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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【六十九点】二強

「Start our mission」


――OK.


 咲の囁く声。

 覚悟を秘めた言霊に、漆黒の機械音が応える。

 突然の声に俊樹は眉を一つ跳ねた。あれが普通の代物ではないことは解っていたが、まさかいきなり喋り始めるとは思っていなかったが故だ。

 漆黒の長方形を彼女は前に突き出す。液晶部分のある機械は、現在徐々に廃れ始めた懐かしの携帯端末を彷彿とさせる。

 液晶が光り、端末を中心に彼女の周りを覆うように無数の閃光が走る。

 非科学的な現象はそれだけに留まらず、閃光は鎖の形となって変化した。先端には円形の光球が出来上がり、それらが様々な形に変わっていく。

 出来上がるのは人体を覆う、ARのパーツにも似た鎧の欠片。最近では人気の無い博物館でしか見ることがなくなった、骨董品のパーツ群だ。

 

「貴方を打倒するつもりはありません。 これはある意味、ただの確認ですから」


「とてもそんな風には見えないがな」


――loading.


 全ての光球が形を整え、最後に端末を彼女は右腕に添えた。

 その瞬間に彼女の軍服は分解され、露出した肌に黒いボディスーツが浸食する。僅か十秒とせずに全ての軍服が消え、彼女はやけにタイトな状態になった。

 それが平和な時であれば男として反応しないこともなかったが、引き戻されていく鎖やパーツ群が装着されていく様を見ればふざけることなど出来はしない。

 全てが装着され、そこで漸く端末から光は消えた。

 彼女の全身は漆黒の先鋭的な鎧で覆われ、男なのか女なのかも隠している。腰には長剣が一つ差されており、中世の騎士としての印象を強く抱かせた。

 

「偽天に轟け、我が翼」


――THE・All・Trinity.


 最後の音声が鳴り、場は静寂に支配される。

 知っている者は静観を決め、男二人はただ唖然とした。一体あれは何で、どういう存在なのかと。

 ハジュンは視線を二人に送ったが、彼女達は彼の懇願を一蹴した。今回はまだ教えるつもりはないと。

 それだけで五百年前の代物であることが解る。特に端末本体が古めであることから、新造された類の物でないことは明白だ。

 今時の最新となると、AI操作が基本となる。命じた内容を簡易なAIが果たし、持ち主は握っているだけで良いのだ。

 それが搭載されていない端末を化石と人は呼ぶが、使う分には問題は無い。彼女が右腕に装着された端末とて、恐らくは元の端末としての機能も有していることだろう。


「端末を利用したARの召喚? ……いや、さっきの感じは呼んだようには見えない」


 俊樹は呟く。

 五百年前の代物であることは当然として、その上で仕組みを個人的に解釈する。

 あれは連絡して呼び出したようには見えなかった。呼び出したのではなく、その場で物質を構築した。さながら生産装置が如く。

 だが、出来るまでの間に細かい設定をする工程が挟まっていなかった。まるでそれしか出来ないように、読み込みからの動作にラグが無い。

 装置としての機能を限定的に詰め込んだ機械。彼女が手に持つ物体が何であるかを想定すれば、最終的に出て来る結論はソレだ。

 

 身構える。

 彼等が残した遺物から作られた装備。当然現代の技術を凌駕しているだろうし、創炎を食い破ることも可能だろう。

 ただの創炎であれば勝てる。されど、今の彼女を前にして余裕であるなんて口が裂けても言えはしない。

 自然、俊樹の全身に炎が行き渡る。炎は自動的に俊樹に纏わり付き、パーカーの形となって揺らめく。

 高温の炎を前に、咲は微塵も恐怖を抱かない。あれが威嚇ではなく防衛の為に展開されたと看破しているからだ。

 

 ――余裕は無い。創炎を維持した上で、実働時間内に決める。


 騎士が剣を右手に持ち、衝撃と共に駆けた。

 瞬間的に姿を消し、俊樹の視界から外れ、強化された動体視力をフルに活用して相手の一挙手一投足に意識を巡らせる。

 勝負は常に一瞬で決まるもの。相手の都合を無視し、自分の都合を押し付けることこそが勝利への道となる。

 彼女が手にした端末は鍵だ。後は道を走り切ることが出来れば、閉ざされた扉に鍵を差して開けることが出来る。

 そして、その最初の一歩は王道ではない。

 背後を取り、即座に長剣を背中に振り落とす。手加減抜きの攻撃は殺そうとしているみたいだが、咲は最初で躓く相手ではないだろうと信じていた。


 それに応えるよう、俊樹は背筋を走る悪寒に左腕を後ろに向けた。

 金属と肉がぶつかる音が響き、拮抗する筈の無い二つが不安定な状態で均衡する。

 炎で包まれた手では何処まで剣の刃を落せたかは解り辛い。血が落ちれば少なくない手傷を負ったと思えるが、彼の腕から血が滴り落ちる様子は無いままだ。

 とはいえ、人間は腕を背中に回して力勝負が出来る生き物ではない。相手が十全に力を振るえるのであれば、不安定な方が先に潰れる。

 であればと俊樹は炎を操作。尻付近から強引に炎を吹き上がらせ、周辺環境ごと纏めて溶解させる。

 その勢いに任せて距離を取って振り向くが、俊樹の目に彼女の姿は無い。

 

「――ッ、右!」


「残念、左ですよ」


 咄嗟に右に炎を集中させて、その刹那に左から脇腹を貫くような衝撃が襲い掛かる。

 予想外の位置からの攻撃に意識が一瞬持っていかれ、そのまま側面の壁に叩き付けられた。その衝撃で意識が戻るも、先の感覚の違和に相手の位置を今一度見る。

 だがしかし、相手は態々待ってくれるような寛容性を持ってはいない。

 気付けば彼の真上に移動し、彼女は長剣の先に氷の刃を形成した。ロングを越えた太刀と同等の長さを持った剣を咲は当たり前のように振り落とし、脳内に響く警告音で俊樹は直感任せに両腕で相手の攻撃を受け止める。

 氷とはいえ、武器として用意されたのであれば密度は常人が知る程度では済まされない。


 莫大な重量と溶けぬ氷に、これまで一度も歪まなかった金属の床が容易く拉げる。

 これまで当主以外で無双を誇った腕も炎も、相手の攻撃一つで軋みを見せた。氷を溶かすことが出来れば解決するはするのだが、逆に氷は俊樹の炎を呑み込もうとしている。

 まったく矛盾している話だ。氷が炎を圧倒するなど、普通ではない。 

 こんな真似が出来るとしたら、それこそ怜くらいなもの。――――その思考に、俊樹の胸に納得が去来した。

 これは怜の氷だ。五百年前であれば、彼女の力を一時的に他者が使うような技術もあったかもしれない。

 けれどもだ。それが使えるというのであれば、条件は俊樹と一緒だ。


 彼が使えるのは大英雄の炎。

 彼女が使えるのは怜の氷。

 共に頂点の力を使えるのであれば、後は地力の差で勝敗は決まる。そして経験的な面で言えば、彼女の方に軍配が上がる形だ。

 彼が耐えている間に咲は鎧に備え付けられた力を更に使う。

 範囲指定、数量指定、物質指定、形状指定――それらを全てコンマの単位で計算し、彼女は展開する。

 出来上がるのは万軍の氷柱。先端が鋭利な氷の柱は、彼を貫く為に範囲全てに広がった。

 

「命を取るつもりはありません。 早々に降伏して私に情報を教えてください。 少なくとも、私は貴方に対して悪意はありません」


「ざっけんな! こうして攻撃してるじゃねぇか……ッ」


 上からの物言いに俊樹は嚇怒を露にする。

 悪意は無い?――この攻撃の何処に悪意が無いと言えるのか。


「言いたくないことは誰だってあるッ。 それを無理に聞き出すことは、逆に溝を深めるだけだって解んねぇか!?」


「時間が無い状況です。 少しでも遅れれば何が起こるかも解りません」


「それはそっちの都合だろ……。 俺には関係無いッ」


「関係無い――?」


 俊樹の怒りに嘘は含まれず、咲はダイレクトにそれを受け取った。

 絶対に何も言うものか。お前達に渡すべき情報など、欠片とて有りはしない。何も知らぬまま滅びてしまえ。

 言外の呪詛。それを感じ取った彼女は、頬を歪ませた。

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