかった。人には出来ることと出来ないことがあって、出来ないことを無理にさせたところで上手くいかないことも解っている。

 諦めるなと応援するのは簡単だ。立ち上がれと発破を掛けることも出来る。

 けれど、四家はそのどれもをしていなかった。自身を磨くことに重きを置き、豊かな生活を目指すことを是としている。

 その過程で多くの人間が涙を呑むことになっても、彼等は笑いながら踏み躙る。

 早乙女・咲をレッドは同類の人間だと決め付けたのは、その地獄のような環境を知りながら離れることを選ばなかったことだ。

 

『前例はあった。 この子の親がそうであるように、足掻けば結果を変えることは出来ただろう』


「……ッ、あの人は違います!!」


 前例。

 その言葉に咲は反射的に否を返した。その前例は前例にはなりえないと、全身全霊でもって突き付ける。

 違う、違う、その前例は彼女が規格外に過ぎたからだ。誰よりも実力を有していたからこそ出来た、圧倒的な才能の暴力。邪魔する何もかもを倒して、彼女は結果を掴み取ってみせた。

 憧れるべき理想の人。夢の体現者は、今でも咲の憧れだ。

 四家との関係を絶ち、苗字を変えた彼女はARの試合で見る度に美しさに磨きが掛かっていた。

 

「あの人は何でも出来たんです! 他の誰にも出来ないことが出来るから離れることが出来たのであって、他の人でも出来る訳じゃありません!! ――それは貴方様の勝手な意見でしょう!」


 肩で息をしながら脳に血が上った彼女は叫ぶ。

 瞬間的に余裕を投げ捨てた彼女は、この場の誰よりも真を見せている。剥き出しの己をぶつけて、それでもレッドは小動もしない。

 絶対者にとって小物の意見は聞くに値しない、のではない。弱者を知っているからこそ、彼女の発言をレッドは正しいと肯定しないのだ。

 

『では、お前は今の自分が正しいと胸を張って言えるか。 無駄な争いを起こしたお前が、早乙女の苗字を背負う素晴らしい人間だと断じられるか』


「これは、必要なことです」


『いいや、無用だ。 お前達の初代ならば、間違っているのはどちらかを正しく判断して即座に行動を起こせただろう。 味方をすべきは須らくこの子達だ。 今の四家に未来は望めない』


 大英雄が大英雄だと言われ続けているのは、その迅速な決断力もある。

 戦いだけでは全ては決まらない。即断即決の強い意志力こそが、闇鍋が如き社会の中で自身の思想を法として敷くことが出来る。

 存在としての格が異なっていた。初代を信仰する現西条家当主の言い分も、今なら咲も強く解る。

 この人が居る限り間違いなど起きようがない。この人の光の下であれば、自分達は何処までも夢を追いかけることが出来る。

 

 太陽なのだ、やはり彼は。

 焼き尽くす希望の超人は、無意識の悪にも断罪の刃を落す。


「――ならば、此処で私を殺しますか。 無数の無駄死にを生んだ私を」


『お前のような怠惰な人間は、迷惑を掛けた段階で本来潰すべきだ。 俺が現在に生きていたら、迷うことなくお前を殺す』


「では今は」


『お前を捕縛したい者が居る。 彼の意を汲むのであれば、手加減をするべきだろうな。 ……一発だ。 一発だけ、俺は攻撃する』


 火が収束する。

 三本の蒼炎が、一つに絞り上げられ龍の顎と化す。

 口が開く。声無き咆哮を前に、咲は懸命にも氷と土を操って自身を守る壁を何重にも構築する。

 氷壁をレッドの目前まで何層も作り、自身を覆う形で砂を展開。

 前面部分には砂の層を厚くし、自身の槍にも砂を収束させる。


『耐えてみせろ。 それを使ったのだから』


「――――……!!」


 最後の言葉を咲は強化された聴覚で聞き、直後蒼き龍が彼女の氷壁へと突撃を開始した。

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