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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【六十七点】護りの鉄槌

 上の正確な状況は解らない。

 有利なのか不利なのか、被害は如何程か、目前に居る兵から更に増援は発生するのか。

 ハジュンの頭に無数の情報が流れては渦を巻く。その間にも砂漠色の政府部隊は武器であるアサルトライフルを構え、引き金に指を当てていた。

 彼等は揃って覆面を被っている。被っていないのは咲だけで、彼女は流れる黒髪をそのままに瞳を紫に染め上げていた。

 政府部隊に焦りと呼べるものはない。怜もオームも、構成された聴覚機能で調べる限りでは乱れた息も無かった。

 全てが想定通り。つまり、この事態になるのは時間の問題ではあったのだ。

 僅かな間に咲が交渉したとはハジュンも思ってはいない。管理者である彼女は政府にも繋がりを持っているのだから、もっと前から何かしらの準備をすることは出来た筈だ。

 

「何時から裏切る算段だった?」


「裏切る予定はありませんでしたよ。 私は最初からこの国の中では中立でしたから」


 咲は肩を竦めて語る。

 生産装置は国力の要だ。これがあるから大規模な争いが無く、これがあるから国内で議論が荒れ放題となる。

 誰しも自分だけの物にしたいと思うからこそ、私物化に動く。

 中国も例外ではなく、寧ろ上昇志向が高いが故に自分の手にと考える輩が非常に多かった。ヴァーテックスと反目し合うのはそういった背景もある。

 だからこそ、国内で生産装置を管理する者は中立で居なければならない。様々な誘惑を跳ね除け、強引な手段に対して反攻し、片方に情報を過度に流す真似はしなかった。

 

 咲もそれは一緒だ。国外派遣が許されるということは、精神的にも優秀でいなければならない。

 彼女が彼女であらねば、そもそもこんな場所で立つことも許されなかった。

 ならばこそ、彼女のこの行為は本来の役目から反している。政府部隊と協力することを選び、四家の役割を放棄したのだ。

 政府部隊は今、彼女にある程度の情報提供を受けていた。生産装置が皆が想像する以上に不安定であること、中国支部の長が能力的に不足が目立つこと、最近になって発見された子孫が此処に来ていること。

 中国政府からすれば願ったり叶ったりな展開だ。これまで有利な手札が無かったからこそ、ここで子孫を確保して生産装置の権限を自分達のものにする。

 

 その後に内乱じみた激論が交わされるであろうが、一先ずはヴァーテックスからの管理の脱却を彼等は狙っていた。

 

「解っているのかい。 こんな真似をすれば、君を信用することはもう出来ない。 即刻日本に帰ってもらうことになる」


「元よりそのつもりでしたでしょう。 彼が居れば、残りの役目は他の人間でも代用可能です。 今の四家の不安定さを鑑みれば、これからも私を重用するのはリスクがある」


「……その言葉に否とは言えないのは悲しい話だね」


 二人はあくまでも悲し気に振る舞った。

 そうすることが今は最適だというのもあったが、攻撃の時間を可能な限り遅らせて俊樹達の動向を決めてもらう。

 戦うのなら戦うし、戦う気が無いのならこのまま生産装置を占領する。

 どちらにせよ、咲にとっては不味いことにはならない。――――それに、本当に追い込まれた場合の切り札が無いでもなかった。

 俊樹達は静かだ。それは悲観しているからではなく、一重に相手の動きを観察していたから。

 元一般人からすれば銃とは恐ろしいものだが、彼は落ち着いて見ることが出来る。

 

 あの西条家の当主の圧と比べれば子供と大人の差があった。

 負けるとも思えず、しかし彼にとって咲の実力は重要だ。戦うのが彼であると予め決められている以上、どうしたって俊樹が集中しなければならないのは彼女になる。

 強いことは強いのだろう。見た目は細身の女性にしか見えないが、その身に宿っている力は創炎込みで恐ろしい。

 迂闊に受けて無事でいられる自信は無かった。骨が砕ける程度なら大丈夫だが、最悪重要な内臓器官が幾つか壊れると想定するべきだ。

 

「私を排除したのですから、私に排除されることも加味しておくべきですよ。 何時何処で向こうと話しているのか定かではなかったのでしょうから」


「政府部隊が何時かは襲撃を仕掛けてくるのは解っていたよ。 その兆候も掴んでいたしね。 ……君が直接動いたのは、ちょっと予想外だったけど」


 無味乾燥。

 感情を乗せぬ言葉の群れは、場をどんどんと急かす。

 焦りを見せてはならぬ。正気の度合いが削れれば削れる程、武器を使う手も正確性に欠ける。

 揺るがぬ兵は熟練を感じさせた。覆面によって年齢は解らぬが、それでも経験を積んだ者達であるのは間違いない。

 それでも、俊樹に負けの二文字は無かった。勝つだとか負けるだとかを遠くに追いやり――場はついに限界を到来させた。


「では、そろそろ長話を終わりにしましょう。 潔く、彼を差し出しなさい。 そうすれば捕虜として生かすことは出来るわ」


「馬鹿な話は僕も飽き飽きだ。 手早く済ませた方が互いに楽でしょ?」


 刹那、場が静まった。

 引き絞られた弦が、装填された弓を今射出させる。全てがスローになった世界で、兵は無言で全員が引き金を押していった。

 彼女の合図など関係無い。これは場が限界を迎えたからこその、時間切れの戦闘開始。

 吐き出される弾に慈悲は無く、数百となった鉛の軍団が一斉に彼等の身体を貫かんと殺到する。

 直撃すればハジュンは死ぬ。だが、死ぬのはハジュンだけだ。彼は弾を見ることが出来る程度に人間を止めてはおらず、故に結果しか知ることしか出来ない。

 

 俊樹は両腕から炎を走らせる。高温の壁を構築し、全てを溶かそうと脳裏にイメージを描き出す。

 だがその前に、オーム自身が前に出た。

 鉛を前に防御の姿勢も取らず、無防備極まりない様子でハジュン達の盾となる。

 顔面が、胴体が、腕が、足が。総じて全てを吹き飛ばしてやろうと鉛が殺到し、されどオームは表情をミリ単位で変えもしない。

 寧ろ逆に、大量の衝撃が走る中を前に進んだ。散歩でもするかのように、弾など最初から無かったように。


「ッ、なんだあれは!」


「おい、女! あれはなんだ、報告されていないぞ!!」


 兵の怒号に咲は何も答えず。

 笑みを深め、オームは彼等の眼前に立つ。見るからに巨大な身体を晒し、傷一つ無い肌を見せながら漸く彼女は表情を変えた。

 それは穏やかな笑みだ。春の木漏れ日のような、穏やかな表情である。

 

『喜べ、お前達。 今日ここで私は願いを叶えることが出来た。 その祝杯を、お前達で上げるとしよう』


 穏やかな顔から放たれる声もまた優しい。

 場違いな声に一瞬だけ兵士は惚け、そうなった者達が辿る未来は一つだけ。

 オームは拳を振るった。武器の無い純粋な横凪ぎの攻撃は、兵の首を捉えて吹き飛ばす。

 放物線を描きながら兵が横の壁へと突っ込む。明らかに人体が鳴らしてはならぬ異音を立てて、一人の兵は惚けた顔のまま生命活動を停止させた。

 死んだ兵の骨は太い箇所から細い箇所まで一回で圧し折れている。特に直撃した首の骨は簡単に粉砕され、肉も歪な形で曲がっていた。

 刹那の瞬間。その時間で、攻撃に必要な全ての動作を完了させたのだ。


『先ずはお前達の殲滅だ。 あの方に捧げる勝利の糧として、諸共に滅び去るが良い』


「――ッ撃て! 撃てぇぇぇぇぇぇ!!」


 肌に弾が当たる。喜びだけを湛えた彼女は、すぐ横の地面に手を向けた。

 直後、生産装置が稼働する。紫電が室内に流れ、中国の民が集めた資材を用いて彼女は作り出す。

 金属を作り、集め、圧縮し。使いやすい形で再構築を済ます。

 完成するのは無骨な金属槌。宙に浮かぶ柄の長い巨大なハンマーを、彼女は軽々と片手で掴んだ。

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