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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【六十八点】覚醒者

マズルフラッシュが室内を明るく照らす。

本来ならば点滅を繰り返す火花は最奥に入り込んだ数十の兵によって不規則に散らされ、同時に鼓膜を破壊しかねない激音が静寂を撃ち破る。

兵の顔は解らない。だが、彼等の必死の声が強烈に感情を露にしている。

怖い、恐い、一体何が起きたのか。

銃声が轟いているにも関わらず、兵の何人かは武器ごと吹き飛んでいる。

殺すべき相手には確かに命中しているのに、敵は彼等の想いを汲み取ることをせずに無惨に命を刈り取った。

壁に叩きつけられた死体、頭部が一枚の板のようになってしまった死体、胴体を圧着された死体に、強引に心臓を抉り出された死体。

皆、皆死んでいるのだ。血臭漂う中、兵は揃って地獄を目指して死んでいく。


「随分気分が良いようだな。 ……まぁ、それも当然か」


「エグいな。 責めるつもりはないけど、あっちの方が悪者っぽくない?」


「今は俊樹君に頗る同意だね」


思い思いに感想を口にしながら、三人は争いの隙に距離を取っていた。

何か不調が発見されれば怜は手助けをするつもりであるが、現状は一切問題が無い。

起こるべき事が起きて、消えるべきが消えた。

そんな状況で杞憂など浮かびもせず、一騎当千の様に男二人は見事にドン引きだ。

戦場なのだから綺麗に戦えとは言わないが、もう少しくらいは常識的な死体にしてほしい。

ちなみに、銃による死がこの中では一番常識的な死に方になるだろう。


「……ほんと、理解したくないわね」


一方、咲は目の前の状況を取り乱すことなく冷静に眺めていた。

相手は大英雄の仲間だった存在。既存の兵器で勝てるなど、ましてや政府部隊が持つ型落ち武器で勝利を取れるなど考えていない。

それでも、戦場の様子は非現実的だ。兵同士が銃を向け合うのではなく、たった一人が槌を軽々と振るいながら地響きと共に肉塊を作り上げている。

肉を棒で叩いて柔らかくする工程があるが、あれを破滅的にすれば今の彼女のようになるだろう。

数分もすれば殆どの兵は死に絶え、辺りには鮮血散らばる死世界が広がった。

オームの槌も、防護服も、唯一自ら晒した髪や頬にも血が付着し、とてもではないが英雄らしくない姿になっている。


『ふむ、防護服の質は改良の余地有りだな。 最低でも小銃程度は防がねばなるまい』


あまりにも惨たらしい状態を、されどオームはまったくと意に介さない。

どころか、自身の現在に評価までする程。余裕があるのではなく、先の戦闘はやはり片手間で済ませる程度でしかないのだ。

圧倒的実力。人工の肉体であったとしても、彼女に感覚の差異と呼べるものは無い。

五百年のブランクをまったく感じさせず、一通り評価を済ませたオームは咲に顔を向けた。


『一先ず人払いは終わらせたぞ。 これでお前も隠し事をせずに話せるな』


「人払い? ……虐殺の間違いではなくて」


『言葉などどうでもいい。 私はステージを作ったのだから、後はお前がそこに立て。 拒否権は無い』


「強引ですのね。 とても古の偉人とは思えません」


『英雄などと持て囃すのは常に赤の他人だ。 自他共に納得出来る称号でなければ、そこに意味は無い。――私は英雄ではないさ』


咲の軽い挑発を暖簾に腕押しとばかりに気にせず、オームは槌を虚空へと消した。

戦意も消失し、今は喜びの表情も無い。真面目な騎士が如く、無言で彼女は脇へと自身を動かした。

これにてオームの役目は終いとなり、次に前へと出ることになるのは経験が豊富とは言えない青年のみ。

俊樹は嫌々な雰囲気を胸に仕舞い、努めて戦闘者として咲と相対する。

赤い瞳は力強く、ルビーのような宝石的輝きを放って止まない。


人間の強い感情。

ともすれば暴走しかねない噴火直後の火山を咲は脳裏にイメージし、紫の瞳を怪しく輝かせた。

この場面で彼が出てくるとは思っていなかった。

誰かと戦いはしても、それは先程の管理AIか女帝になると推測していたのだ。なにせ、今の彼を女帝は酷く気にしているから。

孫を可愛がる祖母というのが一番表現としては適切か。

彼を大事にして、彼と離れることを拒絶し、彼の為になるあらゆるモノを与えようとしている。

残念ながら俊樹からは好まれてはいない様子だが、それでも良いと思っているのだろう。


「君が出てくるの?」


「ああ、後ろの奴からのお達しだ」


「後ろって、もしやハジュンさん!?」


「違わい! 馬鹿かあんた!!」


軽く言葉を交えると、実に若者らしい悪態が返ってきた。

それは咲にとって新鮮さを感じるものだ。同世代でも別世代でも咲の周囲に居る人間は腹に一物を抱え、自身が優秀であることを周りに見せ付けていた。

己こそ当主に相応しい。その強い自尊心は、咲にとって面倒以外のなにものでもなかった。

彼女は当主を目指していない。強くなることにも積極的ではない。

別に誰がなったところで西条程に極端な思想に走らなければ構いはしないのだ。――――何せ彼女は、何時だって自身の目蓋の裏に映る女性をこそ目標にしていたのだから。


「場が変な感じになった」


「君のせいですね」


「そっちが雑なフリをするからだろ。 最近なんか古いノリが多いんだよ。 変に漫才みたいなことしても白けるだけだぞ」


「残念ながら、私の家は基本的に笑いとは無縁ですから」


「ああそう」


新鮮だ。いや、初めてだ。

意味の無い会話を意図して行うことはあれど、本当に意味の無い会話をこれまでしてこなかった。

常に意味のある生活を。勉学、鍛練、食事や普段の心構え等々。

親や教師役の人間が伝えることは、現代を生きる上で確かな力になった。

今でも四家の責務が無ければ一社会人として生きていけると確信している。死なずを選んで降伏すれば、これまでよりも自由な生活を送れるだろう。


俊樹は肩を落とし、右腕を少し前に向け、左足を擦りながら前に出す。

典型的な格闘スタイル。武器を用いないが故の、順当な構えだ。

だがまだ完璧ではない。咲の目だけで見ても隙は大きく、打ち込める箇所は五つも存在した。

基本は時間をかけねば磨かれない。何度も何度も、飽きて苦しみながら身に付けるものだ。

彼は未だ発展途上。一戦闘者として見る分に、実戦で出すべきではない練度ではあった。


「先手は譲ります。 何時でもどうぞ」


「ありがと――――よッ!」


だが忘れてはならない。

彼はその手で四家の人間を殺している。未熟な姿のままに、熟された果実を収穫してはその手で握り潰したのだ。

彼を推し量る時、見るべきなのは技量ではない。

右足に力を込め、爆発的な加速で咲の元に襲い来る男の瞳を見る。

見て、見て、限界まで見続けて。拳が来ていることを自覚しながらも相手の感情を見る。

相手は彼女の顔だけを見ていた。狙った箇所に一度も視線を向けることなく、ズレると微塵も思わずに。


急速に肌が粟立つ。

右肩と拳が接触し、彼女は滑るような動作で直撃の衝撃を横に反らした。

創炎でなくば出来ない技で俊樹の横をすり抜け、当の本人は自身が殴った筈の感触に目を見開く。

風を漂う薄い布。肉の感触のしない結末は、即ち外れたことを告げていた。


「あんた……」


「…………」


一度の技で俊樹は解った。

ほぼ直感に近いものだが、それでもこれが正解だろうと確信している。

それを彼女も解っていて、故にこのままでは負けると解ってしまった。たった一瞬の交差の中で、二人は互いの考えを共有したのだ。

真っ直ぐな目を向けながら、咲は軍服の胸ポケットから一台の機械を取り出す。

黒くて無骨。何の飾り気も無い長方形。

不気味さを醸し出すそれは、傍目に見れば何なのか解りようもない。

無論、俊樹にとっても見覚えのない代物だ。それをこんな場で見せたとて、僅かな牽制にもなりえない。


「――――ほう」


『中々懐かしいのが出てきましたね。 これはどうして、解らなくなりました』


知っているのは二人だけ。彼女達の発言に、ハジュンは目を細めて事態の推移を見守るのみ。

元よりこの場はあの二人だけのもの。どうなるのかは、二人次第だ。

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