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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【七十点/点十七】奥底から来る者

 鍔迫り合いをしている咲の雰囲気が変わった。

 兜の中に隠された表情は見えず、向けられる圧だけが増す。あくまでも殺意も害意も含めない姿勢は誠実さがあるが、現状は俊樹が悪手を選んだと言って良い。

 全ての騒動の中心に居るのは間違いなく俊樹だ。如何に逃げ回っても、最低限必要なことだけをしても、彼目掛けて騒動は追尾ミサイルのように襲い掛かる。

 当の本人からすれば絶望ものだが、それが現在の彼の状況なのだ。忘れてはならぬもので、現実逃避をしていい訳でもない。

 けれど、俊樹はそれを関係無いと言い切った。これだけの騒ぎの中心に居ても、彼は無関心でいたい気持ちを声高に叫んだ。

 それが悪いとは言いはしない。彼は本当に、巻き込まれただけの青年だったのだから。


「その年で子供のように文句を吐くのは止めなさい」


「――なに?」


 咲は俊樹を睨む。

 視線に怒りを滲ませ、羨ましい日々を過ごした青年にある種の恨みすら抱く。

 四家が屑だったことは今に始まったことではない。最初の頃はまともだった家も、時間の経過と共に当初の思想を腐らせる。

 正義を、愛を、勇気を。

 綺麗な言葉で家を維持出来るのは一代か二代までだ。三代目に突入すれば、徐々にそれだけでは生きていけないことが顕著になっていく。

 そんな生活をしている身からすれば、俊樹のように普通に生きていた人間は羨ましく思えてしまうのだ。

 優秀さを誇示しても、どんな美しさを持っても、それでも彼等はやはり異常だ。


 普通になどなれる筈も無く、傲慢にならねば生きていけない。

 四家の歪みがあるからこそ、代を引き継ぐ子供は精神的に不安定になる。傲慢さはその中でも最も多く、逆に咲のような羨望を抱く者は滅多にない。

 彼女がそうなったのは、一重に尊敬すべき女性が居たから。

 歴代で最も初代に近い強者。その上、件の人物は優しさを持っていた。人間性という意味で、彼女は輝いていたのだ。

 

「あの人の息子なら、如何なる状況でも毅然としていなさいな。 私達よりも、貴方は理不尽な目に合っていないのだから」


「あ?」


 あの人の息子。

 それが意味するのは、つまり。

 思考が結論に辿り着く前に、咲は無言で万の氷柱を射出した。高速で飛来する無数の氷柱は、その一発一発が容易に人を死に至らしめる。

 仮に創炎で肉体性能を上げていたとしても、万も突かれれば肉や骨が壊れて人の形を保てないだろう。

 であれば、先ず脱出を優先するべきだ。火の出力を引き上げる。

 自分が限界だと思うギリギリまで火を生み出し、膨大な熱量で氷の剣を溶かす。

 爆発的に増えた温度と氷剣が正面からぶつかり、蒸気を発しながら溶けていく。数秒もすれば柔らかくなるだろうが――そこから脱出するまでの時間が無い。

 

 もう氷柱は目前。

 回避するには、もう今から動くしかない。或いは更なる火を引き出して、暴走を覚悟で無理を敷くか。

 

「逃がす機会は与えません。 荒療治になりますが、これで頭を冷やしてください」


 咲が語る刹那、溶け始めた氷が一気に元に戻る。

 一度冷気を発することが出来たのだ。既存の物体を元の状態に戻す程度造作も無い。

 重くなった攻撃に歯を噛み、迷っている時間は無いと決断する。

 奥の奥。最奥に位置する火の根源。眠らずとも感じることが出来る大英雄の存在に接続して、暴走覚悟の炎を生み出す。

 パーカーから無数の火の手が生え、壁となって氷柱を接触と同時に溶かす。

 蒸気を無尽蔵に発生させながら総勢で八となった手の軍勢は、内の二本で氷の剣を掴んで溶かす。

 負けじと咲も冷気を送り込むが、そもそもの力の総量が違う。彼女が持っている物は所詮は人工物に過ぎず、本物と同等にはなりえない。

 

 氷剣は熱に負けて軋みを上げ、最後には自壊して崩れ落ちる。

 襲い掛かる氷柱も壁を突破出来ずに蒸気となって消えた。辺りの湿度は加速度的に増していき、白い靄となった空間で全員の姿を消す。

 ハジュンの服は何時の間にか濡れていた。怜もオームも同様に濡れ、生産装置そのものも濡れている。

 これで壊れることはないが、もしも何かを作っていれば製品は不良品になっていただろう。

 換気口がフルに回転する音が辺りに鳴り、徐々に徐々にと何も無い空間へと戻っていく。

 

 最初に見えたのは上空を飛んだ咲の姿だった。

 漆黒の鎧に身を包む彼女は、眼下に居る彼を探している。僅かでも影を見つければ追撃を仕掛け、相手の手の内を晒させるのだ。

 忘れてはいけないが、咲の目的は彼の隠していることの全てを把握することだ。

 その為にも危機意識を煽り、なるだけ全力になってもらわなければならない。

 その分だけ危険になることは解っている。解っているから、早乙女家にとって大事な品物を彼女は使うことを選択した。

 これは本家から何かあった場合に備えて渡され、使用するには本家当主の許可が必要となる。

 故に、こうなることを早乙女家側は容認した。厳しい戦いを許可し、彼女はこうして俊樹と正面から向かい合っている。

 

「……残バッテリーは四割。 もうそんなにはありませんね」


 兜を動かし、右腕の端末に表示させたバッテリー残量を確認する。

 馬鹿みたいな力を発揮する端末は、それに準ずる莫大な電力を必要とした。一度完全に使い切った場合、再度使えるようになるまでは一週間は掛かる。

 専用の機材で充電すれば三日で回復するが、何処でも十全に充電が出来る訳ではない。

 使い切れば負ける。それが解っているから彼女は探し、されど俊樹の影は一向に見つけられない。

 広大な空間を白で染め上げてしまった所為で換気には時間が掛かっている。加え、彼は火を消したのか大きな火の手は見つけられない。

 このまま時間の浪費を許せば、思わぬ反撃を受けかねないだろう。


 それを解決するにはと、意識を切り替えた。

 両手を眼下の地面に向ける。脳裏にイメージするのは氷ではなく、二つ目の力。

 地面が揺れる。金属の床が割れる。中空に昇っていくのは砂の粒で、それらは集まり土の塊となった。

 THE・All・Trinity――三つの力を行使する偽物の超越者。

 単体で天を掴むことも可能な人工物は、それ故に当時超越者と定められた三人の力をある程度使うことが出来る。

 割れた床が増え、砂も増えていく。小規模な砂の波になった時、それらは一種の波動のように周辺に勢いよく散らばった。


「これで探し出して……」


 一種のセンサーである。

 接触した場所から位置を見つけ出し、突撃をして相手を追い立てる。

 既に三名の反応は拾った。この三名はハジュン達であろうし、流石に火を纏った状態で彼の近くに行くのは危険だ。

 それにこの戦いは一対一。予め設定されていた通り、手助けは無いと見て良い。

 波動は直ぐに端まで広がった。そして、右端に一人の反応を拾う。触れた砂が弾かれる感触も認識し、これだと彼女は突撃。

 氷で槍を作り、長剣に炎を纏う。

 そして流星の如くに一直線に飛び込み、相手の状態を確認もせずに仕掛けた。

 あまりにも危険な行為である。信頼関係があるとはいえ、加減は既に超えていたのだ。


 赤いパーカーを身に纏う俊樹のボディに剣を突き立てる。

 相変わらず理不尽な硬さによって肉が裂ける速度は遅く、ならばと槍も使って同じ場所を突く。

 不意に俊樹は腕を伸ばす。突き出された槍を握り、咲は無理に力を入れて押し込む。

 必然、俊樹の身体は壁に激突する。どんどんとめり込む俊樹の身体に、しかし槍はまったくと届かない。

 なんだこの力はと咲は戦慄した。確かに尋常ではない力を行使する存在ではあったが、先程までは力関係が咲の方に傾いていた筈だ。

 短い時間で筋力が増える訳がない。肉体の頑強さとは、そんなゲームのように簡単に変わってはくれないのだ。


「あなた……一体どうしてッ」


『まったく』


 短く、俊樹は言葉を発する。

 火が揺らいだ。火が増えていく。――火が青に染まる。

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