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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【五十九点】背後に苦難

「長旅お疲れ様です。 我々はヴァーテックス中国支部長より命じられ、貴方様達を迎えに参りました」


「中国支部から、か……」


 仁王立ちするスーツ姿の者達の中で、中央側の男が最初に声を発した。

 オールバックの黒髪は流暢に日本語を話し、俊樹に配慮したであろうことは容易に想像出来る。

 それが優しさから来るものではないことも承知済みだ。粘性の探るような目を怜は向け、そこに宿る凍土を敢えて見せた。

 彼女にとっては何てことはない。ただ白いワンピースに紺のジャケットを羽織っただけの女が、怪しい身形の者達を訝しんだだけ。

 力なんて然程も込めてはいない。表には見せない絶度をちょっと露にして――けれどそれだけで、四人の黒服の脳裏に絶望が過った。


「仕事をする。 それ以外には何もしない。 ……良いな?」


「っは、」


「良し」


 今日も彼女は相変わらずだなぁと俊樹はやり取りを眺めるだけだ。

 威嚇して、格の差で対象の戦意を折る。万が一逆らえばどうなるかを脳裏に想像させて、自主的に裏切らない下地を作った。

 まだ弱いが、絶望の一端を彼等は知ったのだ。彼女が操る凍土の世界に足を踏み入れたくなければ、言った通りにすることを厳守する。

 彼女の身分は元帥がヴァーテックス上層の人間には伝えている。支部長も例外ではなく、その人物の部下であれば細かくは知らないまでもある程度は教えられている筈だ。

 現に彼等は睨みが解除されたと同時、背後で停めておいた黒塗りの車にてきぱきと案内を始めた。

 一人が座席を伝え、残り三人は徹底的に外を固める。

 俊樹と怜が席に着いたことを確認し、四人は過度に警戒しながら同様に乗り込んだ上で周囲を固めた。


 無駄に長い車は九人は乗れる特殊仕様だ。

 カスタムされた高級車はリムジンで、エンジン音の五月蠅さも無く緩やかに道を進んでいる。

 ガラスは防弾性能を最大限にまで高められ、全ての窓には追加で鋼鉄製の装甲シャッターを展開することも出来る。車体も陳腐なアルミ製では無く、ARに使われる軽量且つ強固な複合装甲だ。

 国家の重鎮。中でも総理大臣や大統領を運ぶ目的で使われるこの車は、ただ稼働させるだけでも莫大な経費が掛かる。

 維持費だけでも高給取りとされるヴァーテックスの幹部が目を剥く程だ。


「そちらの生産装置の状態はどうだ」


「はっ。 現状は稼働を続けておりますが、それも長くは続かないかと」


「何故だ? 私は何も指示を出してはいないぞ」


「それが、その……」


 車内は極度の緊張に包まれている。

 最早俊樹は慣れたものだが、初体験の彼等には尋常ではない苦しみを伴う。忘れてはいけないが、見た目が人間の枠に収まっているだけで彼女も化け物だ。

 怪獣と相席しているようなものだろう。なるべく刺激したくはないが、助手席に座って現状を説明する女は何故か口籠った。

 言いたくないというよりも、言ってもいいのか。そんな雰囲気を感じ取り、怜は眉を八に字に歪める。

 

「何も隠さずに言ってください。 どんな意味不明な内容でも、私達であれば信じますから」


 怜が表情を変えるだけで緊張感はより増す。

 息をするのも苦しくなれば、まともに喋ることも難しくなるだろう。

 そうなる前に俊樹が間に挟まる。今のところはただの学生である彼だが、それでも手綱を握る力を持っているのは言うまでもない。

 彼だけが怜達に正面から文句を言える。子孫であるからこその特権に、助手席に座っていた女性は神を見たような気分になった。

 

「……AIが日に日に理不尽な要求をするようになりまして」


「AI? それはもしかして――」


「管理AIです。 生産装置の制御役が、人格を有して好きなように振舞い始めたのです」


 彼女の語る内容は、日本でも起きたことだった。

 白い無機質な肌しか持たないロボットのようなAIが、日本での一件を機に姿を変えた。

 全身を白の重厚な防護服に包んだ、ノイズ混じりの声を発する女。

 彼女は最初は静止していた。それは情報を整理しているようでもあったし、別の何かを深く考えているようでもあった。

 彼女が再起動とでも表現すべき状態になったのは、姿が変わってから約三日。

 即座に生産装置を無断で行使し、ホログラムではなく実体を形成した。

 人体同様の肉の身体ではないにせよ、見た目は分厚い防護服を着込んだ女だ。元帥が日本で起きた出来事を語らなければ、あるいは警戒しなければならなかった。


「最初は会話を望みました。 次に我々の武力を試され、その次に現時点での技術力を説明されました」


「――――……あいつめ」


 誰しもが最初、件のAIの姿を知らなかった。

 過去百年の記録を見返しても、似たような存在は発見されない。では五百年前の製造初期であればどうかと探ると、そこに彼女は居た。

 超能力者集団。ヴァーテックスの前身組織の上位存在にして、怪力無双の職人。

 名は解らなかった。それでも、あそこで現れた存在が決して偽物なだけの存在ではないと皆が確信している。

 管理AIとして丁重にしなければならないのは当然として、嘗ての大英雄の仲間達であれば余計に対応に丁寧さが求められた。

 よって、如何なる無茶無謀でも彼等は応えねばならない。それが例え――大英雄に会わせろというものであっても。


「あの方は一人の時、自身の力で開けた穴から空を眺めています。 そして話をする時、必ず最初に聞くのです。 あの方は見つかったのかと」


 大英雄は死んでいる。

 蘇る可能性が無いとは言えないが、見つかるかと聞かれれば首を左右に振る他無い。

 五百年。五百年が経過したのだ。もう、人間が生きていられる限界は当の昔に過ぎてしまっている。

 それでも会いたいのは、彼女が彼に恋情を抱いているからか。あるいは、彼女から時折感じる忠義心が会わせろと叫ぶからか。

 真実は解らない。だが一つ解るのは、彼女の望みが叶うことはない。

 

「必ず見つかると言って今は動かすことを許されていますが、最初に言いました通り長くは続きません。 その前に、どうかせめて同じ組織の頂点に居ました貴方に話を付けてほしいのです」


「無理だ。 ……あれはそう簡単に己の意思を変えんよ」


 この仕事は、決して普通の上には成り立たない。

 常に予想外が待ち受けていて、職務に励む者には臨機応変が求められる。そしてそれは、護衛官として形だけでもヴァーテックスに所属することになった彼女も同じ。

 同じ組織に嘗て居たのであれば、ましてや上司であったのならば、どうか過去にしか目を向けない彼女に前を向けさせることは出来ないだろうか。

 半ば嘆願も籠った頼みを、しかし怜は首を左右に振って否と告げる。

 相手はロボット。嘗ての記憶を保存してあるとはいえ、哲学的には本人であると言うことは出来ない。

 故に、システム的にハックして強制的に黙らせることは可能だ。怜にはそれが出来る。

 

 だがそれは、過去の絆を引き千切るようなものだ。

 怜が望んだ彼女を殺し、都合の良い操り人形に変える。そうする以外で件の女性を鎮めさせることは出来ない。

 怜には出来ないことだ。それは縛ることで、大英雄が最も望まぬ現実を怜が成してしまうことになる。

 彼女の否定に、女性はそうですかと短く放つ。

 そこにあった僅かな失望は隠しようがなく、怜は態々指摘するような真似をしなかった。

 周りの黒服達は焦りを加速させるも、この場で空気の読めない発言は出来ない。


「会いたい、てことですか」


 暗い雰囲気は嫌いだ。俊樹はもっと、明るい景色の方が好いている。

 だから口を挟む。他が出来なくとも、彼なら出来ると嫌でも解っていたから。

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