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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【六十六点】思考の交差

 薄暗い空間が赤に染まった。同時、上空から轟音のみが地下に届く。

 銃撃音までは届いていないが、此処まで爆音と形容すべき音が届いている以上は並の爆薬量ではあるまい。

 地下にまで届いた音を聞き、全員が表情を切り替えた。

 和やかな雰囲気は消え去り、残るは真剣なものばかり。特にハジュンの表情は鋭く、刃が如くに研ぎ澄まされた殺意を静かに表出させている。

 支部長としても違う、敵を殲滅する指揮官の顔。異なる表情で静かに眼鏡を弄り、光を反射させて腰ポケットから小型通信機を取り出す。

 チャンネルは合わせてあるのだろう。一度ボタンを押せば、即座に銃撃鳴り響く戦場の音を通信機は拾った。

 

「――現状報告を」


『十分前に襲撃者が現れました。 数はARを含め総勢百。 ただし、使われているARは――』


「ウチの物ですね」


『先行している者の中に早乙女様の姿を見たとの報告が上がっています。 支部長これは恐らく』


「今は推測をしている時間はありません。 此方も使える限りのARを用いて応戦をしてください。 相手戦力の殆どは政府部隊でしょう」


『了解!』


 通信が切れる。

 小型端末をポケットに戻し、ハジュンは全員を見渡した。

 俊樹を含め、ハジュンの視界に入る者の中に幾何を問い掛ける者はいない。AIは戦場の気配を受けて戦意を滾らせ、怜はその目に浮かぶ感情を氷の中に沈めた。

 俊樹は赤々とした目で灼熱の眼差しを見せる。そこにあるのは、隠しようがない怒りただ一つ。

 大人しく終わっていれば良かった。全てが順調のままに済めば、余計な諍いなどせずに日本に帰ることが出来たというのに。

 

「早乙女・美鈴さんを本日より敵として判断します。 発見次第、可能であれば捕縛をお願いしてもよろしいですか?」


「理由の確認ですか」


「いえ、そのようなつもりはありません。 彼女が何を理由に動き出したのかなど推測が付きますし、政府部隊が彼女の思惑に乗った理由も容易に想像がつきます」


 ハジュンは俊樹の問い掛けに否を告げた。

 彼女は役目を奪われたことで報復を考えるような女ではない。納得は出来ないだろうが、それでも飲み込んで前に進める女だ。

 彼女は約二年を此処で過ごした。一見すると短く感じる生活でも、重要機密を扱う者同士は自然と近い距離で話をすることもある。

 故に解る。彼女が動き出したのは、このタイミングで調べたかったからだ。

 ハジュンの目に映る俊樹という青年。未だ熟しているとは言い難いこの人物は、しかして少々前から急激な速度で実力を高めている。

 一を聞いて一を知るのではなく、一を聞いて百を知るのでもなく――――一を聞いて万を知る。

 

 経験の蓄積速度が違う。技術に対する習得速度が違う。

 心根一つで人は強くなれない。学ぶべき武を、心を、頭脳を、常に磨き続けてゆっくりと強くなっていくのが人だ。

 彼は異常である。如何に大英雄を中に潜めているとはいえ、彼自身の成長度合いは常識をあっさり覆す。

 全てを知らないからこそ、ハジュンもまた俊樹に対して一つの疑念があった。

 彼は本当に、誰かに殺されるような人間なのか。いやそもそも、我々が戦って勝てるような存在なのか。

 政府部隊の目的など小さなものだ。本命は間違いなく、そこにある。


「十分前から襲撃は始まったと聞いています。 そして先程の爆音から察するに、もうエレベーター付近には突撃していることでしょう。 我々はここで待ち伏せ、その上で侵入する敵を叩く」


「合理的だな。 ……あれを捕縛した後にはどうする?」


「決まっているでしょう――この世の地獄を体験させてあげるだけです」


 裂けた笑みがハジュンが浮かび上がる。

 凶悪無比な笑顔は、原始的な生物特有の凶暴性を秘めていた。彼もまた中国で生まれ育っただけに、この国の裏側をよく知っている。

 何処まで寛容になれて、何処までから残酷が許されるのか。その境を見極め、今回はこの国の本当の地獄を体験させることにした。

 何時如何なる時でも、社会には闇がある。これはそういう話に過ぎない。

 俊樹は彼の顔を見ても咲に対して同情は湧かなかった。自業自得であるし、お蔭で怜の判別の手間が省けるとも思っていたからだ。

 

 彼の意見を皆が採用した。

 上層で暴れる敵は所詮は雑兵だ。ARを使うとはいえ、政府部隊は元々過去の兵器を主流としている。新しい兵器を使う方法を確保したとて、実戦経験の差はあまりにも大きい。

 ヴァーテックスの方が武器の質も練度も高い。それでも政府部隊の数が多ければ話も違うのだが、百となれば極小規模だ。

 少数精鋭よりマシといった程度で物事を成功させてあげる程彼等も甘くはない。この件を無事に収めた後、ヴァーテックス側から政府に対して抗議文が送られるのは避けられなかった。

 

「繧ェ繝?繝九ャ繧ッ――ええい、オームと呼ぶぞ」


「はっ」


「お前の実力を確認しておきたい。 構成された肉体に不備があるとは私も思っていないが、予期せぬ不良が起きては面倒だ。 一度全力で敵を滅ぼせ」


「畏まりました」


「だが、一番実力のある奴は残しておけ。 ――この子に戦わせる」


 敵を待つ間、怜は俊樹にとって残酷な決定を下す。 

 オームと新たに名付けられた女性は迷い無く答えるも、俊樹からすれば冗談ではない。

 確かに戦う必要があるならそうするが、此処に居る怜とオームが暴れればそれだけで解決だ。俊樹が絶対に戦う必要がある訳でもなく、なのに怜は戦闘を強要した。

 

「おいッ」


「まぁ聞け。 戦闘の経験を積めるし、暴走の抑制にも繋がる。 彼に甚振られてばかりでは自分が今何処まで精神を保たせられるか解らんだろう」


「そりゃ確かにそうだろうけどさ……。 こういうのって手早く済ませる方が良いんじゃないか?」


「そうしたいのは山々だが、殺さないとなる私達では難しい。 どれだけ手加減しても撫でるだけで死んでしまうのなら、私達は直接手は出せない」


 まさかの理由に俊樹もハジュンも頬が一瞬ひくついた。

 相手は早乙女。それも国外派遣が許されるとなれば、その実力は推して知るべし。

 少なく見積もったとして、日本の生産装置施設に居た純玲と同等だと思うべきだろう。

 それを撫でるだけでも殺せる。改めて規格外っぷりを知って、胸の内では二人揃ってドン引き状態だ。

 最強過ぎると選択肢も常識外になるのだろうか。

 オームも疑問顔を浮かべておらず、彼等が全力を出すとなれば同類か怪獣くらいなものなのだろう。

 さてそうなれば、怜が語る通り俊樹がやるしかない。未熟な彼であるからこそ、手加減の幅も狭いと彼女達は思っているのだ。

 

 ハジュンは怜に視線を向ける。彼女もハジュンに視線を向ける。

 互いに視線を交わし合い、ハジュンが先に視線を外した。露出した肌は平静そのものだが、服で隠れた背中には静かに冷や汗が流れる。

 あれは全てを見抜いている。見抜いた上で、彼に対して疑念を抱くことを許した。

 それは余裕か、はたまた自分の目で見極めろと言うのか。

 ハジュンに彼女の本音は解らない。解らないが、許されているのならこのまま進むだけだ。

 何処に地雷があるかも不明なまま、果たしてその時は訪れた。


 何かが落ちる音が閉じたエレベーターのドアから聞こえる。

 加速し続けた何かは最後に地下の地面と激突し、鼓膜を激しく刺激しながら落下物は停止した。

 鈍色のドアは拉げている。僅かに開いた隙間から細い両手が現れ、ドアを強引に抉じ開けられた。

 中から出て来たのは皆の想像通り、早乙女・美鈴。

 開かれた先には幾つものロープが垂れ下がり、そこから複数の砂漠色の兵が小銃を手に降りて来た。


「これはこれは、盛大だな」


「……先程ぶりになります」


 美鈴は緊張を顔に張り付けて砂漠色の軍服を着込んでいた。

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