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BLUE ZONE―生きたくば逃げろ―  作者: オーメル


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【五十八点】到達、お出迎え

「……うわッ!!」


 ファーストクラスの席で俊樹は意識を外に戻した。

 微睡みは無く、起き抜けの爽快感も無い。あるのは、ただただ脳味噌が齎す疲労と焦燥のみ。

 現実から現実に戻った。言葉にすると矛盾を呼ぶが、俊樹は実際にその体験をして飛行機内にまで戻っている。

 全身からは汗が流れ、未だ僅かに熱を発して止まらない。まるで熱病に犯されたが如き水分量に思わず目は飲み物を探し、視界の横から出て来た紅茶入りのカップを奪うように手にして一気に飲み干した。

 飲みつつ、徐々に落ち着きを取り戻した俊樹は周りを見渡す。

 炎は何処にもなく、あの大英雄の姿も無い。機械で作られた鳥の中で、自身はゆったりと沈み込むような座席に座っていた。

 

「お帰り。 ……大分激しかったみたいだね」


「怜、か」


「そうだよ? 意識は完全に戻っただろ?」


 向かい側に座っていた彼女は、目が覚めれば隣の空いていた席に座っていた。

 間近に迫った顔には若干の心配が見て取れ、彼女なりに俊樹を案じていたことが伺える。それが彼女の本心であることは解るが、だからといって距離を開けておくことを忘れはいけない。

 気を引き締め、ああと短く答えてから服の袖で額を拭う。

 下着まで濡れた所為で気分は悪く、一度着替えてしまいたかった。機内で着替えるスペースは残念ながら無いが。

 

「さっきまで魘されてたよ。 どうやら話だけで終わらなかったようだね」


「早く改善したかったからな。 早速扱きが始まったよ――――容赦無かったが」


 怜の言葉に俊樹は先程までの鍛錬を思い出す。

 精神を鍛えるには、なるべく危険な状況に追い込まれた方が良い。危機が迫れば迫る程、発狂に至る域まで到達した瞬間、それを抑え込んで冷静で居続ければ次第に落ち着いて物事を熟せるようになる。

 これまでの戦いは精神が過度に追い詰められたことによって強制的な強化が入った。先鋭的な思考がただ進化を促し、これまでの彼の窮地を救ったと言って良い。

 極論、このままの方が進化速度は上がる。尖りに尖った思考が前進を第一として、受ける被害を一切気にしなくなってしまう。

 その果てに勝利を得ることは出来るものの、同時に死の危険性も飛躍的に高まる。

 俊樹は生きたいのだ。強くなりたいはなりたいが、死んでしまう程にまで強くなろうとは考えていない。

 

 炎による灼熱地獄の世界を俊樹は走り回っていた。

 一歩間違えれば魂ごと燃え尽きてしまいそうな炎の大海を前に、彼は必死に自身が扱える炎を用いて生き残ろうとしたのである。

 当然、その為には本人が扱える量を増やさねば話にならない。大英雄もそのことが解っていて、絶対に燃やされることを解った上で大海を放った。

 熱は俊樹の味方だ。相手は燃えるが、自分は燃えない。

 これまではそうだった現象も、大英雄が使っては反転する。いや、正確には元に戻ったと表現するのが正しい。

 あの炎は本来大英雄のもの。故に、彼は久しく感じていなかった肌を焼く感覚に悲鳴を上げていた。


「何度死んだか解らなかった。 意識の中なのに死んで、そんで暫くしたら元通りになってもう一回始まって……」


「あー、耐久訓練?」


「そんな感じだ。 俺の精神を壊して、その度に回復して再度壊す。 発狂しても、例の暴走が起きても殺される。 ……正直、もうやりたくないくらいだ」


 手で顔を隠し、疲れた息を吐き出す。

 訓練中は絶望と破滅しかなかった。死んだと思っても、生き返らせて再度殺す。下手な拷問よりもらしさがあり、百回も繰り返せば物言わぬ肉袋に成り果てていた。

 実際、俊樹は約五十回は死んだ。その度に蘇生を果たして燃やされたのだから、精神的負担は尋常ではない。

 廃人になっていない方がおかしかった。それでも現実に帰還して自我を保っているということは、如何に進化したとて元々の彼の耐久値が高かったのだろう。


「まぁでも、やらないと本当に死ぬからね。 頑張るしかないさ」


「他人事だからって軽いな。 そういや、今何処なんだ?」


「うん? もうじき到着って感じ。 着陸体勢には入ってるよ」


 既に飛行機は着陸体勢を取っている。

 俊樹が意識を飛ばしている間にハイジャックや故障が起きることもなく、順調に目的地まで辿り着いていた。

 着陸体勢を取ったということは、空港側の受け入れも問題無いのだろう。稀に天候の悪化によって滑走路が使えなくなることがあるが、今回は晴れの天気であったことで無事だ。

 飛行機はやがて僅かな衝撃を機内に与えつつ、ゆっくりと滑走路を進みながら停止。

 最初にエコノミーの人間が降りていき、最後にはファーストクラスに居る俊樹達が降りる。荷物は空港内に運び込まれているので、荷物検査に引っ掛からないようなら問題無く受け渡しは済むだろう。

 

「外国ってのは初めてだが、何かこの辺は変わらないな」


 周りを見ながら素直な感想が零れた。

 実際、ガラス張りの空港は日本の空港と然程大きな違いは見受けられない。勿論、形は違うし案内看板の言語も言葉るが、雰囲気が似ているのだ。

 

「此処は国際線だからね。 独自色を出してちゃ初めて来た人が困惑するでしょ」


「ふーん、そんなもんか」


 呑気な会話を挟み、彼等は荷物を手にして入り口を目指した。

 俊樹は一度として外の国に行ったことはない。父は母の競技の関係で諸外国を訪れる機会が多かったが、その母が死んでからは旅行に行かずに男手一つで彼を育てた。

 金銭的にも多少余裕があるだけ。遊ぶには心許無い懐で、旅行なんて行ける筈もない。

 必然的に彼があちらこちらに興味を抱き、さながらその姿は東京に来たばかりの田舎人を彷彿とさせた。

 怜は彼のその姿に相好を崩す。やっと子供っぽい部分が見れたと、一先祖として嬉しかったのだ。

 出来ればこのまま観光へと行きたいが、仕事は仕事。やることを済ませてからでなければ遊ぶことも許されない。


「早く行こう。 入り口でヴァーテックスの護衛が来てるらしいから」


「ああ、悪い」


 二人は混雑する人の波を越え、キャリーケースを引きながら入り口を目指す。

 日本人は中国では然程珍しいものではない。余裕の生まれた日々の中で旅行をする人間も増え、様々な国に様々な人間が訪れることは多くなった。

 金が無いとぼやく人間の数が減ったのは中国でも一緒だ。貧しい暮らしで一生を繋げる程度の財力を稼ぎ、村という最早古代の集団単位の中で生きている者も多い。

 上を目指そうと思うかは個人の考え次第だが、中国は経済発展が実に急速だ。それが自分の金に繋がるのであれば迷わず行い、違法であるかどうかなどまるで考慮しない。

 失敗したら失敗したで、次に行くのが彼等だ。

 故に、粗悪品の流通が止まる気配は無かった。彼等が金を第一とする限り、品質の向上が起きる確率は低いだろう。


「で、件の護衛は信用に値するのか?」


「さてね。 ヴァーテックスは信用に値すると言ってるけど、実際のところは解らないままだ。 警戒はしておいても良いだろうね」


「そうかい。 ――――ああ、あれか」


 怜は表立って動けないので、人物を直接調べることが難しくなっている。

 現場現場で判断していくしかなく、こればかりは俊樹も悪くは言えない。彼女が表立って動けば、必然的に彼も巻き込まれるのが目に見えている。

 白の壁とガラスで構築された道を進み、入り口付近で控えている人間数名を二人は視界に捉えた。

 四名。男女二人ずつに別れた者達は、周りから距離を取られながらも不動の体勢で仁王立ちしている。

 黒いスーツに、これまた黒いサングラス。如何にもな者達の登場に、俊樹は頬を引き攣らせた。


「目立つなぁ」

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